目的地へと向かう途中、闇風が、車内の様子を観察しながら突然こんな事を尋ねてきた。
「そういえばこのハンヴィー、どこか普通と違うよな?どこで借りられるんだ?」
「あ、それ俺も思ってた、どうなんだ?シャナ」
「いや、これは俺個人の持ち物だ」
「えっ、こういうのって買えるのか?」
「ああ、足があると便利だぞ。まあかなり値は張るがな」
「時は金なりって言うもんな、確かに移動の時間の短縮は課題だったんだよなぁ……」
「まあ、普通にレンタルでもいいと思うぞ、所持していれば色々便利なのは確かだけどな。
このハンヴィーも、イコマがかなり手を入れてるしな」
そしてイコマは、得意げに説明を始めた。
「装甲はバッチリ強化してあるんで、通常の銃器による攻撃は全部はね返します。
今は収納してありますが、後部にミニガンが搭載してあって、スイッチ一つで展開できます。
ミニガンを使う場合は、ほら、この真上にあるハッチから上に出れます」
「まじかよ、ちょっとした要塞だな」
「前面には多目的ランチャーを二門搭載したので、
例えばワイヤーを射出してどこかに撃ちこんだり、グレネードを射出したりも出来ます。
色々と物理法則を無視してる部分もあるんですが、まあこういうのはゲームならではですね。
ちなみに水陸両用です。これも本物なら確実に浸水すると思うんですけど、
ゲームだからちょっとユニットを追加しただけで、浸水しないんですよね」
「凄えなおい、まさかそんな事が出来るなんて、思ってもいなかったよ」
「まあ、このゲームだと、自分の銃を修理する為にそういうスキルを上げる人はいますけど、
確かに物作りメインでやってる人ってまったくいなさそうですよね」
そのイコマの言葉に、薄塩たらこと闇風は頷いた。
「確かになぁ……うちのスコードロンでも職人の育成を考えてみるかな」
「大手はいいよな、うちは弱小だからなぁ……」
「それを言ったらうちはスコードロンですらないんだが」
「要はやる気と素材を調達出来るかどうかですよ!」
そして薄塩たらこの指示通り、しばらく車を走らせた頃、
遠くにどう見ても廃墟にしか見えないぼろぼろの街並みが見えてきた。
「お、見えてきたぜシャナ、あそこだ」
「大体どっち側だ?」
「ここからだと右だな」
「そうか、それじゃあ一応警戒して左よりに進路をとる」
そして丁度どこから見ても死角になる駐車スペースを見つけたシャナは、
そこにハンヴィーを停車させた。
「よし、入り口の様子を探りにいくか。イコマはここで何が動きが無いか周辺の警戒を頼む」
「はいっ」
「何かあったらとにかく逃げろ、可能ならハンヴィーを動かしてもいい。
ここじゃあ免許とかは必要無いしな」
「実はこの前ちょっとだけ練習してみたんですよ、なので動かすだけなら何とか」
「そうか、まあ状況次第でどうするか考えてくれ」
そしてシャナ達三人は、目的のビルが見える位置まで移動した。
「シャナ、あのビルだ」
「よし、たらこは俺と一緒に来てくれ、闇風はぐるっとビルの周りを回ってみてくれ」
「おう」
「任せろ、偵察は得意だぜ」
そして闇風は移動を開始し、シャナとたらこはビルの入り口をそっと覗き込んだ。
「見張りは……どうやら二人っぽいな」
「まあ普通と言えば普通だが、ちょっとうさんくさいな、
仮にもお前を相手にしようって言うんだから、
見張りにもう少し人数を裂いててもおかしくないと思うんだが」
「おそらく中で罠を張って待ち構えているんだろうな」
そこにビルを一周してきた闇風が合流した。
「闇風、どうだ?何か分かったか?」
「入り口はどうやらここだけのようだな、他に見張りはいない」
「そうか、つまり罠だと分かっていても、ここから入るしか無いって事か」
「そうだな……ロザリアが捕まっているのは、最上階の可能性が高いって事になるか」
「最上階か……なあシャナ、幸いここには同じくらいの高さのビルが沢山ある。
