ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第213話 そして新たな局面の扉が開く 

 神崎エルザは基本的に、テレビ出演の仕事は全て断っている。

雑誌等の取材を受ける場合も、基本的にほとんど顔を出す事は無い。

これは、『ミステリアスな方が、話題になるでしょ?』という、本人の方針のせいでもある。

この方針のせいで、神崎エルザの顔を見る事が出来るのは、公式PVのみなのであった。

その為か、この場にいる者達の中で、神埼エルザの顔を、

はっきりとこの顔だと認識している者は、まったくいなかった。

いきなり店内に神崎エルザの曲が流れ出した時も、ほとんどの者のイメージは、

『あ、この曲って、今話題になっている曲だ』くらいの認識であった。

 

「これって、神崎エルザの新曲だよね?」

「PVが超格好良かったよね~」

 

 最初はそんな月並みな感想を並べていた聴衆達は、

明日奈とエルザがいきなり二人で歌いながら踊りだした為、そちらへと注目した。

 

「……あの二人、何かすごくない?」

「あの比企谷の彼女だっていう明日奈って子、

時々振り付けを間違えるけど、動きのキレがすげえ……」

「それよりもあの隣の子がすげーんだって、ほら、このPVと寸分たがわ……え?あれ?」

「おい、どうした?」

 

 スマホを操作し、神崎エルザのPVの画面を呼び出し、

それと二人の姿を見比べていた者が、突然疑問の声を上げた。

隣に立っていた者が、そのスマホの画面を覗き込みながら、呆然と呟いた。

 

「おい……これ……」

「だよな……それじゃあの子はまさか……」

「「ほ、本物!?」」

 

 そう同時に叫んだ二人に、当然注目が集まった。

周りの者達も次々とスマホを取り出し、同じようにPVとエルザの姿を見比べ始めた。

 

「さっきから思ってたけど、あの子の歌声って、完全に曲とシンクロしてるよね?」

「むしろ、同じ声にしか聞こえなくね?」

「って事はやっぱり……本物?」

「本物の神崎エルザだ!」

「まじか!」

「うおおおおおおおおお」

 

 場は熱狂し、そこはさながらライブハウスのような状態になった。

エルザは場を盛り上げつつも、明日奈が決して埋没しないように、

上手に明日奈の姿もクローズアップしていた。

明日奈は明日奈で、エルザに負けないパフォーマンスと、綺麗な歌声を披露しており、

観衆は二人の姿に魅せられ、曲が終わった後も、二人の姿から目が離せなかった。

 

「エルザは当然だが、明日奈もすごいな……」

 

 曲が終わった後、八幡は、そんな二人の姿を見て呆然と呟いた。

そんな八幡に駆け寄った明日奈は、いきなり八幡の唇を奪った。

周囲から黄色い声が上がったが、明日奈はそんな事は気にせず、

思う存分に八幡の唇を貪っており、八幡は少し面食らいつつも、

黙ってそのまま明日奈の行為を受け入れた。

 

「ふう、ごちそうさま」

「おい明日奈、実はお前、少しやりすぎたって後悔してたんじゃないのか?」

「まあ確かに、他の人が八幡君にくっついてる姿を見て少し妬けたけど、

その分はちゃんと今回収したから大丈夫だよ。八幡君の唇は私だけのものだしね」

「お前、真顔であんまり恥ずかしい事を言うなよ……」

 

 八幡は羞恥で顔を真っ赤にしたが、そんな二人の姿を見たエルザは、

とても羨ましそうに明日奈に訴えた。

 

「明日奈、ご褒美!私にもご褒美をプリーズ!」

「あ、そうだね、それじゃあえっと、『ほっぺにちゅう』でいい?」

「やったー!ありがとう!」

 

 そうお礼を言い、喜び勇んで八幡の頬にキスをしようとしたエルザを、

明日奈が黙って制止した。

 

「え?あれ?」

「違う違う、さあエルザ、八幡君に頬を向けてみて?」

「あっ!」

 

 その意図を一瞬で理解したエルザは、ドキドキしながら八幡に頬を向けた。

 

「え……まじでやるの?」

「臣下に褒美をあげるのは、王の責務でしょ?」

「何だその理論は……」

 

 そう言いながらも八幡は、明日奈からのプレッシャーに耐えられず、

黙ってエルザの頬にキスをした。その瞬間にエルザは、恍惚とした顔で引っくり返った。

 

「きゅぅ……」

「お、おいエルザ、どうした?」

 

 どうやらエルザは、興奮しすぎるとこうやって気絶してしまうらしい。

そう思った八幡はエルザを抱え上げ、ソファーに寝かせると、

今後GGOでは、エルザをあまり興奮させすぎないように気を付けないといけないなと、

心のメモ帳に記載した。余談ではあるが、第二回スクワッド・ジャムで、

ピトフーイがレンとの絡みで気絶した時の出来事が、まさにこれに当たる。

そんな時、雪乃、結衣、優美子、アルゴ、薔薇の五人が、焦ったように明日奈に言った。

 

