ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第244話 凶暴な旨みですね!

「そういえば、夕食はどうする?」

「あ~、章三さん達はどうしたんだろうな、明日奈、ちょっと聞いてみてくれ」

「うん、分かった」

 

 明日奈はそう言うと、章三へ電話を掛け始めた。

そして明日奈は通話を終えると、八幡に言った。

 

「私達の帰りが何時になるか分からなかったから、菊岡さんと一緒に先に食べたんだって」

「そうか……明日奈、姉さん、何か希望はありますか?」

「そうねぇ……私は別に何でも」

「私も別に……あっ」

 

 明日奈が、何か思いついたようにそう言った。

 

「何か食べたい物を思いついたのか?」

「うん、ラーメン!」

「ラーメン?」

「ほら、雪乃と静さんと一緒に、前に食べに行った事があるって」

「ああ」

 

 八幡はその時の事を思い出し、自分の腹の音が聞こえたような気がした。

 

「よし、そうするか……って、あの時は確かタクシーで行ったんだよな。

場所がいまいち思い出せん」

「え~、残念」

「静ちゃんに聞いてみる?」

「そうですね……」

『八幡、その店なら私が分かります』

 

 突然キットがそんな事を言い出した。

 

「え、キット、まじでか?」

『はい、いつかもう一度行ければいいなと、雪乃が私に場所をインプットしておいたので』

「ナイスだ雪乃」

「あの子らしいというか何というか」

「やだ、雪乃がすごくかわいい」

 

 三人は、雪乃が真面目な顔で、キットにラーメン屋の情報を伝える姿を想像し、

少しほっこりとした気分になった。

そしてキットに連れられて、三人は無事に目的のラーメン屋に到着する事が出来た。

 

「おお、懐かしいな」

「凶暴な旨みでしたね!」

「明日奈、雪乃に聞いたのか」

「うん!」

「まあその感想は食べてからな。さ、入りますか」

 

 店内は、少し遅めの時間のせいか、若干席に余裕があり、

三人は無事に並んで座る事が出来た。そして注文したラーメンを一口啜った明日奈は、

衝撃を受けた顔で、ぽつりと呟いた。

 

「凶暴な旨みだね……」

 

 八幡は、明日奈の横顔をチラリと見て、どうやらそれが雪乃の真似ではなく、

明日奈の本心からの言葉だという事が分かり、とても満足した。

陽乃はラーメンを食べるのは数年ぶりらしく、満足そうな顔で、黙々と麺を啜っていた。

そして食べ終わった三人が外に出た時、突然陽乃が、どこかに電話を掛け始めた。

八幡は、陽乃が何をしようとしているのか薄々感じていた。

そしてそれは案の定、雪乃への電話だった。

 

「もしもし、姉さん、どうかしたの?」

「あ、雪乃ちゃん?ほらほら明日奈ちゃん、せ~の」

「「凶暴な旨みでしたね!!」」

 

 雪乃はその二人の言葉を聞き、しばらく無言だったが、

やがて顔を赤くして、ぷるぷると震え出したかと思うと、

……というのは八幡の推測だったが、実は事実であった……陽乃に向かってこう言った。

 

「……姉さん、そこに八幡君はいるかしら」

「ええ、いるわよ」

「ちょっと代わってくれないかしら」

「うん、分かった」

 

 そして陽乃は、自身のスマホをスピーカーモードにして八幡に渡した。

 

「八幡君、雪乃ちゃんが話したいって」

「俺にですか?……おう雪乃、何か用か?」

「何か用か……ですって……?」

 

(あ、やべ、これは絶対怒ってる……)

 

「すみませんでした、雪乃さん」

 

 八幡は、神の速度でいきなりそう謝った。それを聞いた雪乃は、冷たい口調で言った。

 

「あら、いきなり謝るなんて、何か悪い事をしたという自覚があるみたいね」

 

(しまった、作戦をミスった……)

 

 八幡は少し顔を青くしながら、慌てて言った。

 

「いえ、決してそういう訳では無くですね、先ほどの私の電話に出た時の言葉遣いが、

女性に対するものでは無かったと、反省の弁を述べただけの事です、雪乃さん」

「誤魔化すのはやめなさい、悪い事をしたという自覚があるのね?」

「………………………………………………はい」

 

 八幡はどうしようかと迷い、長い沈黙の末にそう言った。

それを聞いた雪乃は、続けてこう言った。

 

