エヴァこと新渡戸咲とSHINCのメンバー達は、
その日GGOにはログインしていなかった。大会の準備で忙しかったからだ。
その事を八幡は知っていた。先日こんな会話があったからだ。
「おうお前ら、久しぶりだな」
「あっ、シャナさん、お久しぶりです」
「「「「「シャナさん!」」」」」
エヴァの後に続いてそう声を揃えて言った五人に、シャナは感心したようにこう言った。
「息がピッタリだな、部活の方は上手くいってるのか?」
「はい、GGOを初めてから、コーチにも褒められました!」
「そうか、それなら何よりだ」
「大会が近いんで、明日も夜遅くまでこの前の大学で練習があるんですよ。
だから今日ちょっとインしておこうと思って」
「そうか、頑張れよ」
「「「「「「はい!」」」」」」
そんな遣り取りを覚えていた八幡は、キットで咲達のいるであろう大学へと赴いていた。
要塞防衛戦の話を伝える為である。
「さて、遅くまで練習って言ってたな、体育館はどこかな……おっ、あれは……」
八幡はそこで、とある長身の女性の姿を見付けた。
(あれは確か以前フカ次郎が言っていた、コヒーっていう友達、だったか?
まあ何の略かは分からないが)
そう思った八幡は、その女性に体育館の場所を尋ねる事にした。
「あの、すみません」
「……は、はいっ、私ですか?」
その女性はどうやら他人に声を掛けられるのに慣れていないように見え、
少し間を開けた後、慌ててこちらに向き直ってそう言った。
そしてその女性は、八幡の顔を見て驚いた顔で言った。
「あっ、貴方は以前財布を拾ってくれた……」
「覚えていてくれましたか、すみません、ご迷惑かと思ったんですが、
体育館の場所が分からなくて、たまたま知っている貴方を見掛けたので声を掛けてみました」
「そういう事でしたか」
その女性は納得したように微笑んだ。
そして八幡は、先ほど思った事を確認すべく、思い切ってその女性に尋ねた。
「すみません、貴方はもしかして、コヒー……さんですか?」
「えっ、ど、どうしてその呼び方を……」
「ああ、フカ次郎……えっと、本名は何だっけな、一度聞いただけなんで……
あ、そうだ、篠原だ、篠原美優に聞きました。あいつにたまたま貴方の話をしたら、
あいつが、『そ、それは正しく我が友コヒーじゃないですか!』って言ったんで」
「あっ、その言い方美優っぽい!私覚えてます!
確かに以前財布を拾ってもらった数日後に美優から電話があって、こう言われたんですよ、
貴方が私の事を……あ、いや、えっと、な、何でもないです」
(美人ですよって言ってたって悔しそうな美優に言われました、なんて言える訳ない……)
「ん?そうですか」
その女性は恥ずかしそうにそう答え、八幡はそれを疑問に思いつつも、
その時フカ次郎に何と言えと言ったか思い出せず、そのまま曖昧に頷くに留めた。
その時その女性は、ハッとした顔で八幡に言った。
「あ、あの、自己紹介をしていませんでした、本当にすみません。
私は小比類巻香蓮、なので美優にはコヒーって呼ばれています」
「コヒーってその略でしたか、こちらこそすみません、
俺は比企谷八幡です、宜しくお願いします」
そう言って八幡は手を差し出し、香蓮はおずおずとその手を握った。
そして香蓮に案内され、八幡は無事に体育館へとたどり着く事が出来た。
「ありがとうございます、助かりました」
「いえいえ、大した手間じゃないですから。
でも比企谷さん、この学校の人じゃないですよね?ここに何の用が?」
「ああ、知り合いに伝える連絡があって、ここにいるって聞いたもんで」
「そうだったんですか」
そして八幡は体育館を覗き込みながら言った。
「まだ練習中か……どうするかな」
それを聞いた香蓮は咄嗟にこう言った。
「あっ、それならあそこのカフェなら体育館の出口がよく見えますし、
時間を潰すにはもってこいだと思います」
そう学外のカフェを指差す香蓮に、それはいいアイデアだと思った八幡は言った。
「ありがとうございます、そうします」
「それじゃあこっちです」
香蓮はそう言って、八幡の手を引きながらそのカフェへと向かった。
八幡は一人でその店に入るつもりだった為、
その香蓮の行動に少し驚いたが、香蓮も喉が渇いていたのかなと思い、
お礼にここは俺がおごろうと考えながら、手を引かれるままにカフェへと入った。
ちなみに香蓮は別に喉が乾いていたのではなく、
このまま八幡と黙って別れるのは惜しいと思い、
生まれて初めてこんな大胆な行動に出たと、そういう訳だった。
ちなみに意識してやっている事ではなかった為、店に入った後に香蓮は、
その自分の大胆な行動に気付き、赤面しながら八幡に言った。
「あっ、す、すみません、私ったらつい手を……」
「いやいいんですよ、せっかくですからご一緒しませんか?
