「え?本当にここ……なの?」
「ああ、ここだぞ」
「そ、そう……」
詩乃が八幡に連れられてきたのは、都内某所の一流ホテルだった。
詩乃は困惑し、本当にここでいいのか八幡に尋ねたのだが、どうやら間違いないようだ。
詩乃はその格調の高さに、自分だけが場違いな気がして、ぼそっと呟いた。
「私なんかがこんな店に来る事になるなんて……しかもこんな格好で」
その詩乃の言葉が聞こえたのか、八幡は少し怒った声で言った。
「あ?お前、何を言ってるんだよ、お前が入れなかったら、
世界中のほとんどの女性が入れないって事になるだろ。お前は十分かわいいし、
服装だってちゃんとしてる。私なんかとか言うのは、そろそろ卒業しようぜ」
「ご、ごめんなさい、つい……」
「まあ、ついさっきまで、きつい環境で生活してたんだろうから、
その気持ちは分からなくもない。だがとりあえず、お前の高校生活に関する問題は、
俺がハッキリと潰したはずだ。残るは……まあそれは、ゆっくり直してこうぜ。
俺も全力で手伝うから、な?」
詩乃は、その八幡の優しさに、再び頬が熱くなるのを感じた。
そして詩乃は、その感情を隠そうと、わざとおどけながら八幡に言った。
「そっちはあんたの予言した、その時が来たら解決するんじゃない?」
「そうだな、それでお前を取り巻く問題は、ほとんどが解決される事になるだろうな」
「ふふっ、そうだといいんだけど」
「いいんだけどじゃない、やるんだ、詩乃」
「あっ……う、うん、やる、そうだね、やるよ!」
詩乃は八幡にそう言われ、決意を新たにし、力強く八幡に返事をした。
「そうだ、その意気だ、詩乃」
それを聞いた八幡は、満足そうに詩乃にそう言った。
そして二人はエレベーターを使い、目的の店へと向かった。
店に着くと八幡は、店員に自分の名前を告げた。
「すみません、予約していた比企谷です」
「はい、お待ちしておりました比企谷様。お席までご案内しますね」
そして移動の最中、八幡は詩乃にそっと囁いた。
「おい詩乃、着いたら多分、すごく驚くと思うけど、絶対に大きな声は出さないようにな」
「えっ……あんた、まだ何か隠してるの?」
「別に隠してる訳じゃない、俺だってその時は驚いたんだからな」
「そ、そうなんだ、まあうん、分かった、覚悟する」
そして席に着いた詩乃は、当然のように大きな声を出しそうになり、
慌てて自分の口を抑え、何とか声を出さない事に成功した。
「か……神崎エルザ?」
「やっほー、シノノン。初めまして、私がピトフーイだよ」
「えっ……てっきりシズあたりだと思ったのに、よりによってピトなの?
