「二人とも、今日は凄く楽しかった。またあっちでも一緒に遊ぼうね」
「うん、また遊ぼうね!」
「今日は比企谷君と仲直り出来て本当に良かったよ。今後とも宜しくね、二人とも」
「折本、仲町さん、それじゃあまた千葉で」
「またね!」
「二人とも、明日は気を付けてね!」
この日の出来事は、四人にとってとてもいい思い出となり、
千葉に戻った後も、たまにではあるが、四人の関係はしっかりと続いていく事となる。
そしてホテルに戻った二人は、いつものようにお風呂に入り、
いつものように並んでベッドに横たわった。
「今日は楽しかったね、八幡君」
「ああ、旅先での出会いって何かいいよな」
「うん!でもさすがに眠いね」
「そうだな、今日も色々あったからな」
そして満腹だった事もあり、二人は抱き合いながら深い眠りへと落ちていった。
そして次の日の朝、八幡が目を覚ますと、再び手に柔らかい物が触れる気配がした。
(まあこの旅行の間だけだろうし、好きにさせるか)
八幡はそう思い、黙って寝ているフリを続けた。
そして明日奈は満足そうに立ち上がると、部屋の外へ出ていき、
今度はどうやら腹筋を始めたようだ。
(まあ、さすがに昨日は俺もちょっと食べ過ぎたしな)
そう思った八幡は、静かに起き上がると、明日奈の背後からそっと近付き、
明日奈の背中をそっと抱くと、その頬に軽いキスをした。
「えっえっ」
「おはよう、明日奈」
八幡はそう言うと、黙って明日奈の足の上に座った。
「おはよう、八幡君!」
明日奈はその八幡の気遣いを受け、嬉しそうにそう言うと、再び腹筋を開始した。
「さすがに昨日は食べすぎちまったし、俺もちょっとやっとくか」
「うん、じゃあ今度は私が上になるね」
「その前に、風呂を沸かしておこうぜ」
「あ、そうだね」
そして二人は朝の軽い運動を終え、仲良く風呂に入った。
「今日は眠りの森に寄って、状況を確認したら、次はあのじじいの所か」
「かおりの助言通り、上手くいくかな?」
「まあ大丈夫だろ、こっちのフィールドに引きずり込めれば、その時点でこっちの勝ちだ」
「油断しないでね、八幡君」
「ああ、タイプ的には直葉を強くしたような感じだろうから、そのつもりで相手をするわ」
そして二人は手早く朝食をとると、眠りの森へと向かった。
「二人とも、おはよう」
二人を最初に出迎えたのは知盛だった。
知盛からは疲れたような雰囲気が伝わってきたが、その表情はとても明るかった。
「知盛さん、昨日はこっちに泊まったんですか?」
「移動の手間も惜しいからね、今はとにかく集中しないと」
知盛は八幡の頼みに応え、とある作業にひたすら没頭していた。
「調子はどうですか?」
「うん、さすがにきついけど、段々とコツは分かってきたかな。
今日いっぱい時間を掛ければ、完全なものに仕上がると思うよ」
「お忙しい中、苦労をおかけして本当にすみません」
「何、僕にとってもとても大事な事だから、こんなの苦労のうちには入らないよ」
「ありがとうございます」
そして八幡は、経子といくつか打ち合わせをした後、
一度ホテルに戻り、陽乃を捕まえると、その耳元で何事か囁いた。
「なるほど、そう判断したのね、分かったわ。
うちのスタッフからちょっと機材を借りてくる」
そして陽乃はどこかへ連絡し、少ししてソレイユのスタッフらしき者が現れ、
陽乃に何かを手渡した。そして八幡は陽乃を伴い、明日奈と三人で結城本家へと乗り込んだ。
アポは事前に章三に頼んでいた為、三人はすんなりと清盛の前に立つ事が出来た。
「今日は何用だ小僧。儂を説得する為の材料でも他に見つかったのか?」
「いや?今日はそんな事の為に来たんじゃねえよクソじじい。
この前俺と明日奈に簡単に捻られて、さぞ悔しかっただろ?
