ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/15 句読点や細かい部分を修正


第261話 そこでは涙は我慢出来ない

「楓、よく眠れたか?そろそろ夕方だぞ」

「ん……ふあぁあぁ……あれ、お兄ちゃん?」

「楓ちゃん、おはよう」

「お姉ちゃんも!」

 

 八幡と明日奈は、目を覚ました楓に、そう声を掛けた。

楓は、寝起きはいい方なのか、元気よくベッドから飛び降りると、二人に抱き付いた。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、おうちに来てくれたんだ、楓、とっても嬉しい」

「もう一人いるぞ、楓。ほら、こっちだ」

 

 楓は、きょとんとしながら、とてとてっと二人の後を追いかけた。

そして、居間でにこにこと笑っている清盛の姿を見付けた楓は、

満面の笑みを浮かべながら、清盛に抱きついた。

 

「お爺ちゃん、来てたんだ!」

「ああ、今日は久しぶりに、楓と一緒に夕飯を食べようと思ってな」

「本当に?やったぁ!」

 

 楓は喜び、ちょこんと清盛の膝の上に腰を下ろした。

そしてきょろきょろと辺りを見回すと、清盛に尋ねた。

 

「お爺ちゃん、お母さんは?」

「経子は今、買い物に行っておるよ。多分もうすぐ帰ってくるんじゃないかのう」

「そっかぁ、今日のご飯は何かな何かな」

 

 楓は、いかにも待ちきれないといった感じで、清盛の膝の上で、

楽しそうに体を左右にゆらゆらと揺らしていた。

そこにタイミングを計って、経子が姿を見せた。

 

「あらあら楓、今日はお爺ちゃんや、お兄ちゃん、お姉ちゃんがいるから、

とっても楽しそうね」

「うん!」

「楓ちゃん、今日は、私とお母さんと一緒に、お料理する?」

「する!」

 

 楓はわくわくした顔で、その明日奈の言葉に直ぐに頷いた。

 

「今日は何を作るの?」

「今日は、お婆ちゃんのカレーを作ろうと思うの。

そろそろ楓にも、お婆ちゃんのカレーを作れるようになって欲しいしね」

「う~ん、でも楓、もうすぐいなくなっちゃうしなぁ……」

 

 その言葉を聞いた八幡は、即座に楓に言った。

 

「おお、今日は楓が作ってくれるのか、すごく楽しみだな」

「お兄ちゃんは、楓にカレーを作って欲しいの?」

「ああ、お兄ちゃんは、楓のカレーが食べたいぞ」

「そっかぁ、それじゃあ楓、頑張るね!」

「おう、お爺ちゃんと一緒に待ってるからな」

「うん!」

 

 楓はそう言うと、経子と明日奈と共に、台所へと向かった。

幸い楓は、振り向く事は無かったが、もし振り向いていたら、

泣いている清盛の姿を発見し、多少騒ぎになった事だろう。

 

「……すまんな、小僧」

「今の不意打ちは仕方ないって。気にすんなよ、じじい。

俺もあらかじめ想定してなかったら、危ないところだったしな。

それにしても、何で楓は、あんなに達観してるんだろうな」

「そうじゃな……」

 

 八幡は清盛にそう声を掛け、清盛は、そう言った後、黙り込んだ。

その姿からは、いつものような迫力は感じられず、

八幡は、清盛がとても小さくなったように感じられた。

 

「まあ、手術の開始までには、何とか原因を見付けないとな」

「最悪直接尋ねる事になるかもしれんがのう」

 

 二人はそう言うと、いつ楓が戻ってきてもいいように、世間話を始めた。

案の定、少ししてから、楓が戻ってきた。

楓は再び清盛の膝に座ると、嬉しそうに、清盛に言った。

 

「お爺ちゃん、楓、お野菜を切ってきたよ!」

「おお、そうかそうか、上手に切れたかの?」

「うんと、いくつかは、ちょっと変な形になっちゃったかも……」

「いいんじゃよ、そういうのが美味いんじゃよ」

「そうなの?」

「ああ、食べてみれば分かる」

「うん!」

 

 そして、しばらくして、経子と明日奈が、完成したカレーを手に、戻ってきた。

楓はそれを一口食べるなり、目を輝かせながら言った。

 

「本当だ、すごく美味しいお婆ちゃんのカレーだ!」

「そうじゃろうそうじゃろう、このカレーには、カレーを美味しくしようという、

楓の優しさが沢山こもっているからの」

「気持ちで味が変わるの?」

「そうじゃな、気持ちはとても大事じゃぞ、楓」

「そっかぁ、気持ちが大事なのかぁ」

 

