ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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凛子は、原作よりも、少し姉御肌な女性に設定してあります。

2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第228話 友達のいない二人

 そんな二人を見て、どうしたものかと、残りの四人はまごまごしていたのだが、

凛子はそれに気付くと、今思いついたという風に四人に言った。

 

「今日は泊まっていくでしょう?そっちの奥に個室があるから、

そこで先にゆっくりしているといいわ。部屋の中のモニターにナビがついてるから、

それで調べてもらって、お風呂とかは好きに入っていいわよ。

ちなみに温泉なんだけど、当然混浴よ。でも湯浴み着も用意してあるから、

気にしないでみんなで入るといいわ。食事はどうしようかしらね……」

「あっ、それなら私が作りますよ。八幡君、和人君、手伝ってね」

「本当に?それは助かるわ、それじゃ、準備が出来たら呼んで頂戴ね」

「はい!」

 

 こうして、無事にメディキュボイドを入手する事が出来た八幡一行は、

長野の山奥で一泊する事になったのだった。

そして部屋に向かう途中、菊岡がおどけた調子で八幡に言った。

 

「八幡君にまた一人お姉さんが増えるのかな。

しかしあの二人、仲がいいんだか悪いんだか、まあ頑張ってくれよ、八幡君」

「相性は悪くないと思うんですけど、何の話をつけるんですかね」

 

 菊岡はその八幡の言葉に、何を言っているんだという調子でこう言った。

 

「それはあれだ、当然君の取り合いだろう?」

 

 その菊岡の言葉に、八幡は首を横に振った。

 

「多分それは口実ですね、凛子さんの方が、

ハル姉さんと二人っきりで何か話をしたかったような、そんな気配を感じましたね」

「あ、それ、私も思った」

 

 その八幡の言葉に、明日奈も同意した。

 

「明日奈もそう思ったか」

「うん、多分茅場さん絡みの事なんじゃないかな。

凛子さんは茅場さんの恋人だったみたいだし、

ハル姉さんは茅場さんとお見合いした訳でしょ?

だから凛子さんは、何かハル姉さんに言いたい事でもあったんじゃないかな」

「まじかよ、修羅場って奴か?俺、全然そんな事気が付かなかったよ」

 

 和人が少し落ち込んだようにそう言った。そんな和人に八幡は言った。

 

「そんなの分からない方がいいんだよ。お前は修羅場なんか経験せずに、

このまま自分の恋を全うしてくれ」

「う、うるさいな、言われなくても分かってるよ」

 

 和人は照れたようにそう言い、菊岡は、そんな若い三人を微笑ましく見つめていた。

 

「でも八幡も明日奈も、よくそういうのが分かるよな。

実は二人とも、修羅場ってほどの修羅場にはなってないだろ?

明日奈が、修羅場になる前に全部叩きつぶす訳だしさ」

「それはそうだけど、でもその代わり、八幡君に恋する人の視線には敏感になったから、

まあ今回の事はその延長だよ」

「なるほど、確かに明日奈も大変だよな……

まあ仲間内だと、完全に手綱を握ってるみたいだから、そこは問題無いだろうけどな」

 

 その和人の言葉に、明日奈は呆れたように言った。

 

「何言ってるの和人君。仲間内だけの話じゃなくてね、

実は里香だって、すごく苦労してるんだよ」

「え……まじで?」

「うん、だって八幡君も和人君も、うちの学校じゃ王子様って呼ばれてるし、

私も里香も、仲間内ならまあ問題無いんだけど、

次から次へと押し寄せる外部の女の子達を牽制するのが、すごく大変なんだよ?」

「王子様?何だよそれ」

「和人、知らなかったのか?実はな……」

 

 八幡は和人に、自分達が王子と呼ばれている事を説明した。

それを聞いていた菊岡は、思わず噴き出した。

 

