ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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昨日の後書きで、最後のヒロインと書いてしまいまいたが一人忘れてました!
なので最後ではありません!

2018/06/18 句読点や細かい部分を修正


第373話 参加者達の光と陰

 その日たまたま世界樹要塞に滞在していた者達は、沢山の車のエンジン音を聞き、

部屋の窓から慌てて外を眺めた。

 

「おいあれ……」

「源氏軍?今になって?」

「いやあそこ、ゼクシードもいるぞ」

「犬猿の仲のあいつらが一緒に行動してるなんて、何が起こるんだ?」

 

 そして直後に要塞の中に、シャナの声でアナウンスが流れた。

 

「騒がせてすまない、先日のMMOトゥデイを見た奴もいると思うが、

どうやらまもなくそのイベントが発生するようだ。

たまたま居合わせた皆には楽しんでもらえると嬉しい」

 

 その言葉に先にいた者達はわっと盛り上がった。

その中にシャーリーという女性プレイヤーがいた。

シャーリーは、PKをまったくやらずにモブ狩りを専門とするスコードロン、

『KKHC(北の国ハンターズクラブ)』に所属するプレイヤーで、

その名の通り、リアルで北海道でハンター兼観光ガイドをやっている女性だった。

今回彼女は知り合いの車に同乗させてもらい、この拠点に数日に渡り滞在していた。

それはひとえにMMOトゥデイで見たこのイベントに参加する為であり、

スナイパーでもある彼女はシャナやシノンに興味を抱いており、

仲間達と別行動をとり、単独でこの拠点に赴いていたのであった。

 

 また同じような行動をとった者の中に、クラレンスという者がいた。

 

「この機会にシャナとお近付きになれたらラッキーなんだけど、

まあ駄目なら駄目で、それなりに稼げればいいかな」

 

 クラレンスは男性のような容姿をしているが、実は女性であった。

その性格はとにかく悪く、ピトフーイの悪い部分だけを抽出したような、

あるいは昔のピトフーイそのままといえる性格をしていた。

彼女はいくつかのチームを渡り歩いており、一部のプレイヤーに忌避されていたので、

今回シャナの庇護下に入れないかと都合のいい事を考え、

シャーリーと同じように確実にシャナの目に留まるように、

世界樹要塞に長逗留していたのだった。

 

 シノハラは、知り合いのダインに頼み込んで今回同行させてもらっていた。

この辺りはステルベンやノワールと一緒である。

マシンガンをこよなく愛する彼は、このイベントはまさに自分向きだと思い、

いつ発生しても参加出来るように準備し、アンテナを伸ばしつつ情報収集をしており、

今回の情報を掴んだ瞬間に、即座にダインの下へと駆け込んだのであった。

 

 デヴィッドは仲間達と共に、今回はたまたまここに滞在していた。

過去にピトフーイと一緒に行動していた事があり、その際に裏切られ、

今やピトフーイ嫌いの急先鋒と言える彼は、出来るだけピトフーイに会いたくなかった為、

今回イベントに参加出来る事は嬉しいが、窓の外にピトフーイの姿を見付け、

絶対に会わないようにしようと心に誓っていた。

 

 どんな運命の巡り合わせか、この四人はいずれ何回か開催される、

スクワッド・ジャムというスコードロン対抗戦で顔を合わせる事になるのだが、

ピトフーイやエムやエヴァ達も含めて、その大会で名を上げる者達がここに集まっていた。

だがその主役となる小さなピンク色の戦士は、まだGGOには降り立ってはいない。

 

 

 

「おい、シャナだぞ」

「ああ、分かってる」

「殺気は禁止、敵意を向けるのも禁止だからな」

「ああ、分かってる、俺は大丈夫だが、むしろ前に直接やりあったお前が気を付けろよ」

「お、おう、確かにな」

 

 ステルベンとノワールはそんな会話を交わしていた。

そしてノワールは、ステルベンにこう尋ねた。

 

「で、シュピーゲルの方はどうなんだ?」

「中々いい感じに熟成されてきたぞ、今のあいつはゼクシードへの恨みに凝り固まっている」

「おお、どうやったんだ?」

「昨日お前が落ちた後にちょっとな。まああいつは俺の弟だぞ、元々素質があったんだ」

 