「よろしい、では自分がどうすればいいかも分かってるわね」

「あ、はい、えっと……お土産に猫グッズを買っていけばいいですか」

「それは別腹よ、ごちそうさま」

 

 雪乃は間髪入れずにそう返事をした。八幡は、途方にくれながらこう呟いた。

 

「あ、はい……もちろん別腹ですよね……」

「ええそうよ。とりあえずあなたは、こっちに戻ってきたら、明日奈も一緒でいいから、

私をあなたの一押しのラーメン屋に連れていきなさい。いい、絶対よ?」

「はい、そのように手配致します……」

「ちなみにこの電話は、通話が終わると爆発するわ」

「いや、しねーから」

「ふふっ、それじゃあ楽しみにしているわ、お休みなさい、八幡君」

「おう、またな、雪乃」

 

 そして通話が終わると、明日奈と陽乃は笑い出した。

 

「あはははは、八幡君、やっぱり怒った雪乃ちゃんの事、ちょっと苦手なんだ」

「ふふっ、まるで弟がお姉さんに叱られてるみたいだったね」

「お、おう……何か高校時代の事を思い出しちまってな……」

 

 そして一行は、雪乃用の猫グッズを三人で選んだ後、やっとホテルへと戻る事となった。

 

「これでやっと一息つけるな……」

 

 だが八幡は忘れていた。自分が明日奈と二人部屋だという事を。

そして部屋に入り、明日奈が普通にその後に続いて部屋に入ってきた瞬間に、

八幡はその事を思い出し、一瞬で身を固くすると、ギギギという音が聞こえるような動作で、

そのまま畳に腰を下ろした。それに対して明日奈はとてもリラックスしていた。

 

「八幡君、お茶でも入れようか?」

「そ、そうですね、お願いします」

「もう、何で敬語?」

 

 そう言いながらも明日奈は、手際よくお湯を沸かし、二人分のお茶をいれた。

そして明日奈はテーブルにお茶を置くと、少し八幡から離れた場所に座った。

 

「はい、お待たせ、八幡君」

「お、おう、ありがとな」

 

 八幡はそれを疑問に思いつつも、湯飲みを手にとった。そして二人はずずっとお茶を啜った。

それで少しは落ち着いたのか、八幡は明日奈にこう尋ねた。

 

「さて、今日はもう予定は無いし、これからどうする?」

「普通に考えれば温泉だよね」

「まあそうだよな」

「でもその前に、歯磨きがしたいかな」

「歯磨き?まあ確かにそうかもしれないが、温泉に行った後でもいいんじゃないか?」

「そうなんだけど、その……」

 

 明日奈は、奥歯に物が挟まったような言い方で、おずおずと言った。

 

「今の私、多分ニンニク臭いと思うから……」

 

 八幡はその言葉で、明日奈が離れた場所に座った理由に思い当たった。

 

「だからそんなに遠くに座ったのか」

「う、うん……」

 

 明日奈は少し顔を赤くしながらそう言った。

八幡は明日奈との距離を詰め、明日奈の頭を抱くと、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。

 

「ちょ、八幡君、駄目!」

「ん~、いつもの明日奈のいい匂いしかしないけどな」

「もう、駄目だよぉ……」

 

 だが八幡は明日奈を離そうとはしなかったので、明日奈は困ったようにもじもじした。

 

「う~ん、やっぱり分からん。ま、いいか、とりあえず歯磨きをするか」

「うん」

 

 そして二人は浴室の隣にある洗面所で、仲良く歯磨きを始めた。

歯磨きの最中、明日奈が困ったようにもぞもぞしているのを見て、

八幡は何だろうと思い、明日奈に尋ねた。

 

「明日奈、どうかしたのか?」

「うん、多分ネギだと思うんだけど、歯の間に挟まって取れなくて……」

「何かないかな、お、使い捨ての歯間ブラシまで用意されてるんだな。

明日奈ほら、あ~んしろ、あ~ん」

「ええっ!?そんな高等なプレイ、私にはまだ早いよぉ……」

「プレイってお前な……」

 

 そして明日奈はおずおずと口を開き、八幡は、明日奈の歯のネギが挟まっている箇所に、

こしょこしょと歯間ブラシを差し込み、前後させた。

明日奈はそれが気持ちよかったのか、目を瞑ってだらしない表情をしていた。

「よし、取れたぞ、明日奈」

 

 明日奈はそれを聞き、舌で自分の歯の様子を確認していたが、

確かに取れたのを確認出来たのか、頬を赤らめながら言った。

 

