「さて明日奈、あなたは何故八幡君の周りの女性達を野放しにしているのかしら」
「べ、別に野放しになんか……ちゃんと相手は選んでるし……」
「要するに、その選んだ相手は野放しだという事ね」
「う、うぅ……それはそうかもだけど……」
「明日奈にも言い分があるでしょうから、とりあえずそれを聞かせてもらえるかしら」
そして明日奈は、先日思った事を雪乃に話し始めた。
「えっと、最近シノのんやエルザの為に、八幡君が凄く頑張ってて、
そのせいで二人が八幡君の事をどんどん好きになっていくのが分かって、
でもそれが不快じゃなくて、四人で一緒にいるのが楽しくて、
そんな環境を壊したくなくて、八幡君は絶対に浮気はしないって分かってるから、
最後の一線さえ越えなければ多少の接触とかはむしろ歓迎……みたいな……」
明日奈は完全には考えが纏まっていなさそうではあったが、
思っていた事を、そう正直に雪乃に告げた。
「なるほど、ヴァルハラと違ってコミュニティが狭い分、
別の種類の居心地の良さがあるという訳かしらね、ふむ……」
そんな雪乃に八幡が言った。
「すまん雪乃、同窓会の直後にも、同じようなやり取りが俺と明日奈の間であったんだが、
今こうなっているのはその延長かもしれん、
俺がもっと駄目な事は駄目とハッキリさせていれば、多少は違ったかもしれん」
「それは無理ね」
雪乃はその八幡の言葉を即座に否定した。
「いや、それくらいは……」
「あなたは昔から、姉さんやゆいゆいにたまに抱きつかれたりしていたけど、
そういう時は焦るだけで振りほどく事は出来なかったじゃない。
あなたは女の子には、基本そういった事は出来ない人なのよ。
出来るとすれば、無駄だと分かっていても、『離してくれませんかね』とか言うくらいね」
「いや、まあ返す言葉も無いが……」
「確かにその時は、あなたには決まった恋人はいなかったから、
今の状態にそのまま当てはめる事は出来ないかもしれないけど、
それでもあの時あなたには、好きな人ならいたじゃない、そう、私よ」
「お前どさくさ紛れに俺の過去を捏造すんな!」
「いやね、ちょっとした冗談じゃない」
「お前の冗談は、昔から冗談に聞こえないんだよ……」
その冗談で少し場が和んだ所で、雪乃は明日奈に言った。
「勢いで正座をさせてしまったけど、ごめんなさい、二人とももういいわ。
明日奈がそう思っているなら、私は出来るだけその気持ちを尊重したいと思う。
でも私にも、譲れないプライドという物があるのよ」
そして二人がソファーに座りなおしたのを見て、雪乃は再び話し始めた。
「例えば明日奈と私の立場が逆だとして、明日奈が八幡君に関係を迫った時、
私がにこやかに『好きにするといいわ、どうせ彼は私の物だから』って言ったら、
それを聞いた明日奈はどう思うのかしら?」
「あっ……」
「そしてそれを聞いた八幡君は、多分ラッキーと思って、
そのままぺろりと明日奈を食べてしまうのでしょうけど、
それで明日奈は満足するのかしら」
「俺への風当たりが厳しい気がするのは気のせいですかね……」
「冗談に決まっているでしょう、あなたはもっとドンと構えていなさい。
それでどうなの?明日奈」
「えっと……それはちょっと嫌かも……」
「私が言いたい事が分かったかしら?」
「う、うん、何となく……」
そう言った明日奈が少し涙目になっていたので、雪乃は詩乃に目配せをし、
それを受けた詩乃は、明日奈をそっと抱いてその頭をなで始めた。
「私が言いたかったのは、つまりそういう事なのよ。
ごめんなさい、泣かせるつもりは無かったのだけれど、要するに私達は、
あなたと対等でいたいのよ。だからあなたには、何でもはいはいと認めるのではなく、
私達にとって、彼の前に立ちはだかる高い壁でいて欲しいの」
「うん、うん……」
「でも私達と彼が仲良くしているのを見ると嬉しいという気持ちは、
正直に嬉しく思うわ。だって私自身、あなたと八幡君が仲良くしているのを見ると、
もちろん少し妬けるけど、でもとても嬉しいと思うもの。詩乃もそうでしょう?」
「そうね、確かにそんな感じかも」
「雪乃……詩乃……」
明日奈は目を潤ませながら、二人の名前を呼んだ。
それは先ほどまでの悲しみの涙とは違い、嬉しさを含んだ涙のように見えた。
「だから私から提案よ。明日奈がどうしても迷ってしまうというなら、基準を作りましょう。
明日奈、これから私と八幡君がする事をよく見ていて」
「う、うん」
そして雪乃は、八幡の隣に座ると、その腕をそっと自分の腕で抱いた。
「八幡君、軽く手を払ってみて頂戴。それくらいならあなたも気兼ねなく出来るでしょう?」
「お、おう……」
そして八幡が手を振り払うと、あっさりと雪乃の腕は、八幡の腕から離れた。
「どう?案外簡単だったでしょ?」
「そうだな……」