ここは一つ、三人で三方向に分かれて隣のビルから中の様子が見えるか確かめてみないか?」
「そうだな、そうするか」
そしてシャナは西、薄塩たらこは北、闇風は東のビルへと向かった。
ちなみにこのビルの唯一の入り口は南である。
ここで場面は少しだけ時間を遡る。敵に捕らわれたロザリアは、途中から車に乗せられ、
どこかに運ばれている真っ最中だった。目には目隠しをされており、両手は拘束され、
口に猿轡をかまされたロザリアは、自分に唯一出来る事を実行していた。
すなわち、ひたすら今の状況について考えていた。
(まずったわ、油断した……これからは閃光手榴弾でも持ち歩くようにしようかしら……
もしくは苦手なのを覚悟で私にも輝光剣を作ってもらおうかしらね。
それにしても、私に襲い掛かってきた連中……確かに見覚えがあるわ、
あれは確か、たらこさんのスコードロンのメンバーのはず。
まさかたらこさんがこんな指示を出す訳ないから、
スコードロンの中で、それぞれが勝手に動いてるという事かしらね)
そんな事を考えていたロザリアの耳に、こんな会話が聞こえてきた。
「なぁ、シャナは本当にこいつを取り返しに来るのかな?
だってこいつ、無理やりシャナに従わさせられている奴かもしれないんだろ?
それなら見殺しにしてもおかしくないんじゃないか?」
(無理やりなんて、そんな事ある訳無いでしょう!
こんな馬鹿どもに簡単に捕まるなんて、本当に一生の不覚だわ)
「まあ……来るんじゃねえの?そういう悪い奴って、自分の評判を結構気にするじゃないか。
だから多分、こいつの為じゃなく、自分の評判の為に取り返しに来ると思うぜ」
(あんたがそう思いたいだけでしょうが、そんなのただの個人差よ!
そしてシャナなら自分の評判とかは関係なく、必ず私を助けに来るわよ!来ちゃうわよ!
そうなの、来ちゃうのよ!でも私は私なんかの為にシャナの手を煩わせたくない、
シャナは悲しむと思うけど、こうなったら隙を見て自殺するしかないわね、
可能な限り早くしないとシャナがここに来ちゃう、あの人なら必ずそうする……)
このゲームにおいて、人質が基本意味を成さない理由がこれだった。
死んでしまえば捕虜の身から簡単に逃れられるのである。
自分で舌を噛むにしても、特に痛みは無い。
まあそれゆえに、相手も猿轡を使ったのであろう。
故にこういう場合、人質をとった方にとって一番つらいのは、完全に無視される事であった。
SAOとの一番大きな違いはここであろう、ここでは人の命は軽いのだ。
だがシャナは必ず来る、それはロザリアにとっては自明の理であった。
ロザリアは知らない事だが、シャナと同行している三人は、その点に関しては同意見である。
その為イコマも薄塩たらこも闇風も、無視すればいいという意見を誰も口に出さなかった。
そして車は停止し、ロザリアは再び自分の体が誰かに担がれるのを感じた。
(ああ……せっかくシャナにお米様抱っこをしてもらった嬉しい記憶が、
何度も何度もこんな馬鹿共に上書きされちゃった……)
そう考えたロザリアは泣きそうになった。
そして、おそらくだが階段を上っているような気配がして、
しばらくした後、ロザリアは固いコンクリートの上に下ろされた。
(どうやらかなり上のフロアまで運ばれたみたいね、
という事は、ここはどこかの廃ビルの最上階近くなのかしら)
「さて、それじゃあ俺達はここで引き続きこいつの監視か」
その言葉からすると、どうやらロザリアを運んできた者達は、
そのままここの見張りにつくようだ。そしてロザリアの耳に、別の者の足音が聞こえてきた。
「ん、どうした?何かあったのか?」
「…………」
「は?本気か?」
「…………」
「いや、それはそうだがよ」
「…………」
「分かった、分かったから」
(何?声が小さくて聞き取れない)
そして誰かが近付いて来た気配がして、
ロザリアはいきなりアキレス腱の辺りに激しい衝撃を感じた。
(足に力が入らない……まさか足の腱を切られた?