「私へのご褒美はその……無いのかしら」

「あ、あたしにもその、何か……」

「あーしもせっかくだから、一応……」

「それじゃあオレっちも便乗してみるカ」

「この唯一の機会を逃す訳には!」

「あ~……それじゃ八幡君、お願い」

「え……おい、お前らな……」

 

 八幡はそう言いつつも、五人からのプレッシャーに耐えられず、

順番に五人の頬にキスをした。自分の意思では無いにしろ、いかに押しに弱い八幡とは言え、

周囲から見ると、これはさすがにとんでもないハーレム野郎であった。

だが周りを囲む者達は、ただ熱狂していただけで、

八幡に対し、特に悪い感情をぶつけようとはしなかった。

これは先ほど八幡が、ゆっこと遥に対し、悪口のような事や感情的な反論等を一切せず、

話し合いをしようと謙虚に努力していた姿を、皆が見ていた為だった。

さらに言えば八幡は、俺ってモテるだろ?といった類の事は一言たりとも言わず、

基本女性相手だと、昔と変わらずおどおどとしていた所が好感触だったのも間違いない。

周りの者達は、そんな八幡の姿に業を煮やした女性陣が暴走した為こうなったのだと、

きちんと理解してくれていたのだった。

 

「さて、で、誰が負け犬だって?」

 

 明日奈は、戻ってきた八幡と腕を組みながら、ゆっこと遥に言った。

周りの者達はもう、八幡を馬鹿にする気は一切無かった。

かつては八幡批判の急先鋒であった相模ですら、あの体たらくなのである。

ただ何となく噂を聞いただけで、八幡への悪いイメージを持っていただけの、

かつての同窓生達にとっては、こうやって目に見える結果を見せつけられただけで、

判断材料としてはもう十分なのだった。

そもそもかつてのトップカーストが、全て八幡サイドに与しているのだ。

もはや八幡こそが、実質的な学年のトップなのだと、皆はそう思い始めていた。

一方のゆっこと遥だが、二人は有名な歌手すら臣下と言い切る明日奈を前に、

最初は何も言えなかった。二人の顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まるのを見て、

八幡は、相手にはまだ引く気は無さそうだと思い、どうしたものかと頭を悩ませ始めた。

 

(俺は別に、仲間さえいれば何も問題は無い訳だし、何を言われようが構わないんだが、

さすがにそれをここで言っても、何の解決にもならないよな……)

 

 先に口を開いたのは遥だった。

 

「女にモテるだけで、それが勝ち組だってどうして言えるの?

それを言ったら、ホストは全員勝ち組なの?おかしいでしょ。

私もゆっこも、もう既に一流企業に就職が内定しているわ。

大事なのは今後の将来設計であって、今モテるかどうかとか、そういう事じゃない!」

「お、そうなのか、それはおめでとうだな」

 

 突然八幡にそんな事を言われ、二人は面食らった。

その時いきなり店の入り口の扉が開き、乱入してくる者がいた。

その女性はこっそりと話を聞いていたのだろう、八幡の前に仁王立ちすると、

怒りをこめた口調でゆっこと遥に言った。

 

「いい加減に自分達が只のモブだって自覚したらどうですかね。

今の先輩の台詞、聞きましたか?あそこであの台詞が出る理由、分かってますか?

先輩はあなた方に何を言われようと、そんなの気にしてないんですよ。

何でかって?決まってるじゃないですか、先輩の人生にとってあなた達は、

何の価値も無い存在だからですよ。だから普通にあの台詞が出るんです」

 

 早口でそうまくし立てたのは、何を隠そう伝説の生徒会長、一色いろはだった。

いろはは、言ってやりましたよ先輩という風に、ドヤ顔で八幡に振り返った。

 

「お前、何でここにいるんだよ」

「え~?そんなの、同窓会の噂を聞いて、せめて終わったらご一緒しようかと、

ずっと機会を伺ってたからに決まってるじゃないですかぁ。

本当は最後まで我慢していようかと思ったんですけど、何ていうか、

先輩の大らかさに付け込むこのモブ達に、さすがにイライラが最高潮に達したっていうか、

あっ……もしかして、そうやって私を焦らすだけ焦らして、限界になった私を店内に入れて、

そこで盛大に私といちゃいちゃする所をこの二人に見せ付けようとしていたんですか?