「こういう時は、ただじゃれているだけなのだから、
別に振りほどかれても残念と思うだけで、私達も何とも思わないものよ」
「勉強になります……それにしてもお前が恋愛を語るようになるとはな……」
「私だって、あなたのせいで色々と勉強したのよ」
「俺のせいかよ」
「あなたのせいよ」
咄嗟にそう言った直後に雪乃に即答された八幡は、ばつが悪そうにそれに同意した。
「そ、そうですね……」
「それじゃあ次よ」
そして雪乃は、今度はガッチリと八幡の腕を抱いた。
八幡は先ほどと同じくらいの力で手を振ったが、今度は雪乃の腕は離れる事はなかった。
「まあ当然こうなるわね」
「まあそうだな」
「こういう時は、あなたは素直に諦めなさい。正面から抱きつかれた場合もそう、
そうなるには、そうなるだけの理由があるのだから。ここで明日奈、あなたの出番よ」
「う、うん」
「まあ大体こういう時、傍にはあなたがいるはずよ。
この状態が正当だと思ったら、それはそのまま認めてあげて欲しい。
その時は多分、この男が何か相手を感動させるような事をした時だと思うから」
「あ、それは何か凄く分かる」
ここで詩乃がそう言った。最近その状態に一番当てはまったのが詩乃だったからだろう。
「でもその状態に正当性が無いと思ったら、無理やり引き離さないと駄目よ。
この情けない男にはそれは出来ないし、そもそもこれはあなたの仕事よ」
「私に出来るかな……?」
「出来なかったら、私と詩乃が、彼を襲って既成事実を作るわよ?」
「なっ……」
「そ、それは駄目!」
「ではやりなさい、それが彼に唯一選ばれた、あなたの宿命よ」
「分かった、頑張る!」
「それでこそ明日奈よ」
雪乃はそう言うと、八幡の腕を離した。
「さて、明日奈がいない場合だけど、姉さんに教わった技を一つあなたに伝授するわ」
「姉さんに?」
「……やはりうちの姉さんの事を、あなたが私と同じように姉さんと呼ぶのは慣れないわね」
「まあそのうち慣れるだろ」
「違うのよ、私の姉さんがあなたの姉さんという事は、その……ね?」
そう言って雪乃は頬を赤らめた。八幡はそんな雪乃に冷たい口調で言った。
「さっさと慣れろ」
「詩乃、こういう顔と口調で、この男がこういう事を言う時は、内心かなり焦っているのよ」
「そうなんだ!うん、覚えとく!」
「ぐっ……」
八幡は悔しそうにそう言うと、誤魔化すように雪乃に言った。
「いいから早く姉さんに教えてもらった技を伝授してくれ」
「分かったわ。それじゃあ八幡君、私に正面から抱きついて……と言いたい所だけど、
それだと私の理性がもつかどうか怪しいから明日奈、私を八幡君だと思って抱き付いて頂戴」
「うん!」
「お前、やっぱり昔と比べてかなり変わったよな……」
「全部あなたのせいよ」
「また俺かよ……」
そして明日奈が雪乃に抱き付き、その直後に雪乃は、
明日奈のおでこに軽くデコピンをしながら言った。
「こら、離せって」
「えへっ、ごめんね」
明日奈はそう言ってはにかみながら離れ、その直後に驚いた顔で雪乃の顔を見た。
「あっ、本当に離しちゃった」
「次は離さないパターンよ」
そして先ほどと同じような光景が繰り広げられ、次に雪乃は、明日奈のこめかみを、
両手でぐりぐりしながら言った。
「ほら、は、な、せ、っ、て」
「痛い痛い!もう、意地悪なんだから」
明日奈はそう言ってすねながら離れ、その直後に驚いた顔で雪乃の顔を見た。
「ちょっと力技っぽかったけど、普通に離しちゃった」
「これが姉さんから教わった技よ」
「「「おお~」」」
そして三人は、雪乃に拍手をした。
「ところでお前がどういう状況で姉さんにこの技を習ったのか、凄く気になるんだが……」
「……実は姉さんが中学の時、演劇で男役をやった時の真似をしてみたのだけれど」
「……なるほど」
「でもあの美人さんが男役なんて想像出来ないんだけど」
「確かに姉さんは、抱き付く方が似合ってそう」
「姉さんは中学の時、合気道に凝ってたから、かなり男っぽかったのよ」
「えっ?姉さんって合気道をやってたの?」
そんな明日奈に、八幡が言った。
「何だ知らなかったのか?あの人は合気道の免許皆伝だぞ」
「ええっ!?」
「あの人なら、素手で敵に突っ込んで、バッタバッタと片っ端から投げ飛ばすと思うぞ。
しかも最低限の力でな」
「そうだったんだ……」
「まあそれはさておき、どうかしら?これならあなたにも出来るのではなくて?」
「もっと強く出る事も相手によっては可能だと思うが、我ながら少し情けないな」
自嘲ぎみにそう言う八幡に、三人は言った。
「言葉ならともかく、仲間の女性に対して力で対抗しようとするあなたなんて、
正直想像もつかないわ」
「八幡君はそのままでいてほしい」
「まあ、それが八幡の魅力なんじゃないの」
