陽乃は何かを薔薇に渡すと、こちらに向かって真っ直ぐに近付いてきた。
ゆっこと遥は、新たに乱入してきたその人物の顔に見覚えがあった。
その人物は、先日二人の面接を行った、当の本人だったからである。
「二人とも、その節はどうも。まあ結果は残念なものだったけどね」
「あ、いえ……」
「ど、どうも……」
社会的な地位を伴う人物の登場に、二人はそれまでとは打って変わったように、
大人しめの態度で挨拶を返した。だが内心は忸怩たるものがあったのだろう、
ゆっこはおずおずと、陽乃に質問をした。
「あの……先日はありがとうございました。でも、あの、
私達の何がいけなかったのか、差し支えが無かったら、教えて頂いても宜しいですか?」
「あら、随分と殊勝なのね、さっきまでの態度はどうしたの?」
「そ、それは……」
言いよどむゆっこの姿を見て、陽乃は肩を竦めながら、しかりハッキリと言った。
「全部よ」
「え……?」
「だから、全部」
「で、でも……書類選考の段階では、結構いい感触だったような……」
ゆっこはそんな事を言い出し、陽乃に食い下がったが、陽乃はあっさりとこう言った。
「ああ、それはね、あなた達が、ここにいる八幡君と同窓生だったからよ。
あなた達はね、自分達のまったく預かり知らぬ所で、
彼というコネに頼っていたって事なのよ、この意味が分かるかしら?」
ゆっこと遥はその一言であっさりと打ちのめされた。さすがは魔王である。
「更にあなた達が面接で言ったのは、グローバルだのなんだの、
どこかで聞いたような事ばかり。そもそもグローバルって何よ、うちはソフト産業なのよ?
あなた達の言っている事は、ただの受け売りでしょう?
複数の国に跨る仕事をする?それとも人件費の安い国に、生産拠点を移す?
そういう事が必要な企業もあるでしょう。
でもそんな事、うちの会社にはまったく関係が無い。それなのにあなた達は、
そういった発言しか出来なかった。だからうちはあなた達を必要としなかった、
要するにそういう事よ、納得出来たかしら?」
「は、はい……」
「すみませんでした……」
相手はまがりなりにも、急成長していると評判の企業のトップである。
ゆっこと遥に対抗出来る訳がない。だが、二人はその点については納得したようだが、
八幡の事については納得していないようだった。
「そ、それじゃあこの人はどうして……」
「ん?うちの次期社長に何か文句でも?」
「次期!?」
「社長!?」
「「「「「「「「「「ええええええええええええええええ」」」」」」」」」」
あちこちから驚きの声が上がり、陽乃はきょとんとしながら周囲を眺めた。
「え?私今、何か変な事を言った?」
「姉さん、さすがに今のは唐突すぎると思うのだけれど……」
「え?そう?じゃあ雪乃ちゃんは反対なの?」
「いいえ、大賛成よ」
雪乃もキッパリとそう言い切った。ゆっこと遥は開いた口が塞がらないようで、
少しでも落ち着こうと深呼吸をすると、何とか口を開いた。
「ど、どうしてこんな奴が……」
「そうですよ、何でよりによってこいつなんですか?」
「あら、あなた達はさっきから一体何を聞いていたの?その耳は飾りなの?
それともその耳は、脳に繋がっていないのかしら?」
陽乃は呆れた顔でそう言った。
「あなた達は知らないかもしれないけど、八幡君はリスクヘッジにすごく長けている。
そしてその発想は、常に斜め上をいく。どんな状況でも決して諦めずに、二年間戦い続け、
そして最後の戦いでは……ゴドフリー、説明しなさい」
いきなり指名されたゴドフリーは、まるでそうするのが当たり前だというように、
直立不動の姿勢になり、陽乃の命令に答え、話し始めた。
「ハッ!参謀は、人材を適材適所に配置し、敵すらも己の駒として使いこなし、
難関と言われた七十五層の戦いを、誰一人犠牲を出す事無く乗り切ったのであります!
