「ねぇシャナ、この新しい狙撃銃の試し撃ちをしてみたいんだけど、
ちょっとだけ付き合ってくれない?」
シノンのその頼みに対し、シャナはちらりとシズカの方を見た。
シズカが頷いた為、シャナはその頼みを承諾する事にした。
「少しくらいなら別に構わないぞ」
「それじゃあ私は、姉さん達とちょっと話してくるね」
「おう」
シズカはそう言ってログアウトしていき、
イコマも色々と製作関連の情報収集をしたいらしく、ピトフーイはレッスンがあるとかで、
結局その場にはシャナとシノンだけが残された。
「さて、どうするかな」
「ちょこっと試すだけだし、ここの地下で良くない?
私とあなたなら、まあ問題無いと思うし」
「そうだな……まあ何があるか分からないし、俺もお前と共通の弾が使える武器にして、
予備の弾も多めに持ってくか。それなら使い回しも出来るだろうしな」
「それじゃあちょっと余裕があるし、私が持っておくわ」
「すまん、任せた」
こうして二人は、強めの敵が多く出るという街の地下へと潜っていった。
そして二人はかなり広い地下空洞を見つけ、その広場を一望出来る、
少し狭いが狙撃に適した場所を見つけ、そこに陣取ると、眼下の敵の観察を始めた。
「やっぱり強そうな敵が多いわね」
「まあ、遠くから狙撃する分には問題無いだろ。
背後の守りは俺に任せて、とりあえずそうだな……」
シャナはそう言って銃を設置し、床に寝そべってスコープを覗いた。
シノンもそれに倣い、二人は並んで狙撃体勢をとった。
「あれだな、試しにあの、赤いトカゲっぽい奴を撃ってみてくれ」
「え?どこどこ?遠くて良く分からないわ」
「狭い所すまないが、ちょっと横にずれてくれ、今スコープを合わせる」
「あ、うん」
そしてシノンは体を少しずらし、シャナはシノンのスコープを覗き込んだ。
シノンはその顔の近さに緊張し、心臓の鼓動が早くなるのを強く意識した。
(こ、これってある意味デートなんじゃ……)
そう考えたシノンは、自分がまるで夢の中にいるような心地になった。
そしてその瞬間にそれは起こった。
「おい、シノン、しっかりしろ!」
そのシャナのいきなりの言葉で、シノンは自分の意識が強く覚醒するのを感じた。
どうやら一瞬強制ログアウトしかけていたらしい。
まさかシャナがすぐ近くにいるだけでこうなるとは夢にも思わず、
シノンはどう誤魔化したものかと頭を悩ませたが、
特にいい言い訳も浮かばず、ただひたすら大丈夫を繰り返す事となった。
そんなシノンを見て、シャナは何か勘違いをしたのか、とても言いづらそうにこう言った。
「あ~……もしトイレとかなら、遠慮なく言ってくれ。
大丈夫、音とかはここには絶対に聞こえないから、とにかく気楽にな」
シャナはシャナなりに気を遣ったのだろうが、それはいわゆる、一言多いという奴だった。
シノンは鬼の形相でシャナに向かって言った。
「違うわよ、あんたのせいなんだからね!」
「な、何で俺……」
「とにかくそうなの、分かった?まったくどうしてあんたは、普段はあんなに格好いいのに、
こういう時は全然駄目なのよ!」
「お、おう……悪かった」
シャナは、相変わらず理不尽だと思いながらも、素直にそう謝った。
実際のところ、不用意に顔を近付けすぎたシャナのせいでもあるのは否定出来ないので、
この件に関してはどっちもどっちと言うべきだろう。
(まったくもう、どうして私はこんな奴を……)
シノンはそう思いながら、改めてシャナの方を見た。
シャナは再びスコープを覗き、対象の敵をロックオンしようと細かく銃を動かしていた。
(さっきはあんなに格好悪かったのに……ん、格好悪い?あれ?)
