ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


第368話 アルゴのお引越し(物理)

「八幡君、アルゴちゃんの部屋の準備が出来たわよ」

「お、思ったより早かったな、それじゃあ俺も動くとするか」

「ねぇ、そっちは全部任せちゃってたけど、実際のところ勝算はあるの?」

「大丈夫だろ、あいつは思ったより常識的な奴みたいだからな」

「……つまり非常識な手段に打って出るのね」

 

 陽乃にアルゴの部屋が用意出来たと聞かされた八幡は、

かねてから計画していた作戦をそのまま実行に移す事にした。

 

「さて、必要な人員に連絡するか……」

 

 八幡はそう呟きながら何人かに電話を掛け、人員を確保した。

 

 

 

 そして次の日、ソレイユの受付前に八幡達が集まっていた。

 

「おい小猫、もう体調はいいのか?」

「おかげさまでね」

「八幡様、今日は何をすればいいの?」

「舞衣は普通に仕事をしてもらって、アルゴの行動をこっそり俺に報告してくれ、

出来れば仮眠するように誘導してくれると有難い」

「はい、分かりました!」

「何で私、ここにいるんだろ……」

「たまたま今日はこっちでバイトするつもりでここに来たお前が悪い、

通りかかったら捕獲するに決まってるだろ」

「決まってるって何よ、意味が分からないわよ!」

「まあまあ詩乃、諦めなって」

 

 その日集まったのは、八幡、薔薇、舞衣、詩乃の四人だった。

ちなみに最後に詩乃を慰めたのは、横でさりげなく会話に参加しているかおりである。

 

「で、今日はとにかくアルゴさんを捕獲すればいいのね?」

「ああ、捕まえて隣のマンションまで連行するのが今日のミッションだ。

小猫はこれを持っておけ、そして裏口を見張っててくれ」

「何これ、長い手錠?それに裏口?それって逃げられる事前提よね?」

「あいつは勘がいいからな、やばいと思ったら速攻逃げ出す可能性がある」

「あ、それはそうかも……」

 

 薔薇はその言葉に納得したように頷いた。

 

「舞衣は連絡役、詩乃は俺のバックアップだな」

「私も何か手伝う?」

「折本は普通に受付の仕事をしてくれていていい。ただしもしアルゴが逃げてきたら、

上手い事足止めしてくれると助かる。場合によっては物理的に足止めしてくれてもいい」

「オッケー、任せて!」

 

 そして舞衣が先行して開発室に向かい、八幡達は連絡を待つ事となった。

ほどなくして舞衣から連絡が入った。どうやらアルゴはまだ開発室にいるようだ。

だが、何か不穏な気配がするらしくそわそわしているらしい。

 

「ほれみろ、あいつはこういう奴なんだよ」

「嘘……エスパー?」

「おい小猫、歳がバレるような発言は慎めよ」

「なっ……」

「とりあえず小猫は裏口へ向かってくれ、俺達は現地近くで待機する」

「あんた、後で覚えてなさいよ!」

 

 その薔薇の言葉に、八幡は生暖かい目を向けながら言った。

 

「お前も詩乃も、その捨てゼリフをよく言うけど、

後で何か言ってくる事ってほとんど無いよな、様式美か?」

 

 その言葉に薔薇と詩乃は顔を赤くして抗議した。

 

「い、今は力を溜めているだけよ!そのうちまとめて何かするわよ!」

「そうよそうよ、本当に覚悟しておきなさいよね!」

「へいへい、ほら小猫はさっさと裏口に行け、詩乃、行くぞ」

「くっ……」

「あ、待ってってば」

 

 八幡はそう言ってスタスタと歩き出し、詩乃は慌ててその後を付いていった。

残された薔薇を慰めるようにかおりが言った。

 

「そ、薔薇さん、ドンマイ」

「……かおり、今日は飲みにいくわよ」

「社乙会、開いちゃう?」

「そうね、南とクルスへの連絡は任せたわ」

「うん」

 

 

 

 八幡と詩乃は、開発室の扉が見える位置にある倉庫に入り、

中からそちらの様子をこっそりと伺っていた。

 

「まだ動きは無いな、大人しく仮眠室に入ってくれればいいんだが」

 

 ドアの隙間から開発室を見ながらそう言う八幡の上から、詩乃がひょっこりと顔を出した。

詩乃はこの機会を利用して、八幡の背中にさりげなく密着していた。

 

