「初めまして、私はユイです、パパとママの娘です!」
「私はキズメルだ、二人の古い戦友で、ハチマンの嫁のような扱いになるのだろうか」
「むっ……娘!?嫁!?」
「この二人は高度なAIが搭載されたNPCなのよ、シノン」
「もっとも誰もNPCだとは思っていないけどな、二人は立派な俺達の仲間だ」
「嘘……全然そんな風には見えない」
「本当ですよ、ほら」
そして二人は頷き合うと、妖精形態へと姿を変えた。
それを見たシノンは、やっと二人がNPCだと実感した。
そしてユイはそのままシノンの肩に、キズメルはハチマンの肩に座った。
「ALOってこんなに凄いんだ……」
シノンは指一本でユイと遊びながらそう言った。
「いや、この二人はちょっと特殊でな、他のギルドにはハウスメイドNPCはいるが、
こういった自立型のNPCは存在しない」
「そうなの?」
「ああ、実はな……」
そしてハチマンは、シノンに二人の出自を説明した。
「そんな事が……」
「ああ、だからもし誰もいない時でも、必ずここにはこの二人がいて、
お前を出迎えてくれるはずだ」
「そっか……それって凄く嬉しい事だね」
「シノンさん、ここでお待ちしていますね」
「分からない事があったら何でも聞いてくれ」
「ありがとう二人とも」
シノンは二人にそう微笑んだ後、こう言った。
「でも私が正式にここにお世話になるのは、
GGOでたまに開催される、BoBって大会で優勝した後になるんだけどね」
「あ、パパが他の人に内緒でコッソリプレイしているゲームですね!」
「コッソリ……な。ユイ、他の奴らにはまだバレていないよな?」
「はい、大丈夫だと思います」
「そうか、今はまだそれでいい」
ハチマンがそう言った後、ユイは改めてシノンにこう言った。
「それでは言い直しますね、いつまでもここでシノンさんが来るのをお待ちしていますね」
「そうだな、いつまでもここで待っているよ、シノン」
「う、うん、必ずまたここに戻ってくるから、待っててね、ユイちゃん、キズメル」
その二人の言葉に、シノンはとても嬉しそうにそう言った。
「ところでシノノンは、やっぱりこっちでも遠隔攻撃主体になるのかな?」
「そうね……正直剣の扱いは自信が無いから、その方が良さそうね」
「それじゃあハチマン君、誰も使ってない、アレをあげればいいんじゃないかな?」
「そうだな、そうするか」
そしてハチマンは、武器を陳列してある部屋にシノンを連れていき、
豪華な意匠の施された弓を手に取り、シノンに渡した。
「握った感じはどうだ?」
「弓を持つのは初めてだけど、特に違和感は無いかな」
「そうか、よし、外の闘技場に行くぞ」
そしてハチマンは、闘技場で弓の説明を始めた。
「この弓は、無矢の弓という魔法の弓でな、矢はお前の魔力によって無限に供給される。
その分威力は普通の矢を放つものよりも若干落ちるが、
その代わりに、特殊な機能を持つ矢を放つ事が可能だ」
そう言ってハチマンは何か呪文を呟いた後、弓を構えた。
その矢は三本に増えており、ハチマンはその矢を射た。
「このように、矢を三本に増やす事が可能だ」
「なるほど」
次にハチマンはアスナを前に立たせると、再び呪文を唱え、アスナに向かって矢を放った。
その矢はアスナの腕に命中し、そのまま一本のロープのようになった。
ハチマンがそのロープが繋がったままの弓を引っ張ると、アスナの腕も引っ張られた。
「こんな感じで相手の体にくっ付けて、バランスを崩したりする事が可能だ」
最後にハチマンは、再び別の呪文を唱え、弓を構えた。
その目の前に現れた光の矢がどんどん大きくなっていく。
そしてハチマンは、その巨大な矢を発射した。
「まあ威力が大きさで変わる訳じゃないんだが、命中率を上げる為なんだろうかな、
一箇所でも当たれば、そのダメージは全て敵にいくようだ」
「面白い武器ね、大きさとか威力は、使った魔力に依存?」
「俺が検証した感じだと、まあそんな感じだな」
「なるほど、最終装備にはなりえないんだろうけど、面白い武器ね」
「どうだ?まあ直ぐじゃなくてもいいんだが、使いこなせそうか?」
「ちょっと練習してもいい?」
「おう、好きなだけ練習してくれ」
そしてシノンは、試行錯誤しながら無矢の弓を使いこなす練習を始めた。
そして少し後、入り口から一人のプレイヤーが入ってきて、
シノンの練習を見学していた一同に声を掛けた。
「頼も~う!かわいいフカ次郎ちゃんが、また勇ましく挑戦に来ましたよ!」
「あっ、フカちゃんだ!」
「おおうアスナの姉御、何か久しぶり!」
「頑張ってるみたいだなフカ、あれからかなり腕を上げたみたいだな」
「ハ、ハチマンさん!はい、フカちゃんはいつもあなたのお傍に仕える為に頑張ってますよ!