「ぷっ……ごめんごめん、何か随分とすごい事になってるんだね」

「菊岡さん、笑い事じゃないです。おい、どういう事だよ明日奈」

「言葉通りだよ、学園のダブル王子、八幡君と和人君だよ。

だから、何とか二人とお近づきになろうとする子が沢山いて、私達も苦労してるんだよ」

 

 二人は明日奈のその言葉に呆然とした。

 

「俺もなのか……明日奈、なんかすまん……」

「まじかよ、今度里香に何かプレゼントでもしてやらないと……」

「まあ八幡君に関しては大丈夫。さすがに私は顔が売れてるから、

ちょっかいを出そうという子はそんなに多くないかも。でも里香はなぁ……

ねぇ和人君、今度里香に指輪でも送ってあげれば?

それを里香がアピールすれば、大分違うんじゃないかな」

「考えとく……」

 

 和人は知らなかったとはいえ、里香にそんな苦労をかけていた事を知り、少しへこんだ。

そんな和人に、八幡はニヤニヤしながら言った。

 

「せっかくだから、その指輪を左手の薬指にはめて、『里香、結婚してくれ!』

とか言ってみたらどうだ?もちろん学校の皆の前でな」

「そうだよ和人君、せっかくだから、『お父さんお母さん、里香を僕に下さい!』

って練習すればいいと思うよ?」

 

 明日奈もそれに乗っかり、それを聞いた和人は、顔を赤くしてこう言った。

 

「二人とも、この前俺が学校で言った事への仕返しかよ!」

「何の事だ?俺はただ、親切心で言ってるだけだぞ」

「そうそう、二人の幸せを願っての言葉だよ」

「ぐっ……」

 

 そんな二人に菊岡が、笑いながら言った。

 

「部屋に着いた事だし、二人とも、和人君をいじるのはそのくらいにしておいてあげなよ」

「ですね」

「は~い」

「いじってた事は否定しないのかよ!」

 

 そう和人に突っ込まれた八幡は、嬉しそうにこう言った。

 

「お、和人、いい突っ込みだな。最近は俺が突っ込み担当になってたから、

こうやって他人から突っ込まれるのは、何か新鮮ですごくいいぞ。

やっぱり俺の相棒は和人だけだな」

「それは別に嬉しく無いから!」

「おお……もう突っ込み王の称号は、和人の物だな」

「はぁ、じゃあもうそういう事でいいよ……」

「で、部屋割りなんだが、どうする?」

「いや、そこは突っ込めよ八幡!」

 

 明日奈と菊岡は、そのやり取りに大笑いした。

八幡と和人も、顔を見合わて楽しそうに笑った。

その後落ち着いた四人は、改めて部屋を確認し、考え込んだ。

 

「三部屋か、どうやって分ける?」

「俺と菊岡さんが一部屋、陽乃さんが一部屋、八幡と明日奈で一部屋だろ?」

 

 和人のその言葉に敏感に反応したのは、明日奈だった。

 

「か、和人君、そういうえっちなのは、まだ早いと思うんだ」

 

 そんな明日奈の頭をぽんと叩き、八幡は明日奈に諭すように言った。

 

「明日奈、和人はそこまで言ってない。ただ泊まるだけだと思って言ってるだけだぞ。

とりあえず落ち着け、な?」

 

 明日奈はその言葉で我に返ったのか、真っ赤な顔をして、八幡の後ろに隠れた。

和人はさすがにからかう事も出来ず、何と言っていいか分からないようで、

困った顔で八幡を見た。八幡は涼しい顔で事もなげに言った。

 

「俺と和人で一部屋、ハル姉さんと明日奈で一部屋、

俺達に聞かせられない政治的な話もあるだろうから、菊岡さんが一部屋、これでいいだろ」

「そ、そうだね、うん、それがいいと思うな!」

「そうだな、それがベストだな!」

 

 和人と明日奈は、気まずさを振り払うようにそう賛成し、菊岡もその意見に頷いた。

 