「……おい詩乃、あまりくっつくな」

「狭いから仕方ないじゃない、うん、仕方ないじゃない」

「何で二度言った……俺の方が背が高いんだ、お前は俺の下から覗け」

「チッ」

「今お前チッて言ったか!?言ったよな!?」

「男が細かい事を気にしないの」

 

 そう言って詩乃は、そのまま八幡の背中におぶさった。

 

「うお、重い、重いから」

 

 その言葉を聞いた詩乃は、八幡の首をぎりりと締めた。

 

「あんた女の子になんて事を言うのよ、私は重くなんかないわよ!」

「く、苦しい……」

 

 

 

 一方開発室では、舞衣の情報通りアルゴがそわそわしていた。

 

「……部長、何そわそわしてんの?微妙にうざいんだけど」

「お、おう……何かさっきから首の後ろがチリチリするんだゾ」

「チリチリ?何?」

「オレっちに何か危険が迫ってる気がするんだよナ……」

 

(うわ、八幡様の言った通りだ、ここは何とか誘導しないと)

 

「疲れてるんじゃないの?少し寝てくれば?」

「……そうするカ」

 

 アルゴはそう言ってのろのろと仮眠室の方へと向かった。

それを見た舞衣はこっそりと八幡にメールを打った。だがその姿をアルゴが見ていた。

アルゴはその舞衣の姿に嫌なものを感じ、脱兎のごとく開発室を飛び出した。

途端にアルゴの耳に、こんな声が飛び込んできた。

 

「あんた女の子になんて事を言うのよ、私は重くなんかないわよ!」

「く、苦しい……」

「ハー坊!?」

「なっ……詩乃降りろ、アルゴが!」

 

 そう自分の名前を呼ばれたアルゴは、裏口に向けて全力で逃げ出した。

 

(なんだなんだ?とにかく何かやばい、ここは逃げの一手だゾ)

 

 そして裏口に着いたアルゴの前に、薔薇が立ちはだかった。

 

「ここは通さないわよ」

 

 その薔薇の手には、長い鎖で繋がれた手錠が握られており、

薔薇は狭い中、それを器用に回してアルゴ目掛けて投げつけてきた。

 

「おわッ」

 

 その手錠はまるで銭形警部ばりの軌道を描き、アルゴの手首に完璧にはまった。

その瞬間にアルゴは薔薇の方にダッシュし、一瞬でもう片方の手錠を奪い去り、

そのまま正面入り口へと駆け出した。

 

「あっ」

「くっそ、何だよこれ、取れねーゾ」

 

 そして薔薇はアルゴを追い掛けながら八幡に電話を掛け、一言だけ言った。

 

「正面入り口!」

 

 

 

 かおりは微妙に緊張しながら受付業務をこなしていた。

そんなかおりの目に、通路から飛び出してくるアルゴの姿が映った。

かおりは咄嗟に走り出し、アルゴ目掛けて飛び掛った。

 

「タックルは腰から下!」

「うおおおオ!」

 

 かおりのタックルは見事に決まり、アルゴは逃げ出そうともがいたが、

かおりは必死でアルゴにしがみついて絶対に離そうとはしなかった。

そこに、裏口に向かった八幡とは別行動で正面入り口に向かっていた詩乃が合流し、

その二人の姿を見て同じようにアルゴに飛び掛った。

 

「逃がさないわよ!」

「うお、二人がかりかヨ!」

「私もいるよ!」

 

 そこに開発室から真っ直ぐここに駆け付けた舞衣も加わり、

三人は必死でアルゴを拘束した。おりしも終業時間が迫っており、

入り口ホールにはちらほらと帰宅しようとする社員の姿が現れ始めていた。

 

「何だ何だ?喧嘩か何かか?」

「あれ、アルゴ部長じゃないか?しがみついてるのは同じ開発部の子と、

受付の子とバイトの子だな」

「……逃げようとする部長を取り押さえてるように見えるな」

「あれだ、これは完璧に次期社長案件だろ」

「よし、俺達も部長を逃がさないように周りを囲もうぜ!」

 

 こうしてアルゴの命運は尽きた。ゲームの中ならいざ知らず、

現実でこれだけの人間に囲まれたらもう逃げ場は無い。

そしてそこに、ついに八幡達が到着した。

 

「おう、何か凄い事になってるな」

「八幡様、ミッションコンプリート!」

「八幡、遅いわよ!」

「比企谷、早く早く!」

「次期社長!これで良かったんですよね?」

「おう、お前ら指示も無かったのによくやったな、えらいぞ」

「ありがとうございます!」

「まあこれくらい空気が読めないとソレイユの正社員はやってられないですって!」

 