だからリベンジの機会を与えてやろうと思って、わざわざこうして出向いてやったんだよ」
「ほう?」
清盛はその挑発を受け、目を光らせると、常に傍らに置いている日本刀を手に取った。
「今度は手加減せんぞ」
「やれるもんならやってみろ」
そして八幡は、無防備な体勢のまま前に進み出た。
八幡が、清盛とVR環境で勝負出来るように色々と挑発するだろうと思っていた明日奈は、
その八幡の行動をいぶかしく思ったが、陽乃がずっと無言でいるのを見て、
何か考えがあるのだろうと思い、黙ってその成り行きを見守った。
「小僧、何のつもりだ」
「見ての通りだ」
そう言いながら八幡は、無防備なままどんどん前へと進んでいった。
「儂がお前を斬らないとでも思っているのか?」
「さあ、どうだろうな」
「あくまで前に進み続けるか、ならば…………死ね!」
そして清盛は、目の前で棒立ち状態の八幡の頭に向けて日本刀を振り下ろした。
明日奈はドキリとし、一瞬目を閉じてしまったのだが、
目を開くと、明日奈の視界に、まったく表情を変えずに微動だにしていない八幡と、
寸止めしたのだろう、八幡の頭スレスレに日本刀を突きつけた清盛の姿が映った。
「まあそうだよな、普通斬れないよな」
「何故そう思う」
「それはあんたが、まだ結城総合病院の理事長だからだ。
引退して元理事長になったなら、病院とは関係無いと強弁する事も出来るだろうが、
現理事長が、俺を殺すどころか、その刀で少しでも俺を傷つけたりしただけでも、
その時点で結城系列の病院の評判はガタ落ちだ、最悪潰れるまであるだろう」
「フン」
清盛は刀を鞘に納めると、元の場所に腰を下ろし、
八幡も前回と同じように、清盛の前であぐらをかいた。
「こんな小手先の勝負で儂に勝ったつもりになっているのか?小僧」
「そんな訳無いだろ、俺が言いたかったのは、日本刀をこれみよがしに振り回してるだけじゃ、
他の一族の奴らへのこけおどしにはなっても、
俺との本気の勝負なんかまともに出来ないだろって事だ」
「確かにそうかもしれんが、それでは小僧、お前はどうやって儂と勝負するつもりだ?
道場か何かで竹刀か木刀を使って、チャンバラごっこでもしろと言うのか?」
「今の衰えたあんたじゃ俺には絶対に勝てねえよ、勝負にもならん。
そこで提案だ、黙ってこれをかぶれ」
「ほう?」
そう言って八幡が差し出したアミュスフィアを見て、清盛はつまらなそうに言った。
「そんなおもちゃで勝負だと?確かにそれを使えば、日本刀で斬りあう事も可能だろうが、
そんなのは所詮まやかしよ、痛みも伴わない勝負に何の意味がある?笑わせるなよ小僧」
「はっ、無知ってのはこれだからたちが悪いな、そんなんだから、
くだらない感情論でしか他人を評価出来ない、あんたみたいな老害が出来上がっちまうんだ。
いいかじじい、これの利点はそこじゃない、あんたに全盛期の力を出させる事が、
これを使う一番の理由なんだよ」
「全盛期の力だと?」
清盛はその言葉に興味が沸いたのか、ピクリを眉を動かし、そう言った。
「そうだ、このおもちゃは、あんたが思った通りの動きを、
あんたが思った通りの力で再現してくれる。
もう今は、自分のイメージ通りに動く事なんか出来やしないんだろ?
そんな雑魚相手に勝ったとしても、あんたも俺も納得なんかしやしない。
お互い全力でぶつかってこそ、白黒つけられるってもんだろ」
「ほう、さすがに言いよるわ、どうやら全盛期の儂相手でも勝つ気まんまんのようじゃな」
「当たり前だろじじい、いくらじじいが若返っても、所詮じじいはじじいだ」
「良かろう、その勝負、受けてたとう」
清盛は、おそらくあえてだろう、八幡の挑発に乗る事にしたようだ。
そして清盛は更にこう言った。
「もし儂が勝ったら小僧、お前は儂の養子になれ。そして一生儂には逆らわないと誓え。
もちろんそこにいる章三の娘との結婚は認めてやってもいい」
「いいだろう、その条件を飲もう。その代わりこっちも条件を出すぞ」
「当然じゃな、で、儂は、先日のお前達の申し出を素直に認めればいいのかの?」
「いや、もし俺が勝ったら、あんたは次の理事長選挙で絶対に引退すると約束しろ」
「……何じゃと?」
「俺はあんたの言った条件を無条件で承諾したぞ、当然あんたも無条件で承諾するよな?」
清盛は鋭い目付きで八幡を見ると、八幡にこう尋ねた。
「小僧、最初からそれが目的じゃったな、いつから気付いておった?」
「最初会った時からこれまで、あんたはこっちの邪魔を一切してこなかったからな。
もし何か仕掛けてきてたら、俺も少し迷ったかもしれないが、
あんたは結局最後まで何も仕掛けてこなかった。それなら答えは一つだろ。
あんたは俺達が何をしようとも、確実にそれをひっくり返す事が出来る方法を知っていた。
考えれば簡単な事だ、一族の者や系列病院の院長達は、皆極度にあんたを恐れている。
だから俺達が何をしようとも、あんたがトップでいる限り、そいつらは結局あんたに従う。
その為には理事長選挙をとりやめて、あんたがずっとトップのままでいればいい」
「なるほど、確かに頭は切れるようじゃな、益々お前が欲しくなったわ。
だが小僧、たとえ儂が勝負に負けたとして、確実に約束を守るとでも思うのか?