シノンの記憶だと、学校に迎えに来た時のシャナは完璧に好青年を演じていた。
その立ち振る舞いは、演技も入っていたのだろううが、とにかく隙の無いものだった。
昔とは違い、まったく知らない他人の中で長期間揉まれた事により、
今のシャナは順調に経験を重ね、そういった事も出来るようになっていたのだが、
最近出会ったばかりのシノンの目からすれば、シャナは最初から完璧に見えた。
しかし今思い返すと、自分の前では格好悪い所も多々見せていたように感じる。
そこまで考えて、シノンは初めてハッキリと自覚した。
自分がシャナの傍にいる事を、シャナ自身が許容してくれているという事を。
シャナはおそらく興味の無い者の前では、決してその仮面を外す事は無いのだろう。
だが自分の前ではそんな仮面はつけてはいない。
仲間として認めているからかもしれないが、しかしハッキリと、
彼は自分の意思を示してくれているのだと、シノンは唐突に理解した。
その瞬間、シノンの心にある変化が訪れた。
今までは好きだから一緒にいたいと、ただそれだけだったシャナへの思いが、
いて当然という気持ちに変化したのだ。その瞬間にシノンの心臓は落ち着きを取り戻した。
そして目の前のシャナがスコープから目を離し、シノンの方を向いて言った。
「よしここだ、覗いてみてくれ、赤いトカゲみたいな奴が見えるから」
「うん、分かった」
シノンは平然と、自らの顔をシャナの顔のすぐ傍まで近付け、
スコープを覗きこみ、直ぐに対象の敵を見付けた。
「いたいた、こいつを撃ってみればいいのね」
「ああ、ちょっと距離があるから……」
ターーーン。
その瞬間に銃声が鳴り響いた。シャナは慌てて自分の銃のスコープを覗き込んだのだが、
敵は既に爆散し、その姿を消していた。
「随分あっさりと撃ったんだな」
「ええ、何となく外す気がしなかったの」
「そうか……よし、次はあれだ」
シャナはそんなシノンを見て何かを察したようで、淡々と次の目標の指示を続けた。
そしてその敵の全てを、シノンはほとんど時間を掛けず、あっさりと撃破して見せた。
「どうやら一気にいくつかの壁を越えたみたいだな」
「うん、何かそんな感じがする」
「まあそういう事もあるよな。何かキッカケでもあったのか?」
「そうね、あえて言うとしたら……あんたが格好悪いって事かな」
そうイタズラめいた顔で言うシノンに対し、シャナは、真顔で言った。
「やっと気付いたのか、俺はお前が思っているような格好いい男じゃない。
だからお前もそろそろ目を覚ましてだな……」
「目を覚ましてどうするの?」
そう言ってシノンは、自分の顔をシャナの顔の至近距離まで近付けた。
「ねぇ、どうするの?」
シノンは更に自分の唇を、シャナの唇と今にも触れんがばかりの距離まで近付けた。
シャナはピクリとも動く事が出来ず、それでも何とかその問いに答えた。
「どうもしない。寝ていようが目が覚めようが、俺とお前は並んで銃を持ち、
俺達の敵を狙撃しているだろうな」
そのシャナの答えに対し、シノンはシャナの顔から自分の顔を離し、
上から見下ろすような感じでこう言った。
「フン、いくじなし」
「俺はこういう時は、勇敢さよりもいくじなしを選ぶ事にしてるからな」
「でも隣で狙撃はしてるんだね」
「当たり前だ、仲間だからな」
「そういうとこ、すごくあんたらしい」
シノンはそれ以上押すのは一旦やめ、微笑みながらそう言った。
「本当にあんたは仲間を大事にするよね」
「当たり前だ、拾った子犬の面倒は最後まで見るもんだ」
「ん?それって、どこかで聞いたような話ね」
そしてシノンは記憶を探り、その答えに思い当たった。
「ああ、それってもしかして、ロザリアの……」
シャナはその言葉に頷きながら言った。
「ああ、あいつなんかがまさにそうだ。話した事無かったか?