 楓は、何かに納得したように、うんうんと頷いた。

それを見た八幡は、これで多少は楓が前向きになってくれたらいいなと思った。

そして五人は、楽しく夕食を終え、しばらくテレビを見ながら、

のんびりと過ごしていたのだが、やがて楓は眠くなったようで、

清盛の膝の上で、うとうとと船を漕ぎ始めた。

清盛は、そっと楓を抱え上げると、ベッドまで運び、そこに楓をそっと横たえた。

こうしてその日は、穏やかな雰囲気のまま、終了する事となった。

 

「とりあえず、明日が勝負だな」

「ああ」

「頑張りましょう、大叔父様」

 

 そして次の日、八幡と明日奈は、明るい雰囲気の楓に起こされる事となった。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、朝だよ!」

「おお、もう朝か、おはよう楓、今日は早起きなんだな」

「うん!でもいっぱい寝たから全然眠くないよ!」

「そうか、それなら良かった」

「楓ちゃん、おはよう」

「お姉ちゃん、おはよう!」

 

 そして三人は、居間に向かった。そこには既に清盛がおり、

清盛は、笑顔で楓に微笑み掛けた。

 

「おはよう楓、昨日はよく眠れたかの?」

「うん!」

「そうかそうか、それは良かった」

 

 そして、朝の食卓を囲んだ後、経子が仕事と称して手術に備えてログアウトする事となり、

残りの四人は、先日のように、公園に出かける事となった。

 

『ハー坊、もうすぐ手術の時間だぞ』

 

 楓以外にしか聞こえない声で、アルゴがそう話しかけてきた。

楓は、とても楽しそうに、明日奈や清盛と一緒に遊んでいた。

八幡は焦りを感じながらも、決して諦めず、楓の気持ちを前向きにしようと、

そんな楓の一挙手一投足に集中した。そして八幡は、楓が、大型トラックが横を通る度に、

少し緊張したようなそぶりを見せる事に気が付いた。

八幡は、何気ない風を装って、楓にその事を聞いてみた。

 

「ちょっと緊張してるみたいだけど、楓は大型トラックが苦手なのか?」

「う、うん……お父さんが、大型トラックに轢かれて死んだ時から、

楓、あれがちょっと怖いんだ」

「そうだったのか……悪い事を聞いちまったな、すまん、楓」

「ううん、大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは、楓に変な事を言わないもんね」

「変な……事?」

「うん、お父さんのお葬式の時、親戚のお兄ちゃん達が話してたのを聞いちゃったんだ」

 

 八幡は、まさか推測通り、そういう事なのかと思い、

楓の気持ちが沈まないように、楓の頭をなでながら、そっと楓に尋ねた。

 

「そうか、そいつらは何て言ってたんだ?」

「うんとね、もうすぐ楓も病気で死ぬから、そしたら本家の血筋も終わりだなって。

だから楓はもうすぐ死ぬんだなって、その時に分かったの」

 

 八幡はその言葉を聞くと、清盛に目配せした。

清盛はその合図に、怒りの表情を見せながら頷いた。

 

「楓、確かに楓の病気は珍しくて、治すのは大変だけどな、

今知盛おじちゃんが、楓の病気を治そうと、必死に頑張ってくれてるんだぞ」

「でも、その人達、眠りの森でも同じ事を言ってたよ?」

 

 八幡は、キレそうになるのを必死に抑え、諭すように、楓に言った。

 

「楓、そんな人達の言う事なんか、信じなくていい。

お婆ちゃんのカレーを作った時、お爺ちゃんが言ってただろ?

一番大事なのは、楓の気持ちなんだよ、分かるか?」

「楓の気持ち?」

『ハー坊、知盛さんが言うには、バイタルが安定しなくて、

このままじゃ手術を始められないそうダ』

 

 同時にそうアルゴの声が聞こえ、八幡は、焦りながらも、

このまま何とか押し切ろうと、必死に楓に話し掛けた。

 

「そうだ、お爺ちゃんもお姉ちゃんも、楓の病気が必ず治ると、心から信じてるんだ。

もちろん俺もな。だからきっと、その気持ちが、カレーを美味しくした楓の気持ちみたいに、

きっと楓の病気も治してくれると思わないか?」

「あ……もしかして、駒お兄ちゃんが言ってたのと、同じ事かな?」

「駒お兄ちゃん?駒央の事か?」

「うん、その駒お兄ちゃん!駒お兄ちゃんはね、ついこの前までね、

悪い人に閉じ込められてたらしいんだけど、必ず帰れるって信じてたから、

本当に帰って来れたんだよって、ちょっと前に、楓に話してくれたの」

 

(駒央、ナイスすぎんぞ、お前が神か!)

