ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/06 句読点や細かい部分を修正


第258話 八幡は影となり、銀の刃が煌く

「小僧、何だそれは、腕に付けるタイプの小型の盾か?それでもう準備は出来たのか?」

「ああ、これで俺の準備も完了だ。明日奈、開始の合図を頼む」

 

 そして明日奈は、戦闘の開始を高らかに宣言した。

 

「はじめ!!!」

 

 その明日奈の合図と共に、様子見のつもりなのか、清盛は、

無造作とも見える動作で、八幡の左肩目掛けて刀を振り下ろした。

八幡はそれをアハトで受けようとしたのだが、その瞬間、清盛の持つ刀の姿がブレた。

八幡は咄嗟に右足を引き、清盛の攻撃を、自身の右肩があった位置で受けた。

 

「面白い事をしてくれるじゃねーか、じじい」

「ほう、よく見切ったな、小僧」

 

 清盛はそう言うと、軽くバックステップをした。

そして着地と同時に地面を蹴り、再び八幡の左腕目掛けて刀を振り下ろした。

八幡はカウンターを取ろうと一歩踏み込み、刀の根元にアハトを叩きつけると、

右手の短剣を清盛の心臓目掛けて突き出した。いや、正確には突き出そうとした。

その瞬間に八幡は短剣を離し、咄嗟にしゃがみこんだ。

その頭の上を清盛の刀が通り過ぎ、手応えが無いと分かるや否や、

清盛はすぐさま後方へとバックステップし、刀を肩にかつぐと、感心したように言った。

 

「今のを避けるか、小僧」

 

 そして八幡は、一度離した短剣を空中で掴みなおすと、それに対抗するように言った。

 

「そっちこそ随分器用じゃないか、じじい。てっきりカウンターが入ったと思ったんだがな」

 

 その光景を見ていたほとんどの者が、何が起こったのかを理解していなかった。

その時突然その場にアナウンスが流れた。

 

「明日奈ちゃん、説明して」

 

 その言葉と共に、明日奈の手に突然マイクが現れた。

どうやら陽乃が明日奈を解説役に任命したようだ。

そして明日奈は、今の一連のやり取りについて解説した。

 

「簡単に言うと、八幡君がカウンターを取ろうと踏み込み、

左腕の装備で刀を弾いた瞬間、清盛さんはその力を利用して回転し、

横なぎに八幡君の首を刎ねようとしましたが、八幡君がそれに気が付き、

武器を離してその場に伏せた為、清盛さんは一度後方に下がり、

八幡君は離した武器をそのまま空中で受け止めたという流れになります」

 

 その解説が流れた瞬間、この戦闘を見ていた者達のモニターに、

今の一連の流れがスローで再生された。至れり尽くせりである。

 

「ちょっと知盛、若い頃の力を取り戻したお父様に対抗出来るなんて、

八幡君って一体何者なの?」

「なぁに、ただの英雄だよ、姉さん」

 

 眠りの森でこの戦いを観戦していた経子は知盛にそう尋ね、

知盛はあっけらかんとそう言った。

そして別の場所では、駒央がモニターを見ながら興奮していた。

 

「さすがは八幡さん、全然腕は錆付いていないみたいだ」

 

 義賢は今の一連のやり取りに驚愕し、駒央に尋ねた。

 

「お、おい、まさかお前もあんな事が出来るのか?」

「僕には無理だよ父さん。あんな事が出来るのは、あそこにいる二人と、

あともう一人くらいじゃないかな」

「章三さんのお嬢さんもあれくらい強いのか……

なるほど、SAOが予想より早くクリアされたのも、これを見せられれば納得だな」

 

 そして明日奈の解説も終わった所で、八幡と清盛は再び構えをとった。

 

「さて、次はどうする?」

「思ったほどじゃないな、次で決める」

「さて、そう上手くいくかな?」

「もちろんいくさ」

 

 八幡はそう言うと、無造作に前へと進み出た。

清盛は虚を突かれながらも、八幡を迎え撃とうと、刀を振り上げる為、筋肉に力を入れた。

その瞬間に八幡は清盛の下へとダッシュし、短剣を内から外へと渾身の力を込めて払い、

完璧なタイミングでカウンターを入れた。

 

「そう何度もくらうか!」

 

 清盛はそう叫ぶと、刀への衝撃を無理やり力で抑え込み、腕を折りたたむと、

左足を一歩踏み込み、無防備な八幡の顔面めがけて強烈な突きを放った。

 

「あっ」

 

 明日奈でさえ、その突きの鋭さに心臓の鼓動が跳ね上がった。

そして清盛の刀が八幡の顔面に突き刺ささった時、不意に八幡の姿が影となって消えた。

八幡は踏み込んだ清盛の左足を自身の右足で蹴り、

強引に体を反らしてその突きをかわしていた。

 

「やるな!だがその体勢では……」

『ガン!』

 