だったら貴様はとんだあまちゃんじゃな」
「あまちゃんはどっちだろうな、姉さん、お願いします」
「オッケー、もう仕込みはバッチリよん」
そう八幡に声を掛けられ、ここで初めて陽乃が動いた。
陽乃の手には、いつの間にか小型のビデオカメラらしき物が握られており、
清盛はそれを見て初めて狼狽した。
「小僧、貴様何をした!」
「明日奈がいたせいで、姉さんの行動にはまったく注意を割いていなかったみたいだな。
最初に会った時も、俺達には最初目もくれなかったから、絶対そうなると思ってたわ。
案外それがあんたの一番の弱点かもしれないな。
当事者以外には目もくれない、その傲慢さがな。
種を明かすと、今の俺達の会話は、既に一族や全ての系列病院の院長宅に配信中だ。
もちろんこれから行われる俺とあんたの勝負も、同じように配信される予定だ。
ちなみに公の動画サイトに流す事も一瞬で可能だ。うちの会社の実力を甘く見るなよ。
さあどうする?尻尾を巻いて逃げ出すか?もっともそんな事をしたら、
あんたの求心力は、限りなくゼロに近付く事になるだろうがな。
そうなったらもう、あんたなんか怖くも何ともない」
「くっ、小僧、貴様……」
「これでもう、あんたが権力を維持する為には、俺との勝負に勝つしかない。
もちろん勝つ自信があるんだろ?それとも何か、本当に尻尾を巻いて逃げ出すつもりか?」
清盛は黙って八幡を睨み付けていたが、やがて腹をくくったのか、こう言った。
「よかろう、儂と小僧の直接対決で全ての決着をつけるとしよう」
「潔いな、そのあたりはさすがだと言っておこう」
「後でほえ面かくなよ、小僧」
「どっちがだよ、それじゃ姉さん、準備をお願いします」
そして陽乃がテキパキと準備を進め、
八幡と清盛、それに明日奈はアミュスフィアを被り、
特別に作成された、アルゴ謹製の闘技場へとダイブした。
「ほう……こういうのは初めての経験だが、中々悪くないな」
清盛は中に入るなり、そう言った。
「一応あんたの若い頃の写真を元に、外見も若い頃と同じにしてあるからな。
試しに軽く動いてみたらどうだ?武器はそこに日本刀がたくさんあるから、
自分に一番しっくりくるバランスの奴を使ってくれ」
「ふむ、至れり尽くせりじゃの」
清盛はその八幡の言葉を受け、何本かの日本刀を手にとると、順に振り始めた。
その剣速はかなりのもので、八幡はそれを見て、絶対に油断しないようにと自分を戒めた。
「これだな、これが一番俺の手になじむ」
清盛はそう言って一本の刀を選んだ。
心なしか、その言葉遣いまでもが若返っているように感じられた。
「儂じゃなく俺なんだな」
「そうだな、本当に若返ったような気がして、とてもいい気分だ」
一人の侍がそこにいた。その侍の持つ迫力は、ユージーン辺りとは比べ物にならず、
完全にキリトやヒースクリフを彷彿とさせるものだった。
「俺の武器は決まったぞ、お前は何を選ぶつもりだ?」
「俺の武器はこの短剣と、もう一つ別の装備を使わせてもらうが、構わないか?」
「好きにしろ、お前にとって一番戦闘力が高まる装備を使うといい」
「それじゃあ遠慮なくそうさせてもらう。アルゴ、聞こえるか?
こいつはどうやら過去最大級の強敵みたいなんで予定を変更する。『アレ』を出してくれ」
そしてその言葉と共に、八幡の腕に見慣れぬ装備が装着された。
それを間近で見ていた明日奈は息を呑んだ。
「よう、久しぶりだな、相棒」
「八幡君、それって」
「ああ、今回の勝負の為に、アルゴに頼んで再生してもらったんだ」
「小僧、何だその見慣れぬ武器は。いや、防具か?」
「これはな……」
時を同じくして、国友家のリビングでは、義賢と駒央がこの勝負を観戦していた。
そして八幡の腕にその装備が現れた瞬間、駒央がいきなりこう呟いた。
「まさか……もう一度あれを見られるなんて……」
そして駒央が嗚咽をもらした為、義賢は何事かと思い、駒央に尋ねた。
「駒央、あの見慣れぬ装備が何か知っているのか?」
「うん、父さん、あの装備の名前はね」
そして八幡と明日奈と駒央は、その装備の名前を同時に口に出した。
「「「アハト・ファウスト」」」
こうして仮初めではあるが、かつて共に戦い、無敵を誇った八幡の専用装備が、
ついに再び八幡の腕に装着される事となったのだった。
次話「八幡は影となり、銀の光が煌く」