そして同時に、隠れた敵の正体を、自らの危険を省みる事もなく暴き出し、
ついに我ら全員を、現実世界へと帰還せしめた功労者なのであります!」
ゴドフリーは敬礼をしながら、一息にそう答えた。
「ハル姉さん、何でゴドフリーの名前を……」
「まあ八幡君、今はそれはいいじゃない。ゴドフリー、ご苦労様」
「ハッ、光栄であります!」
そのゴドフリーの説明を満足そうに聞いた陽乃は、次に葉山を近くに呼んだ。
「ねえ隼人、随分八幡君と仲良くなったみたいじゃない」
「ああ、色々と話を聞いたし、比企谷の戦う姿を実際にこの目で見たからね。
それに俺と戸部も、比企谷と一緒に戦った仲間だからね」
「ここにいる人達が相手なら、隼人から説明された方が、
私が話すよりも説得力があるだろうから、それに至る経緯を知る限り全て話しなさい」
八幡はその事までバラすつもりは無かったのだが、
陽乃が何も考え無しにこんな事を言い出すはずもないと思い、沈黙を守る事にした。
「……分かった。皆、SAO事件が終結したと思われた直後に発生した、
百人の未帰還者の事件は知っているか?」
「知ってるよ、葉山君!」
「あれって、解決までに二ヶ月くらいかかったよね?」
「それがどうしたの?」
周りから口々にそんな声が上がり、葉山は満足そうに頷いた。
「世間には一切発表されていないが、それを解決したのがこの比企谷だ」
周りの者達は、一瞬言葉の意味が理解出来ず、沈黙したが、
その意味が段々と理解出来るに連れ、徐々に周りから歓声が上がっていった。
「す、すげえ!」
「これって本物の英雄って奴じゃね?」
「比企谷君、高校の時は変な噂を信じたりして、本当にごめん!」
「参謀があの事件で残された者達を救ったのですか!?さすがですな!」
葉山はその喧騒を受け、静まるようにとゼスチャーをすると、話を続けた。
「比企谷は最初、SAOの中で親しくなり、結婚までしたこの明日奈さんが、
未だに目覚めない事に焦っていた」
「け、結婚?」
「アルゴ部長、あの写真を画面に出して」
「ほいきたボス、すぐに出来るゾ」
いつの間に用意したのか、店内のモニターに、八幡と明日奈の結婚写真が映された。
それを初めて見る者も、既に見た事がある者も、その二人の幸せそうな姿を見て、
何か感じる物があったようだ。
「素敵……」
「比企谷、この幸せ者!」
「いいなぁ……すごくお似合い……」
「これがゲームの中で撮影され、奇跡的にサルベージされた、その時の写真だ」
葉山は軽く説明を加えると、更に話を続けた。
「犯人は、SAOのサーバーを管理していた会社の一社員だった。
比企谷はその事を、わずかな手がかりから突きとめると、
『アルヴヘイム・オンライン』というゲームの中で、その悪事を暴く手段を見つけ、
当時ゲーム内で殺し合いばかりしていた、
『アルヴヘイム・オンライン』のトッププレイヤー達の勢力を結集して戦いを挑み、
そしてついに、この明日奈さんの下へとたどり着き、彼女を解放する事に成功した。
そして現実世界に帰還すると、彼や明日奈さんの命を直接奪おうとしてきたその犯人を、
俺と戸部と三人で力を合わせてねじ伏せ、ついに事件を完全に解決する事に成功した。
これがあの事件の真実であり、その証人が俺と戸部って訳だ。納得してくれたかな?」
その瞬間に大歓声が起こり、皆口々に、納得したぜ、とか、すごい、等の声が飛び交った。
八幡は羞恥からか、顔を赤くして下を向いており、
そんな八幡に、明日奈はそっと寄り添っていた。
「さて、彼らの口から真実が語られた所で、続きは私が説明するわ。
この二つの事件に共通する物は何か。
