そしてついに決戦の日が訪れた。シノンやピトフーイだけではなく、
シャナにとっても、ラフコフのメンバーに関する手掛かりを見つけられるかどうかという、
いわゆる勝負の日であった。
「よし、行くぞ」
「負けないわよ、ピト」
「むふふふふ、マズルフラッシュ!」
「何よそれ……」
「あっ、ごめん、何でもない!」
「その顔を見れば何となく想像出来るけど、とりあえずそのよだれは拭いた方がいいわよ」
「おっと、つい溢れ出るリビドーが、私の口から滴り落ちてたかあ」
その言葉を聞いたシノンは、ぷるぷる震えながらピトフーイに言った。
「あんたね、これから本戦だってのに、エロい事ばっかり考えてるんじゃないわよ!」
「別に賭けに勝った後に私がシャナに何をどうされようと、シャナの勝手じゃない!」
「お前ら、そういう訳の分からない話に俺を巻き込むな……」
シャナは渋い顔で、二人にそう言った。
それに影響を受けたのか、突然シズカがシャナにこう言ってきた。
「シャナ、ピトに一体どんなえっちな事をするつもり?
そういう事は私に……う、ううん、何でもない!」
シズカが最後の方で口ごもり、顔を赤くした為、シャナは苦笑しながらこう言った。
「シズまで悪乗りするな、当然俺は何もするつもりは無い。
っていうか、恥ずかしいならネタに乗るのはやめておこうな」
「お兄ちゃん、私をもうおばさんにするつもり?」
「あ~ケイ、去年結婚したいとこ夫婦にこの前子供が生まれたから、
お前はもうとっくにおばさんだからな」
「ああっ、そう言えばお母さんがこの前言ってた!」
「まあうちは親戚関係とは疎遠だから、会う事も無いだろうがな」
ロザリアは特に突っ込む気は無いようで、そんな一同の姿を生暖かく見つめていた。
ちなみにイコマは、先ほどニャンゴローとの顔合わせを済ませた後、
そのままいつもの通り、工房に篭っていた。
どうやら何かを一生懸命作っているらしく、試合はそのまま拠点で見るようだ。
そして最後にニャンゴローが、満を持してシャナの前に出てこう言った。
「そんな欲望に塗れた目で、私の胸を見るのはやめろ!」
「先生、意味が分かりません。っていうかGGOに来てから確実に性格変わってますよね?」
シャナはそう言ってため息をついた後に、全員に号令をかけた。
「ああ、もういいからお前らさっさと行くぞ」
そしてその言葉に従い、一行はMMOトゥデイのスタッフとの集合予定地点へと向かった。
途中でシノンとピトフーイが本戦出場者の集合場所へと向かう為に分かれ、
残りの者は、シンカーが確保したレンタルスペースへと向かった。
「シャナさん、お待ちしてました」
「今日はお世話になります、シンカーさん、ユリエールさん」
そのシャナの言葉と共に、一同は二人に頭を下げた。
そしてユリエールが、ハッとした顔でシャナに言った。
「あ、そういえばこの前報告するのを忘れてましたが、私達、結婚したんです」
「おお、そうなんですか、それはおめでとうございます!」
「お二人とも、おめでとう!」
「これもお二人のおかげです、本当にありがとうございます。
お二人がいなかったら、私は間違いなく黒鉄宮で死んでいましたからね」
「あの時は間に合って本当に良かったですよ」
その時スタッフの一人がシンカーに駆け寄ってこう言った。
「シンカーさん、開始十分前です」
「あ、そろそろ時間ですね、皆さんはこれを」
「これは?」
「今後GGO内でうちのスタッフが使う制服です。
今後は取材の時はこれを着て、出来るだけ多くの人に認知されるようにしたいと思ってます。
そうすれば、戦場で中立の存在として、取材等も出来るようになるかもしれませんしね」
「なるほど、それは早く認知度を上げたい所ですね」
「はい、今回の事がいいキッカケになりました」
そして一同は、その制服に着替え、それぞれの担当する場所へと向かう事となった。
事前の取り決めでは、シャナが中央、シズカが北、ベンケイが南、
ニャンゴローが西、ロザリアが東と決められていた。
シャナ以外の者は、あくまでも一般人の目から見て怪しい人物かどうかくらいしか、