あいつは昔、俺の仲間を殺そうとした事があって、
俺達の手で監獄送りにしてやった後、更に情報をとる為に俺がぶちのめしたんだ。
で、現実に帰還してから偶然再会したんだが、その縁で俺の下僕になったって訳だ」
「何ていうか、ロザリアも壮絶な人生を送ってるんだね……」
「まあ、拾ったからにはあいつは俺の物だ、だから誰にも渡さん。
嫁に出す時もうちから出す」
「うわ……まさに拾った子犬……じゃなかった、小猫ね」
シノンはそう言った後、続けてこう言った。
「もしかして、私も拾われた事になるのかな?」
「ん?ピトはそんな感じだが、シノンは……」
「もしかして、私も拾われた事になるのかな?」
「だから……」
「もしかして、私も拾われた事になるのかな?」
「あ~、もう何か面倒臭いからそれでいいわ」
シャナは本当に面倒臭くなったのか、特に深く考えず、迂闊にもそう言った。
それを聞いたシノンはとても嬉しそうにそう言った。
「それじゃあ私もシャナの物だね」
「う……」
言葉に詰まったシャナに、シノンはぐいぐいと追い討ちをかけた。
「違うの?」
「それはもちろん違」
「私も拾ったのよね?ロザリアの時と何が違うの?」
「う……」
そしてシノンは決め手となる一言を放った。
「それじゃあ『私が望む所に』ちゃんと嫁に出してくれるのよね?」
「お、おう……と、当然そうなるのか……?」
シャナは嫁に出すの部分に気を取られ、それならいいのかと思い、
ついそう返事をしてしまった。その瞬間にシノンが、我が意を得たりという顔で言った。
「はい、言質頂きました!」
「何のだよ」
「『私が望む所に』ってちゃんと言ったじゃない」
「あ……お、おい……まさかお前……」
「もうシズには、宣戦布告はしてあるのよね」
「おいおい、まじかよ……」
「まああんまりいじめても仕方ないし、今日はこのくらいにしておいてあげるわ」
「まじで勘弁してくれ……」
「ふふっ、それじゃあそろそろ帰りましょ」
だがこの日の出来事は、それで終わりでは無かった。
帰り道でシノンが、扉のような物を見付けたのだ。
「ねぇシャナ、この扉は?」
「扉?そんな物はどこにも……あ、まさかお前、それ……」
「でも確かにここに……」
「駄目だシノン、それに触るな!それは多分クエストの……」
「きゃっ」
「シノン!」
シャナは慌ててシノンの手を掴もうとしたが、それは一歩遅かった。
シノンは吸い込まれるように、シャナから見ると、壁の奥に消えていった。
「しまった……これは多分、俺が受けていないクエストの入り口か。
そのせいで、俺には扉が見えなかったって事か……」
シャナはそう呟くと、冷静に通信機を取り出し、顔に装着した。
「シノン、聞こえるかシノン!」
「聞こえるわ、シャナ」
「今どこだ?」
「分からない、でも遠くに巨大な敵が見えるわ」
「それは多分、クエストの対象モンスターだな、俺がそっちに行くには、
お前が受けたのと同じクエストを受けないと駄目なんだ。
そのクエスト、どこで受けたか覚えてるか?」
「……ごめん、さっぱり思い出せない」
「くっ、そうか……」
シャナはどうしようかと考え込んだが、まったく答えは出ない。
そんなシャナに、シノンがこう尋ねてきた。
「ねぇ、あの敵を倒したらここから出られるのかな?」
「そうだな、クエストである以上、倒せば問題なく出られるはずだ。
もっともソロだとかなり厳しいと思うが」
「ここにいてもジリ貧だし、前にあんたが言ってた通り、
銃の射程ギリギリくらいの遠距離から狙撃すれば、ノーダメージで倒せたりしないかな?」
「お前の銃だとどうかな……待てよ、さっきイコマに射程を延ばしてもらったから、
可能性はあるかもしれないな」
その言葉を聞いたシノンは覚悟を決め、シャナに言った。
「どうせ戻れないんだし、死ぬのを覚悟で試してみてもいい?」
「……それしかないか……くそっ」
そのシャナの、仲間を死なせるかもしれないという、苦渋に満ちた言葉を聞いたシノンは、
少しでもシャナを安心させようとしてこんな事を言った。
「大丈夫、今の私はかなり調子がいいからね」
そのシノンの言葉に、シャナは先ほどのシノンの姿を思い浮かべた。
「確かにそうだったな、よし、気楽にど~んと撃ってみろ」
「うん!」
「その前に、敵はどんな奴だ?」
「う~ん、あれは多分、ムカデ?」
