ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第210話 次から次へと

その場にいる者達は、男泣きを続けるゴドフリーに圧倒されていた。

大の大人が、はばかる事もなく元同級生にすがりつき、

まるで子供のように泣き笑いを続けている姿は、

確かに普通に生活している分には、お目にかかれない光景だろう。

だがゴドフリーの涙は、とても純粋な感情の発露であり、

その光景を、気持ち悪いとかみっともないと思う者は、

この場には、ゆっこと遥の一派以外には誰もいなかった。

その一派の者達は、このある種異様な光景を見て、葉山の言った事は本当かもしれないと、

少し焦りに似た感情を抱き始め、すがるような目でゆっこと遥を見つめた。

二人は今更後には引けないと思ったのか、

引き続き八幡と、八幡にずっと抱き付いているゴドフリーを中傷し始めた。

 

「いいおっさんが、みっともないとは思わないの?」

「あんた、こいつと誰かを勘違いしてない?

こいつはね、高校の時、学校中から嫌われてたやっかい者だよ?」

 

 その言葉を聞いたゴドフリーは、ピタッと泣くのをやめると、

むくりと立ち上がり、二人と正面から向かい合った。

そしてゴドフリーは、とても静かな口調で二人に言った。

 

「それがどうした」

 

 その言葉には殺気のようなものが含まれており、

その瞬間に、ゴドフリーの存在感が、まるで山のように膨れ上がった。

SAOサバイバーの中でも、攻略組の者達は特別な存在である。

その者達は皆、多かれ少なかれ、人の社会から逸脱した面を持つ。

普段はそういった面を決して他人には見せない事で、何とか社会に適合している、

現実世界に復帰した攻略組の面々は、基本そういった存在だった。

そのゴドフリーが、自らに課した枷を外し、本気の怒りを見せたのだ。

並の大学生程度では、その迫力の前には立っている事すら出来ないであろう。

それなりに修羅場をくぐっているはずの雪乃達ですら、耐えるのが精一杯であり、

実の娘である南も、初めて見るそんな父の姿を見て、その場にへたりこんだ。

中には失禁した者もいたかもしれないが、その事には触れないでおこう。

そしてそんな状態の中、八幡と明日奈だけが平然としていた。

八幡と明日奈は、まるで普段とは変わらない口調でゴドフリーに言った。

 

「そのくらいにしておいてやれよ、ゴドフリー」

「まあまあ、子供の言った事じゃない、気にしない気にしない」

 

 二人が発した言葉は、字面だけ見ると本当に何気ない物だったが、

そんな二人の発する気配は、ゴドフリーのそれよりもはるかに強大であり、

その何でもないような表情からは、王の威厳のようなものが感じられた。

ゴドフリーはその言葉を受け、二人に向き直り、笑顔で頷いた。

 

「それもそうですな、参謀、副団長」

 

 その場にいた者達は、これで嫌でも理解した。先ほど葉山の言った事は本当なのだと。

そしてゴドフリーは南に手を差し伸べ、優しく立ち上がらせると、

まるで子供に諭すように素の口調で南に言った。

 

「いいか南、よく聞くんだ。この人達はな、俺の命の恩人だ。

ゲームをクリアしてくれたからとか、それも間違ってはいないが、

文字通り俺の事を、敵の手から身を挺して助けてくれた、本当の恩人だ」

「う、うん」

「もしこの人達がいなかったらな、俺は今、こうやって南と話す事は出来なかった。

俺は敵の仕掛けた罠にはまり、確実に死んでいたと断言出来る」

「うん……」

「だから俺もお前も、この人達への感謝を決して忘れてはいけない。

それだけは覚えておいてくれ」

「うん、分かった」

 

 南はその父親の言葉に、殊勝な態度で頷いた。

そしてゴドフリーは、ゆっこと遥の方に向き直り、話を続けた。

 

「俺はお前らと参謀達との間に何があったかは知らん。だが一つ覚えておくといい。

俺達が閉じ込められた世界はな、例えて言うなら、街中を殺人鬼が武器を持って徘徊し、

街の外には、虎やライオンが闊歩するような、そんな世界だ。

少しでも気を抜いたら確実に死ぬ。だがこの二人は、そんな世界で、

ただ自分達が生き残る為だけじゃなく、他人を助け、多くの仲間達を指揮し、

真の敵の正体を暴き出し、そしてついにその敵を倒す事に成功し、

六千人もの人々の命を救ったんだ。そんな事が出来る一般人が他にいるか?

この二人はな、本当の意味での英雄なんだよ。それが絶対的な真実だ。ソースは俺」

 

 八幡と明日奈は、ゴドフリーの言葉を黙って聞いていたが、

ソースは俺というゴドフリーの最後の台詞を聞き、プッと噴き出した。

その瞬間に、三人から発せられていた雰囲気が霧散し、

周りを囲んでいた者達は、やっと一息つく事が出来た。

 

「すごい迫力だったわね……」

「あーしもマジびびった……」

「あたしも一歩も動けなかったし……」

「改めて当事者から話を聞くと、ヒキタニ君まじぱねー!マックスリスペクトだわ!」

「比企谷はやっぱりすごいな……」

「さすがは八幡だね、すごいすごい!」

「おいお前ら、さすがに恥ずかしいから、あまり持ち上げないでくれ」

 

 ただ友達と話したいだけだった八幡は、困った顔でそう言った。

今思えば、ゴドフリーとは店の外で会えば良かったと、八幡は少し反省していた。

周りの者達も今の話を聞き、八幡を讃える雰囲気になっていたのだが、

それに逆行するようにヒステリックに叫ぶ者がいた。ゆっこと遥である。

 

「何よ……何よ何よ何よ!別に私が何かこいつに助けてもらった訳じゃない。

私にはそんなの一切関係ない。六千人を救った英雄?それが私に何の関係があるの?

