街から少し離れた所にある廃ビルに、その日、数人のプレイヤーが集まっていた。
そして一人のプレイヤーがとある発言をし、集まっていた者達はどよめいた。
「それがお前が考えた、シャナを誘い出す作戦か?
確かにそれならシャナをおびき出せるかもしれないが、けどよ……」
「まあ内容はともかく、確かにただ待つより、誘い出した方が有利に戦えると思うが」
「実は俺が考えた訳じゃなくて、街で誰かが話してるのがたまたま聞こえたんだよ、
確かに内容はどうかと思ったが、有効なのは確かだから、一応報告をと思ってな」
これは当然ステルベンとノワールの仕込みだった。
実現性が高いように聞こえる話を噂として流し、他人が実行するのを辛抱強く待つ、
その為に、女性絡みでのシャナの悪い噂を流し続ける。
人は自分にとって都合のいい話を信じたがるものだ。
この日ここに集まった者達は、シャナが女性を脅して従わせていると信じているのではない、
信じたがっていたのだった。それほどシャナの恵まれた女性関係は、
彼らにとっては信じがたいものだったという事なのだろう。
「おいお前ら、そんな作戦を本気で実行するつもりか?」
その提案は、やはり多くの者には受け入れ難いものだったらしく、
参加者の一人が鼻白んでそう言った。
「賛否はともかく、有効なのは確かだろ?」
「でもよ、シャナの取り巻きの中の一人をさらって人質にするなんてよ……」
「結果的にそれがその女性を助ける事になる。いずれ真実が分かれば感謝されるだろう」
このセリフを言ったのはノワールである。
ノワールは、この集まりに密かに参加し、フードを被って顔を隠し、
どの勢力に所属する者なのかが曖昧に判断される位置に座っていた。
その為その場にいた者達は、ノワールはどこかのスコードロンの一員なのだろうと、
漠然とそう考えてしまっていた。
「まあそうかもだけどよ……」
「お前は虐げられている女性を助ける気が無いのか?
だったらお前はここにいる資格は無い、
さっさと街に帰って、他の女性がシャナの毒牙にかかるのを指を銜えて見ていればいい」
「そ、そんな訳無いだろ、俺だって助けられる奴は助けたいさ!」
「他の奴らはどうだ?」
そのノワールの言葉に、さすがに見捨てるとは言えず、
参加していたプレイヤーから、ぽつぽつと賛同の声が上がった。
もちろん中には反対の者もいたと思うが、そのなんとなくの雰囲気に流されてしまい、
結局誰も反対の声を上げる事は出来なかった。
「それならここは、人助けだと思ってぐっと我慢して、
シャナの手から女性達を解放してやろうぜ」
「そ、そうだな、大義は我らにあり、だな」
(まあお前らに大義なんか無いし、シャナに虐げられてる女なんかいやしないがな。
ああ、簡単すぎて本当につまらねえ)
こうして作戦の概要が決められていった。時間を決めて全員が街を監視する事、
シャナの仲間が単独で動き次第、連絡を取り合ってその女性をさらう事、
その噂を街に流す事で、シャナ達をその場所に呼び寄せる事などが決まった。
ノワールの手によって、誰が首謀者なのか本人達にも分からない、
巧妙な意識の誘導が行われたのだった。
「どうだ?」
「ああ、ちょろいちょろい、あいつらは馬鹿の集まりだな」
「そうか」
「もっとシャナを怒らせる為に、当日は俺達もちょっとだけ参加しないと駄目だろうが、
あいつが来る前にさっさとずらかる事にしようぜ」
「それまでに多少お前のステータスを上げておくか?」
