ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第237話 私達、長い付き合いになりそうね

「え?本当にここ……なの?」

「ああ、ここだぞ」

「そ、そう……」

 

 詩乃が八幡に連れられてきたのは、都内某所の一流ホテルだった。

詩乃は困惑し、本当にここでいいのか八幡に尋ねたのだが、どうやら間違いないようだ。

詩乃はその格調の高さに、自分だけが場違いな気がして、ぼそっと呟いた。

 

「私なんかがこんな店に来る事になるなんて……しかもこんな格好で」

 

 その詩乃の言葉が聞こえたのか、八幡は少し怒った声で言った。

 

「あ?お前、何を言ってるんだよ、お前が入れなかったら、

世界中のほとんどの女性が入れないって事になるだろ。お前は十分かわいいし、

服装だってちゃんとしてる。私なんかとか言うのは、そろそろ卒業しようぜ」

「ご、ごめんなさい、つい……」

「まあ、ついさっきまで、きつい環境で生活してたんだろうから、

その気持ちは分からなくもない。だがとりあえず、お前の高校生活に関する問題は、

俺がハッキリと潰したはずだ。残るは……まあそれは、ゆっくり直してこうぜ。

俺も全力で手伝うから、な?」

 

 詩乃は、その八幡の優しさに、再び頬が熱くなるのを感じた。

そして詩乃は、その感情を隠そうと、わざとおどけながら八幡に言った。

 

「そっちはあんたの予言した、その時が来たら解決するんじゃない?」

「そうだな、それでお前を取り巻く問題は、ほとんどが解決される事になるだろうな」

「ふふっ、そうだといいんだけど」

「いいんだけどじゃない、やるんだ、詩乃」

「あっ……う、うん、やる、そうだね、やるよ!」

 

 詩乃は八幡にそう言われ、決意を新たにし、力強く八幡に返事をした。

 

「そうだ、その意気だ、詩乃」

 

 それを聞いた八幡は、満足そうに詩乃にそう言った。

そして二人はエレベーターを使い、目的の店へと向かった。

店に着くと八幡は、店員に自分の名前を告げた。

 

「すみません、予約していた比企谷です」

「はい、お待ちしておりました比企谷様。お席までご案内しますね」

 

 そして移動の最中、八幡は詩乃にそっと囁いた。

 

「おい詩乃、着いたら多分、すごく驚くと思うけど、絶対に大きな声は出さないようにな」

「えっ……あんた、まだ何か隠してるの?」

「別に隠してる訳じゃない、俺だってその時は驚いたんだからな」

「そ、そうなんだ、まあうん、分かった、覚悟する」

 

 そして席に着いた詩乃は、当然のように大きな声を出しそうになり、

慌てて自分の口を抑え、何とか声を出さない事に成功した。

 

「か……神崎エルザ?」

「やっほー、シノノン。初めまして、私がピトフーイだよ」

「えっ……てっきりシズあたりだと思ったのに、よりによってピトなの?

うわ、私、人生観変わっちゃいそう」

 

 そんな失礼な事を言う詩乃に対し、エルザは嬉しそうな顔で言った。

 

「人生観?そんなのシャナに会った時から、とっくに感染して変わってるんじゃない?」

「あ……それは確かに……私ももう、とっくに感染してたみたい」

「おいお前ら、当たり前のように俺をばい菌扱いするんじゃねえ」

「ご、ごめんなさい……ぷぷっ」

 

 詩乃は謝りながらも、笑いを堪えるのに必死のようだった。

それを見たエルザは大声で笑い始めた。

 

「あははははは、やっぱりシャナは面白いね!シノノンも期待通りだよ」

 

 そのエルザの大きな声に危惧を覚えたのか、八幡はエルザに注意した。

 

「おいピト、あまり大きな声で笑うんじゃない。他のお客さんに迷惑になるだろ」

「え?だって、誰もいないよ?」

「は?」

 

 八幡はそう言われ、慌てて周囲を見回したが、確かに店内には誰もいなかった。

 

「おいシズ、これ、どうなってるんだ?」

「えっと、昨日姉さんにね、今日の話をしたんだけど、そしたら、

面白そうだから、店を丸ごと貸し切るわって……」

 

