「で、何でこいつがここにいるんだ?」
「もうシャナ、照れてるからってそんな、こいつだなんて、
この豚野郎とか呼んでくれてもいいんだよ?」
「黙れ変態!今は真面目な話をしてるんだよ!」
「はぁい」
そのエルザは、八幡の腕を抱いてごろごろと八幡に甘えていた。
八幡もお手上げというようにそれを黙認し、詩乃もさりげなく逆側に陣取り、
微妙に八幡にくっつくような座り方をしていた。
ちなみに薔薇はいつエルザが暴走してもいいようにエルザの隣に座り、
その行動を逐一を監視していた。
「CM撮影だよ、シャナ」
「はぁ?CM?誰が?」
「私」
「何の?」
「ソレイユの」
「まじかよ……」
その言葉に最初に反応したのは詩乃だった。
「えっ、本当の本当に?」
「うん、もちろんだよ、ほら私ってかわいいから!」
「あ、うん……別にそこは否定しないけどさ」
変態の部分が問題なんだけどと言い掛け、詩乃はそれをぐっと我慢した。
次に反応したのは風太と大善だった。二人は当初から訝しく思っていたのか、
じっとエルザの顔を見ながら言った。
「さっきから思ってたんだけど、ピトの顔ってどこかで見た事があるんだよな」
「そうなんだよ、でも思い出せねえ……」
「お前らほれ、後ろ後ろ」
八幡がそう指差した先には、神崎エルザのポスターが貼ってあった。
二人はそれを見てエルザに目を戻すと、焦った顔でもう一度ポスターを見て、
再びエルザに視線を戻した。
「ん~……なあたらこ、俺の目が悪くなったのかな、
何かこのド変態がとても眩しく見えるんだが……」
「おう、確かに眩しいよな……」
「え~?それって謎の白い光って奴?大丈夫、DVDもしくはブルーレイなら消えてるから」
「隠れてるからいい物だってあるんだがな」
「あ、それは俺も同意だ、気が合うな、闇風!」
「だよなたらこ、あれはあれでいいものだ!」
そんな二人に、八幡は死刑宣告のように冷たい声で言った。
「お前らそこまでだ、いい加減に現実を見ろ」
「いや、でも……」
「お、おう……えっと、まじで?」
そんな二人に八幡は淡々と事実を告げた。
「まじだ。こんな変態が、日本人の何割かに熱狂的に支持されている」
その言葉にエルザはいつものようにこう答えた。
「やだもう、変態だなんて褒めすぎだってばぁ」
「お前のその芸風にはもう慣れたから俺には通用しないぞ、このド変態が」
「ああん、シャナ、もっとぉ……」
「はぁ、何でこんなのと知り合っちまったんだか……」
エルザはその言葉には答えず、シャナの腕にすがり付いてビクンビクンしていた。
八幡はそれを困った顔で見つめていたが、不意に何かを思いついたのか、
エルザのあちこちをつんつんつつき始め、ついでに薔薇に言った。
「おいロザリア、お前もこいつをつつけ」
「別にいいけど……」
そして二人はエルザのあちこちをつんつんし始めた。
「やっ、シャナ、ロザリアちゃん、今は駄目だって」
それでも二人はやめず、エルザの二の腕や頬をつんつんし続けた。
そしてエルザは大きくビクッとしたかと思うと、そのまま大人しくなった。
「よし、ミッション・コンプリートだ、これで静かになった」
「い、今何が起こったんだ……?」
「やめておけ闇風、きっと俺達童貞には分からない世界なんだよ……」
そしてちゃんと話が出来るような状態になった為、八幡が再び説明を開始した。
「お察しの通り、こいつはピトフーイにしてあの神崎エルザだ。
今は独立して、たまにうちからも仕事の依頼をしている。
今回のCMについては俺は知らなかったが、多分その一環だな」
「ちなみにALOのCMよ、パイロット版があるけど見てみる?」
「本当に?それ、見てみたいな」
「だな、この変態がどんな仕事をしているか興味はある」
「おお、まじかよ……まだ一般公開はしてないんだろ?」
「ALOの事は触りくらいしか知らないが、何かドキドキするな」
そして薔薇は、その映像を部屋のモニターに映し出した。
『その日眠りについた私は、気が付くと妖精の国にいた』
画面では、眠っているエルザの姿がいつの間にかケットシーの姿に変わり、
きょとんとしながらも飛び立つ姿が映っていた。
『それから私はこうして異世界の大空を飛んでいる』
そのセリフと共に画面が変わり、エルザが歌っているのだろう神秘的な曲をバックに、
妖精達が舞う姿や戦う姿が映し出され、
最後に剣を携えながらこちらに背を向ける、エルザの姿が映し出された。
『私は今も、ここで君達を待っている』
そして歌の終わりと共に、アルヴヘイム・オンラインの文字が浮かび上がり、
そのCMはそこで終わった。
「…………今のは本当にこいつだよな?」
「ええ、信じられないでしょうけどもちろんよ」
「まじかよ……」
八幡は驚いた顔で、失神しているのであろうエルザの頬をつついた。
「むにゃ……シャナ、もっとぉ……」
エルザが不意にそんな寝言を言い、八幡は慌ててその頬から指を離した。
「おお、変態のくせにいい仕事しやがる……」
「さすがは神崎エルザ、人気があるのも分かるぜ!」
風太と大善もそう言い、当のエルザを複雑な目で見つめた。
詩乃は感動したように押し黙っており、薔薇はCMの出来に何か疑問でもあるのか、
しきりに首を傾げていた。
「何だ薔薇、どうかしたのか?」
「いえね、この出来なら十分だと思うんだけど、この上何をいじるのかと思って」
「それはねロザリアちゃん、種族を変えてあと二パターン撮影する為だよ!