 テンションが上がっているのか、ステルベンはいつもより饒舌だった。

そしてステルベンは、昨日自分がシュピーゲルに何をしたのか話し始めた。

 

 

 

「シュピーゲル、お前最近何か悩んでないか?」

 

 ノワールが用事があると言って先に落ちた後、

ステルベンが唐突にシュピーゲルにそう話し掛けた。

 

「……やっぱり分かる?」

「ああ、明らかに動きが鈍いからな」

 

 そうは言ったものの、悩んでいると思ったのは事実だが、

ステルベンは別にシュピーゲルの動きが悪くなったとは思ってはいない。

あえてシュピーゲルの動きが鈍いと言ったのは、ステルベンの仕込みだった。

 

「実は最近ちょっと悩んでてさ、本当に今のままのスタイルでいいのかなって」

「ふむ、詳しく話を聞かせろ」

 

 そしてシュピーゲルは、先日の戦争でゼクシードが言っていた事をステルベンに告げた。

 

「なるほど、ゼクシードってのはクズだな」

「うん……」

「お前の悩みは何も間違っていない、悪いのは全てゼクシードだ、お前は被害者でしかない」

「闇風さんには全力で走ってみろって言われたんだけどね……

どうしてももやもやしちゃって、そんな気分になれないんだよ」

 

 これはチャンスだと思ったステルベンは、シュピーゲルにこう提案した。

 

「そうか、俺が何かアドバイスしてやれるかもしれないし、

久々に兄弟二人きりでもうひと狩り行くか?」

「いいの?うん、お願い」

 

 それからステルベンは、事あるごとにずっとシュピーゲルに同じような事を言い続けた。

 

「やはり調子が悪いみたいだな」

 

「駄目だな、目に見えて動きが悪い」

 

「やはりこれがAGIタイプの限界なのか」

 

「あのクソのせいで、苦労させられるよな」

 

「くそっ、どうすればいいんだ……」

 

 その言葉に、別に何も問題が無かったシュピーゲルの動きは、

目に見えてどんどん悪くなっていき、

それに伴ってシュピーゲルの機嫌もどんどん悪くなっていった。

おそらく今のシュピーゲルには、闇風が何を言っても聞こえないだろうというくらいにはだ。

 

「これは想像以上だな、さすがの俺にも出口が見えない」

 

 ここでシュピーゲルは気付くべきだった。

戦果は通常通りであり、結果はちゃんと出ている事を。

ここでシュピーゲルは怪しむべきだった。

ステルベンがいつもよりもかなり饒舌だという事を。

 

「ごめんね、僕の事でこんなに悩んでもらっちゃって」

 

 そう言われたステルベンは、シュピーゲルにこう言った。

 

「むかつくよなゼクシードの奴、自分の欲望の為に他人をハメやがって」

「うん」

「いらつくよな、毎月の接続料も払えないかもしれないくらい苦労させられて」

「うん」

「あんな奴が存在してる事自体、誰にとっても迷惑だよな」

「うん」

「いっそこの手で殺してやりたいよな」

「うん」

「どうせならリアルで殺せば、この出口の見えない迷路から抜け出せるかもしれないな」

 

 ここでシュピーゲルは顔を上げ、ステルベンに言った。

 

「兄さんはそういうの得意だったんだよね」

「ああ、先に殺さないとこっちが殺される可能性がある世界にいたからな」

「じゃあ今の僕と一緒だね」

「だな」

「一応何かこの状況を打開するいい手が無いか、もう少し考えてみるよ」

「おう」

 

 そして二人はログアウトし、リアルで顔を合わせた際、昌一は恭二に言った。

 

「お前の幸福の為になるなら、俺が何かいい方法を絶対に考え出してやるからな。

ゲーム内で殺すのと同時にリアルでも相手を殺せる方法をな」

 

 恭二はその言葉に頷き、昌一は更に追い討ちをかけた。

 

「そんなお前なら、必ず好きな人にも振り向いてもらえるだろうさ」

「……本当に?」

「ああ、あのゼクシードさえ二人も女をはべらせてるんだ、

あいつを殺し、あいつより強くなったお前なら、女が放っておくはずがないさ」

「そっか、うん、そうだよね、これで僕もついに朝田さんと……」

「ああそうだ、朝田さんはお前に惚れるべきなんだ」

「そっか、そうだよね、うん、本当にそうだ、朝田さんは僕に惚れるべきだよね」

「ああ、それが絶対の正義だ、お前のものになる事が、朝田さんにとっての一番の幸福だ」

「ありがとう兄さん、何か元気が出てきたよ」

「おう、それじゃあまた明日な、恭二」

「うん、また明日ね、兄さん」

 

 そして恭二は自分の部屋に入り、そこに残された昌一は笑いを堪えられないように呟いた。

 

「朝田さんって誰だよ、それに正義?この俺が正義だって?