ここはお礼も兼ねて俺が奢りますんで」
「あ、あの……は、はい」
香蓮はその高い身長の為、男性からは若干敬遠されぎみであり、
生まれてこの方こういった異性とのデートまがいのイベントを経験するのは初めてだった。
その為香蓮はガチガチに緊張していたが、そんな香蓮の状態を見た八幡は、
香蓮の緊張を解そうと思い、美優の話題を出す事にした。
「小比類巻さんはフカ次郎……あ~……美優とは昔からの知り合いなんですよね?」
「あっ、小比類巻って長くて言いづらいと思うので、か、香蓮って呼んでもらえると。
それにもっと普通に喋ってくれていいですよ」
香蓮は今までそんな事を男に言った事は無いのだが、
美優の事は名前で呼び捨てなのだからと思い、
少し悔しさも覚えたのだろう、今回初めて勇気を出してそう言った。
「オーケー香蓮。俺の事も八幡でいいし、話し方も普通で頼む」
「う、うん、八幡……君」
香蓮は恥ずかしそうにそう言った。もしその姿を美優が見ていたら、
『おいコヒー、抜け駆けすんな!ムキー!』
とでも言ったのかもしれない、それはそんな姿だった。
そして香蓮は話題を戻し、緊張の解けた様子で八幡に言った。
「フカ次郎って、美優の飼ってた犬の名前なの、去年亡くなってしまったんだけど」
「そうだったのか……名前の事に触れると、
その時の事を思い出してあいつが悲しむかもしれないから、事前に教えてくれて助かったよ」
その八幡の言葉を聞いた香蓮は、その優しさを好ましく思いながら質問を変えた。
「ちなみに美優とは何のゲームで知り合ったの?」
「ALOかな」
「あ、それじゃあ美優が言ってた凄いリーダーさんって、もしかして八幡君の事なのかな?」
「あいつがそんな事を?まあ確かにそれで合ってるかな」
「美優、ギルド?ってのに入れてもらうんだって、かなり張り切ってたから……
この前やっと入団出来たって、嬉しそうに電話してきたんだよね」
香蓮はとても嬉しそうにそう言った。
「あいつは本当に頑張ってたからな、俺が戦闘であいつの腕を斬り落としたら、
歯を食いしばってその手を逆の手で掴んで攻撃してくるくらいには」
「うわ、凄い……まるで私の知ってる美優じゃないみたい」
そして八幡は、先日学校で里香に言われた事を思い出しながら言った。
「そういえばあいつ、次の土曜にこっちに来るんだっけか?」
「あ、うんそうなの、誰か会いたい人がいるとか何とか」
「里香に聞いてはいたが、本気だったのか」
「えっ、まさか美優の会いたい人って……」
「そのまさかだな」
「そ、そうなんだ……」
香蓮はそれを聞き、もやもやする気持ちを抑えられなかったが、
香蓮はまだその気持ちが何なのか気付いてはいなかった。
そして体育館から咲達が姿を現し、それに気付いた八幡は立ち上がった。
「お、練習が終わったみたいだな」
「ああ、思ったより早かったね。あ、あの子達は……」
香蓮は咲達を見て戸惑った表情を見せた。
咲達が、いつもすれ違う時に自分の事をじろじろと見てくる六人組だったからだ。
咲達は香蓮の事を格好いい人だなと思って見ていただけだったのだが、
香蓮は昔から身長の事を気にし過ぎるくらい気にしており、
他人の視線を全て悪意だと感じてしまう悪癖があった。
何となくそれに気付いた八幡は、香蓮に向けてこう言った。
「香蓮、多分あいつらは、香蓮の事を悪く思ってはいないと思うよ」
「えっ?ど、どうしてその事を……」
「まあ俺も昔、他人の視線に敏感だったんで……」
八幡は頭をかきながらそう言うと、香蓮に一枚の名刺を差し出した。
「もし香蓮が、美優を俺に会わせてもいいって判断したら、
それを見て連絡してきてくれ。あまりに欲望がだだ漏れだったなら却下してくれよな」
八幡は冗談めかしてそう言った。
「それじゃ俺はここの支払いをしておくから、香蓮はゆっくりしてってくれ。
そのうち会う事もあると思うんで、その時機会があればまたこうやって話せればいいな。
まあ早ければ土曜にまた会う事になるかもだけどな」
その八幡の言葉に香蓮はきょとんとした。
「えっ、私も付いていっていいの?」
その言葉に八幡は凄く嫌そうな顔でこう答えた。
「だってあいつと二人きりになったりしたら、あいつ絶対に俺を襲ってくるだろ……
どう考えても肉食系としか思えないし……まあそうなったら返り討ちにするんだが」
「あ、美優は確かにそうかも」
二人はそう言って笑い合った。
「それじゃあ俺は行くよ、またな、香蓮」
「うんまたね、八幡君」
香蓮は後ろ髪を引かれながらも、笑顔を作ってそう言った。
そして咲達に囲まれる八幡を店の中から見た香蓮は、ため息を付きながら言った。
「人気者なんだなぁ……あの子達もあんなに嬉しそう。