私はとにかくこいつが嫌いなだけよ。嫌いな奴を嫌いと言って何が悪いのよ!」

「そもそもゲームの中でちょっと活躍したからって、それが現実で何の意味があるのよ。

私達は大学生だけど、こいつはまだのんびりと高校生をやってるじゃない。

結局こいつは負け犬なのよ、人生の負け犬よ!」

 

 八幡はその二人の台詞を聞き、ある意味二人を見直した。

あのゴドフリーを見た後でのこの態度。取り巻きは皆、戦意を喪失したとばかりに、

二人からはもう距離をとっているにも関わらず、それをまったく気にしない厚顔無恥さ。

おそらく自暴自棄になっているのだろうが、それでもこの胆力は中々すごいと、

八幡は二人の事を、そう評価した。

だが、さすがにその二人の言葉は看過出来なかったのか、

葉山と戸部が、同時にゆっくりと立ち上がった。

雪乃や結衣、優美子も、顔に青筋を立て、怒りに任せてゆっこの方へと向かおうとした。

戸塚も珍しく怒っているような表情を浮かべていた。

ゴドフリーは、さすがに自分は部外者だと自覚している為か、

自分からは動こうとはせず、八幡と明日奈の出方を伺っていた。

そんな中、スッと前に進み出た者がいた。明日奈である。

その背中を見た瞬間、八幡は慌てて振り返ると、親しい者達を手招きして集め、

小声だが、それでいてとても焦ったような声で仲間達に言った。

 

「やばい、明日奈がキレた……しかもこれは、過去最大級にやばいやつだ」

「えっ、ヒキタニ君、マジでぇ?」

「本当に?」

「見た所、ニコニコしながら前に出たようにしか見えないのだけれど」

 

 その明日奈は、雪乃の言う通りニコニコと笑顔を浮かべていた為、

ゆっこと遥は、部外者が何か文句でもあるのかと、明日奈をじろっと睨んだ。

 

「何?あんたは部外者でしょ?口出ししないでよ」

「そうよそうよ、ちょっと美人だからって、いい気になるんじゃないわよ!」

 

 それに対しての明日奈の返事は、

普段の明日奈なら、絶対に言わない台詞のオンパレードだった。

 

「それって自分達が美人じゃないって、遠まわしに自爆してるの?

あ、もしかして、男の子にまったくモテないのかな?

それとも私の彼氏がすごく格好良くて、将来性もあるから悔しいの?

まあそれは、貴方達の心が醜いせいだから仕方がないと思うの。

その辺りを自覚して少しは努力しようね?

ところで何で私が部外者?へぇ~、大切な彼氏が、

ただのモブからまったく的外れな侮辱をされたのに?ふ~ん」

 

 その言葉を聞いた仲間達は、八幡の判断が正しかった事を嫌でも理解した。

 

「うわ、マジでやっべえっしょ……」

「ど、どうすればいい?」

「何があっても絶対に明日奈に逆らうな。もし暴力沙汰になりそうだったら、

俺が何とかする。とりあえずそんな感じで頼む」

「う、うん」

「分かったわ……」

 

 一同はとりあえず、何があっても即応出来る体勢をとった。

そして明日奈が何か言おうとした瞬間、突然何者かがその場に乱入してきた。

そしてもう一人が、その何者かを慌てたように追いかけてきた。

更にもう一人がきょろきょろと、興味深げに辺りを見回しながら店に入ってきた。

 

「ちょ、ちょっとあんた、まずいよ、これは絶対まずいって」

「え~?さすがにここでダンマリは、私達の立場的に無くない?」

「そ、それは確かにそうだけど、ここにいる事がバレたら絶対怒られるって!」

「もうバレてるんだから、別にいいじゃん?」

「それはあんたのせいでしょ!もう、部長もこの子を止めるのを手伝って下さいよ」

「オレっちは、ただの興味本位で着いてきただけだゾ」

「あっ、やっほー!言われた通り来たよー!」

「あ……ち、違うの、これはその……あの……」

 

 二人は八幡と目が合うと、そう言った。もう一人はニヤニヤしながらそれを傍観していた。

八幡は、どうしてこう厄介事というのは重なるんだと思いながら、その三人に言った。

 

「言われた通りって何だよ。っつーかお前ら、何でここにいるんだよ……」

 

 それは、先ほど別れたばかりのエルザと、

どうやらそれを止めに来たらしい薔薇と、

滅多に外に出たがらないアルゴだった。

本来はただの同窓会のはずなのだが、事態は加速的に、その混乱具合を増しつつあった。


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