そして祝勝会という名の宴会も終わり、その帰り際にシャナはエヴァに呼び止められた。
「シャナさん、約束の話なんですけど、明日ってお暇ですか?」
「約束?」
「はい、甘い物を食べに連れてってくれると!」
「あっ、ああっ!」
シャナはこの時初めて自分の迂闊さに気が付いた。
あの状況から解放された喜びと、知らず知らずのうちに発動したお兄ちゃんスキルのせいで、
とんでもない約束をしてしまったとシャナは後悔したのだが、もう後の祭りである。
シャナは、どよんと落ち込んだ気分で、しかしそれを表情に出さないように言った。
「大丈夫だ、それで、どこへ迎えに行けばいい?」
「明日は大学で練習があるんで、出来ればそこの入り口の前だと助かります!」
「分かった、門を出た所で待ってるわ」
「はい、それじゃあまた明日!」
エヴァは宴会中は豪快な話し方をしており、他の者も個性的な話し方をしていたのだが、
どうやらシャナが相手で他人がいない時は、素の話し方をする事にしたらしい。
六人はそれぞれ外見にまったく合わない普通の挨拶をして、順に落ちていった。
「シャナ、今の連中は?」
そう話し掛けてきたのは薄塩たらこだった。
「そうか、お前はあいつらの事を知らないんだったな、
今日飛び込みで参加してきた、アマゾネス軍団だよ」
「そんな連中までいたのか……道理で人数の計算がまったく合わないと思ったぜ」
「女だけの六人のチームなんて、珍しいよな」
「まったく見覚えが無かったが、最近始めた連中か?」
「多分な。でもあいつらは中々いい動きをする。多分リアルでも何かやってるんだろうな」
「そういう連中は、手ごわいよな」
「あいつらは伸びるだろうな」
シャナは新体操の部分をぼかしてそう言った。かなりの高評価である。
「さて、俺もそろそろ帰るよ、またな、シャナ、っと、シノンもな」
「おう、またな」
「またね」
いつの間にかシノンが傍に来ていたらしく、薄塩たらこはそう二人に挨拶をした。
そしてシャナは振り向き、シノンに言った。
「さて、俺達も帰るか」
「そうね、今日はちょっと疲れたしね」
二人はそう言葉を交わすと、拠点へと向かって歩き始めた。
「ところでシャナ、明日の事なんだけど、当然私も連れていってくれるのよね?」
「なっ……」
シャナは何故シノンがその事を知っているのかと、激しく動揺した。
「お、お前、聞いてたのか?」
「当然じゃない、まあ今のあの子達は、あなたへの恋愛感情は一切無いみたいだけど、
今後はどうなるか分からないし、お目付け役としてしっかりと私が付いていかないとね」
「まあ別に構わないが……多分お前と同世代だろうし」
「そうなの?」
「ああ、あいつらのあの動きはもろに新体操の動きだったからな。
大学生にしては幼い感じがするし、中学で新体操部がある所なんざほとんど無いし、
そもそも中学生でGGOをやるってのは考えにくいしな」
「そっか、同世代なんだ……」
そしてシノンは、こう呟いた。
「私のアバターがかわいくて良かった……」
シャナはその言葉が聞こえたのか、ぷっと吹き出した。
「確かにあいつらのアバターは、随分と……あ~、偏ってたよな」
「うん、さすがに六人全員がああなるってのは珍しいよね」
「まあ、トーマとアンナはそうでもなかったけどな」
一応記しておくと、エヴァは身長がかなり高く、茶髪の三つ編みをした、
全てにおいてごつい、女子プロレスラーのような外見をしている。
ソフィーは長い茶髪を後ろで束ねたずんぐりむっくりとした外見であり、
トーマは細身でショートカットの黒髪をした、どちらかというと女性的な外見をしている。
ロ-ザは赤い赤毛のそばかす顔で、
おかんというあだ名がついていてもおかしくないような外見をしており、
