ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第223話 結城家への訪問

 明日奈と理事長の拘束から何とか逃れようと、

八幡はキットの到着を、今か今かと待ち構えていた。

そしてキットが見えた瞬間、八幡はこれでやっと解放されると安堵した。

 

「お~いキット、ここだここだ。さあ二人とも、キットも来た事ですし、

そろそろ離れてもらいますよ」

「あら、残念ね」

「仕方ないなあ、理事長、八幡君成分の補給は完了しましたか?」

「ええ、もうバッチリよ」

「それなら良かったです」

 

 八幡は、そんな会話を繰り広げている二人を華麗にスルーし、

嬉しそうにキットの運転席に乗り込んだ。ちなみにその嬉しさの元となっているのは、

羞恥プレイから解放された嬉しさと、自分の手でキットを運転出来る嬉しさの両方である。

キットはその見た目から、ただでさえ目立つ上に、ガルウィングなので、

確実に下校途中の生徒達の注目を集めていた。

女子生徒達は、キットに乗り込む八幡を憧れの目で見つめ、

男子生徒達は、八幡が乗り込むキットを憧れの目で見つめた。

対象は微妙に違えど、結局全ての生徒達に憧れの視線を向けられながら、

八幡は明日奈を助手席に乗せ、キットのエンジンをスタートさせた。

そしてそれを見送る理事長は、キットにこう命令した。

 

「キット、必ず二人を無事に送り届けるんですよ」

『はい奥様、心得ております』

 

 そのキットの声を聞き、驚いた生徒達は、次々とキットに群がり、二人に話し掛けた。

ちなみに女子生徒の会話は、大体こんな感じである。

 

「八幡様、今度私達も、その喋る車に乗せて下さい!」

「はぁ?様?あ、いや、この車はソレイユ・コーポレーションの社用車みたいなもんでな、

一応仕事専用な感じだから、それはちょっと無理なんだよな、すまん」

「仕事ですか!まだ学生なのにさすがです、八幡様!」

「お、おう……」

 

「明日奈、いいなぁ……すごく羨ましい」

「あは、私の自慢の旦那様の、自慢の車だからね」

 

 そして男子生徒の会話は、概ねこんな感じであった。

 

「参謀!その車、喋るんですね!すごいです、さすがです!」

「おう、お前らも、キットの良さを分かってくれるか?最高だろ?」

「はい!」

 

「副団長!今日こそ参謀を焚きつけて、婚約指輪を奪っちゃって下さい!」

「確かにそれは欲しいけど、でもその前に、普通の指輪も欲しいかな」

 

 そんな生徒達に囲まれる二人の姿を見た理事長は、

八幡なら、きっと雪ノ下家をもっともっと栄えさせてくれると確信した。

そしてそんな八幡を、明日奈がしっかりと支えるだろうという事も。

そして八幡は、そろそろ出発すると言って生徒達を離れさせると、

キットを発車させ、そのまま明日奈の家へと向かった。

 

「何かすごい騒ぎになっちゃったね」

「まあ、キットは目立つからな」

『確かに街中でも、よく見られますね』

「それはまあ、運転席に誰も乗ってないからな気もするけどな」

『その可能性は失念していました』

 

 二人と一台は、楽しくそんな会話をしながら、途中で陽乃を拾った後、

あっという間に明日奈の家に到着した。明日奈の父である結城章三と、母である結城京子が、

三人の到着をとても嬉しそうに出迎えた。

 

「お久しぶりです、章三さん、それに京子さん」

「お久しぶりです、あまり顔を出せなくてすみません」

「お父さん、お母さん、ただいま!」

「お帰り明日奈、そして二人とも、よく来てくれたね。さあ、中へ入ってくれ」

 

 こうして五人は結城家の居間へと通された。

応接室ではなく居間なのが、今の五人の関係を端的に表していると言えよう。

 

「ちなみにお二人に報告があります。この度ここにいる八幡君を、

私の後継として、うちの社の社長にする事を決断しました」

「おお」

「あらあら、八幡君はまだ学生なのに?陽乃さん、思い切ったわね」

「まあ彼が何かやらかしても、私がバックに控えてれば何も問題無いですしね」

「が、頑張ります……」

 

 その陽乃の報告に、章三と京子は顔を綻ばせ、八幡は緊張した顔でそう答えた。

 

「我が社としては、君を失うのは惜しかったが、

あの状況では、結果的にベストの選択だったように思う。

外部から、別会社としてALOの運営を引き受けてくれて、健全経営を行ってくれた事で、

確実にわが社の評判は救われた。あのままALO自体のサービス提供を終わらせた場合、

犯罪企業というレッテルを、以後も貼られ続ける可能性があったからね。

本当に感謝しているよ、陽乃君」

「まあ、全て彼の為にやった事なんですけどね」

 

 陽乃は八幡の方を見ながらそう言った。

それを聞いた章三と京子は、とても嬉しそうにこう言った。

 

「君にそこまでさせる八幡君が、私達の息子になってくれるなんて、本当に夢みたいだよ」

「私ももう、明日奈に勉強勉強って言わなくてもいいのね。

ねぇ八幡君、そろそろ私の事を、お義母さんって呼んでくれてもいいのよ?」

「え?あ、それはその……」

「ほらお母さん、いきなりすぎ。八幡君が困ってるじゃない。

それにお母さん、何か突然キャラが違いすぎじゃない?