 何も出来まい、そう言おうとした瞬間に銀の閃光が走り、

清盛はその音と共に、刀に衝撃を感じた。

見ると、アハトが前へとスライドしており、清盛の刀は上へと押し上げられていた。

 

「ぬっ……?」

 

 そして八幡は左足で着地し、体を起こすと、

体の前面を守るようにアハトを前に押し出し、左肘を曲げた。

だがその体勢はまだ不安定であり、

それを見て取った清盛は、しっかりと刀を握り直すと、渾身の力を込め、

がら空きになった八幡の左脇を狙って刀を振り下ろした。

 

「もらった!」

『ガン!』

 

 その瞬間に、八幡はアハトを後ろにスライドさせ、

狙いすましたかのように清盛の刀を外へと弾き飛ばした。

 

「何だ!?」

『ガン!』

 

 そして次の瞬間に、再び前へとスライドしたアハトが清盛の顎にヒットし、

清盛は、無防備な首筋を八幡の前にさらす事になった。

そして八幡は右足を一歩踏み込むと、右手に持つ短剣を無造作に横に振った。

 

「いっ、今、何が起こった……」

 

 銀の影が閃光のように走ったとしか、清盛には認識出来なかった。

訳がわからないまま刀だけは何とか手放さないようにし、

目の前の攻撃出来そうな所に必死に刀を振るっていた清盛だったが、

その八幡の最後の一撃と共に、ついに刀が自分の言う事をきかなくなった。

そしてそう呟いた後、清盛の視界は急激に縦に回転し、

そこに自分の体らしき物や八幡の顔が、映っては消え、映っては消えていった。

そして頭に衝撃を感じた後、清盛の視界が上下逆で固定された。

清盛が最後に見た物は、自分の顔に手を伸ばし、上へと持ち上げる八幡の姿だった。

 

(そうか、俺は首を刎ねられたのか……)

 

 そして清盛の意識は、そこで一瞬途絶えた。

 

「うおおおおお、やっぱり八幡さんとアハトのコンビは最強!」

 

 国友家では、清盛の首が八幡の手によって刎ね飛ばされた瞬間、

駒央がガッツポーズをし、雄たけびを上げていた。

義賢は、その見慣れぬ自分の息子の姿に驚きつつも、

画面の中で今、何が起こったのか把握出来ずに呆然としていた。

八幡と清盛の今の戦いが、明日奈の解説と共にスロウ再生で流れ、

全てを理解した義賢は、これで一つの時代が終わったと天を仰いだ。

それを象徴するように、画面の中では明日奈が最後にこう締めくくった。

 

「という訳でこの勝負は、まあ当然なんですが、

このようにあっさりと私達の勝利に終わりました。

一瞬残酷な映像が流れたように見えたかもしれませんが、

これはあくまでゲームのようなものなので、ほら、もう全て元通りですからね。

そしてこの中継をご覧の皆さんの中で、まだ自分の立場を決めかねていた方は、

早く国友さんに連絡しないと大変な事になりますので、その事は忘れないで下さいね」

 

 その言葉通り、確かにその場には清盛が、

何もなかったかのように五体満足で横たわっていた。

そして明日奈は画面に向かって笑顔で手を振ると、

八幡の下へと走っていき、そこで中継は終了した。

それからしばらくの間、義賢の携帯は、

延々と着信を告げる音を鳴り響かせ続ける事となったのだった。

 

 

 

「……!」

 

 清盛は、自身の意識が急速に覚醒するのを感じた。

目を開くと、どうやら自分は地面に大の字に寝転がっているようで、

それを覗き込む八幡と明日奈の姿が目に映った。

 

「そうか、儂は負けたのか……」

「当たり前だろ、俺を誰だと思ってるんだよ」

 

 そう言いながら差し出された八幡の手を握り、清盛は立ち上がった。

見ると、自分の姿は現在の年老いた姿に戻っており、刀やら何やらは全て消えていた。

 

「くっ、儂はまだ負けておらんぞ」

「おいじじい、たった今、負けたのかって言ったばかりじゃないかよ」

「そんな事を言ったかの?どうも歳をとると、物忘れが激しくなっていかんのう」

「こういう時だけ老人面すんじゃねえよ」

「ところで小僧、最後は一体何をやったんじゃ?」

 

 清盛は唐突にそう話題を変えた。一瞬の出来事だった為、

どうやらあの時正確に何が起こったのか、理解出来なかったようだ。

 

「まあ自分の目で見てみるといい。アルゴ、聞こえるか?もう一回スロウ再生を頼む」

 

 そして清盛の前にモニターが出現したかと思うと、先ほどの戦いの様子が映し出された。

それを最後まで見た清盛は、アハトを見ながら悔しそうに八幡に言った。

 

「何じゃあれは、ずるいぞ小僧」

「何じゃと言われてもな、俺と一緒にSAOを戦いぬいてくれた、大切な相棒だよ」

「ぬっ、そうか……それならまあ仕方ないのう」

 