「それじゃ、荷物を置いたらご飯の準備ね。台所の場所も調べなきゃだね」

「だな、とりあえず菊岡さんは、部屋で事務手続きとかをしちゃってて下さい。

飯が出来たら呼びに来ますね」

「すまないね、八幡君。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 こうして四人が各部屋に分かれた頃、陽乃と凛子は二人だけで話をしていた。

 

「あっちは楽しそうね」

 

 凛子のその呟きに、陽乃はこう答えた。

 

「あの三人は、言うならば戦友なんだしね、そりゃ仲良くもなるわよ」

「戦友、か……本当なら、私と晶彦もそのはずなんだけどね」

「で、話って何?もちろん姉云々の話じゃないんでしょ?」

「そうね……」

 

 凛子はしばらく黙った後、用件を話し始めた。

 

「昔晶彦がね、あなたの話をした事があったのよ。

あの人から女性の名前が出てくるなんて、すごく珍しい事でね、今でもハッキリ覚えてる」

「へぇ~、生意気そうな奴だったとか、気が強そうだったとか、そういう話?」

「ううん、あの人が言うにはね、あなたは、すごくつまらなそうな人だったって」

「へぇ~……」

 

 陽乃は、目を細めると、攻撃的な口調でこう言った。

 

「人の事をつまらない女だなんて、随分好き勝手な事を言っていたのね、あの男」

 

 その言葉を受け、凛子は慌ててこう言い直した。

 

「ごめんなさい、私の言い方が悪かったわ。

世の中の何もかもを、つまらなく感じているように見えた、彼はそう言っていたの」

「全然意味が違うじゃない。でもそうね……確かにそうだったかもしれないわ」

「でも今のあなたは本当に楽しそう。とても晶彦の言っていたような人には見えないわ」

 

 陽乃はその言葉にぐっと喉を詰まらせ、凛子の事を睨んでいたが、

やがてフッと力を抜いたかと思うと、凛子に言った。

 

「まあ、こんな事で突っ張ってても仕方が無いわね、その通りよ。

今の私は、毎日がとても刺激的で、楽しいわ」

「何があなたをそう変えたの?」

「そんなの決まってるじゃない、八幡君の存在よ」

 

 そう言い切った陽乃の顔を、凛子は黙ってじっと見つめていた。

その視線を受けて陽乃は、少しバツが悪そうにこう言った。

 

「……と、言いたい所なんだけど、それは多分、副次的な物なのかもしれないわね。

私は妹の頼みで彼を救おうと決意し、その過程で、私は彼の為だと自分に言い訳し、

妹と和解して、生まれて初めて親に逆らった。要するに親の敷いたレールから外れたの。

そしてそれは結果的に上手くいった。私達は、親に課された条件をクリアし、

そこで私は生まれて初めて自由になり、彼の為にありとあらゆる事をやったわ」

 

 陽乃はここで一息つき、凛子の反応をチラリと見ると、話を続けた。

 

「そして私は、モニター越しに、彼の成長を見守る事になった。

それはあくまで数値でしか無かったけれど、その数値の成長を見ながら、

私は色々な妄想をした。彼は今、何と戦っているのだろう、

もし私がそこにいたら、どうなっていただろう、とね。

そして私はいつしか、彼に恋をしてしまっている事に気が付いたわ。

そしてついに彼が戻ってきた。彼は戻ってからも、自分の大切な人を救おうと戦っていた。

そんな彼を見て、私は再び恋をした。ずっと我慢していた私は、

一度だけ我慢出来なくなって、彼に自分の妄想の事を話したわ。

そんな私を、彼は一切拒絶せず、とても素敵な想像ですねと言ってくれた。

その上で彼は、私の事を、特別で尊敬出来る大切な人だと言ってくれたわ。

それを聞いた時、私の恋は一応落ち着き、私は新たに大切な弟と妹を得た。

そして今、私は親の希望をも飲み込み、彼と共に更に羽ばたこうとしている。

だから今、とても楽しいわ。毎日が薔薇色に見える。どう?羨ましいでしょ?

