話はその前日に遡る。
「ついに完成した……」
GGOのシャナ達の拠点内の工房で、イコマがそう呟いた。
「くっ……くくっ……ははっ……あ~っははははは!」
イコマに似合わないその笑い声は、拠点内にしばらく響き続けた。
「……どうしたんだイコマ、お前がそんなに笑うなんて珍しいな」
その声を聞きつけたのか、珍しく一人で拠点にいたシャナが、工房に顔を出した。
「シャナさん、これを見て下さい」
イコマがシャナに見せたのは、一本の筒だった。
「これは……光剣か?」
「そうといえばそうですし、違うといえば違いますけど、まあそうですね」
「これってアレだろ、ネタ武器として街に売ってる奴だろ?
見た目は格好いいが、攻撃力は無いに等しくて、光学系バリアで完全に防がれてしまい、
バリアが無くてもまったく斬れないっていう。でもこれ高いんだよな」
まさにこの言葉通り、そんな武器が街に売っていたら、
男性プレイヤーならとりあえず欲しいと思うはずだろう。
だがその値段と性能がネックになっている為、この武器の普及率は、ほぼゼロに近い。
「とりあえずそのボタンを押してみて下さい」
「おう」
シャナがそのボタンを押すと、案の定、その筒から光の刃が現れた。
「ネタ武器だと思って放置してたが、やっぱり格好いいなこれ」
「それじゃあシャナさん、これを」
「ん?何だそれ?」
「この鉄骨には光学系バリアが設置してあります。これを試しに斬ってみて下さい」
「……分かった」
そしてシャナは、その剣を腰溜めに構え、渾身の力をこめて武器を横なぎに振ろうとした。
「あっ、待って下さい、軽く振ってくれれば大丈夫ですから」
「お、そうか?それじゃあ……」
そしてシャナは、その指示通り剣を軽く横に振った。
その武器はとても軽く、そのせいか、シャナの太刀筋はすさまじく速く鋭くなった。
「んっ、刃が鉄骨を擦り抜けたぞ」
もしかして斬れるのかと思っていたシャナの期待を裏切るように、
刃には何も抵抗は感じられず、鉄骨にも何の変化も無かった。
「……シャナさんの太刀筋が鋭すぎるんですよ」
イコマは苦笑しながらそう言い、鉄骨の上の部分をチョンとつついた。
その瞬間に鉄骨は見事な切り口を見せて二つに分かれ、上の部分がゴトリと下に落ちた。
「おおっ?まじかよ……何の手応えも感じなかったぞ。しかも軽い」
「はい、それが真の光剣の性能です。街に売っているのは、あれは模造品という扱いですね」
「そうだったのか、それじゃあこれは?」
「かつて宇宙空間での接近戦に使われていたという設定の古の光剣、
正式には、輝光剣と呼称されるようです」
「なるほど、そういえばクリスマスイベントで得た素材に、
輝光ユニットとかいうのがあったはずだが、あれか?」
「はい、あれを素材として、数々の工程を経てついに完成しました!くくくくく」
(イコマは先日マッドサイエンティストとか言ってたけど、
確かにその気はあるみたいだな……これが国友の血か……)
「これに名前はあるのか?」
「はい、カゲミツG1ver1.0ですね」
「ほうほう、日本刀がベースの名前になってるんだな、後ろの部分には意味があるのか?」
「僕の趣味です」
「…………お、おう」
イコマのドヤ顔を見て、シャナは困ったようにそう答えた。
「で、これはあと何本作れるんだ?」
「ユニットはあと五つあります」
「ふむ……俺、シズカ、ベンケイ……ピト、ロザリア?ニャンゴローは剣は苦手だし、
シノンもエムも、剣は使えないだろうな」
「僕も剣は苦手ですね。エムさんは使えるようになりそうですけど、
基本支援がメインなので、そのお二人にはこっちの装備の方がいいと思います」
そう言ってイコマは、大小二つの盾のような物を取り出した。
「これは?」
「宇宙船の外壁に使われていた未知の金属、という扱いになるようですね」
「ほうほう」
そしてイコマは、こう説明を続けた。
「どんな銃による攻撃も、はね返します」
「まじかよ、俺のM82やシノンのヘカートIIの攻撃もか?」
「はい」
「それは凄いな」
「ただし衝撃は受けてしまうので、正面から受けるのはお奨めしません。
斜めに受けて、弾くようにするのがいいと思います」