そこまで深読みするのはさすがに無理だったので、今から改めてでいいですので、

是非その方向でお願いします!是非お願いします!ごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げるいろはの姿に呆れたのか、八幡はいろはに言った。

 

「お前、よく昔から同じような事を何度も言ってたけど、

改めてちゃんと聞くと、全然断ってなかったのな……」

「もう、気付くのが遅いですよぉ、本当に先輩ったらぁ……」

 

 そう言って、しっかりと明日奈の許可を得た上で、

八幡に『ほっぺにちゅう』をしてもらい、ご満悦ないろはの姿を見て、場は更に混乱した。

 

「あれ、会長って確か、葉山君狙いだったんじゃ?」

「今の話だと、高校の時から比企谷の事が好きだったような」

「まじかよ……」

 

 そんな周囲の喧騒をよそに、八幡はアルゴと薔薇に質問をした。

 

「お前らが来た時から、もうこいつは外にいたのか?」

「ええ、確かにいたわよ」

「そうだな、確かにその時から、中の様子を仲良く一緒に伺ってたぞ」

「そういう事は早く言えよな……」

 

 そしていろはは、再びゆっこと遥に目をやると、八幡の顔を見ながら言った。 

 

「ところで先輩、今この人達が、就職云々の話をしてましたけど、

それを言ったら先輩だって、既に就職先は決まってますよね?」

「ん?ああ、『ソレイユ・コーポレーション』な」

「え?」

「あの急成長中の?」

 

 驚くゆっこと遥をよそに、いろはは尚も話を続けた。

 

「しかも入社直後から、もう部長待遇とか」

「詳しくは知らないが、そうらしいな」

「どうですか?今の言葉、聞きましたか?」

 

 いろはは、ドヤ顔で二人に向けて言った。二人は顔を青くしながら八幡に反論した。

 

「そんな事ある訳ないでしょう!私達ですら落ちたのに」

「あそこに採用されるのは、本当に一部の優秀な人だけなのよ。

あんたみたいな高校も卒業していないような奴が、簡単に入れる会社じゃないの!」

「あ、なるほど、受けたけど落ちたんですね」

 

 いろははそれを聞き、冷たい口調でそう言った。

 

「何よ、それくらい狭き門なのよ。それともその男の入社が決定している事を、

誰かが証明出来るの?あんたはその証拠でも見せてもらったの?」

「証拠っていうかですね……」

 

 いろはは、陽乃の話を出していいものか迷い、八幡の顔を見つめた。

八幡も困ったようにいろはの顔を見つめ返したが、その時アルゴと薔薇が前に進み出た。

二人は名刺を差し出すと、ゆっこと遥に自己紹介した。

 

「オレっちは、『ソレイユ・コーポレーション』のメディア対策部長の、アルゴだゾ」

「私は彼の秘書の薔薇と言います。証拠はここに」

「は?おい薔薇、お前いきなり何言っちゃってるの?」

「それはこれを」

 

 薔薇はもう一枚名刺を取り出すと、八幡に渡した。

その名刺には、『VR事業部部長、比企谷八幡』と書いてあり、

薔薇の名刺には、『VR事業部部長、比企谷八幡付秘書』の肩書きが書いてあった。

それには八幡だけじゃなく、他の者も仰天した。

 

「何だよこれ……」

「それくらいボスは、あなたが来るのを楽しみに待っているって事なのよ、分かるでしょ?」

「それにしてもこれは……」

「まあそれ、本当は正確じゃないみたいだけどナ」

「は?まだ何かあるのか?」

「その先は、この私が説明しちゃおっかなぁ」

 

 その時入り口の方から、八幡が今もっとも聞きたくなかった、

とある女性の声が響き渡った。その声の主が誰なのか理解した八幡は、愕然とアルゴを見た。

 

「だからさっき、『中の様子を仲良く一緒に伺ってた』って言っただロ?」

「あれってお前らと一緒にって事じゃないのかよ!説明はもっと正確にしろよ!」

 

 八幡のその叫びを聞き、ソファーに横になっていたエルザが覚醒した。

 

「え……何?」

 

 エルザはよたよたとこちらに歩み寄ると、八幡に言った。

 

「ごめん八幡、私、興奮のあまり意識が飛んじゃってた!で、今はどんな状況?」

「今は俺の、『ソレイユ・コーポレーション』への就職の話をしてたんだがな」

 

 そう言って八幡は、持っていた二枚の名刺をエルザに見せた。

 

「あ、この会社知ってる!すごいね、八幡ってここの部長なんだ!」

「いや、俺はSAOの帰還者用学校に通ってるだけの、ただの高校生だぞ」

「ほえ?じゃあこれは?」

「それを今からあの人が説明するらしい」

 

 その八幡の視線の先にいる女性を見たエルザは、背筋がぶるっと寒くなるのを感じた。

 

「だ、誰……?」

「魔王だ」

「魔王来たあああああああ!」

 

 エルザは大歓喜し、八幡はエルザが気を失わないように、慌ててエルザをなだめた。

その女性はエルザの前に来ると、自己紹介をした。

 

「初めまして、神崎エルザちゃん。私は彼の義理の姉の魔王というべき存在であり、

『ソレイユ・コーポレーション』の社長、雪ノ下陽乃だよ」

 

 陽乃が魔王を自称した事で、八幡も顔色を失ったのだった。


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