アンナは見事な金髪をした美形キャラであり、
ニット帽とサングラスのせいで白人男性にも見えるが、
その二つを取ると、まるでハリウッド女優のように見える。要するに顔だちがきつい。
そしてターニャは、銀色のベリーショートで、鋭い目付きをした狐のような外見だった。
シノンはその六人の顔を改めて思い出し、もう一度同じような事を言った。
「私のアバターが、シャナ好みのかわいい外見で、本当に良かった……」
「俺はお前の外見について、何か言った覚えは無いんだが……」
「何よ、何か私のアバターに文句でもあるの?」
「いや、まあ好みかどうかは知らないが、別に嫌いではないけどな」
「知らないって、自分の事でしょうに……もう、相変わらず素直じゃないわね」
「とりあえず明日は大型のミニバンを借りていくが、定員は八人までだからな。
今回は映子や美衣や椎奈は連れていけないからな」
「ちょっと、誤魔化さないでよ!まあいいわ、とりあえず私で丁度定員いっぱいって事ね。
三人とも残念がると思うけど、今回は諦めるように言っておくわ」
「そういえばあいつら、あれからちゃんとお前の事をガードしてくれてるか?」
「うん、私は必要無いって言ってるんだけど、いつも誰かしら傍にいてくれてるわ」
「そうか、それならいい」
そしてログアウトした後八幡は、今日あった事を含め、その事を正直に明日奈に話した。
「ええっ、そんな事があったんだ……」
「ああ、一歩間違えれば全滅する可能性もあったな」
「それって実は、八幡君とシノのん以外は、でしょ?」
「まあ正直二人揃ってればどうとでもなるから、そうかもだけどな」
八幡はあっさりとそう認めた。
「明日奈は明日は何か用事があるのか?」
「私は雪乃と出掛ける約束があるんだよね。
結衣と優美子は、たまにはって事で海老名さんと三人で集まるみたいで、
珍しく雪乃に、二人で出掛けようって誘われたの。
あーあ、私もその子達を見てみたかったなぁ」
「悪いな、車の定員がいっぱいなんだよ。そうじゃなかったら、
こっちと合流してもらっても良かったんだけどな。
って、雪乃にGGOの事がバレるのはまずいか……
いや、あえてバラして小猫が今頑張ってくれている、
あそこにいたプレイヤーの情報の整理を手伝ってもらう手もあるが……」
迷う八幡を見て、明日奈は少し考えた後に言った。
「まあ、もう少し様子見でいいんじゃない?薔薇さんやる気まんまんだし」
「そうだな、下手に雪乃を呼ぶと、
『私が信用出来ないんですか?』とか小猫が拗ねるかもだしな」
「ところで明日はどこに行くつもりなの?」
「ああ、俺はそういうのには疎いから、
この前雪乃と話していた時に、たまたま話題になった店にしようかと思ってる」
「結衣や優美子なら分かるけど、雪乃がそういう店の事を話題に出すなんて珍しくない?」
「どうやら猫のイメージのスイーツがあるらしくってな」
「ああ~!」
明日奈はその言葉を聞いて、直ぐに納得したようだ。
「まあとりあえず、今度私もその子達に会わせてね」
「ああ、ゲームの中でもたまには一緒に行動する事もあるだろうが、
あいつらを見たら、多分明日奈も凄く驚くと思うぞ」
「それじゃあその時を楽しみにしとくね。あと……」
そして明日奈は、八幡に軽くキスをした。
「シノのんと、こういう事をしちゃ駄目なんだからね」
「するわけないだろ」
八幡のその言葉を聞き、明日奈はにっこり微笑んだのだが、
内心明日奈はこうも思っていた。
(でも他の女の子をキッパリと拒絶する八幡君って、何か八幡君らしくないんだよなぁ……
姉さんやシノのんに抱きつかれてとまどう八幡君はかわいいと思うし、
一線を越えなければ、私もその程度は最近何とも思わなくなってきたし……)
明日奈は、八幡の周りを自分を含めた多数の女性が囲んでいる事に、