そしてシャナは、イコマが今言ったセリフを改めて思い出し、
手の中のカゲミツを見せながらイコマに尋ねた。
「さっき、銃による攻撃はって言ったよな。それじゃあこれはどうなんだ?」
「斬れる事は斬れますが、刃が本当にゆっくりと進む感じになります」
「なるほど……ほぼ斬れないと思った方がいいんだな」
「この大きい盾はエムさんに、小さい方は、狙撃の際に周囲を守る簡易の盾として、
シノンさんに使ってもらうのを想定しています」
それをじっと見ていたシャナは、イコマにこう言った。
「……小さい方は、俺用にもう一つ作ってくれ。大きい方はパーツ式に改造出来るか?」
「というと?」
「形に応用がきくようにな、縦長に設置して立ったまま狙撃出来るようにするとか、
伏せればそんな大きさは必要無いから、少し離して三つくらい設置して、
三人で使えるようにするとか、まあそういう事だな」
「なるほど分かりました!そんな感じに改造してみますね」
「重さに関しては、エムと相談してくれ」
「はい!」
そしてシャナは、少し考えながらイコマに言った。
「あとはこれ、各人の胸と頭の部分の装備に仕込む事は可能か?」
「はい、実はもう既に、防具の方も製作しておきました」
「おう、さすが仕事が早いな、イコマ」
「とりあえず即死は問題なく防げると思います」
「かなり反則っぽいが、まあ使いどころはあるだろ。BoBの時は使用禁止にするがな」
「それがいいと思います」
「さて、話が反れたが……」
そしてシャナは、再び手元のカゲミツを見ながら言った。
「これを一本作るのに、どれくらい時間がかかる?」
「基本的なパーツはもう作ってあるので、今は一時間もあればいけます」
「そうか、それじゃあこれをあと三本作ってくれ。ついでに改造を頼む」
「どんな改造ですか?」
「刃の長さを変える、スイッチ一つで逆向き……柄の部分から刃を伸ばして元の刃を消す、
そんなリバーシブルな感じにしてみてくれ。そして最後に……」
そしてシャナは、ぼそぼそとイコマに何かを呟いた。
「それなら簡単です、直ぐに出来ます。その分稼働時間は減りますけどね」
実際には別に簡単な作業ではないのだが、イコマにとってはそうではないらしい。
さすがはイコマというべきなのであろう。
「それで、残りの二つのユニットはな……」
そしてシャナはイコマに何か耳打ちをし、イコマはその言葉に目を輝かせた。
「さ、さすがシャナさんです、その発想は無かったです!」
「どうだ、男のロマンだろ?」
「はい!」
そしてイコマは再び工房に戻り、とても楽しそうに作業を始めた。
シャナもそれに付き合い、そして二人はその日のうちに、六本の剣を完成させた。
その剣は、カゲミツG1~G4(ちなみにバージョンは1.1になっていた)。
そしてカゲミツX1、X2と名付けられ、専用のロッカーに収納された。
そして次の日の夜、仲間達はロザリアによって呼び出された。
「……という訳です」
「ほう、そんな事があったのか」
「反シャナ連合ってか?」
シャナは平然とそう言い、ニャンゴローがそう茶化した。
「ここ最近のこの動きは何なんだろうね」
「何か意図があるのかもしれないけど……」
「単なる嫌がらせにしちゃ、確かに手が込みすぎてる気もしますね」
そのシズカの疑問に、ベンケイとエムがそう感想を述べた。
「外に出た瞬間に襲ってくるのかな?」
そしてシノンが、最後にそう疑問を呈した。
「それに関しては警戒しておくべきだろうな。敵の総数が何人くらいかは分からないが、
急に連絡を回して人を集めても、そこそこの数は揃えられるだろうしな」
「まあそうなったら蹴散らせばいいだけだけどねっ!」
考え込む一同に、ピトフーイがそう明るい声で言い、他の者もやっと笑顔を見せた。
「シャナさん、早速あの装備を使いますか?」
「そうだな、あれは使いどころを選ぶのは確かだが、
こうなったら出し惜しみをしてる余裕は無いな」
その二人の言葉に、他の者が食いついた。
「え、何?何か隠してたの?」
「いや、昨日完成したばっかりの武器と防具があってな」
「シャナさんと僕の二人で頑張りました!」