 それを聞いた八幡は、店内に向かっていきなり叫び始めた。

 

「おいこら姉!どこに隠れていやがる。いくらなんでも非常識すぎるだろ!」

 

 その八幡の台詞に思わず噴き出したのか、近くの植え込みの後ろのテーブルから、

聞き覚えのある笑い声が聞こえ、八幡は迷わずそちらへと向かった。

 

「やっぱりいたか、この馬鹿姉!」

「ぷっ……くくっ……あははははは、さっきから、何よそれ。

おいこら姉、この馬鹿姉って、面白すぎるでしょ、ぷっ、ぷぷっ……」

「誰のせいだと思ってんだよ!」

 

 八幡はハァハァと肩で息をしながら、少しでも落ち着こうとそのまま深呼吸をした。

 

「まあまあ落ち着いて、八幡君。実はここの店はね、私もよく利用するのよ。

で、今回の話をしたら、店のオーナーが、是非貸し切りにさせて下さいってね」

「あ?え?それって、先方からって事ですか?姉さん」

「ええそうよ、せっかくだから、今後の為にもオーナーを紹介しておくわね」

「あっ、はい」

 

 この展開は、さすがの八幡も予想すらしていなかったようで、

とりあえず八幡は席に着いて、オーナーが来るのを待つ事にした。

そんな八幡に詩乃が話し掛けた。

 

「ねぇ、あの綺麗な人は、八幡のお姉さんなの?」

「ああ、あの人は、ソレイユの現社長で、俺と明……シズカの精神的な姉みたいなもんだ」

「あ、そうそう、その事で提案があったんだったわ。

ねえ、今日は一応、素性を隠す為にゲーム内の呼び名でって話だったけど、

私以外は皆、お互いの本当の名前とかを知ってる訳じゃない。

だから今日も、普通に本名で呼び合う事にしない?」

「お前が良ければ別に問題は無いが……でもいいのか?」

「だって、私だけが皆の名前を知らないなんて寂しいじゃない。

私はこのメンバーなら、まったく問題はないわ」

「そうか、じゃあそうしよう」

 

 その詩乃の提案を聞いた八幡は、すぐに頷いた。

 

「それじゃあ早速初めまして。私はシノンこと、朝田詩乃よ」

「私はシズカこと、結城明日奈だよ、宜しくね、シノのん」

「あ、よく考えたら、私は結局シノのんなんだね……っていうか、シズ、かわいい」

「ふふっ、ありがとう、シノのん」

 

 そして次に、小町が自己紹介をした。

 

「ベンケイこと、比企谷小町です!お兄ちゃんの妹です!」

「あ、やっぱり?八幡に似てると思ったんだ」

「ああ……よく言われます」

「ねえ小町ちゃん、何でそこは棒読みなの?お兄ちゃんは悲しいわ」

「え~、だって、お兄ちゃんに似てるって言われてもなぁ……」

「え?」

 

 詩乃はその小町の言葉が意外だったのか、きょとんとした顔で小町に言った。

 

「そうなの?だって八幡はこんなに格好いいじゃない」

「え?」

 

 その言葉に、逆に小町がきょとんとした。そして八幡の顔をまじまじと見つめた後、

小町はあっと叫びながら、納得したように言った。

 

「お義姉ちゃん、今小町に、すごいパラダイムシフトが起こったよ!」

「パラダイムシフト?一体どうしたの、小町ちゃん」

「えっと、えっと、今のお兄ちゃんって、昔と違ってすごく格好いいから、

お兄ちゃんに似てるって言葉が、いつの間にか褒め言葉に変わってるの!」

「あ~!」

「おい小町、多分褒め言葉なんだろうけど、ちょっとお兄ちゃん、

悲しい気持ちになってきちゃったから、そのくらいでやめようね」

 

 八幡のその言葉に、一同は笑った。そして次にエルザが自己紹介をした。

 

「えっと、私は……」

「うん、エルザの事は、誰でも知ってるし、飛ばしてもいいね」

「ちょっ、シノのん、ひどい!」

「え~、だってそうだよね?」

 