自分が段々慣れてきてしまっている事に気が付いた。
(もし私が、もっともっと八幡君を独占するようにしていたら、
それでも他の皆は私達の傍にいてくれると思うけど、今ほど幸せだとは思えない気がする。
八幡君は私の事を絶対に裏切らない。だから例え他の人が八幡君に抱き付いていようと、
私は安心していられる。むしろその子の笑顔を見ると、
八幡君のおかげだと思って私まで嬉しくなる。同じように他の皆も、
私と八幡君を見て笑顔になってくれる。そっか、そういう事なんだ……)
明日奈はそう考え、じっと八幡の顔を見つめた。
「ん?どうかしたのか?」
「八幡君が、他の子に抱き付かれたりした時に、無理に振りほどいたりしないのって、
その子の悲しむ顔を見たくないからだよね?」
「う……いきなり何だよ、まあ確かにそう思ってしまう事は否定出来ないが……」
「八幡君って、女性関係は基本凄く受身だよね?」
「お、おう……」
八幡は、困った顔でそう言った。
「八幡君は、絶対に浮気をしないよね?」
「当たり前だろ、俺は明日奈と結婚するつもりだ」
この質問に対しては、八幡はキッパリとそう言い切った。
「うん、八幡君は、やっぱり今のままの八幡君がいい。私も今が一番幸せだと思う」
「いきなりどうしたんだよ……」
「ううん、皆が幸せな今が、やっぱり一番幸せなんだなって、改めて思ったの」
八幡は明日奈にそう言われ、戸惑ったように言った。
「まあ、明日奈がいいならそれでいい」
八幡は、もしかして明日奈はかなり陽乃の影響を受けつつあるのではないかと思ったが、
やはり自分の性格的に、冷たく相手を拒絶する事は難しかった為、
その明日奈の言葉に甘える事にしたようだ。
八幡は、その分もっと明日奈に優しくしようと考え、
明日奈の肩に手を回し、自らの方へそっと抱き寄せた。
「もう、急にどうしたの?」
「いや、俺は明日奈に甘えてばっかりだと思ってな」
「そう思うなら、心の広い彼女にもっと感謝しなさい!」
「おう、それじゃあ今から感謝の気持ちを込めて、全身マッサージでもするか」
「えっ?う、うん」
そして二人は、二階の八幡の部屋へと向かった。丁度その時部屋から出てきた小町が、
これからGGOにでもログインするのかと思ったのか、何気なく二人に尋ねた。
「お兄ちゃん、何かするの?」
「いやな、明日奈に日頃の感謝の気持ちを伝える為に、
これから全身をマッサージしてやる事にしたから、ベッドの所に行こうと思ってな」
「そうなんだ、それ、小町も見学してもいい?」
「別に構わないぞ。ついでに小町も全身マッサージするか?」
「う~ん、お義姉ちゃんがやってもらうのを見てから考えるよ」
「そうか」
そして一時間後、明日奈は顔を紅潮させてぐったりしていた。
「いや~、まさかお義姉ちゃんのあんな声やこんな顔が見られるなんて、眼福眼福。
小町、大人の階段を一歩上っちゃったかも」
「それで小町はどうするんだ?」
「さすがに兄妹であれは倫理的に問題があると思うから、肩だけ揉んで」
「おう」
そして更に十分後、小町は満足したのか、肩をぐるぐる回しながら言った。
「うん、すっごく肩が楽になった、ありがとねお兄ちゃん」
「おう、またいつでも揉んでやる」
「それじゃあ小町は部屋に戻るから、今度はお姉ちゃんに、もっと凄いのをやってあげて」
「ええっ!?」
「ん、そうか?まあたまにはいいか」
「ちょ、ちょっと八幡君……」
「いいからいいから、ほら」
そして小町が出ていった後、部屋には明日奈の嬌声が響き渡り、
次の日の朝八幡は、両親から、ついに孫の顔を見せてくれる気になったのかと言われ、
誤解を解く為に必死に弁解する事になった。
そして明日奈は朝起きた瞬間、自分の体がとても軽いのに驚きつつも、