「まあ俺は物を運んだり、部品を押さえてたりしてただけだけどな」
「へぇ~、見せて見せて!」
ピトフーイがわくわくしながらそう言い、シャナはこう答えた。
「ああ、今出す。お前らは射撃訓練場で待っててくれ」
そしてシャナとイコマは武器庫に向かい、いくつかの筒と、板のような物を持ってきた。
「先ずこれは、エムとシノンにな」
「これは?」
「ある特殊な素材で作られた、盾のような物だな。
スキルで加工は出来るが、俺やシノンの攻撃でもこれを貫通する事は出来ない」
「私とシャナ?それってつまり、対物ライフルの攻撃も防ぐって事?」
「ああ、さすがに衝撃には注意しないといけないみたいだけどな。
後は微調整だな、試しにシノン、そこで射撃体勢をとってみてくれ」
「うん」
そしてシノンは地面に寝そべってヘカートIIを構えた。
「うわ、シノノン、その格好は何かエロいね!」
「きゃっ!?」
ピトフーイがそう言いながらシノンの太ももをつつっと触り、シノンは悲鳴を上げた。
「ちょっとピト、何するのよ!」
「え~?だってほら、この太ももとかエロいよね?シャナもそう思うでしょ?」
「俺に話を振るな、別にエロくは……ない」
途中で少し間が空いたが、シャナはそう言った。
だがシャナは顔を横に背けており、そんなシャナに、ニャンゴローが言った。
「お前は先日ピトの事で私に説教をされかかったばかりだというのに、まだ懲りないのか!」
「あれは俺は悪くない」
先日免許証の事をニャンゴローに尋ねられたシャナは、
ピトフーイがあっけらかんと自分から渡したと言った為、ギリギリで無罪放免されていた。
「まあ免許証の事は確かにそうかもしれないが、それではお前は今、何故目を背けておる!」
「いやほら、礼儀としてあんまりじろじろ見るのもアレだろ?」
そんなニャンゴローをシノンが宥めた。
「まあまあ先生、シャナは普段、別に変な目で私の足とかを見てくる事は無いから」
「……シノンがそう言うならここは勘弁しておいてやるか、まあ今日もギリギリだけどな!」
「だから濡れ衣だって……」
そしてシノンは、機嫌良さそうに再び射撃体勢をとった。
ピトフーイは再びそんなシノンに近付き、今度はいきなりシノンのお尻を触りながら言った。
「むぅ、シノノンのお尻が機嫌良さそう……」
「きゃっ、ピト、もういい加減にして!」
「そうだぞ、お前もいい加減にしろ」
「はぁい」
名残惜しそうにそう言ったピトフーイを見て、一同は苦笑した。
「それじゃあ設置しますね」
そしてシノンの左右に、イコマが盾を設置した。
どうやらシャナの意見で改良したらしく、そのデザインは昨日とは少し変わっていた。
「なるほど、簡易陣地みたいなものね。これなら左右からの攻撃もまったく怖くない」
「どうですか?どこか改良した方がいい所はありますか?」
「ううん、このままで問題無いわ」
「この二つのパーツはリンクで繋がってますから、しまう時は一瞬でしまえます」
「やってみる」
そしてシノンは、片方のパーツに触りながらコンソールを操作し、
一瞬でその二つを自分のアイテムストレージにしまった。
「うん、凄くスムーズ。これなら急に撤収する事になっても平気ね」
「よし、次はエムだ、これの重さはどうだ?」
そう言ってシャナは、エムにバックパックを手渡した。
「少し重いですね、でも問題なく扱えると思います。移動速度は少し遅くなりますけどね」
「よし、それじゃあ実際にやってみるぞ、これはこう使う」
そしてシャナは、テキパキと中ぐらいの大きさの板を組み合わせ、立派な陣地を構築した。
「おお」
「凄い凄い、組み立てるとここまでの大きさになるんだ」
「そしてこれは、色々と応用する事が可能だ」
シャナはその陣地を様々な形に構築し直してエムに見せた。
エムはシャナの説明を受けながら、自分でも色々とそのパーツを組み合わせてみた。
「どうだ?」
「凄いですね、自由度が半端ないです。色々と研究してみますね」
「おう、頼むぞ。お前が俺達の生命線になる事もあるはずだ」
その言葉にエムはハッと顔を上げ、シャナの方を見つめると、
とても嬉しそうにシャナに返事をした。
「は、はいっ!」