 その詩乃の言葉に、他の者達は、うんうんと頷いた。

 

「う~……神崎エルザです!以上!」

「あ、エルザ、家宝にするから、後でサイン頂戴ね」

「えっ、本当に?うんうん、するする!これでシノのんも、エルゼストの仲間入りだね!」

「えっと……」

「ん、何?」

「エルゼストって……何?」

「え~?」

 

 エルザは、いかにも不本意ですという顔で説明を始めた。

 

「シノのん、ピアノを弾く人は?」

「ピアニスト」

「バイオリンは?」

「バイオリニスト」

「エルザを弾く人は?」

「弾くって何よ……エ……エルゼスト?」

「はい、正解!」

 

 嬉しそうにエルザにそう言われ、詩乃は困ったように八幡を見た。

 

「エルザがこういう奴だってのは、GGOで嫌っていう程分かってるだろ、

もう色々と手遅れだから、諦めろ、詩乃」

「う、うん……」

「八幡、それはさすがにひどいよ!」

「そう言いながらお前、何でそんなにニヤニヤしてるんだよ……」

「え~?私、そんなにニヤニヤしてるかなぁ?あ、本当だ、私今、興奮してるかも?」

「よし、次にいこう、ロザリア、出番だ」

「やっぱりひどい!でもそんなあなたがパラダイス!」

 

 八幡はそんなエルザを完全に無視し、薔薇の方を見た。

その視線を受け、薔薇が自己紹介を始めた。

 

「えっと、薔薇と書いてソウビと読みます、宜しくね」

 

 そしてその場を沈黙が支配した。

 

「えっと……」

「……なあ薔薇」

「な、何よ」

「今気が付いたんだが、俺、お前のフルネームを知らないんだが……」

「ま、まあそれは別にいいじゃない」

「いや、良くない。よし、命令だ薔薇、さっさと本名を言え」

「えっと……どうしても?」

「ああ」

 

 薔薇はその言葉に、かなりの葛藤を見せたが、主人である八幡の命令であり、

他の四人もわくわくしながら薔薇の事を見つめていたので、

薔薇は顔を赤くしながら小声で言った。

 

「………猫よ」

「あ?さすがに難聴系主人公じゃない俺でも、今のは聞こえなかったぞ」

 

 そして薔薇はやけになったのか、八幡に向かって大声で言った。

 

「小猫よ小猫!小さい猫で小猫!私のフルネームは、薔薇小猫よ!何か文句ある?

自分でもおかしな名前だって分かってるわよ、でも名前は自分じゃ決められないのよ!」

「そ……」

「そ?」

「薔薇って苗字だったのか……てっきり名前だと思ってたわ……」

 

 その八幡の言葉に、呆れた顔をした薔薇は、諭すように八幡に言った。

 

「あんたが最初に私の名前を知ったのは、私のネームプレートからでしょ?

そもそも会社のネームプレートに、自分の下の名前だけを書く社会人がどこにいるの?」

「お、おう、正論すぎてぐうの音も出ないわ」

 

 八幡が、そう言いながらスマホを操作し始めたので、

薔薇は何をしているのかと思い、八幡に尋ねた。

 

「……あんた、それ、何をしているの?」

「い、いやな……お前の登録名、拾った子犬にしてあったんだよ……

だからな、拾った小猫に変えようと思ってだな……」

「あ、あ、あ、あんたね、一体私を何だと思ってるのよ!」

「自分で言ったんだろ、拾った子犬……いや、小猫だ」

「分かったわよ、もうそれでいいわよ!」

「お、おう……じゃあ変えとくわ……」

 

 そして他の四人は、堪えきれないように笑い出した。

 

「ぷっ……」

「ぷぷっ……」

「うっ……ぷっ……」

「あはははは、皆、笑っちゃ悪いよ、あははははは」

「や、やっぱりおかしいわよね、小猫だなんて……うぅ……」

 

 そんな落ち込む薔薇の姿を見た明日奈が、慌てて薔薇に言った。

 