「ああ、そうだな……このキャラを育てる気はまったく無かったが、
こうなってみると、ほんの少しでもAGIにステ振りして、移動速度を上げるのはアリだな」
「よし、弟に連絡をとる」
「おう、頼むぜ」
そして三日後、ロザリアは、二日間のんびりした事で心身ともにリフレッシュし、
久しぶりにGGOへと足を踏み入れた。
その姿をたまたま見掛けた者がいた、薄塩たらこである。
「あれはこの前の……あれから何か新しい情報が無いか、
ここで情報交換をしておくのも悪くないか」
そしてロザリアに声を掛けようとした薄塩たらこは、
自分のスコードロンの下っ端メンバーが数人で、
人目を忍ぶようにロザリアを観察しているのを発見した。
「何だあいつら、何をこそこそしてやがる」
そう思ったのも束の間、いきなりその者達がロザリアに襲い掛かった。
「なっ……」
ロザリアも抵抗しようとしたのだが、よほどしっかりと準備をしてきたのだろう、
男達は素早く拘束具を取り出し、ロザリアの手足にはめると、口に猿ぐつわを噛ませ、
そのままロザリアをかついでいきなり走り出した。
ロザリアにとっては、望まぬお米様抱っこである。
あの薄塩たらこが介入する暇も無い、それは一瞬の出来事だった。
「あの馬鹿ども、何て事をしやがる……」
ちなみに今回の人選をしたのもノワールであった。
ノワールは、シュピーゲルが薄塩たらこへの不満を述べたのを耳にし、
その不満の元となった戦いの話をシュピーゲルから聞き出しており、
例え一時的にでもシャナと薄塩たらこが敵対した事を利用して、
薄塩たらこのスコードロンの下っ端を炊きつける事で、
シャナと薄塩たらこの抗争の拡大を狙ったのだった。
だがさすがのノワールも、その場に薄塩たらこ本人が偶然居合わせるなどとは、
まったく想像してはいなかった。ついでに言うと、戦闘後の祝勝会で二人が和解した事や、
先日シャナ討伐の話し合いが行われた直後に、
薄塩たらこがロザリアにシャナの味方をする宣言をした事も知らなかった。
後者はともかく、前者はシュピーゲルが祝勝会に参加しなかったせいである。
「くそっ、すぐに後を追ってやめさせないと」
そう呟いて、薄塩たらこはその男達を追いかけた。だがその行動は、
微妙に遅きに失したようだ。男達は既に他のスコードロンの者達と合流しており、
薄塩たらこ一人では、手出しが出来ない人数にまで膨れ上がっていた。
その数は実に二十人に達し、さすがの薄塩たらこでも、もうどうする事も出来なかった。
「まずいな、このままだと、うちとシャナ達が完全に敵対する事になるかもしれん。
とりあえずシャナに直接話すとして、せめて行き先だけでも掴まないと」
薄塩たらこはそう考え、とりあえずその一団を尾行する事にした。
そしてその一団が、街を出て少し行った所にある、
廃ビル群の中の一つに入った事を確認すると、
薄塩たらこは急いでシャナが拠点にしているビルへと向かった。
そしてビルの入り口で、誰かシャナの仲間が来るのを待っていた薄塩たらこは、
遠くからシャナ本人が一人で歩いてくるのを見付け、慌ててそちらに駆け寄った。
「シャナ!」
「おう、たらこか、久しぶりだな」
「シャナ、すまん!」
「……ん?いきなりどうした、何かあったのか?」
そして薄塩たらこは、はやる気持ちを抑えながら、一応シャナに確認をした。
「俺は先日ロザリアさんという人に会ったんだが、彼女はシャナの仲間で間違いないよな?
