「それじゃあ楓、今度来る時はおみやげを持ってくるから、楽しみに待っててな」
「うん、お兄ちゃん、ありがとう!」
「楓ちゃん、またね」
「お姉ちゃん、またね!」
八幡と明日奈はそう楓に挨拶をし、他の三人もそれぞれ挨拶をして外に出た。
その時陽乃の携帯に着信があった。
「あ、凛子?首尾はどう?うんうん、オーケー、それじゃあすぐにこっちに向かって頂戴」
電話の相手はどうやら凛子のようだった。陽乃は通話を終えると、笑顔で経子に言った。
「経子さん、明日の午前中には、メディキュボイドの機材とその開発者が揃います。
早速明日、ここにメディキュボイドを設置しましょう。まあ簡易版なんですけどね」
「そんなに早く?陽乃さん、本当にありがとう」
「いえいえ、それじゃあ詳しい話は明日設置する時にでも」
「ええ」
そして応接室に戻った後、明日奈が知盛と経子に請われ、
後回しにしていた、SAO内での八幡との出会いや、戦いの事を話し始めた。
八幡は、これは絶対にからかわれるなと思い、咄嗟にこう言った。
「それじゃあ俺は、ちょっとトイレをお借りしますね」
「あ、八幡君、トイレの場所はね……」
そして八幡は、トイレに行くという名目で、一人で部屋を出た。
とりあえずといった感じで、教えられた通りに廊下を進む八幡だったが、
その耳に、どこからともなく掛け声のような物が聞こえてきた。
八幡は何となく、その声がする方へと進んでいった。
「えい、とう!」
その勇ましい掛け声の後、パチパチパチという拍手が聞こえた。
八幡が、何だろうと思い、部屋を覗くと、そこには二人の、良く似た、
というより、そっくりな少女達がおり、
片方の少女が、綺麗な動作で木刀の素振りをしていた。
そしてもう一人の少女がベッドに腰掛け拍手をしていた。
「アイ、体の方は大丈夫そう?」
「今日は何だか調子がいいから大丈夫よ。ユウはどう?」
「うん、ボクも大丈夫かな」
「ちょっとでも体を動かして体力をつけておかないと、病気には勝てないからね」
「そうだね、次はボクにやらせてよ」
その会話と見た目からすると、どうやら二人は双子の姉妹のようだった。
見た感じ、中学生か高校生になりたてにくらい見えるその二人は、
見た目はそれほど弱っているようには見えなかったが、
顔色はあまり良くなく、ここにいるからには、やはり重い病気なのだろうと思われた。
ユウと呼ばれた少女が素振りを始め、アイと呼ばれた少女がそれを見ていたのだが、
丁度そのアイの正面に部屋の入り口があった為、
どうやらアイは、八幡の存在に気付いたらしい。
アイは一瞬ビクッとしたかと思うと、スッと立ち上がり、
ユウに素振りをやめさせると、ユウをかばうように前に出ながら言った。
「あなた誰?」
八幡はその言葉を受け、頭をかきながら部屋の中に入った。
「すまん、驚かせちまったか」
「まあ少しね。で、あなた誰?」
「あ~、お前、楓って知ってるか?」
「うん、知ってるけど……」
「俺はその楓の、親戚になる予定の男だ。俺の事は八幡と呼んでくれ」
「楓ちゃんの……そう、分かったわ、八幡」
アイはそう言ったものの、中々警戒を解こうとはしなかった。
八幡は、おそらく分家の馬鹿どものせいなんだろうなと思い、
とりあえず二人の警戒を解こうと、無防備な体勢になる為に、
直接床に腰を下ろし、あぐらをかいた。
「この体勢ならすぐには起き上がれないから、多少安心だろ?
少しは警戒を解いてくれないか?」
アイはその言葉に、少し考えるようなそぶりを見せたが、
手放しはしなかったものの、木刀を下ろし、ユウと一緒にベッドに腰掛けた。
「ありがとな。で、何で俺がここにいるかって言うとだな、
実は、俺の彼女、あ~、そっちが楓のいとこになるんだがな、
その彼女が経子さんに、俺との馴れ初めを話し始めたから、
からかわれるのは御免だと思って、トイレにいくって名目で逃げてきたんだよ。
で、まあ何となくトイレの方向に向かう途中で、
掛け声が聞こえたから、何となくこっちに来てみたって訳だ」
「なるほど……」
「もしかして八幡って、さっきあの車で来た?」
ユウが突然そう尋ねてきた。
「車?悪い、ちょっと立つぞ」
八幡はそう言って立ち上がり、窓から外の景色を見た。
そこには確かに、少し遠いが、キットが停車しているのが見えた。
「ここからだとちょっと遠いが、確かにあれは俺の車だな」
八幡がそう肯定するのを聞いて、ユウは更にアイに言った。
「アイ、さっきこの人、知盛さんと二人の女の人と一緒に来たんだよ。
だから、警戒しなくてもいいと思う」
「ほう?こんなに遠いのに、見えたんだな」
「うん、ボク、目だけはいいんだ」
「なるほどな」
そしてアイは、知盛さんが連れてきたならと納得し、今度こそ本当に警戒を解いた。
そんなアイに、八幡はこう質問した。
「なぁ、そこまで警戒するのって、やっぱり前に、結城の家の馬鹿に何かされたのか?」
その八幡の言葉に、アイは呆れたように言った。
「楓ちゃんの親戚になるって事は、あなたももうすぐ結城家の人になるんでしょ?