うわ、私、人生観変わっちゃいそう」
そんな失礼な事を言う詩乃に対し、エルザは嬉しそうな顔で言った。
「人生観?そんなのシャナに会った時から、とっくに感染して変わってるんじゃない?」
「あ……それは確かに……私ももう、とっくに感染してたみたい」
「おいお前ら、当たり前のように俺をばい菌扱いするんじゃねえ」
「ご、ごめんなさい……ぷぷっ」
詩乃は謝りながらも、笑いを堪えるのに必死のようだった。
それを見たエルザは大声で笑い始めた。
「あははははは、やっぱりシャナは面白いね!シノノンも期待通りだよ」
そのエルザの大きな声に危惧を覚えたのか、八幡はエルザに注意した。
「おいピト、あまり大きな声で笑うんじゃない。他のお客さんに迷惑になるだろ」
「え?だって、誰もいないよ?」
「は?」
八幡はそう言われ、慌てて周囲を見回したが、確かに店内には誰もいなかった。
「おいシズ、これ、どうなってるんだ?」
「えっと、昨日姉さんにね、今日の話をしたんだけど、そしたら、
面白そうだから、店を丸ごと貸し切るわって……」
それを聞いた八幡は、店内に向かっていきなり叫び始めた。
「おいこら姉!どこに隠れていやがる。いくらなんでも非常識すぎるだろ!」
その八幡の台詞に思わず噴き出したのか、近くの植え込みの後ろのテーブルから、
聞き覚えのある笑い声が聞こえ、八幡は迷わずそちらへと向かった。
「やっぱりいたか、この馬鹿姉!」
「ぷっ……くくっ……あははははは、さっきから、何よそれ。
おいこら姉、この馬鹿姉って、面白すぎるでしょ、ぷっ、ぷぷっ……」
「誰のせいだと思ってんだよ!」
八幡はハァハァと肩で息をしながら、少しでも落ち着こうとそのまま深呼吸をした。
「まあまあ落ち着いて、八幡君。実はここの店はね、私もよく利用するのよ。
で、今回の話をしたら、店のオーナーが、是非貸し切りにさせて下さいってね」
「あ?え?それって、先方からって事ですか?姉さん」
「ええそうよ、せっかくだから、今後の為にもオーナーを紹介しておくわね」
「あっ、はい」
この展開は、さすがの八幡も予想すらしていなかったようで、
とりあえず八幡は席に着いて、オーナーが来るのを待つ事にした。
そんな八幡に詩乃が話し掛けた。
「ねぇ、あの綺麗な人は、八幡のお姉さんなの?」
「ああ、あの人は、ソレイユの現社長で、俺と明……シズカの精神的な姉みたいなもんだ」
「あ、そうそう、その事で提案があったんだったわ。
ねえ、今日は一応、素性を隠す為にゲーム内の呼び名でって話だったけど、
私以外は皆、お互いの本当の名前とかを知ってる訳じゃない。
だから今日も、普通に本名で呼び合う事にしない?」
「お前が良ければ別に問題は無いが……でもいいのか?」
「だって、私だけが皆の名前を知らないなんて寂しいじゃない。
私はこのメンバーなら、まったく問題はないわ」
「そうか、じゃあそうしよう」
その詩乃の提案を聞いた八幡は、すぐに頷いた。
「それじゃあ早速初めまして。私はシノンこと、朝田詩乃よ」
「私はシズカこと、結城明日奈だよ、宜しくね、シノのん」
「あ、よく考えたら、私は結局シノのんなんだね……っていうか、シズ、かわいい」
「ふふっ、ありがとう、シノのん」
そして次に、小町が自己紹介をした。
「ベンケイこと、比企谷小町です!お兄ちゃんの妹です!」
「あ、やっぱり?八幡に似てると思ったんだ」
「ああ……よく言われます」
「ねえ小町ちゃん、何でそこは棒読みなの?お兄ちゃんは悲しいわ」
「え~、だって、お兄ちゃんに似てるって言われてもなぁ……」
「え?」
詩乃はその小町の言葉が意外だったのか、きょとんとした顔で小町に言った。
「そうなの?だって八幡はこんなに格好いいじゃない」
「え?」
その言葉に、逆に小町がきょとんとした。そして八幡の顔をまじまじと見つめた後、
小町はあっと叫びながら、納得したように言った。
「お義姉ちゃん、今小町に、すごいパラダイムシフトが起こったよ!」