「あれか……フィールドにいたな、それの強化版だろうな。
よしシノン、そいつの額に宝石のような物は見えるか?」
シノンはその言葉を受け、その大ムカデを観察し、
その額に確かに宝石のような物があるのを発見した。
「うん、あるみたい」
「それが弱点だ、全ての攻撃をそこに集中するんだ」
「了解」
(大丈夫、私は一人じゃない、離れていても、今の私の隣にはシャナがいる)
そしてシノンは、銃の射程ぎりぎりに銃座を設置し、慎重に狙いをつけ、
その大ムカデの額の宝石を狙撃した。
ターーーン、という音が聞こえ、シャナは通信機に向かって問いかけた。
「どうだシノン、敵に動きはあったか?」
「……無いみたい、とりあえず作戦は成功よ」
「おお、イコマ様々だな」
「ええ、本当にね。このまま狙撃を継続するわ、幸い弾は豊富にあるしね」
「それもラッキーだったな。しかしそれでも削りが足りるか不安だが、いけそうか?」
「……そうね、数発外すと足りないかも。まあその時は、死ぬ気で近接戦闘を挑むわ」
「そうならないように、頑張れ」
「うん」
ターーーン。
ターーーン。
ターーーン。
無造作ともいえるような間隔で銃声が続く。
シャナはやきもきしながら、黙ってその音を聞いていた。
そんなシャナにシノンが話しかけた。
ターーーン。
「ねぇシャナ」
「どうかしたか?」
ターーーン。
「もうすぐクリスマスよね」
「ああそうだな。ってか、話してて平気か?」
ターーーン。
「大丈夫、むしろこの方が集中できるわ」
「ならいい」
ターーーン。
「私ね、物心がついてから、クリスマスって大嫌いだったの。ほら、家庭の事情でさ」
「そうか」
ターーーン。
「でも今の私には、あなたや皆がいる。ねぇ私、今年はちょっとは期待してもいいのかな?」
「そうだな、期待していいぞ。俺が好きな物をプレゼントしてやる」
ターーーン。
「じゃあ、プレゼントはあんたで」
「おい……で、出来ればそれ以外で頼むわ……」
ターーーン。
「冗談よ、内容は任せるわ」
「それが一番困るんだがな」
ターーーン。
「ねぇ」
「おう」
ターーーン。
「ハミングでいいから、ちょっとクリスマスっぽい曲を歌っててくれない?」
「……音程とか、あんまり期待するなよ」
「ありがと、シャナ」
そしてシャナは、ジングルベルをハミングで歌い始めた。
ターーーン。
ターーーン。
ターーーン。
シャナの口ずさむリズムに乗り、弾の音が、軽快に続いていく。
そして何度目かのジングルベルが終わる頃、弾の音が止んだ。
「ここまで全弾命中」
「よくやったな」
「ハミング、上手かったわよ」
「ちょっとは役にたてたか?」
「うん、とっても。あんたと一緒の初めてのクリスマス、凄く期待してるわ」
「言っておくが、二人きりじゃないからな」
「それなら最高だったけど、まあ分かってるわよ、皆と一緒なのも楽しそうじゃない」
そしてシノンは深呼吸をすると、シャナにこう言った。
「多分あと一撃で倒せるわ、そして残りの弾は一発しかない」
「クライマックスだな」
「ええ、これが私から私への、クリスマスプレゼントよ!」
ターーーン。
そして最後の銃声が響き渡り、辺りに静寂が訪れた。
「……命中」
「お前なら当然だな」
「ええ、当然ね」
シャナは平然とそう言い、シノンもそれに平然と答えた。
「扉が開いたわ、多分そこの近くの地上に出れると思う。上で落ち合いましょう」
「了解だ」
そして地上に出たシャナの前に、見慣れぬ巨大な銃を持ったシノンの姿が現れた。
「……ついにやったな、シノン」
「ええ、本当にクリスマスプレゼントになったわ、まあちょっと早いけどね」
「名前は?」
「ウルティマラティオ・ヘカートII」
「そうか……本当によくやったなシノン、最高だったぞ」
「シャナ!やった、私やったよ!」
その瞬間にシノンは喜びを爆発させ、シャナに抱きついた。
さすがのシャナも、こんな時に野暮な事は言わず、黙ってシノンを受け止めると、
その体をしっかりと抱きしめ、そのままシノンの頭をなでた。
シノンはそのままシャナの唇を奪おうとしてきたので、
シャナはそんなシノンの頭をコツンと叩きながら言った。
「調子に乗るな」
「残念、もう少しだったのに」
「油断も隙も無えな……」
「今後は私の唇の狙撃から、頑張って自分の唇を守るのよ」
「へいへい」
こうしてこの日、シノンは、本当の意味でスナイパーとなった。