判断する事が出来なかったが、それでも後日映像と照らし合わせる事によって、
シャナが白黒を判断する材料くらいにはなるだろう。
「それじゃあ皆、何かおかしいなと思ったらしっかり覚えておいてくれ。
各自シノンとピトの応援も宜しくな」
「うん」
「あの二人、どっちが勝ちますかねぇ」
「引き分けだと俺が助かるんだがな……」
「戦々恐々としておるな、シャナ」
「まあいいか、それじゃあまた後でな」
そして一同はそれぞれの目的地へと散っていき、ついに第二回BoBの本戦が開始された。
BoBでは、一定時間ごとにサテライトスキャンという物が行われ、
それによって誰がどこにいるか表示される事になっていた為、
通常だと最初のスキャンまでは、身を潜めて待機しておくのがセオリーなのだが、
そんなセオリーはまったく気にしない者も、たまに存在する。
果たして今回も、いきなりその波乱は起こった。
「いきなりゼクシードと闇風が激突したぞ!」
「ゼクシードの野郎、ついてやがるな、闇風に見事に奇襲を決めやがった」
そんな観客の声が聞こえ、シャナはチラリとモニターを見た。
(そういえば前回も、いきなり動き出したサトライザーと同じように、
あいつも最初のスキャン前に俺の前に姿を現したんだったな、
今思えばあの時も、あいつはいきなり行動してたんだろうな)
前回はそれが裏目に出て、最初の退場者となったゼクシードだったが、
今回はその行動が良い方向に働いたようだ。
さすがは闇風、きっちり致命傷は避けたようだったが、
先手をとられ、足に被弾したのか、その動きはやや精彩を欠いており、
戦いは終始一貫してゼクシードに有利に進められているようだった。
「手数は闇風の方が多いが、ゼクシードは装備でかなり攻撃を防いでいるみたいだな」
「攻撃の命中率も、ゼクシードが圧倒してるな……武器の性能のせいもあるんだろうが」
「というかあいつは射撃自体はそこまで上手くないから、ほとんど全て武器のおかげだな」
「ちっ、これはどうやらゼクシードの勝ちだな」
その言葉通り、終始闇風はいい所を見せられず、途中から逃げの一手に徹した為、
辛うじて死亡はしなかったものの、大ダメージを負い、
ある程度回復するまで、しばらく身を隠さなくてはならなくなった。
ゼクシードも少なくないダメージを負ったのか、さすがに一旦行動をやめる事にしたようだ。
そしてその直後に、最初のスキャンが行われた。
「ここから試合がガンガン動きそうだな」
誰かがそう言い、その言葉通り、他のプレイヤー達も一斉に動き出した。
どうやらシノンとピトフーイは離れた場所からスタートしたらしく、
たまに写る二人の姿の後ろに見える風景は、まったく違った地形が表示されていた。
ピトフーイはどうやら近くにいるプレイヤーの所に素直に向かったらしく、
シノンは近くにあった狙撃に有利な高台を目指しているようだった。
そしてカメラが切り替わり、銃士Xが中距離からの狙撃で誰かを倒した場面が映し出された。
(あれが銃士Xか、この前シノンが言っていた通り、
確かに勇猛って感じの見た目じゃないな、どちらかというとシノンに雰囲気が近いか)
シャナは初めてまともに見た銃士Xの見た目をそう評した。
(戦闘の進め方はセオリー通り、相手よりいい場所をキープして、
確実にダメージを積み重ねているだけだが、さすがに落ち着いてるな)
銃士Xは、その後も堅実に敵を葬り去っていた。
さすがは前回の本戦出場者といった所なのだろう。
「おい見ろ、獅子王リッチーが!」
「あ~っ、弾切れかよ、あいつ本当にそういう計算が出来ないよな」
「相手はあのピトフーイか、それじゃあまあ仕方ないか」
(おっ、ピトの奴、うまくやったみたいだな、だがあれは……
あいつめ、実は二重人格なんじゃないだろうな)
この戦いは、ピトフーイの完勝だった。移動しながら最小限の攻撃を行ったピトフーイに、
獅子王リッチーは何倍もの攻撃を返したのだが、その攻撃は雑であり、
周囲が見晴らしの悪い森林だった事もあり、より過剰に当てずっぽうで攻撃をしたせいか、