でも今日はラッキーだったな……比企谷八幡君か」
そして香蓮は改めて八幡から渡された名刺を眺めた。
「って、あのソレイユの部長さん?嘘……あの若さで……?」
香蓮はその事に驚きつつも、そのまま店に留まっていた。
まだ咲達と正面から向かい合う勇気が出なかったせいもある。
「あれ、八幡さんだ!」
「本当だ」
「八幡さん!」
「今日はどうしたんですか?」
「もしかして私に会いに来てくれたとか」
「私達にでしょ、調子に乗るんじゃないの!」
八幡はその咲達の元気さに苦笑しながら、六人に要塞防衛戦の事を説明した。
「で、多分明日の夜なんだが、どうだ?」
「あ、大丈夫です、明日は練習は休みなんで」
「今日頑張ったしね」
「そうか、それは丁度良かったな」
「はい!」
こうして無事に連絡を終えた八幡は、コーチが迎えに来るという咲達を見送り、
何となく先ほどまで入っていたカフェの方を眺めた。
そこにはまだ香蓮がおり、八幡は少し驚いた。
そんな八幡の視線に気付いた香蓮は慌てて席を立ち、八幡に駆け寄ってきた。
「ごめん、ちょっとぼ~っとしちゃってたみたい」
「あ、いや、ゆっくりしてくれって言ったのは俺の方だから」
「あ、待ち合わせをしてた訳でもないのに私ったら」
香蓮は自分がまるで八幡と待ち合わせをしていたような事を言ってしまったのに気が付き、
慌ててそう訂正した。そんな香蓮を見て、八幡は微笑ましさを感じた。
「もうこんな時間だし、良かったら家の近くまで送ろうか?」
「あっ、いえ、そこまで迷惑をかけるのは……」
「大丈夫大丈夫、別に家に押しかけたりはしないから安心してくれ」
「そう?じゃあお願いしようかな」
「おう、お願いされてくれ」
こういう事も生まれて初めてだったので、香蓮は少し不安な部分もあったのだが、
八幡はずっと紳士的に振る舞い、会話でも香蓮の話をうんうんと頷きながら良く聞いてくれ、
香蓮は終始楽しい気分のまま、気が付くと家の前まで八幡を案内してしまっていた。
「ごめんなさい、話してたらつい家の前まで……私の家、あそこなの」
「いや、俺は別に構わないんだが、そっちこそ俺なんかに家を知られちまっていいのか?」
「うん、八幡君なら別に構わないよ」
「それならまあいいが……」
そして八幡は香蓮に別れを告げ、去っていった。
香蓮は一瞬家にあがってもらおうかと思ったのだが、
朝に部屋の片付けをした記憶が無かった為、泣く泣くそれを断念したのだった。
香蓮が家に男を入れ、二人きりになろうとするのは、
彼女を知る者からすると前代未聞の出来事なのだったが、
彼女はその事にまったく気が付いていなかった。
そして家に帰った後、香蓮は美優に電話を掛けた。
「コヒー、どうした?」
「美優、土曜には予定通りこっちに来るの?」
「おう、もちろんだ!この美優さんが、
一人暮らしで寂しい思いをしているコヒーを慰めてやるぜ!もちろん性的な意味で!」
そう言われた香蓮は即座に言った。
「ごめん、やっぱりうちに泊めるのはNGで」
「あっ、嘘、嘘だってば!」
慌ててそういう美優に、香蓮は少し意地悪な口調で言った。
「もう、相変わらずだね美優、そんなにあの人に会いたいの?」
「うん、アポ無しだから会える可能性は極めて低いんだけど、
行かないと何も始まらないしね……ってコヒー、今何と!?
まさかうちのリーダーとお知り合いに?」
「うん、今日たまたまね」
そして少し間を開け、美優は香蓮にこう尋ねた。
「……ハチマン様と?」
「うん、八幡君と」
それを聞いた美優は絶叫した。
「まじかよ!おいコヒー、分かってるよな?リーダーとやるのは私が先な!」
「それじゃあ電話を切るね、またね、美優」
「あっ、冗談、冗談だってば!で、もしかしてハチマン様の連絡先を教えてもらったとか?」
「さあ、どうかな」
「くっ、気をもたせやがって……」
そんな悔しがる美優に、香蓮は含み笑いをしながらこう言った。
「まあ当日は、ちょっとだけ楽しみにしていてもいいかもね」
「キーッ!会った時は覚えてろよ!絶対に土下座して感謝してやるからな!」
「はいはい、それじゃあまたね、美優」
「おう、またなコヒー!」
こうして香蓮は話をはぐらかし、でも少しだけ美優に希望を持たせて電話を切った。
「週末は楽しくなりそう……」
こうして初めて尽くしだった香蓮の一日は終わり、
そうつぶやいた香蓮はわくわくしながら眠りについたのだった。
こうして初めて尽くしだった香蓮の一日は終わった。
ちなみにフカ次郎が本名を明かしたのは第186話「特別なギルド」
香蓮の話を八幡が聞いたのは第289話「認められる嬉しさ」での出来事となります。
全部ではありませんが、伏線も段々と回収されていきます。