逃亡防止の為なんだろうけど随分念入りね)
次にロザリアは、手首に同じような衝撃を感じた。
(次は手の腱か……もう、何なのこいつ、女をいたぶる趣味でもあるのかしら、
まあ別に痛くないからいいけど、手足が自由に動かないってのは、意外とストレスね)
そして最後にロザリアは、額をガッと捕まれ、次の瞬間目が横一線に斬られる感触がした。
(ま、まさか目を潰された?普通そこまでする!?)
そしてロザリアの目隠しが交換され、その男が去っていく気配がした。
(こうなったらもうどうしようもない、舌が噛めない以上死ぬ事も出来ない。
ああ、シャナ、お願いだから、せめて私が出血ダメージで死ぬまでここには来ないで……)
だがその願いも空しく、出血は大した事が無いようで、
ロザリアが死ぬまでにはかなり時間がかかると思われた。
ロザリアは、無駄だと知りながらも、ひたすらシャナが来ないようにと祈り続けた。
「どうだジョー、やはりあのロザリアか?」
「う~ん、やっぱり見ただけじゃ分からねえわ、全然外見が違うしな」
「まあ、よくある名前だろうしな」
「とりあえず手足の腱を切って目を見えなくしておいたから、
あいつが見たら多分発狂しそうなくらい怒ると思うぜ」
「あいつは元々狂ってる、俺達とは別のベクトルでな」
「はっ、違いねえ」
「それじゃあ巻き込まれないように街に戻ろう」
「ああ」
「シャナ、北の最上階にロザリアさんがいた!どうやら怪我をしているようで、
遠くからでもハッキリと血を流しているのが分かるぜ。
くそっ、あいつら……絶対にスコードロンをやめさせるくらいじゃ許さねえぞ」
「これから嫌ってほど思い知るだろ、話は分かった、一旦ハンヴィーの所に戻ろう」
「了解、闇風にも伝えておくぜ」
「すまん、頼む」
薄塩たらこからその通信を受けた後、
シャナは先日ロザリアの家を訪れた時の事を思い出していた。
その脳裏には、ロザリアが言ったセリフが色々と蘇っていた。
『ここまで連れてきてくれてありがとう、それじゃあここで……』
(お前はいつも、そうやって遠慮するよな)
『そ、そうよね、何も問題は無いと思うわっっっっ』
(それでいて、俺がたまにああいう事をすると、その状態を保とうと必死になったり)
『とりあえずここに座ってて、あまりあちこちじろじろ見ないでね!』
(気が強いようでいて、何でもない事を恥ずかしがったりもして)
『え、えっと、足をくじいたからこの方が楽なのよ。ジャージだとちょっと大変じゃない?』
(自分ではさりげなく誤魔化したつもりで、見え見えのアピールをしてきたり)
『あ……何か美味しい』
(そんな優しい笑顔も見せられるようになったんだな)
『あの……キッチン汚れてたでしょ?あ、ありがと……』
(多分さぼってただけなんだろうが、沢山仕事を押し付けちまってるのは事実なんだよな)
『そ、そうよね。どう……思う?』
(びくびくしながらそんな事を聞いてくるんじゃねえよ、もっと自分に自信を持てって)
『あ、あの、絶対に誰にも見せないから、初めてここに来た記念に、一緒に写真を……』
(その程度、おかしな事をしてこなければ、いつでも頼んでくれていいんだけどな)
『うん、今日は本当にありがとう、またね』
(またねって言ったのにな、俺はあいつを守れなかった)
『シャナ……』
そして最後にシャナは、自分を呼ぶロザリアの声が聞こえたような気がした。
「……お前は凄く変わったよな、もうお前がいない生活は考えられないくらい、
お前は本当に俺にはもったいない最高の部下だよ。
まあお前は自己評価が低いから、こんな状況であっても、
私の事はいいからここには来ないでとか思ってるんだろうけど、な……」
そしてシャナは、ビルの方へと手の平を差し出し、ぐっと握った。
「待ってろ小猫、お前は必ず俺がこの手で取り戻す」