微妙に細かい所も変えてね!」
突然寝ていたはずのエルザが覚醒し、薔薇にそう言った。
きちんと薔薇の事をロザリアと呼んでいる辺り、ちゃんと空気を読んでいるのか、
その辺りにはまったく抜け目が無い。
「お前起きてたのか」
「ううん、夢の中で思う存分シャナにかわいがってもらったから、満足して起きたの」
「まあ夢の中ならお前の好きにすればいいさ」
エルザはその言葉で夢であった事を思い出したのか、うっとりとした表情でこう言った。
「ああ、まさかシャナがいきなり私にあんな事をするなんて……」
「…………まあ夢の中ならお前の好きにすればいいさ」
「次は絶対にあんな格好でこんな事をしてもらおう」
「まあ夢の中ならお前の好きにすればいい……なんていつまでも言ってられるか!
お前はいい加減少しは自重しろ!」
「もう、さっきはあんなに激しかったのにシャナったらぁ」
「はぁ……まあこいつは本当にこういう奴なんだ、お前らもあんなCMに騙されるなよ」
シャナはもうエルザを放置する事にしたらしく、風太と大善にそう言った。
二人は黙ってその言葉にこくこくと頷いた。
「しかしまさか田中さんがシャナだったなんてな」
「おう、いつネタバレするかタイミングをはかってたんだが、
まさかこんな事になるとはな」
「っていうかお前モテすぎだろ!普通じゃありえないぞ!」
「何か気が付いたらこうなってたんだよ……」
「ちなみに私とロザリアちゃんは、シャナの所有物だよ!」
「まあそうね、その通りよ」
突然エルザがそんな事を言い出し、薔薇もそれを認めた。
「そ、それはエロい事も含めてですか……?」
風太が搾り出すような声でそう言った。
「当然じゃない、でもこの人は絶対に私達には手出ししてこないんだけどね」
「だから基本、逆ラッキースケベを意図的に狙うしかないんだよ!」
「お前ら何を訳の分からない事を……」
「例えば急に眩暈がしてうっかり胸に触らせるとか」
「例えば偶然を装ってパンツを見せるとか!」
その言葉に心当たりがある詩乃はビクッとした。
「…………シノのん、今ビクッてしなかった?」
エルザはそれを見逃さず、すかさずそう詩乃に突っ込んだ。
この辺りはさすがとしか言えない。
詩乃はあらぬ方向を見ながら、何とかそれに対抗しようとした。
「べ、別に直接見られた訳じゃないし、私の場合はそれとは違うわ」
「ふ~ん、じゃあ洗濯物を見られたとかそういう事かぁ、
まあシノのんはお子様だから仕方ないね」
「なっ……」
そのエルザの煽りに詩乃の対抗心が疼いた。そして詩乃はとんでもない事を言い出した。
「お、お子様じゃないわよ!私だって別にシャナが相手ならいつでもオーケーなんだから!」
「そう?じゃあ今ここで見せられる?」
「で、出来るわよ!」
そして詩乃がいきなり立ち上がり、スカートの裾を握った所で八幡がそれを止めた。
「おいシノン、こいつの術中に嵌ってるぞ、とりあえず座れって」
「えっ?あっ……ピ、ピト、あんたねぇ……」
「チッ」
「今チッて言った!?まったくあんたはもう!」
「は~い反省してま~っす」
「全然反省してるように聞こえないわよ!」
そんな会話を聞きながら、風太と大善は完全に打ちのめされていた。
「おい闇風、今のやりとりを見たか?」
「おう……俺なら完全にシノンがスカートをまくり上げるまで傍観してた所だぜ……」
「やっぱりこれが、モテるモテないの差なのかな……」
「かもしれん……」
二人はそう言葉を交わし、これからはもう少し紳士的になろうと心に誓った。
だが二人は結局ゲーム内でロザリアやミサキの胸に視線を奪われたりしてしまい、
その誓いが果たされる事は無いのであった。
「さて、それじゃあ顔合わせも済んだ所で今日は解散とするか」
「だな!なんだかんだ楽しかったぜ!」
「もしあれならこの後どこかで飯とか食ってくか?」