そんな事言っていいの?」
「ああ、まったく問題無いな。何故なら俺の方が強いからだ」
そうドヤ顔で言う八幡を見て、二人はプッと噴き出した。
「何それ」
「八幡、面白い!」
「よく言われるな」
「えっと、前にね……」
アイは過去に、態度の悪い少年達に絡まれた事があると説明した。
八幡はやはりなと思い、二人にこう言った。
「二人は双子なんだよな?当然二人とも美人だから、
どうせそいつら、権力を嵩にきて、二人と仲良くなろうとでもしたんだろ。
自分一人じゃ何も出来ない癖にな。不愉快な思いをさせて本当にすまなかった」
「ううん、別にあんたは悪くないし」
「そうだよ、気にしないでよ」
「美人だってのは否定しないのかよ」
「まあそれはね」
「同じ顔だし」
二人はそう言って楽しそうに笑った。
「ちなみにどっちが姉なんだ?」
「一応私よ」
「ボクが妹だね、一応」
どうやらアイが姉で、ユウが妹らしい。そしてそんな二人に、八幡はこう切り出した。
「それじゃあお詫びと言っちゃ何だが、一つ芸を見せてやろう」
「芸?」
「ああ、あの車の方を見ててくれ」
そう言うと八幡はスマホを取り出し、何か操作をしたかと思うと、
そのままスマホに話し掛けた。
「キット、そこから俺が見えるか?ああ、そうだ、それじゃあちょっとこっちに来てくれ」
「あっ」
その言葉通り、キットがこちらに走ってきた。
二人は誰も運転席に乗っていないのが見えたのか、とても驚いたようだ。
「誰も乗ってないのに勝手に動いたね」
「どんな仕掛け?」
「企業秘密だ」
そう言うと八幡は、ガルウィングを上下させたり、
キットにその場で一回転させたりし、その度に姉妹は驚きの声を上げた。
「どうだ?」
「すごいすごい、そのスマホに喋った事を、全部実行してるね」
「八幡って魔法使いか何か?」
「まあそんなもんだ。よしキット、ありがとな、元の場所に戻ってくれ」
八幡がそう言うと、キットは元の場所へと戻っていき、
二人はそれを見てパチパチと拍手をした。
「楽しんでもらえたか?」
「うん!」
「何か予想以上にすごい芸だった!」
「それなら何よりだ」
そして八幡は再び腰掛けると、ふと思いついた事をアイに尋ねた。
「なぁ、アイは剣道か何かをやってたのか?」
「あ、うん、小学校の時ちょっとだけね。でも何で分かったの?」
「ああ、実は俺の知り合いの妹がな、ずっと剣道をやってるんだが、
さっきの姿が、何となくその姿にダブったんだよな」
「あ、そういう事か、なるほどね。で、あんたは武道か何かをやってたの?
さっき自分の事を強いって言ってたけど」
「俺のは我流だな」
「へぇ~、ちょっと見せてよ」
「別に構わないが、俺は基本カウンター使いだからな、
こんな狭い部屋で相手をしてもらう訳にもいかないし……ああ、そうだ」
八幡はそう言うと、スマホを取り出し、とある動画を呼び出して二人に見せた。
それは第一回BoBでの、シャナvsサトライザーの戦いの動画だった。
「これが俺だ、まあこの時は負けたんだけどな。
くそ、思い出したらむかついてきた、今度会ったら絶対に勝ってやる」
「これって、VRゲームか何か?」
「ああ、ここで邪魔が入るんだが、まあ見てろ」
「うん」
「うわっ」
その言葉の直後にゼクシードが真っ二つになり、そのままサトライザーとの戦いが始まった。
二人は食い入るように画面に集中し、シャナが負けた瞬間に深い息を吐いた。
「ふう~~~」
「息をするのも忘れて見入っちゃったよ」
「どうだ、負けはしたものの、俺は強いだろ?」
その八幡の問いに、二人は目を輝かせながら言った。
「うん、本当にすごかった……正直人間の動きとは思えなかった」
「八幡、すごいすごい!いいなぁ、ボクもやってみたいな……」
そのユウの呟きを聞いた八幡は、内緒だぞと前置きした上で、二人にこんな事を言った。
「この施設な、もうすぐ無くなるんだが、あっ待て待て、そんな驚くなって、
最後まで聞いてくれ。ほら、お前らにちょっかいを出してきた馬鹿どもがいただろ?
ああいうのを排除する為に、今度この施設は破棄して、
東京にある俺の会社の施設に、全員で引っ越してもらう事になったんだよ。
で、そこにはな、メディキュボイドってのがあってな、医療用のVRマシンなんだが、
それを使えば二人とも、治療の為にああいったゲームをプレイ出来るぞ」
「そうなの?もうあいつらみたいなのが来なくなるの?」
「ああ」
「本当に?やった!」
二人は引越しについては特に思う所は無いようで、単純に喜んでいるようだ。
「と、いう訳で、俺はそろそろ戻らないといけないから、
二人はこっそり引越しの準備を進めておいてくれな。
またタイミングが合えば、顔くらい出すわ」
「うん分かったわ、色々とありがとう、八幡」
「八幡、またね!」
「ああ、またな、アイ、ユウ」
こうして八幡は応接室に戻り、丁度その頃には明日奈の話も終わっていた。
八幡は、自分に向けられる生温かい視線を無視し、その日はそのまま帰る事となった。
そして車に乗り込む瞬間、八幡は、チラリと姉妹のいた部屋の窓の方を見た。
その窓からあの姉妹が手を振っているのが見え、八幡は軽く手を振り返した後、
キットの運転席に乗り込み、車を発車させ、三人はそのままホテルに戻る事となった。
ううむ、この二人は一体誰なんですかね(しれっと)
ちなみにこの二人の病名は、HIVではありません。当時と今とでは、状況も違いますしね。
なので、今後も病名は、お茶を濁す感じでお願いします!