「ゲームの中なら平気なんだけどな。実際小猫をSAOでぶっ飛ばしたしな」
「……ある意味小猫さんは、貴重な体験をしたのね。
とりあえずほとんどの相手はそれで平気でしょう。
仲間以外の相手には、八幡君も遠慮なく強く出れるでしょうしね」
「まあ例外もいるけどね」
その明日奈の言葉に、雪乃は首を傾げた。
「そんな人、仲間にいたかしら?」
「目の前にいるんだけど……」
「私の事?」
明日奈の目の前にいた詩乃がそう言った。
「うん、シノのんは一番警戒が必要な相手だからね」
「そうなの?」
「うん」
「まあ確かにあれは私には効かないのは確かだけど……」
「……どうするのかしら、少し興味があるわね、今やってみてもらえないかしら」
「私には役得だし別にいいけど……」
そして詩乃は、嬉しそうに八幡に抱き付いた。
「ほら、離せよ」
「い・や・よ」
「ほら、は、な、せ、っ、て」
「い・や・よ」
「頼むから離してくれ……」
「い・や・よ」
八幡は、明日奈と雪乃を見て、お手上げというように両手を上げた。
「強いわね……」
「でしょ?シノのんは本当に要注意なの」
「なるほど……分かったわ、こういう時は明日奈、あなたも同じようにしなさい」
「……!」
明日奈はその言葉の意味を理解すると、嬉しそうに八幡に抱き付いた。
「八幡君!」
「うおっ」
そしてその直後に、見ているだけでは我慢出来なくなったのか、雪乃も八幡に抱き付いた。
「お前もかよ……」
「ふふっ、たまにはいいでしょう」
「何かまったく解決になってない気がするんだが……」
「これは特殊なケースよ、詩乃だって、いつもこんな感じなはずはないでしょう?」
「まあそれもそうか」
八幡はそう言うと、少し力を込めて、三人のおでこにデコピンをした。
「おら、お前らさっさと離せ」
「「「痛い!」」」
さすがに本気で痛かったのか、三人は直ぐに八幡から離れた。
「そうか、力を上手く加減する手もあるか」
そんな八幡を、三人は恨めしそうに見つめた。
「さて、とりあえずこのくらいかしらね」
雪乃がそう言ってソファーに座り、他の三人も同じようにソファーに腰掛けた。
「すまん雪乃、心配かけたな」
「雪乃、ごめんね?」
腰掛けた後、八幡と明日奈は雪乃にそう謝った。
「まったく、あなた達は本当に世話がやけるわね。
もっとも私達のせいもあるのだろうから、あまり文句も言えないのだけれども」
「でもあのままだったら、こういういい関係も、いつか終わってた気がする」
「そうね、男と女の関係は、何かのキッカケで簡単に崩れてしまうものね」
「世間一般から見れば、こんな私達の関係は歪なものに映るかもしれないけど、
そもそも八幡君が普通じゃない時点で仕方がないわね」
「俺は普通でいたいんだが……」
「それはもう無理だって分かっているでしょう?そもそもあなた、今の状態が不満だなんて、
世の中の他の男の子達に殺されるわよ?」
「そ、そうだな……確かに俺は今、確実に幸せなんだろうな」
こうして穏やかな状態のまま話は終わり、彼らの結束はより強くなった。
そして雪乃が、気になっていた事を八幡に尋ねた。
「で、詩乃とエルザさんの為に、八幡君は一体何をしたのかしら」
「私の場合は、ずっと私にたかってきた人達を撃退してもらったかな」
「……というと?」
そして詩乃は自分の過去と、その時の事を語った。
「それで最近私にも、学校の友達が三人も出来たの。だから私、今とても幸せよ」
「……そう、そんな事があったのね。良かったわね、詩乃」
「うん!」
雪乃は微妙に頬をピクピクさせながらも、詩乃が嬉しそうなのを見てそう言った。
「それでエルザさんの方は?」
「えっと、エルザさんが事務所でセクハラ被害にあってて独立したがってたから、
事情を聞いたんだけど、その相手がSAOでの因縁の相手だという事が分かって、
その人を潰す為にメディキュボイドを手に入れて、
次に私の実家に行って結城家の次期当主になって、私のいとこの難病の治療に成功した後、
同じような難病の子供達を集めた施設を引き取って、
こっちに戻ってきた後に無事その因縁の相手を潰した後、
その芸能プロダクションを実質傘下に収めた?」
「…………………………ええと、よく分からないのだけれど、詳しく説明してくれるかしら」
「うん、あのね……」
そして八幡と明日奈が、先日あった事を雪乃に説明した。
詩乃も初耳だった事が多かったらしく、驚いた顔をしていた。
そしてその話を聞いた雪乃は、無言でスッと立ち上がり、八幡を見下ろすと、
人差し指を下に向け、ちょんちょんと下の方を指し示しながら言った。
「八幡君、正座?」
「いいっ!?またかよ……」
「いいから正座なさい」
「……お、おう」
八幡は、その雪乃の迫力に押されて正座した。そして直後に、雪乃の説教が始まった。