「パラダイムシフト?一体どうしたの、小町ちゃん」
「えっと、えっと、今のお兄ちゃんって、昔と違ってすごく格好いいから、
お兄ちゃんに似てるって言葉が、いつの間にか褒め言葉に変わってるの!」
「あ~!」
「おい小町、多分褒め言葉なんだろうけど、ちょっとお兄ちゃん、
悲しい気持ちになってきちゃったから、そのくらいでやめようね」
八幡のその言葉に、一同は笑った。そして次にエルザが自己紹介をした。
「えっと、私は……」
「うん、エルザの事は、誰でも知ってるし、飛ばしてもいいね」
「ちょっ、シノのん、ひどい!」
「え~、だってそうだよね?」
その詩乃の言葉に、他の者達は、うんうんと頷いた。
「う~……神崎エルザです!以上!」
「あ、エルザ、家宝にするから、後でサイン頂戴ね」
「えっ、本当に?うんうん、するする!これでシノのんも、エルゼストの仲間入りだね!」
「えっと……」
「ん、何?」
「エルゼストって……何?」
「え~?」
エルザは、いかにも不本意ですという顔で説明を始めた。
「シノのん、ピアノを弾く人は?」
「ピアニスト」
「バイオリンは?」
「バイオリニスト」
「エルザを弾く人は?」
「弾くって何よ……エ……エルゼスト?」
「はい、正解!」
嬉しそうにエルザにそう言われ、詩乃は困ったように八幡を見た。
「エルザがこういう奴だってのは、GGOで嫌っていう程分かってるだろ、
もう色々と手遅れだから、諦めろ、詩乃」
「う、うん……」
「八幡、それはさすがにひどいよ!」
「そう言いながらお前、何でそんなにニヤニヤしてるんだよ……」
「え~?私、そんなにニヤニヤしてるかなぁ?あ、本当だ、私今、興奮してるかも?」
「よし、次にいこう、ロザリア、出番だ」
「やっぱりひどい!でもそんなあなたがパラダイス!」
八幡はそんなエルザを完全に無視し、薔薇の方を見た。
その視線を受け、薔薇が自己紹介を始めた。
「えっと、薔薇と書いてソウビと読みます、宜しくね」
そしてその場を沈黙が支配した。
「えっと……」
「……なあ薔薇」
「な、何よ」
「今気が付いたんだが、俺、お前のフルネームを知らないんだが……」
「ま、まあそれは別にいいじゃない」
「いや、良くない。よし、命令だ薔薇、さっさと本名を言え」
「えっと……どうしても?」
「ああ」
薔薇はその言葉に、かなりの葛藤を見せたが、主人である八幡の命令であり、
他の四人もわくわくしながら薔薇の事を見つめていたので、
薔薇は顔を赤くしながら小声で言った。
「………猫よ」
「あ?さすがに難聴系主人公じゃない俺でも、今のは聞こえなかったぞ」
そして薔薇はやけになったのか、八幡に向かって大声で言った。
「小猫よ小猫!小さい猫で小猫!私のフルネームは、薔薇小猫よ!何か文句ある?
自分でもおかしな名前だって分かってるわよ、でも名前は自分じゃ決められないのよ!」
「そ……」
「そ?」
「薔薇って苗字だったのか……てっきり名前だと思ってたわ……」
その八幡の言葉に、呆れた顔をした薔薇は、諭すように八幡に言った。
「あんたが最初に私の名前を知ったのは、私のネームプレートからでしょ?
そもそも会社のネームプレートに、自分の下の名前だけを書く社会人がどこにいるの?」
「お、おう、正論すぎてぐうの音も出ないわ」
八幡が、そう言いながらスマホを操作し始めたので、
薔薇は何をしているのかと思い、八幡に尋ねた。
「……あんた、それ、何をしているの?」
「い、いやな……お前の登録名、拾った子犬にしてあったんだよ……
だからな、拾った小猫に変えようと思ってだな……」
「あ、あ、あ、あんたね、一体私を何だと思ってるのよ!」
「自分で言ったんだろ、拾った子犬……いや、小猫だ」
「分かったわよ、もうそれでいいわよ!」
「お、おう……じゃあ変えとくわ……」
そして他の四人は、堪えきれないように笑い出した。
「ぷっ……」
「ぷぷっ……」
「うっ……ぷっ……」