 

 八幡は、このチャンスをものにしようと、明日奈を隣に呼び、笑顔で楓に話し掛けた。

 

「楓、実はお兄ちゃんとお姉ちゃんもな、駒お兄ちゃんと一緒に、

悪い奴に閉じ込められてたんだよ」

「そ、そうなの?」

 

 楓は、驚いた顔でそう言った。

 

「うん、本当だよ、楓ちゃん」

「そうだったんだ……」

「でもほら、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、こうして今、楓と一緒にいるだろ?

必ず帰れるって信じてたから帰ってこれたって、駒お兄ちゃんは言ってたみたいだけどな、

実はちょっと違うんだ、楓」

「そ、そうなの?」

「ああ、信じるだけじゃなく、戦って勝ったから、お兄ちゃん達は、こうして今ここにいる。

ちょっとその姿を、楓にだけ見せてやるよ」

「う、うん」

 

 八幡は楓にそう言うと、二人を清盛と戦った時の姿にするように、アルゴに要請した。

そして楓の目の前で、八幡と明日奈は、先日と同じように、血盟騎士団の制服姿になった。

それを見た楓は、目を丸くした。

 

「うわぁ、お兄ちゃんとお姉ちゃんが、変身したよ!」

「それだけじゃないぞ、見てろよ、楓」

 

 そう言うと、八幡と明日奈は、武器を手にとり、何合か剣を交えた。

いつの間にか清盛が、楓の隣に移動しており、清盛は、楓の頭をなでながらこう言った。

 

「どうじゃ楓、あの二人は凄く強いじゃろ?」

「うん、何か凄いね、お爺ちゃん!」

「信じて信じて頑張ったから、二人はあそこまで強くなれたんじゃよ」

「お爺ちゃんよりも?」

「ああ、お爺ちゃんよりも、あの二人は強いんじゃ」

「凄い凄い!」

 

 楓は、目を輝かせながらそう言った。そんな楓に、清盛は言った。

 

「どうだ楓、そろそろ本当の気持ちをお爺ちゃんに聞かせてくれないか?

楓は自分の病気を、どうしたいんじゃ?」

「私……私は……でも、やっぱりもうすぐ死んじゃうんじゃないかな……」

「本当にそう思うなら、何で今、楓は泣いとるんじゃ?」

「え?」

 

 清盛にそう言われ、楓は自分が今、泣いている事に気が付いた。

 

「あれ?あれ?どうして楓、泣いてるんだろ……」

 

 そんな楓に、清盛は、優しく語りかけた。

 

「なぁ楓、実はここではな、涙は我慢出来ないんじゃよ。

つまり今楓は、本当は悲しいと思ってるから、涙が出てるんじゃよ」

「悲……しい?楓は悲しんでるの?」

「そうだ……さあ、お爺ちゃんに、本当の気持ちを聞かせてごらん?」

「お爺ちゃん……楓……楓は……」

 

 そして楓は、清盛の胸に飛び込むと、わんわん泣きながら、清盛に訴えかけた。

 

「楓は死にたくない、死にたくないよ!これからもずっと、お母さんやお爺ちゃんや、

お兄ちゃんやお姉ちゃん達と、ずっと一緒にこうやって遊んだり、ご飯を食べたりしたい!」

「そうか……大丈夫、大丈夫じゃよ楓、楓には、このお爺ちゃんや、

あんなに強い、お兄ちゃんやお姉ちゃんが味方しておるんじゃ、

病気なんか、簡単にやっつけてやるさ」

「本当に?」

「ああ、本当にじゃ」

「そっか、それじゃあ楓も一緒に戦う!」

「それは心強いのう、楓が一緒に戦ってくれるなら、もう、絶対に負ける事は無いな」

「うん!」

『ハー坊、バイタルが安定したそうだ、これより手術を開始する』

 

 それを聞いた八幡は、楓の下へと歩み寄り、笑顔で楓に言った。

 

「えらいぞ、楓」

「うん、楓、えらいでしょ?」

「とってもえらいね、楓ちゃん」

「えへへぇ」

「それじゃあ今日はご褒美に、思いっきり楓と遊んでやろう」

「ご褒美?」

「ああ、ご褒美だ」

「やった、ありがとう!」

 

 それから手術が終わるまで、楓は決して笑顔を絶やす事は無かった。

そして手術が終わった頃、楓はさすがに疲れたのか、ベンチで寝てしまい、

丁度その時、再びアルゴから、アナウンスが流れた。

 

『手術は無事成功したそうだ、三人とも、よくやったゾ』

「よし!」

「やったぁ!」

「そうか……成功したか……よくやった、よくやったぞ知盛!」

 

 それを聞いた三人は、喜びを爆発させた。

そして楓も含め、四人はそのままログアウトした。

そしてしばらく後、楓は、眠りの森のベッドの上で、無事に目を覚ます事となった。


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