 清盛はそう言うと、八幡の目をじっと見ながら言った。

 

「改めてこの勝負、わしの負けじゃ。煮るなり焼くなり好きにするがいい」

「じじいを煮ても焼いても食えたもんじゃないが、まあそれなら一つ、遊びに付き合え」

「遊びだと?」

「楓、もう入って来てもいいぞ」

「うん!」

 

 その声に清盛は慌てて振り向いた。いつの間にか清盛の後方には扉が出現しており、

その中から楓が姿を現した。楓は清盛の姿を見て、

とても嬉しそうにこちらに駆け寄ってくると、そのまま清盛に抱きついた。

 

「お爺ちゃん!」

「か、楓……」

 

 清盛は、自分の意地を通す為、楓の為にメディキュボイドを手に入れる事を、

つい先日拒んだばかりだったので、どうしていいのか分からず、ただ呆然と立ち尽くした。

 

「おいじじい、いいからさっさと楓を抱いてやれよ」

「しかし儂は……儂は……」

「ほら、楓が困ってるじゃねーかよ、空気読め、じじい」

 

 その言葉通り、楓は清盛の顔を見てまごまごしていた。

そんな楓の姿を見て、清盛は涙を流し始めた。楓は驚いた顔をして、慌てて清盛に尋ねた。

 

「お爺ちゃん、何で泣いてるの?もしかして誰かにいじめられたの?」

「いや、儂が泣いているのはな、楓に会えて嬉しいからだよ」

「そうなの?楓もお爺ちゃんと会えて、とっても嬉しいよ!」

「そうかそうか」

 

 そして清盛は涙を拭くと、そっと楓を抱きしめ、笑顔を向けた。

その笑顔を見て楓は安心したのか、清盛にこう言った。

 

「ねえおじいちゃん、ここがどこか覚えてる?」

 

 その言葉で清盛は、いつの間にか周囲の光景が変わっている事に気が付いた。

そこがどこなのか、清盛はすぐに思い出したのか、楓の頭をなでながらこう言った。

 

「もちろん覚えてるさ、昔ここで、よく楓と一緒に遊んだだろ」

「そっか、覚えててくれたんだ!それじゃあ昔みたいに、ここで楓と一緒に遊んでくれる?」

「もちろんだとも」

 

 清盛はその楓のお願いを快く了承し、八幡と明日奈も交え、

楓が満足するまでひたすら一緒に遊んだ。

そしてどれくらいの時が過ぎただろうか、楓は満足したらしく、笑顔で清盛に言った。

 

「お爺ちゃん、今日は本当にありがとう、楓、本当に嬉しかった!」

「うんうん、お爺ちゃんも楽しかったよ、楓」

「これでもう、何も思い残す事は無いよ、お爺ちゃん。

もし楓がいなくなっても、お爺ちゃんはこれからもずっと笑っててね!

それが楓の、お爺ちゃんへの最後のお願いだよ!」

「じじい、泣くな、笑え」

 

 八幡が、咄嗟に清盛の耳元でそう囁いた。

清盛は必死に涙を堪えながら、楓に笑顔を向けながら言った。

 

「ああ、もちろんこれからもずっと笑っているとも」

「うん、約束だよ!」

 

 そこに、様子を見ながら新たにログインしてきたのか、経子が姿を現した。

 

「楓、迎えに来たわよ」

「お母さん!」

 

 楓は嬉しそうに経子の下へと駆け寄り、こちらに振り向くと、

手を振りながら別れの挨拶をした。

 

「それじゃお爺ちゃん、お兄ちゃんお姉ちゃん、楓はお母さんと一緒におうちに帰るね!」

「ああ、楓、気を付けてな」

「楓ちゃん、また遊ぼうね」

「楓、お爺ちゃんな、今日はとっても楽しかったぞ」

「うん、それじゃあまたね!」

 

 そして楓は経子に連れられ、仮想現実内の自宅へと帰っていった。

 

「よしじじい、一度戻るぞ」

「…………ああ」

「じじい、泣くなって」

「これはただの汗だ」

「はいはい、分かった分かった」

 

 そして清盛は、名残惜しそうに楓の去っていった方を眺めると、そのままログアウトした。

そして一瞬意識が途切れた後、清盛は、ログインする時に用意した布団の上で目を覚ました。

隣で誰がが体を起こす気配がした為、清盛はそちらを見ないままこう言った。

 

「小僧、楓の事、心から感謝する」

「賭けの内容についてもちゃんと守れよ、じじい」

「もちろんだ、今更その事について、ぐだぐだ言うつもりはないわい」

「よし、それじゃあそれとは別に、俺から頼みがある」

「聞こう」

「もしかしたら楓を救えるかもしれない。その為に手を貸せ」

 

 清盛はその言葉を聞き、驚いた顔で八幡の顔を見つめたのであった。


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