明らかに昨日までの、口うるさい教育ママじゃ無くなっているんだけど」

 

 その明日奈の主張に、京子はこう反論した。

 

「今の陽乃さんの言葉を聞いたら当然でしょ?あなたは社長夫人になるのよ?

勉強をしなくていい訳では無いけれど、あまり口うるさく言う必要はもう無いじゃない。

あなたがこんな素敵でしっかりした旦那様を捕まえてきてくれたおかげで、

私はあなたの教育に関して、もうあれこれ言う必要が無くなったんだもの。

重圧から解放された訳だし、少しは性格も変わるわよ」

「お母さん、そんなに重圧を感じてたんだ……」

 

 明日奈は京子のその反論を聞き、意外そうな顔でそう言った。

 

「そりゃあねえ、私の実家は、東北で農業をやっていたような家柄だから。

本家の連中には、これだから家柄が低い嫁はと散々嫌味を言われてきた訳よ。

だから私には、明日奈をどこに出しても恥ずかしくない、

誰よりも優秀な娘に教育しなくてはという重圧があったって訳」

「本家、ですか?」

 

 八幡は、その京子の話は初耳だったらしく、そう尋ねた。

 

「まあ、その話はいずれ、ね」

「あ、はい」

 

 そこで話が一旦途切れたのを見て、次に章三がこんな事を言い出した。

 

「京子、ずるいぞ!八幡君、是非私の事も、お義父さんと呼んでくれたまえ」

「お父さんもお母さんも、八幡君の事が好きすぎだよ……まあ、別にいいんだけど」

「うちの両親もこんな感じなのよねぇ……

まったく、こんな人たらしに育てた覚えは無いんだけどな」

「奇遇だな、俺も姉さんに育てられた覚えは、一切無い」

 

 そのやり取りを受け、五人は楽しそうに笑った。

そして居間に着くと、八幡は、今日の本題について、真面目な顔で話し始めた。

 

「実はですね……」

 

 八幡は、クラディールという男がどういう人間かを、主観を交えず、

出来るだけ客観的に二人に説明した。そしてエルザだけではなく、

他のアーティスト達の為にもクラディールを排除したいという希望を二人に伝えた。

もちろん倉エージェンシーとの提携の話も忘れてはいない。

 

「何だそいつは!おい京子、ちょっとそのクラディールって奴を殺しに行ってくるぞ」

「あらあなた、私も行くわよ、そんな気持ち悪いストーカー男は、

その時の明日奈の気持ちを考えると、絶対にこの世に存在させておく訳にはいかないわ」

「お父さん、お母さん、落ち着いて!一応もうあいつには、八幡君が制裁を加え済だから!」

 

 いきなり殺害予告をした両親の姿を見て、明日奈は慌てて二人を止めた。

 

「大丈夫です、明日奈には指一本触れさせませんでしたから。

おまけにしっかりとぶちのめしておきました」

「おお、さすがは我が息子だ!」

「さすがね、八幡君!」

 

 二人はその八幡の言葉を聞いて落ち着いたのか、ソファーに座りなおし、

そのまま会話が続けられる事となった。

 

「神崎エルザか、今一番の注目株らしいね」

「まさか彼女が八幡君の友人だなんてねぇ、世間は狭いわね」

「友人というか、扱いとしては部下みたいなものですけどね」

 

 さすがに下僕とは言えず、八幡は無難にそう説明をした。

 

「ほうほう、部下とまで言うのかね。つまり、倉エージェンシーから独立するとは言え、

君の力があれば、独立後の彼女とも契約を結ぶ事が可能という訳かい?」

「はい、おそらく喜んで、レクトのゲームのイメージソングを歌ってくれると思います。

元々そういうのにはまってる奴なんで。家電関係に興味を示すかどうかは不明ですけどね」

「なるほど、どうやらわが社にとっても、その話はメリットしか無いようだ。

神崎エルザは、さっきも言ったが、今一番注目されているアーティストだからね、

我が社が他の社に先んじて契約を結べれば、当然大きな利益をわが社にもたらすだろう」

 

(実際はただの変態なんだけどな……)

 