そんな私の頑張りに、そろそろ惚れちゃってもいいんですよ!むしろお願いします!」
「相変わらずだなお前」
「そんな変わらない君が大好きだと?愛人でもいいんで是非私をその末席に!」
「お前本当に自分の欲望に忠実だよな……」
ハチマンは苦笑し、他の者もそれに釣られて同じように苦笑した。
だがフカ次郎の明るさは、皆好ましく思っていた。
「あれ?」
そしてフカ次郎は、弓の練習をしているシノンに気が付き、そんな声を上げた。
「え~っと、あの見覚えの無い方はどちら様で?」
「ああ、あいつは今度うちに加入したシノンだ」
「な、ななな何ですと!?私を差し置いて入団テストを乗り越えた強者が!?」
「いや、あいつはお前と違って入団テストは受けていない、というか必要ない」
「何と!?そ、それは一体どういう……」
「まあ、リアルでの知り合いだって事だ」
「あ~!」
そしてフカ次郎は、何事かブツブツと呟き出した。
「リアル知り合いの優位性……学校をサボって明日の朝一でコヒーの家に向かって、
その流れでハチマンさんと何とか会えるようにお願いして、
そのまま無理やり既成事実を……うん、私の魅力を持ってすればいける気がする」
「コヒーってのが何の事かは知らないが、どう考えてもいけないからな」
「やっぱり無理デスヨネ……あ、ちなみにコヒーは私の友達でっす!
スラッとしたモデルみたいな長身の美人なのに、コンプレックスが凄いんです!」
「ん、大学で遭遇した人に似てるな」
「お?お?そ、それは一体どこで……」
「えっと確か……」
そしてハチマンは、昼に訪れた大学の名前を告げ、その女性の特徴をフカ次郎に告げた。
「そ、それは正しく我が友コヒーじゃないですか!」
「そうなのか?世間は狭いって本当なんだな。それじゃあお前からも、
気にしすぎですって伝えてやってくれ。何なら本当に美人ですよって言ってくれてもいい」
「ハチマン君……」
「あなたね……」
「コヒーよりも私に、私にその言葉を!」
そんなハチマンに、アスナとユキノから総攻撃が加えられた。
フカ次郎だけは若干違う趣旨の言葉を言っていたが、まあそれはいつもの事だった。
「いや、まあ適当に意訳して、褒めてたってだけでいいぞ。
何か本当に身長にコンプレックスを感じているように見えたんで、心が少し痛んでな」
「心が……ね。それならまあ仕方ないかな」
「そうね、人助けはこの男のライフワークですからね」
「そんなのをライフワークにした覚えはねえよ」
そしてハチマンは、フカ次郎に向き直った。
「話が反れちまったが、お前はそんな楽な方に逃げる奴じゃないだろ?