「ち、違うの、面白かったのは、今の二人のやり取りにだからね。

小猫って、とってもかわいくて素敵な名前だと思うから、

だから薔薇さん、何も気にしなくていいんだよ!」

「そうだよ薔薇ちゃん、むしろ私なんか、すごく羨ましいよ!」

「本当に……?」

 

 小町と詩乃も、そのエルザの言葉に同意し、薔薇は涙を拭いて笑顔を見せた。

こうして全員の自己紹介が終わった頃、陽乃と共に、店のオーナーが現れた。

 

「八幡君、明日奈ちゃん、この店のオーナーの、明星さんよ」

「明星です、あなたの事は娘からよく聞いてました。どうしても直接お礼が言いたくて、

是非お会いしたかったんですよ。本当にありがとう、八幡さん、明日奈さん」

「初めまして、比企谷八幡です」

「結城明日奈です。あの、よく聞いてたって事は、お嬢さんはもしかしてSAOに?」

「はい、あなた達のおかげで、また娘に会う事が出来ました。

おい、恥ずかしがってないで、早くこっちに来なさい」

「う、うん」

 

 厨房の方から、女性の返事が聞こえ、二人はそちらの方を見た。

その女性の顔を見た二人は、同時にその女性の名前を呼んだ。

 

「ヨルコさん!」

「ヨルコさんじゃないですか!」

「八幡さん、明日奈さん、お久しぶりです」

 

 明日奈とヨルコはしっかり抱き合い、八幡も、再会を喜ぶように二人の隣に立った。

 

「お二人には二度も命を救って頂きました。一度目はラフィンコフィンに襲われた時、

そして二度目はゲームをクリアした時です。SAOをクリアしてくれたのはあなた達ですよね?

あの時はいきなりで本当にびっくりしましたよ。でも本当にありがとうございました。

あ、私の本名は、そのまま明星夜子です。それと夫を紹介しますね。あなた、早く」

「待ってくれ、今行くから」

 

 そして次に姿を現したのは、やはりというか、カインズだった。

 

「カインズさん!」

「お二人は、結婚したんですね」

「はい、あの時は夫婦共々本当にお世話になりました」

「こんな所でお二人と再会出来るなんて、思ってもみませんでしたよ、

カインズさん、ヨルコさん」

 

 今度は八幡が、しっかりとカインズと抱き合った。。

カインズの本名は明星優というらしく、どうやら優が夜子の家に婿入りしたようだ。

二人は、直ぐにケーキをお持ちしますねと言って、厨房へと戻っていった。

そして二人の手によるいくつものケーキが振舞われ、八幡達は舌鼓をうった。

そして満足そうな八幡に、詩乃がこう言った。

 

「今なら、さっきあんたが言ってた言葉の意味がよく分かるわ。

本当にあちこちに、あんた達に命を救われた人がいるんだね」

「ああ、時々その重さに押しつぶされそうになるけどな」

「あんたには明日奈がいるじゃない。一人なら無理でも、二人なら大丈夫だよ」

 

 その会話に明日奈が加わってきた。

 

「二人でも無理な時も、いつか来るかもしれない。

でも私達の傍には、シノのんや、他の皆がいる。二人で駄目なら三人、

三人で駄目なら四人、そうすれば、押しつぶされそうになってもきっと大丈夫。

これからもずっと私達と一緒にいて、助け合っていこう、シノのん」

「そうだね、私達は仲間だもんね。何かあったら必ず仲間を助けよう」

「ふふっ、宜しくね、シノのん」

 

 そう言うと明日奈は、詩乃の耳元でこう囁いた。

 

「彼の隣は絶対に譲れないけど、それでも傍にいたいとシノのんが望む限り、

彼は一生シノのんの傍に、居続けてくれるはずだよ」

 

 それを聞いた詩乃は、不敵な表情で明日奈に言った。

 

「本当にそれでいいの?彼の隣を私に譲る事になっちゃうかもよ?」

「ふふっ、絶対に負けないわよ」

「私達、これから長い付き合いになりそうね」

「うん!」

 

 詩乃にライバル宣言をされたにも関わらず、

そう返事をした明日奈の顔は、とても嬉しそうだった。


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