確か動画にも出てたはずだし」
「ああ、その話ならロザリアから聞いてるぞ、結局そっちのスコードロンの中から、
俺に敵対する奴が出たとかそういう話か?」
「その通りだ、俺の教育が足りなかったせいだ、本当にすまん。
だが今はそんな事を言っている場合じゃないんだ、
ついさっき、ロザリアさんがその馬鹿共にさらわれた」
「………………ほう?」
シャナは少しぼ~っとした感じでそう答えたのだが、
薄塩たらこは、周囲の気温が急激に下がったような錯覚を覚えた。
シャナの見た目は特に何も変わっていないのにである。
「とりあえず何があった?」
シャナにそう言われた薄塩たらこは、背中にびっしょりと汗をかきながら、
その時の状況を詳しく説明した。
「なるほど、敵は二十人以上か」
「すまん、二十人は確実なんだが、目的の廃ビルの中に何人敵がいるかは分からなかった」
「いや、情報は助かる」
丁度その時、イコマからシャナに通信が入った。
「イコマ、どうした?」
「シャナさん、今どこですか?」
「拠点の前だ」
「あっ、見えました!ちょっと待ってて下さい!」
その言葉通り、遠くから走ってきたイコマは、シャナと目が合うなりピタッと足を止めた。
そしてイコマは、恐る恐るといった感じでこちらに近付いてきた。
シャナはそれを疑問に思いつつも、とりあえず薄塩たらこをイコマに紹介する事にした。
「これはイコマ、俺の仲間だ。そしてイコマ、これは薄塩たらこだ」
「あ、あなたが薄塩たらこさんでしたか、お噂はかねがね」
「薄塩たらこじゃ言いにくいだろ?たらこでいいぜ、え~っとイコマさんだったか、
シャナに男の仲間がいるなんて話、初めて聞いたぜ」
「はい、僕は職人なので基本戦闘とかはしないんですよ。宜しくお願いします、たらこさん」
「なるほどな、それなら表に出てこないのも当たり前か」
「それよりですね……あの、たらこさんにちょっとお聞きしたい事があるんですが」
「おう、別に構わないが、何だ?」
そしてイコマは、薄塩たらこの耳元でそっとこう尋ねた。
「あの、たらこさん、シャナさんを怒らせたりしました?」
「や、やっぱりシャナは怒ってるのか?」
「はい、シャナさんのあの眠そうな目と、ぶっきらぼうな態度は、
本当の本当にガチで怒っている時の反応です。
たらこさんは、シャナさんがALOのハチマンさんだって事は知ってるんですよね?
という事は、薄々彼の過去もご存知で?」
そう尋ねられた薄塩たらこは、イコマに探るような目を向け、
少し考えた後に、ぼそっとこう言った。
「…………SAOの四天王、銀影のハチマンだろ、
俺のダチもSAOをやってたからな、それで話は聞いてた。
でもその事は絶対に誰にも言うつもりはない、ダチの命の恩人だからな。
そのダチは中堅プレイヤーだったらしいんだが、今でもたまに言うんだよ、
悪い奴らに襲われて死にそうになった時にハチマンさんとアスナさんに命を助けてもらった、
そのおかげで今俺は生きている、ってな」
そんな薄塩たらこに、イコマは言った。
「そうですか……実は僕もSAOをやってたんですよ」
「そうなのか!」
「はい、で、その時に一度だけ、ああなったハチマンさんを見た事があるんです。
それはそのアスナさんが、とあるプレイヤーにストーカーまがいの事をされた時で、
人の多い広場で言い争いをしてたんで、僕もたまたまそれを目にしたんですよ。
で、その相手もかなり強い人で、GGOで言うとBoBに出るクラスの人だったんですが、
その相手を三秒で叩きのめしました。正直動きがまったく見えなかったです」
「まじかよ……」
「だからたらこさんが怒らせたのかどうか、確認したかったってだけなんです、すみません」
「お、おう、大丈夫だ、それなら多分俺じゃない」
「それなら本当に良かったです」
こうして二人の会話が終わった後、イコマはシャナにこんな報告をした。
「シャナさんに連絡したのは他でもありません、ちょっとおかしな噂が流れてまして」