実力を俺達に認められて入団したいって思ってる、根性のある奴だ」
「ハ、ハチマンさん……やっぱり私の事を……」
そのハチマンの言葉に、フカ次郎は感動した様子でそう言った。
「私の事をというのが、どういう意味で言ってるのかは分からないが、
お前の頑張りはちゃんと評価しているぞ。正直今直ぐに入団を許可してもいいんだが、
それだとお前の気が済まないだろ?」
「えっ……?私は別にそれでもまったく構わないけど……」
「それだとお前の気が済まないだろ?」
「あ、いや、くそー、こうなったらもうヤケだ!ですです、気が済まないです!」
「当然そうだよな。よし、たまには俺が相手をしてやろう、おいシノン、選手交代だ」
「どうかしたの?あれ、そちらの方は……」
シノンはこちらに戻ってくると、フカ次郎の顔を見ながら言った。
「この子が、今入団テストを受けているフカ次郎さんよ」
「ああ!」
「どもども、フカ次郎だよ!いや~、それにしてもお姉さん可愛いね……じゅるっ」
「なっ……」
「その可愛らしい猫耳、ちょっと触らせて?」
「駄目よ、この猫耳は私の物よ!」
ユキノが突然横からそう言い、つかつかとシノンに近付くと、
楽しそうにその猫耳を撫で始めた。フカ次郎も対抗するように、
反対側からシノンの猫耳をもふもふし始めた。
「お前らな……」
「し、仕方ないじゃない、この猫耳が私を誘うのよ!」
「いや~最高っすなぁ……もふもふっすなぁ……」
「え、えっと……」
「おいフカ、お前はさっさとこっちに来い」
「あっ、ちょ、ま、もっともふもふを!私にもっともふもふを!」
そのままフカ次郎はハチマンに連行され、ユキノはシノンの猫耳を独占する形となった。
「他のケットシーの人達も、いつもこんな目にあってるの?」
「ううん、皆上手く逃げてるから、多分猫耳に飢えてたんじゃないかな……」
「そ、そう……まあ頭を撫でられてるのと変わらないから別にいいんだけど……」
シノンはアスナにそう言うと、興味深そうにハチマンとフカ次郎に目をやった。
「さて、いつでもいいぞ、かかってこい」
「よ~し、フカ次郎、行きまっす!」
ハチマンは、右手にだけ短剣を持ち、フカ次郎に言った。
そしてフカ次郎は、フェイントを織り交ぜつつハチマンに突撃した。
ハチマンは冷静にそれを見切りながら、逆に先回りしてフカ次郎の武器を弾いた。
「なっ……」
「お前のフェイントは素直すぎる。踏み込む足の角度や、目線にも気を遣え」
「了解!」
そして何合か斬り合った後、ハチマンはカウンターでフカ次郎の腕を斬り飛ばした。
「武器は左右どちらでも使えるようにしておけよ。片腕を斬られた時に対応出来るからな」
「うわぁん、片腕を斬った後に言われた!」
「馬鹿野郎、基本だ基本。うちのメンバーは全員出来るぞ」
「うう、努力はしてるよ!」
そう言ってフカ次郎は、ハチマンの不意をつくように、残った手でいきなり攻撃した。
だがその攻撃も、ハチマンにあっさりと弾かれた。
「おっ、使えない振りをしていたのか、中々いいぞ」
「とか言ってあっさりカウンターを決めるとか、ハチマンさん鬼!」
「まあ攻撃可能な体の動きをしていたからな」
「普通そんなの分かんないでしょ……」
そして斬られた腕が復活した後、フカ次郎はキッとハチマンを睨みつけ、
雄たけびを上げながらハチマンに突撃した。
「おおおおおおおおお!!!」
「お?」
ハチマンは目を見開くと迎撃体制をとり、フカ次郎の剣を持っていた右腕を斬り飛ばした。
その瞬間にフカ次郎は残った左手で、剣を掴んだままの右腕を持ち、
そのまま渾身の力を込めてハチマンに叩きつけた。