「お、いいね、あ、でも……」
そして大善は他の女性陣の顔をチラリと見た。
「私とこの子はこれから撮影ね」
「私はシズ達と約束があるし」
「って事は男だけか!それでもいいんだけどちょっと寂しいよな」
「それじゃあ誰かうちの女子社員を連れていけばいいんじゃないかしら?」
その言葉に風太は飛びついた。
「え、まじで!?」
「うちの女子社員はほとんど彼氏がいないし、シャナが誘ったら喜ぶんじゃないかしら。
でもその場合、一つ問題があるのよね……」
「まじで?彼氏がいない人ばっかりなの?」
「で、問題って……何?」
「その彼氏がいない理由ってのが問題なのよ、分かる?」
その言葉の意味を、二人は必死で考えた。
「えっと……出会いが無い?いや、あるよな……」
「何だろう、全然分からないぜロザリアちゃん」
「えっとね……この人のせいよ」
「はぁ?俺?」
そう言って薔薇が八幡を指差し、八幡はそう首を傾げた。
「何で俺のせいなんだよ小猫」
「分からないの?うちの女子社員は、あんたに接する機会が本当に多いのよ?」
「それが何だよ」
「あっ……」
「俺、何となく分かっちまった……」
薔薇は二人に頷きながら八幡に言った。
「おかげでうちの連中は皆、男を見る時にあんたを基準に考えてしまってるの、分かる?」
「え?俺を基準?何だよそれ、何でそうなるんだよ」
「そんなのあんたが若くて独身な上に、いかにも自分にもチャンスがあるかのように、
誰にでも優しいからに決まってるじゃない!」
「えっ?あ、いや、それは……」
「そんな環境で、私があんたに近寄ろうとする女子社員を牽制するのに、
どれだけ苦労してると思ってるのよ!前も言ったけど、たまには私を労いなさいよね!」
「お、おう……ありがとな」
そんな八幡の肩を、風太と大善はぽんと叩いた。
「シャナも苦労してるんだな、よし、今日は男だけで飲みあかそうぜ!」
「だな!そうと決まったら早速行こうぜ!」
「お、おう、だな!」
こうして八幡は、生まれて初めて男友達と一緒に飲みにいく事となった。
八幡はこの日、とても楽しかったらしく、三人は今後もちょくちょく飲みにいく事となった。
明日奈達はそれを暖かい目で黙認していた。八幡には同世代の仲の良い男友達が少なく、
これは八幡にとっていい事だと思っていたからだった。
「ところで小猫って何の事だ?」
「ああ、それはな……」
「ちょっと待ちなさいよ、その話題は……」
「じゃあな小猫、またな」
「あっ、こら!後で覚えてなさいよ!」
三人がそう言って飲みに出た後、残された三人はこんな会話を交わしていた。
「はぁ、まったくあいつはもう……」
「薔薇さんドンマイ」
そう詩乃に慰められる薔薇に、エルザがニタニタ笑いながら言った。
「薔薇ちゃんやったね、これで八幡を多少飲みに誘いやすくなったんじゃない?」
「な、何を言ってるのよエルザ、私は別にそんなよこしまな事は考えてないわよ」
「あれぇ?私よこしまなんて、一言も言ってないけど?」
「くっ……ああそうよ、これで送り狼になってくれる確率が少しは上がったかもなんて、
ちょっとは期待したりしてたわよ、悪い?」
「薔薇さん……」
詩乃はその二人の遣り取りに、少し赤面しながらそう言った。
「ううん、私にもそのおこぼれがちょっとは欲しいなって」
そしてエルザが、あっけらかんとそう言った。
「……仕方ないわね、私の方が先だからね」
「分かってるって、シノのんはどうする?」
「わ、私はお酒が飲める年じゃないし、そういうのはまだ早いっていうか……」
「別に八幡さえ酔ってれば、後はキットに送ってもらえばいいんじゃない?」
「あっ……」
ちなみに残念ながら八幡はとてもお酒が強く、理性を失う事は無かった為、
多少スキンシップが増す事はあっても、こういった計画が成功する事は無かったのであった。