ははっ、そんな訳無いだろ、恭二よ、悪の世界へようこそ。イッツ、ショータイム」

 

 そして昌一も、元気が出たと言った時の恭二の顔を思い出しながら、

満足した様子で眠りについた。その時の恭二の顔は、

どう見ても詩乃に対する欲望に塗れた顔だったのだ。

 

 

 

「なるほど、上手くやったな」

「ゼクシード様々だ」

「このイベント中にゼクシードに失言させられれば完成するんじゃないか?」

「ついでに次のBoBで、モデルガンを選ぶように誘導出来ればな」

「だな、楽しくなってきやがった」

 

 こうしてシュピーゲルは、どんどん奈落の底へと引き擦り込まれていった。

そして常にシャナの方を見ていた詩乃は、その直前までその事に気付けなかった。

 

 

 

「よぉ、皆集まってくれてありがとな」

「いいってシャナ!」

「こっちこそありがとうを言いたいぜ!」

 

 口々に感謝の言葉を投げかけてくる者達に、シャナはこう言った。

 

「あと三人この要塞の圏内に入れば、イベントが発生するように調整しておいた。

俺の仲間を外で待たせているから、そいつらが到着すればイベント開始だ。

どうだ、各自準備はいいか?忘れ物は無いか?」

 

 要塞内部からは特にストップを掛けてくる声は上がらず、

シャナは頃合いだと思い、郊外に待機させてあったロザリアに連絡をした。

 

「よしロザリア、こっちに向かってくれ」

『了解よ、シノンとイクスも待ちくたびれているみたい』

「すまないな、それじゃあ頼む」

『ええ』

 

 そして数分後、要塞内に恒例のメッセージが流れた。

 

『警告、世界樹要塞に敵の集団が迫っています。

カウントダウン開始、敵は千二百秒後に到達予定』

 

「おお、今回は短いな、敵の到着は二十分後だ、各自それに備えてくれ!」

 

 こうしてイベントが開始された。シャナはシズカとピト、ベンケイと、

それに闇風と薄塩たらこと共に、いつもの正門上に陣取っていた。

そんな中、薄塩たらこがシャナに話し掛けた。

 

「まだ時間があるよな、なあシャナ、今ちょっといいか?」

「おう、別に構わないぞ、どうした?」

 

 鷹揚にそう答えるシャナに、薄塩たらこは遠慮がちに言った。

 

「実はよ、リアルで困ってる事があるんだよ」

「ほうほう、どうした?」

「もうすぐ家の契約が切れるから、引越ししないといけないんだけどよ、

せっかくだから、学校とソレイユの中間くらいの場所にした方がいいかなって思うんだよ、

でも中々いい物件が見つからなくてよ……」

 

 それを聞いたシャナは、脳内で自分の知る物件をいくつかリストアップし、

その中から丁度いい物件がある事を思い出した。

 

「そういう事か、分かった、お前にはバイトで役にたってもらってるし、

俺がいい物件を紹介してやろう」

「本当に?いやまじで助かるわ」

「家賃もそれなりに安く設定してくれるように出来ると思う。なんなら闇風も引っ越すか?」

「まじかよ、後で詳しく話を聞かせてくれ」

「おう、後でな、とりあえずこの戦闘を乗り越えないとな」

「よっしゃ、何か楽しくなってきやがった!」

「だな!」

 

 こうして薄塩たらこはシャナの紹介で引っ越す事となり、

ノワールが薄塩たらこを狙い、事前に調査してあった家に最終確認をしにいった所、

そこにはもう薄塩たらこはいなかった。

こうして知らない所で、薄塩たらこは死地から逃れる事に成功したのだった。


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