昨日の事を思い出し、赤面しながら呟いた。
「確かに体は凄く楽になったんだけど、小町ちゃんがいなくなった後、
まさかあんな格好やこんな格好で、あんな事やこんな事をされるなんて……
ついでに秘密だったはずの、あの旅行中のアレまで……
もう一刻も早く八幡君にお嫁にもらってもらわなきゃ……」
比企谷家は、今日も平和のようである。
そしてその日の午後、八幡は陽乃に車を借りて、最初に詩乃の学校へと向かった。
今日はキットで来た訳でもないのに、目ざとい生徒達が押しかけてきた為、
結局八幡はその対応に追われる事となった。
だが生徒達も心得たもので、詩乃達が姿を現した瞬間に、
周りを囲んでいた生徒達は波が引くように散っていき、
遠くから好意的な視線を向けるだけとなっていた。
八幡は、詩乃達が煙たがられたりはしていないようだと安堵した。
そんな八幡の目に、昇降口を出たばかりの遠藤達の姿が映った。
「ん、あれは遠藤か。なぁ詩乃、お前、今はあいつの事をどう思ってるんだ?」
「う~ん、積極的に関わろうとは思わないけど、まあ普通かな。
もう過ぎた事だし、十分反省してくれたみたいだし、
だから誰かにいじめられたりしないように、一応周りの子には言ってるかな」
「そうか、お前は優しいな」
「そう思うならもっと私に優しくしなさいよね」
「十分優しくしてる方だと思うが……」
「べ、別にもっと優しくてもいいじゃない、例えば今日うちに来るとか……」
「詩乃っち、のろけすぎ!」
「ついでに調子に乗りすぎ!」
「あと微妙に言ってる事がエロい」
「うぅ……ご、ごめん」
三人にそう言われ、少し自覚はあったのか、詩乃は直ぐに謝った。
丁度その時遠藤達が、一同の真横に差し掛かった。
遠藤達は、いじめられたりはしていないようだったが、
他の生徒に積極的に相手にされている様子も無く、目を伏せたまま通り過ぎようとした。
「おい遠藤」
その哀愁漂う姿を見た八幡は、何を思ったか、いきなり遠藤に声を掛けた。
遠藤はビクッとしながらも、無視する事は出来なかったようで、
おずおずと八幡の方へと近付いていった。
「な、何か私に用ですか?」
遠藤は、完全に怯えた様子でそう話し掛けてきた。
八幡は、ちょっとやりすぎたかと思い、安心させるように遠藤に言った。
「なぁお前、影でこっそりいじめられたりとかしてないよな?大丈夫か?」
遠藤はその言葉に意外そうな表情を見せたが、直ぐに目を伏せ、八幡に言った。
「そ、そういうのは大丈夫……です」
「そうか、そっちの二人も大丈夫か?」
「はっ、はい、平気です」
「私も大丈夫です」
「そうか」
そして八幡は、周囲に聞こえるようにこう言った。
「俺はそういうのが嫌いだからな、お前達も、
周りで何かそういう事があるようだったら直ぐに俺に教えてくれ」
そして周りの生徒達から次々と賞賛の声が上がり、八幡は満足そうに頷いた。
そして遠藤達は、八幡にぺこぺことお辞儀をしながら去っていった。
「いきなり何をいい出すのかと思ったら、心配性なんだね」
シノンにそう言われ、八幡はこう返事をした。
「そうは言うがな、裏で何か起こってたら取り返しがつかなくなるからな、
まあ保険だ保険。とにかくそういうのは、俺の目が届く範囲では絶対に許さん」
「ふふっ、八幡らしいね」
「まあ逆に言うと、目の届く範囲にしか俺の手は届かないんだけどな」
「それでもうちの学校は、凄くいい雰囲気になったと思います!」
「全部八幡さんのおかげですね!」
「詩乃っちも幸せそうだしね」
映子達にそう言われ、八幡は頭をかいた。
「よし、それじゃあ行くか」
「うん」
そして二人は、エヴァ達との約束の場所へと向かう事にした。
こういう話を挟まないと、心が荒んでしまいますね!