 そして八幡はアルゴの下に近寄り、その手にはめられている手錠を見ると、

反対側の手錠を自分の手にはめた。

それを見たアルゴは抵抗するのをやめて力を抜き、その場にぐったりとした。

 

「くそ、完全に詰んだゾ……」

「まあこうなったら俺からは逃げられないって当然分かってるよな?」

「とりあえず逃げちまったけど、これは一体なんなんだヨ」

「お前、ずっと会社で寝泊りしてるらしいじゃないかよ、

だからお前の為に俺達が新しい部屋を借りてやったんだ、今からそこに連行する」

 

 その言葉にアルゴは必死に抗議した。

 

「なっ……オレっちは別に困ってないぞ!仮眠室で十分なんだゾ!」

「うるせえ、それじゃうちの会社が微妙に困るんだよ!」

「くっそ、こうなったら最後の抵抗を……」

「そんな事出来る訳が無いだろ、ほれ」

「きゃっ」

「「「「「「「「「「「おお~!」」」」」」」」」」」

 

 八幡はそう言いながらアルゴをお姫様抱っこし、周囲の社員達は驚いた。

 

「今の声、部長だよな?」

「うわ、なんかかわいい……」

「部長、最高!」

「部長いいなぁ、私も次期社長にお姫様抱っこされたい……」

 

 アルゴは不意を突かれ、自分がそんな声を出してしまった事が恥ずかしかったのか、

赤い顔で八幡に抗議した。

 

「こ、こういうのは他の女にやれよ!何でオレっちにやるんだヨ!」

「お前が言ったんじゃねえかよ……」

 

 その言葉にアルゴはきょとんとした。どうやら自分が言った事を完璧に忘れていたらしい。

 

「オレっちガ?」

「ほら、アイとユウと話した時だ」

「あ……」

「それに二人とも約束したからな、

あの二人の代わりに俺がお前に感謝の気持ちを伝える為に、お姫様抱っこしてやるってな」

 

 そしてアルゴは、愕然とした顔で八幡に言った。

 

「それは分かったけど、何でこのタイミングでやるんだよ!

こういうのはもっと色っぽい雰囲気でだナ……」

「そんなのお前が先日俺にちょっかいを出した、その仕返しに決まってるだろ」

「仕返しかヨ!」

「仕返しだ、絶対にお前をひぃひぃ言わせてやるって誓ってたからな」

「そういうのはベッドの上でやれヨ!」

「ああうるさいうるさい」

 

 八幡はそう言うと、舞衣にこう指示を出した。

 

「舞衣、小猫と詩乃と一緒に、仮眠室からこいつの私物をあのマンションへ運んでくれ」

「分かった!」

「何もかも全部でいいのね」

「おう、頼むわ」

 

 そして八幡は、ニヤリとしながらアルゴに言った。

 

「今聞いた通りだ、それじゃあこのままお前を、

あの入り口から見えるマンションまで運ぶからな」

「えええええええええええええええ」

 

 アルゴは生まれて初めてそんな声を上げ、八幡はそんなアルゴに構わずにビルの外に出た。

アルゴはその公開処刑状態に耐えられず、ずっと八幡の胸に顔を埋めていた。

 

「おい、俺達も見送ろうぜ」

「だな!」

「行くぞみんな!イベントだ!」

 

 ノリのいい社員達は、そのままぞろぞろと二人に付いていき、

マンションの入り口で万歳三唱をした。付近の住人達は何事かと思ってそちらに注目したが、

ソレイユのやっている事だと分かると、生暖かい目でそれを見守った。

どうやらソレイユは、付近の住人達にも好意的に見られているようだった。

 

「このマンションの部屋を借りていたのは知ってたんだよナ……」

「知ってやがったのか」

「てっきりボスかハー坊の部屋だと思ってたんだけどナ」

「残念、お前のだ」

「くそ、まったく何て事をしやがる、恥ずかしいじゃねえかヨ……」

「もう諦めて、大人しく毎日家に帰れよな」

「ふン」

 

(明日は絶対に仮眠室に戻ってやるんだゾ)

 

 だがそんなアルゴの思いとは裏腹に、このイベントは三日間続けられ、

さすがのアルゴも音を上げ、それからは毎日大人しく家に帰る事になったのだった。


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