あなたもそろそろ、色々な期待から解放された私を見習って、

茅場の亡霊から解放されてもいいと思うわ」

「……やっぱり、分かっちゃう?」

 

 凛子は搾り出すような声で、そう言った。

 

「私は好きな人に、こんな形だけど受け入れてもらった。でもあなたは違うものね。

もし私が八幡君に拒絶されてたらって想像したら、正直かなりしんどいもの。

あなたの場合は、受け入れてくれる人も解放してくれる人もいないから、

自分で自分を解放するしかない。それはとても大変な事よね」

「……私もあなたみたいに自由になれるかしらね」

 

 凛子のその問いに、陽乃はあっけらかんとこう答えた。

 

「私とあなたは違うから、正直何とも言えない。でもまあ研究に没頭してもいいし、

他に好きな人を作ってもいいでしょう。もしくは、またどこかで彼に会えると信じて、

その為に頑張ってみるのもいいんじゃないかしらね」

「また会えると信じて、か」

「まあ、その確率を一番高くする為には、八幡君の傍にいるのがベストでしょうね。

何たって彼、茅場の唯一のお気に入りですものね」

「ふふっ、確かにそうね。はぁ~、何かスッキリしたわ。

内緒の話を聞かせてくれて、本当にありがとね、陽乃」

 

 そう言われて、自分が何を話したのか思い出した陽乃は、珍しく頬を赤く染め、

軽く抗議するように凛子に言った。

 

「……何で私、あんたにあんな事を話しちゃったんだろ、本当に謎だわ」

「ふふっ、多分それは、私の事を対等な人間だと認めてくれたからじゃないかしら。

あなた、友達いないでしょ?」

 

 そう言われた陽乃は、ぐっと言葉に詰まると、こう反論した。

 

「それはあなただって同じでしょ?」

「ええ、そうよ」

 

 凛子にあっさりとそう返された陽乃は、それ以上何も言えず、

毒気を抜かれたように押し黙った。そんな陽乃に、凛子は笑顔で言った。

 

「ねぇ、それじゃあ陽乃、良かったら、私の友達になってくれない?

私も最近寂しいのよ、色々と愚痴を言ったり出来る相手もいないしね。

初めて話した時、あなたとなら上手くやっていける気がしたのよね。

あなたも私となら友達になれるんじゃないかって、本能で感じたから、

こうして色々と話してくれたんじゃない?」

「……そう、最初からそれが目的だったのね」

「嫌……なのかしら、それなら諦めるけど」

「そうね……」

 

 陽乃は俯いて考え込んだが、やがて顔を上げ、どこかスッキリした表情でこう言った。

 

「私のあだ名、魔王って言うのよ。それでもいいかしら?」

 

 そんな陽乃に、凛子はとても嬉しそうにこう言った。

 

「問題無いわ、これから宜しくね、魔王」

 

 そう言って差し出された凛子の手を、陽乃はしっかりと握り返した。

二人は以後、親友と呼べる関係になり、共に八幡を支えていく事になる。

そしてその頃、菊岡は一人ベッドに腰掛け、こう呟いていた。

 

「これで厚労省の依頼もクリアっと。ついでに経産省に頼まれている、

オーグマーとやらの開発に、凛子さんの協力が得られればなぁ……

まあそのうち、八幡君と陽乃さんに相談かな。今はとにかくメディキュボイドだしね。

それにしてもオーグマーか、何かあれ、うさんくさいんだよなぁ。

一応何かあった時の為に、監視だけはしておいた方がいいよなぁ……」

 

 八幡の知らぬ所で、他にも色々と、事態は動き続けているのであった。




最後のパートは、まあ開発時期がこれくらいかなと。

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