獅子王リッチーは直ぐに弾切れを起こしたようだ。
そしてその事を確認したピトフーイは、一気に獅子王リッチーに肉薄すると、
高笑いしながら、諦めたような顔で抵抗をやめた獅子王リッチーの頭に向けて銃弾を発射した。
「うん、まあいつものあいつだよな」
「ああ、ピトフーイだから仕方ないよな」
(あいつ、やっぱり他の奴からはそう思われてるのか……まああんな態度じゃ無理も無いな)
シャナは苦笑し、一旦ぐるりと酒場の中を回る事にした。
この中央酒場はかなりの規模を誇っており、一箇所に留まっているだけでは、
全体を把握する事は困難な造りになっていた。
シャナはここを担当しているシンカーに声を掛け、一緒に酒場内を回ってもらう事にした。
シンカーが持つカメラを見て、何をしているのかと、
たまに疑問に思って話し掛けてくるプレイヤーもいたが、
シンカーがMMOトゥデイの名前を出すと、そういったプレイヤーは納得して引き下がった。
「さすがにMMOトゥデイの知名度は凄いですね、シンカーさん」
「いやぁ、二年以上もブランクがあったのに、嬉しい限りですよ」
二人はそんな会話を交わしながら、酒場内をチェックしたが、
特に怪しい挙動を見せる者も、おかしな気配をした者も発見出来なかった。
それもそのはずである。現時点ではBoBにまったく興味の無かった昌一と敦はこの日、
毒物を入手する為、昌一と恭二の父が院長を務める病院へと足を運んでいたのだ。
そして二人は、首尾よく目的を達成する事に成功していた。
「案外ちょろかったな」
「これでまた計画が一歩進んだ」
「そういえば今日は、例の大会の日じゃなかったか?」
「録画でも見ればいい、住所を入手出来た奴は結局全員殺すからな」
「楽しくなってきたな、相棒」
「ああ」
現時点で本戦の生き残りは十一人まで減っていた。
ダインは薄塩たらこに倒され、その薄塩たらこはシノンによって狙撃されていた。
(ダインはさすがにたらこには勝てなかったか、
まああの二人は、どちらかというと個人戦より集団戦の方が得意だからな)
そして時間の経過と共に、どんどんプレイヤーは減っていき、
ついに残るのは、ゼクシード、闇風、ピトフーイ、シノン、銃士Xの五人となっていた。
ゼクシードは一応他のプレイヤーを狙って動き回っていたが、
運が味方しているのか、逆に不運なのか、狙っていた者が他のプレイヤーに倒されたり、
既に移動していたりして、あれから誰とも接触してはいなかった。
闇風は、完全に逃げに徹していたのが幸いしたのだろう。
そして何度目かのスキャンが行われ、残りが五人だという事が分かったシノンは、
さすがにここで待つのも限界だろうと思い、移動を開始した。
「そろそろピトフーイと決着をつけるべきかしらね……」
そう呟いたシノンは、慎重に周囲を警戒しながら、ピトフーイのいる方へと向かった。
一方ピトフーイも、シノンのいる方へと向かっていた。
「さすがにここまで減っちゃうと、もう行くっきゃないよね」
そして銃士Xも、当然神であるシャナの仲間として、
シノンとピトフーイの名前は知っていたので、興味を引かれたのか、そちらに向かっていた。
そして次のスキャンの時間が訪れた為、三人は近くにあった茂みに身を隠し、
次のスキャンに備える事にした。そして時間になり、スキャン結果を見た三人は驚愕した。
「スキャン結果が二人しか表示されてない?いや、まさかこれ……」
三人は同じような事を考え、画面を拡大した。
「違う、すぐ近くに四人が集まっているんだ!」
少し離れた所にいたのは闇風だった。という事はつまり……
そしてシノンとピトフーイと銃士Xの三人は、同じように近くにある広場をそっと覗き込み、
同じように広場を覗き込んだ、他の『三人』のプレイヤーと目が合った。
「くっ、てめえら……」
「ピト!」
「シノノン!」
「神に見てもらう為にも、全員ここで倒す」
こうして、シノンとピトフーイと銃士Xとゼクシードの、
四つ巴の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。