一つ、彼はどんな状況になっても決して諦めない。
一つ、彼は普段はだらしないように思われるが、実は目的意識を持った彼は勤勉である。
一つ、他人が苦手だと思われていたはずの彼には、意外なほどの交渉力が備わっている。
一つ、彼の下に、多くの仲間や彼を慕う者が集まっている事実から分かる、カリスマ性。
どう?彼以外に、誰に社長の座を譲れって言うの?まさに適格者だと思わない?」
それを聞いたゆっこと遥は、今度こそ何も言えなかった。
明らかに自分達より下だと思っていた存在が、実は自分達よりも高みにいたという事実は、
彼女達の小さなプライドを粉々にへし折ったのだった。
もちろんそれで終わる陽乃では無い。この程度で魔王の名が冠せられる事は無い。
「ところでさ、あなた達が内定をもらった会社の社長さん達って、私の知り合いなんだけど」
それを聞いた瞬間に、二人の顔は引き攣った。
その目に怯えの光が宿ったのを見て、陽乃は満足そうに言葉を続けた。
「まあ今回の事は、特に何も言わないでおいてあげるわ。
あなた達はあなた達に相応しい、小さな幸せを見付けなさい。
そして他の人達にも言っておくわ。薔薇、あれを」
「はい、ボス」
薔薇は陽乃に促され、ビデオカメラを取り出した。
「このビデオカメラには、今の一部始終が撮影されているわ。
つまり、あなた達の顔は、バッチリこのカメラに記憶されている。
それがどういう事か、今見せてあげましょう。アルゴ部長、それじゃあこの子でお願い」
陽乃はゆっこを指差し、アルゴは、心得たという風に、PCを操作し出した。
そしてすぐにゆっこの耳元で、ゆっこの個人情報を囁き始めた。
「……えっ?……嫌、嫌!……もうやめて、それ以上私の個人情報をバラさないで!」
そのゆっこの言葉を聞き、こんな短い時間で、初めて会った者の個人情報を、
簡単に知る事が出来る、この少女は何者なのかと周りの者達は慄然とした。
「……という訳で、うちの会社の力をもってすれば、あなた達全員の個人情報を、
一瞬で全世界に拡散する事が可能よ。もっともここで見た事や聞いた事を、
他の誰にも喋らないと誓いさえすれば、もちろんそんな事はしないわ。
だから安心してくれていいけど、仮にその情報が、匿名掲示板だろうと何だろうと、
どこかの媒体に流れた瞬間に、ここにいる全員の個人情報が世界中に拡散され、
必ずその犯人には人生を終了してもらう用意がある事だけは、忘れないでね」
その場にいる全員が顔を青くし、その陽乃の言葉にこくこくと頷いた。
唯一違う反応を見せたのはエルザだった。
エルザはびくんびくんと痙攣しながら、息も絶え絶えに八幡に話し掛けた。
「は、八幡、やっぱり魔王って、すごいエクスタシーだね!」
「エクスタシーって何だよ、黙れ、この変態が」
その八幡の罵声を聞いた瞬間に、エルザは恍惚の表情に包まれ、意識を失った。
ゆっこと遥は、目に恐怖の色を浮かべながら、すごすごと逃げ出すようにその場を後にし、
その姿をニヤニヤしながら一瞥した陽乃は、八幡と明日奈の下に歩み寄ると、
一転して子供のような表情を見せ、明日奈に懇願した。
「明日奈ちゃん、事件を立派に解決した私を褒めて!」
「さすがハル姉さん、完璧な力押しだったね!」
「でしょでしょ?それじゃあその……私にもご褒美を、ご褒美を一つ……」
「だってよ、八幡君」
「あんたもそれが目的だったのかよ!」
陽乃をあんた呼ばわりしつつも、仕方なく陽乃の頬にキスをした八幡と、
それに無邪気に喜ぶ陽乃の姿を見た者達は、八幡の凄さを嫌というほど味あわされ、
こうしてこの日の同窓会は、参加した者達の間で伝説となったのだった。