「噂?」
「はい、シャナさんに敵対するグループが、うちのメンバーの誰かをさらったとか何とか」
「そんな噂が……そうか、噂を流して俺をおびき寄せようとしてるんだな」
「あくまで噂なんで、本当かどうか分かりませんよ」
「いや、本当だ。今たらこから聞いた」
「そ、そうなんですか?それじゃあ直ぐに皆に連絡しないと」
そう言ったイコマに、シャナはあっさりとこう言った。
「今は誰もインしてないみたいだし、とりあえず連絡は必要無い」
「えっ?」
「というか、それじゃあ間に合わない。その間にロザリアが奴らに何かされるかもしれん。
というか、今まさにされているかもしれん。まあハラスメント行為は不可能だから、
そのあたりの心配は無いとして、現在進行形で傷つけられている可能性は否定出来ん」
「確かにそうですね」
そしてシャナは、イコマにこう尋ねた。
「イコマ、ハンヴィーの改造はどうなってる?」
「一台は完全に仕上がってます、徹底的にやりました」
「そうか……よし、俺は今から敵の拠点に一人で殴りこみをかける」
「えっ、何を言ってるんですか?当然僕も行きますよ」
「駄目だ、危険だ」
「大丈夫ですよ、基本ハンヴィーで待機しつつ、その武装を使って攻撃しますから」
「……そうか、ありがとな、イコマ」
「いえ、仲間の為ですから!」
その会話を横で聞いていた薄塩たらこが、驚いたように二人に言った。
「おい、まさか二人だけで殴り込むつもりか?」
「最初は俺一人で行くつもりだったんだけど、な」
その返事を受け、薄塩たらこは一瞬で決断し、こう言った。
「三人だ」
「三人?まさかお前も来るつもりか?」
「ああ、本当ならうちの奴らも呼びたい所だが、誰が裏切っているか見当もつかないからな、
あと俺の知り合いで、直ぐ動けて信用出来る奴がいたら声を掛ける、時間はとらせない」
「仲間割れになるんじゃないのか?大丈夫か?」
「ああ、ある意味俺の責任でもあるからな、例えこれでスコードロンが無くなろうとも、
俺はあんたの味方をする事にする」
その薄塩たらこの言葉にある種の決意を感じたシャナは、薄塩たらこの参加を認めた。
薄塩たらこは、これで少しはダチの事で恩返しが出来ると内心喜んでいた。
ちなみに悲壮感などは、欠片も感じていない。
自分達が負けるなどとはまったく思っていなかったからだ。
「こんな事に巻き込んで本当にすまないな」
「気にするなって、それじゃあちょっと知人に連絡を入れる。どこに向かわせればいい?」
「それじゃあレンタル車庫の前まで来てもらってくれ」
「分かった、急がせる」
そして薄塩たらこはフレンドリストを眺めながらぶつぶつと呟いた。
「銃士Xはいないか、あいつなら信用出来ると思ったんだが……おっ、闇風はいるな。
他は……くそっ、駄目だ、誰もいやしねえ」
そして薄塩たらこは闇風にコンタクトを取り、闇風は即座にその頼みを快諾した。
銃士Xにとってはアンラッキーだと言う他は無い。
もし今回の戦いに参加出来ていれば、シャナからの好意と、
今後は親しい友人扱いしてもらえるという特典がもらえたからだ。
だが今回も、銃士Xはシャナと知り合う事は出来なかった。
そして数分後、レンタル車庫で待つ三人の前に、闇風が現れた。
「おっ、たらこの知り合いは闇風だったか、久しぶりだな」
「おう、あんたと会うのは二度目だな。
一度目は確か、あんたがナイフ一本でモブを倒しまくっている所に、
偶然俺が通りかかって少し見物させてもらったんだったか」
「懐かしいな」
「おう」
二人はそんな会話を交わし、ニヤリとした。
「二人とも、今日は巻き込んじまって本当にすまない、感謝する」
「何、あんたとは一度肩を並べて戦ってみたいと思ってたんだ。
それに大雑把に話は聞いたが、女を人質にとるような奴は、俺は大嫌いなんだよ」
「奇遇だな、俺もだ」
「まあそれは俺もだな」
「僕もです」
そして四人は笑い合うと、ハンヴィーに乗って、目的の廃ビルへと向かった。