 八幡は内心でそう思いつつも、その章三の言葉に頷いた。

 

「しかし一つ問題があってね……」

「問題、ですか?」

「おそらくその話は、結城本家が許さないと思う」

「ここで本家の話が出てくるんですね」

 

 八幡は、先ほどの京子の言葉を思い出し、そう言った。

章三は、少し渋い顔をしながら、八幡にこう質問をした。

 

「八幡君、私の名前はもちろん知っているよね。

その私の名前について、何か思う事は無いかい?」

 

 八幡は、その質問に意表を突かれたが、素直に思いついた事を言った。

 

「前から思ってたんですけど、もしかして章三さんは、三男なんですか?」

「そう、その通りなんだ。要するに問題はそこなんだよ。

さっき京子が言っていただろう?京子が東北の農家出身だとね。

実は私には、兄が二人いたんだ。そのせいで、私が家を継ぐ可能性はまったくは無いと思い、

小さい頃からほとんど家に縛られず、好きに生きてきた。

その為、お堅い本家の連中からは完全に無視されていたんだよ。

私は結城本家にとっては、いないも同然の人間だったんだ。

まあ私はそんな事は、まったく気にしていなかったんだけどね。

そして兄二人が、親に結婚相手を決められ、名家の令嬢とお見合いで結婚したのに対し、

私は当時付き合っていたこの京子と、大恋愛の末に結婚した。

当時は本当に、三男に生まれて良かったと思ったよ。親が勝手に決めた相手とではなく、

本当に自分の愛する人と結ばれる事が出来たんだからね」

「もう、あなたったら……」

 

 その仲が良い二人の姿を見て、八幡も本当に良かったと感じた。

 

「ところがその兄二人が、両親と共に事故で死んでしまってね、

会社を私が継ぐしかなかくなってしまったんだよ。

本家の人間は、今まで邪険に扱ってきた私がいきなり会社を継ぐ事になってしまい、

急に態度を変える事も出来なかったんだろうね、

そんな悪い関係を継続した状態で、そのまま今に至っていると、まあそういう訳なんだ」

「なるほど、そんな事情が……」

 

 章三はその八幡の言葉に頷くと、続けてこう言った。

 

「私がたまたま出会った茅場君と意気投合し、彼の協力を得て、

会社をとんでもなく大きくする事に成功して、結城本家以上の経済力を持つ事になった為、

余計に彼らとしては、プライドを傷付けられたんだろうね、

彼らは事あるごとに、うちの家に嫌味を言ってくるようになったんだよ。

卑しい成り上がり者だとか、家柄が低いくせに、とかね。

会社の規模からすると、もううちが本家みたいなものだし、

こちらとしては、もう縁を切ってしまってもいいと思うんだが、

あちらもそれなりにまだ力のある家だからね、中々ふんぎりがつかなくてね」

「なるほど……でも、その事と倉エージェンシーの事と、どう繋がるんですか?」

 

 その八幡の疑問に、章三はこう答えた。

 

「結城本家は、京都で大きな病院を経営しているんだ。結城総合病院と言うんだがね、

もちろん系列病院も沢山ある。で、そこの病院が昔から、

いくつかの大手の芸能プロダクションに出資していてね、

中堅で、特にバックを持たない倉エージェンシーと、うちが独自に契約を結ぶとなると、

おそらくそれに猛反対してくると思うんだよ」

「そういう事ですか」

 

 八幡はその説明を聞き、しがらみが多い家は大変だなと思ったが、

八幡にとっては、もうすぐ他人事では無くなる話でもある。

当然八幡の考えは絶縁一択であるのだが、そう簡単にいく問題でも無いのだろう。

八幡はとりあえず章三に、今この場にいない者の考えを聞く事にした。

 

「浩一郎さんはその事について、何て言ってるんですか?」

 

 明日奈の兄、結城浩一郎は、今はレクトの社員として働いていた。

浩一郎は、レクトの次の社長の予定のはずなので、

八幡は先ず、彼の考えを把握しておきたいと考えたのだった。

 

「浩一郎も私同様、本家なんかどうでもいいと思っているよ。

でも本家と表立って揉めると、うちの会社にもどうしても影響が出るんだよね」

 

 レクトはただのゲームメーカーでは無く、総合的に事業を展開している。

その中には、医学分野の機器も含まれている為、

かなりのお得意様でもある結城本家と、安易に敵対する事も出来ない。

その事を理解した八幡は、何かいい手は無いかと考え始めたが、

そんなに簡単に、いい解決方法を思いつく訳も無かった。

 

「ちなみに八幡君は、今の話を聞いて正直にどう思ったんだい?」

「そうですね……」

 

 八幡は、言葉を飾る事も無くハッキリとこう言った。

 

「理想を言えば、縁を切った上で、潰すか排除したいですね」


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