次の瞬間、ガッという音と共に、いつの間に取り出したのか、
ハチマンの左手に握られていた短剣が、その攻撃を受け止めた。
「くそー!届かなかったー!」
それで力尽きたのか、フカ次郎は地面に大の字に倒れ込み、ハチマンに言った。
「もうどうとでもしやがれ!でも出来れば痛いのじゃなく、えっちなのでお願いします!」
ハチマンはそのフカ次郎の言葉を当然無視し、アスナ達の方に歩み寄った。
「最後のは弾けなかったのかしら?弾かなかったのかしら?」
「弾けなかったな、いい攻撃だった。どうだ、そろそろいいか?」
「そうだね、そろそろいいんじゃないかな?ユキノはどう思う?」
「異論は無いわ」
「分かった。おいフカ次郎」
「はいは~い、早く止めを刺しちゃって!子作りなら尚更大歓迎!」
「お前、合格」
「はい?」
「だから、合格」
「まじで?」
「まじだ」
「まじまじで?」
「しつこいな、やっぱりやめ……」
その瞬間にフカ次郎は立ち上がり、凄い勢いでハチマンに抱き付くと、本気で泣き出した。
「うわぁん、ハチマンさん、愛してますぅ!」
「俺はまったく愛してないが、まあ良かったな、フカ」
「そんな冷たい所も愛してますぅ!」
「お前、他の奴が相手だったとしても、多分同じ事を言ってるよな」
「完全にバレバレだけど、でも愛してますぅ!」
「うぜえ……」
そしてアスナとユキノも駆け寄ってくると、口々にフカ次郎を祝福した。
「おめでとうフカさん。ついに正式メンバーね」
「あ、ありがとう!」
「お祝いをしなくちゃね、フカ」
「せ、盛大にお願い!」
そんな盛り上がるメンバーの姿を見て、どうやら我慢出来なくなったのか、
突然シノンがこう言い出した。
「わ、私もやる!」
「やるって……何をだ?」
「入団テスト!」
「お、おう……別に構わないが」
「条件は?」
「俺かアスナに一発当てる事だな」
「分かった、任せて!それじゃハチマンが相手で!」
シノンは鼻息も荒くそう言った。そして一同が見守る中、シノンは弓を構えると、
全魔力を一気に弓に込め、巨大な矢を生み出した。
「なっ……」
「行くわよ!」
「ちょ、ちょっと待て、それは反則だろ!」
「男がぐだぐだとつまらない言い訳をするんじゃないわよ!」
そしてシノンはその巨大な矢を発射し、大きさに全ての魔力をつぎ込んだ為か、
ダメージこそそれほどくらわなかったが、
当然避け切れなかったハチマンは、確実にその体に一撃をくらった。
「命中?」
「……確かに命中したな」
「やった!」
「な、何ですとおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
フカ次郎はその結末に絶叫した。
「完全に作戦勝ちね」
「まあそもそもあれ、ハチマン君があげた弓なんだけどね」
「そういう意味じゃ、彼は自分に負けた訳ね」
「うぅ……」
少し落ち込んだ様子を見せるフカ次郎に、シノンが駆け寄って抱き付いた。
「おほ?」
「ごめんねフカ、思いっきり反則だと思うけど、
でもどうしても、私だけが無試験で入団するのが嫌だったの。
私の正式入団は当分先になるんだけど、その時が来たら、仲間として宜しくね!」
「そ、そうなの?でもその気持ちはとても嬉しいよ!
その時までここでずっと、シノンが来るのを待ってるよ!」
「フカ!」
「シノン!」
そして二人は固く抱き合い、再会を約束し合った。
ちなみにフカ次郎は、さりげなくシノンの耳をもふもふしていた。そんな二人の再会は、
丁度シノンと入れ替わる形でフカ次郎が一時的にGGOにコンバートした為、
GGOでという事になるのだが、それは遥か未来の話である。