「あ、ありがとう」

「おう」

「八幡君に、私の口の中を、いいように弄ばれちゃった……」

「おい明日奈、姉さんの影響なのか分からないが、さっきから微妙に言動がおかしいぞ」

「そ、そうかな?」

「ああ、間違いない。やはり姉は選ぶべきだな」

 

 八幡は、自分の事は棚にあげ、しれっとそんな事を言った。

そして明日奈は当然それを指摘した。

 

「って事は、八幡君も影響を受けてるんじゃ……」

「う……確かにそれはあるかもしれないな……」

「まあでも、姉さんの事はすごく尊敬してるし、影響を受けるのは仕方ないかな」

「違いない」

 

 そして二人は口をゆすぎ、歯磨きを終えた。

 

「しかし何か豪華な部屋だよな。寝室は独立してるし、和室もあるし」

「そうだよね……」

「そういえば確認してなかったけど、こっちは風呂なのかな」

「かな?」

 

 二人は浴室のドアらしきものを開け、中を確認した。

そして二人は中を見て、とても驚いた。

 

「何だこれは」

「結構広いね。それに上に星が見えるよ?これって露天っぽい家族風呂?

あ、ダブルベッドの部屋だから、カップル風呂?」

「これ、偶然じゃないよな、完全に狙って予約してるよな……絶対に章三さん達もグルだろ……」

「だよね……」

「まあこれなら、大浴場に行かなくてもここでいいか」

「うん」

「それじゃあ順番に入るか」

 

 八幡はそう提案したのだが、明日奈は返事をしない。八幡がちらりとそちらを見ると、

明日奈は何かを期待するような目で、じっと八幡の目を見つめていた。

八幡はそれで、明日奈が何を要求しているのか何となく悟った。

 

「……それじゃあ、一緒に入るか」

「うん!」

 

 そして準備が整い、二人は一緒に風呂に入る事にした。

八幡は、服を脱ぐ明日奈の方をなるべく見ないようにパパッと服を脱ぎ、先に中に入った。

明日奈は中々入ってこず、その間に八幡は体を洗い、先に広い湯船につかった。

そしてその時、明日奈が中に入ってくる音がした為、八幡は明日奈に言った。

 

「明日奈、遅かったな、何かあったのか?」

 

 そう言って明日奈の方を見た八幡の目に、一糸纏わぬ明日奈の姿が飛び込んできた為、

八幡は慌てて顔を背けた。そんな八幡に、明日奈は少し不満そうに言った。

 

「八幡君、さっきからずっとこっちを見ないようにしてるけど、今更じゃない?」

「ま、まあそれはそうなんだけどな……」

「ねぇ八幡君、良かったら、私の背中を流してほしいんだけど」

「お、おう……」

 

 そして目を背けつつも、ちらちらとそちらを見ながら明日奈の背中を流す八幡を見て、

明日奈はクスリと笑いながら八幡に言った。

 

「八幡君は、昔からずっと変わらないよね」

「まあさすがに彼女とはいえ、あんまりじろじろ見るのはな」

「ふふっ、まあそれが八幡君だよね」

 

 そして二人は仲良く星を見つめながら、並んで湯につかった。

 

「しかし本当に広い湯船だよな……」

「うん」

「こうして一緒に風呂に入るのは、何度目かな」

「何度目だっけ」

「まあ、忘れるくらいの回数は入ってるって事になるな」

「ふふっ、そうだね」

 

 そして二人はどちらからともなく手を繋ぎ、お互いの存在をしっかりと確かめあった。

 

「これからもずっと私の傍にいてね」

「ああ、もちろんだ」

 

 二人はしばらくそうしていたのだが、十分温まったのか、風呂から出ると、

並んで和室にごろんと横になった。

 

「ふう~、いいお風呂だったね」

「ああ、今日は少し疲れたから、かなり眠い」

「私は髪を乾かすのに少し時間がかかるから、八幡君、先にベッドの方に行ってていいよ」

「ああ、それじゃそうさせてもらうわ」

 

 そして明日奈は、ゆっくりと髪をかわかすと、少しドキドキしながら寝室へ向かった。

寝室のドアをそっと開けると、スゥスゥと、八幡の寝息が聞こえてきた。

明日奈は少し残念に思いながらも、本当に疲れてたんだなと思い、

八幡を起こさないように布団に入ると、小さな声で八幡に言った。

 

「今日は本当にお疲れ様、八幡君」

 

 そして明日奈はそのままそっと八幡に抱きつき、幸せな気分で眠りについた。


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