「あはははは、皆、笑っちゃ悪いよ、あははははは」
「や、やっぱりおかしいわよね、小猫だなんて……うぅ……」
そんな落ち込む薔薇の姿を見た明日奈が、慌てて薔薇に言った。
「ち、違うの、面白かったのは、今の二人のやり取りにだからね。
小猫って、とってもかわいくて素敵な名前だと思うから、
だから薔薇さん、何も気にしなくていいんだよ!」
「そうだよ薔薇ちゃん、むしろ私なんか、すごく羨ましいよ!」
「本当に……?」
小町と詩乃も、そのエルザの言葉に同意し、薔薇は涙を拭いて笑顔を見せた。
こうして全員の自己紹介が終わった頃、陽乃と共に、店のオーナーが現れた。
「八幡君、明日奈ちゃん、この店のオーナーの、明星さんよ」
「明星です、あなたの事は娘からよく聞いてました。どうしても直接お礼が言いたくて、
是非お会いしたかったんですよ。本当にありがとう、八幡さん、明日奈さん」
「初めまして、比企谷八幡です」
「結城明日奈です。あの、よく聞いてたって事は、お嬢さんはもしかしてSAOに?」
「はい、あなた達のおかげで、また娘に会う事が出来ました。
おい、恥ずかしがってないで、早くこっちに来なさい」
「う、うん」
厨房の方から、女性の返事が聞こえ、二人はそちらの方を見た。
その女性の顔を見た二人は、同時にその女性の名前を呼んだ。
「ヨルコさん!」
「ヨルコさんじゃないですか!」
「八幡さん、明日奈さん、お久しぶりです」
明日奈とヨルコはしっかり抱き合い、八幡も、再会を喜ぶように二人の隣に立った。
「お二人には二度も命を救って頂きました。一度目はラフィンコフィンに襲われた時、
そして二度目はゲームをクリアした時です。SAOをクリアしてくれたのはあなた達ですよね?
あの時はいきなりで本当にびっくりしましたよ。でも本当にありがとうございました。
あ、私の本名は、そのまま明星夜子です。それと夫を紹介しますね。あなた、早く」
「待ってくれ、今行くから」
そして次に姿を現したのは、やはりというか、カインズだった。
「カインズさん!」
「お二人は、結婚したんですね」
「はい、あの時は夫婦共々本当にお世話になりました」
「こんな所でお二人と再会出来るなんて、思ってもみませんでしたよ、
カインズさん、ヨルコさん」
今度は八幡が、しっかりとカインズと抱き合った。。
カインズの本名は明星優というらしく、どうやら優が夜子の家に婿入りしたようだ。
二人は、直ぐにケーキをお持ちしますねと言って、厨房へと戻っていった。
そして二人の手によるいくつものケーキが振舞われ、八幡達は舌鼓をうった。
そして満足そうな八幡に、詩乃がこう言った。
「今なら、さっきあんたが言ってた言葉の意味がよく分かるわ。
本当にあちこちに、あんた達に命を救われた人がいるんだね」
「ああ、時々その重さに押しつぶされそうになるけどな」
「あんたには明日奈がいるじゃない。一人なら無理でも、二人なら大丈夫だよ」
その会話に明日奈が加わってきた。
「二人でも無理な時も、いつか来るかもしれない。
でも私達の傍には、シノのんや、他の皆がいる。二人で駄目なら三人、
三人で駄目なら四人、そうすれば、押しつぶされそうになってもきっと大丈夫。
これからもずっと私達と一緒にいて、助け合っていこう、シノのん」
「そうだね、私達は仲間だもんね。何かあったら必ず仲間を助けよう」
「ふふっ、宜しくね、シノのん」
そう言うと明日奈は、詩乃の耳元でこう囁いた。
「彼の隣は絶対に譲れないけど、それでも傍にいたいとシノのんが望む限り、
彼は一生シノのんの傍に、居続けてくれるはずだよ」
それを聞いた詩乃は、不敵な表情で明日奈に言った。
「本当にそれでいいの?彼の隣を私に譲る事になっちゃうかもよ?」
「ふふっ、絶対に負けないわよ」
「私達、これから長い付き合いになりそうね」
「うん!」
詩乃にライバル宣言をされたにも関わらず、
そう返事をした明日奈の顔は、とても嬉しそうだった。