「さて、ここからがメインイベントなんだが、正直これ、近接兵器なんだよな」
「その筒が?どこかで見た気もするけど……」
「あっ!」
どうやらシノンはどこかで既製品を見た事があったのだろう、そう言い、
ピトフーイが何かを思い出したようにそう声を上げた。
「ピト、どしたの?」
「それ、私持ってる!」
「え?」
そう言ってピトフーイは、まったく同じように見える筒のような物を取り出し、
そこに付いているスイッチを押した。そしてブンッ、という音と共に、
その筒から光の刃が飛び出した。
「ああ、それだそれ!」
「うわ、こんなのがあったんだ」
「ネタ装備だけどね」
「そうなの?」
シノンが思い出したようにそう言い、驚いたシズカにピトフーイがそう言った。
「まあそれだな、しかしお前、よくそんなネタ装備を持ってたな」
「うん、だって格好いいじゃない」
ピトフーイはうっとりとその光の刃を見つめながら、
その刃をいきなりエムに向けて振り下ろした。
「きゃっ」
咄嗟にシズカはそう言ったが、エムは微動だにせず立っており、
その光の刃は、エムの体に押し当てられたまま止まっていた。
「あれっ、これ斬れないの?」
「光学系防御に完全に防がれちゃうんだよね、これ」
「そうなんだ……」
「ちなみにあの射撃用の的ですら、斬るのは無理なの。
これはただの光る棒と言っても過言じゃないんだよね」
「まさにネタ装備なのだな!」
「しかもこれ、高いんだよね、だから持ってるのは私みたいな物好きだけなんだよね」
「なるほどね」
そんなピトフーイの目の前で、シャナが自らが持っていた筒を操作し、
同じような光の刃を出現させた。
「ほら、やっぱり同じ!」
「それが新兵器?」
「ああ、まあ見てろ」
そしてシャナは、事前にイコマに準備してもらった鉄骨に向け、
凄まじい速さでその刃を振り下ろした。
「……お?刃が止まらないね」
「まさか貫通してるの?」
「そんな訳が無いだろ。おいピト、その鉄骨をつついてみろ」
「う、うん」
そしてピトフーイは、その鉄骨をちょんちょんとつついた。
その瞬間に、鉄骨に一本の線が走り、鉄骨の上の部分が滑りながら下に落ちた。
「えっ?」
「うわ、何それ!」
「ピトが持っていたのはただの光剣、これは輝光剣という……そうだ」
「もしかして別物なの?」
「ああ、これはプレイヤーメイドオンリーで、しかも相当高いスキルが必要になるらしい。
現状これを作れるのはイコマだけだろうな」
「凄い凄い!」
「さっすがイコマきゅん!神職人!」
イコマはそう言われ、照れた表情で頭をかいた。
「ちなみにエムの持つその盾は、斬れる事は斬れるが相当時間がかかる」
「うわ、凄いねその盾……」
「だが、それ以外の素材はこんな感じであっさりと斬る事が可能だ」
「「「「「「「おおっ」」」」」」」
シャナとイコマ以外の七人は、興奮したようにそう言った。
「ちなみにこれは全部で四本、他に俺専用の奴が二本ある。
とりあえずこの四本は、シズカとベンケイとロザリアと、それにピト、お前に渡すつもりだ」
「えっ、私もいいの?」
「だってお前、実は剣も使えるだろ?」
「う、うん!」
「一応聞くが、シノンとエムとニャンゴローは厳しいよな?」
「私は無理ね」
「僕も剣はちょっと……でもナイフの練習はしないといけないかなとは思っています」
「私も剣は無理だ、でたらめに振り回す事しか出来ないぞ!」
「だよな」
シャナはそう頷き、シズカにカゲミツG1を、ベンケイにG2を、
そしてピトフーイにG3を渡した。
だが、ロザリアは差し出されたその剣を受け取らなかった。
「ロザリア、どうした?」
「す、すみませんシャナ、私は剣はちょっと……」
「あれ……あ!お前まさか、鞭しか使えないのか?」
「えっと……はい」
ロザリアはそう言うと、気まずそうに顔を背けた。
「確認しなかった俺が悪かった、すまんロザリア。
まあ気にするなって、それじゃあこれは、俺が保管しておくわ」
そしてシャナは、その剣を自分のストレージにしまった。その剣、カゲミツG4は、
いずれキリトの手に渡る事となるのだが、それはまだ少し先の話である。
光剣のネーミングルールはこの際無視する事にしました!