街のそこら中にあるモニターに、第三回BoB開催という文字が躍る中、
いち早くそれに気付いたシュピーゲルは、慌てて街の外へと飛び出した。
「まさかこのタイミングだなんて……まずいな、急がないと」
シュピーゲルは逸る気持ちを抑えながら、
ステルベンが拠点代わりにしている街の外の廃屋へと向かった。
「兄さん大変だ、第三回BoBの告知が公式に発表された!」
「そうか、思ったより早かったな」
「僕はこのままゼクシードが総督府に来るかどうか張り込むから、
兄さんは打ち合わせ通り近くで様子を伺ってて欲しいんだ」
「分かった」
二人は急いで総督府に向かったが、現地に着いた時、丁度ゼクシードが姿を現した。
「危ない、間に合った……」
「お前はこのまま行け、モデルガンを選ぶように念を押してこい」
「うん」
ステルベンにそう言われたシュピーゲルは、深呼吸をひとつすると、
自然な風を装ってゼクシードに声を掛けた。
「ゼクシードさん!」
「お?おお、シュピーゲルか、お前もBoBの申し込みか?」
「はい、本戦出場が僕の目標なんで!」
「そうかそうか、お前も早く俺みたいになれるように頑張れよ!」
(絶対にお前みたいな汚い男にはなりたくないけどね)
シュピーゲルはゼクシードに対してそう思ったが、
自分も同じ穴の狢になりつつある事にはまったく気付いていない。
それがシュピーゲルの駄目な部分なのだが、
唯一その事を知るステルベンはむしろその事を歓迎しているので、
シュピーゲルがその事に気付く機会は無いに等しいのである。
「はい、頑張ります!」
シュピーゲルはゼクシードに対する不満はおくびにも出さず、明るい声でそう答えた。
そしてシュピーゲルは、嫌々ながらもひたすらゼクシードを持ち上げ続け、
頃合いを見てモデルガンの話を持ち出した。
「ゼクシードさん、やっぱりその銃のモデルガンを希望するんですか?」
「ん?何の話……あ、いや、あ~あ~あ~、おう、もちろんその通りだ」
(こいつ絶対に忘れてやがったな……)
シュピーゲルは危なかったと思いつつ、ギリギリ間に合った事にほっとした。
「それじゃあ僕も申し込みをしちゃいますね」
「だな、こういうのはさっさと済ませちまった方が後で焦らなくてもいいしな」
二人は並んで申し込みをし、挨拶をしてそのまま別れた。
そしてシュピーゲルは人気の無い裏道へ入り、その隣にステルベンが姿を現した。
「どうだった?」
シュピーゲルは大丈夫だと思いつつも、若干不安を滲ませた表情でそう尋ねた。
ステルベンはその質問に、いつも通り短くこう答えた。
「問題ない」
「やった!」
「ついでに隣に見た事のある奴がいたから、そいつの住所も入手しておいた」
「ああ、確かにいたね、でも見た事のある奴って、誰?」
「前にロザリアを拉致った時の見張りをやってた奴だ」
「あ、そうなんだ、そっちも当たりだといいね」
「そうだな」
そしてステルベンは、シュピーゲルにこんな提案をした。
「ゼクシードの家はこっちの家からそれほど遠い場所じゃないし、今夜見にいくか」
「そうなんだ、うん、そうしよう」
シュピーゲルはその言葉に安堵し、ついにゼクシードに制裁を加えられると、
ほの暗い笑みを浮かべていた。シュピーゲルは自らの手でそれを行うつもりだったが、
ステルベンはその事に若干危惧を覚えていた。
(ちょっと入れ込みすぎだな、最初はしがらみの無い奴を殺させたかったんだがな)
だが恐らく何を言ってもシュピーゲルは譲らないだろうと思い、
ステルベンはその自分の考えを振り払い、シュピーゲルにこう言った。
「よし、ゼクシードが寝ている時よりもGGOにインしている時の方が安全だ、
あいつが戦いに出るタイミングを見計らって家を出るぞ」
「分かった、それじゃあまた僕が偶然を装って、今夜の予定を聞きだしてくるよ」
シュピーゲルはゼクシードに直接接触するつもりでそう言ったのだが、
いつもゼクシードが拠点にしている酒場にはその姿は無かった。
多分食事落ちでもしているのだろう。代わりにそこにいたのはユッコとハルカだった。
「ねぇユッコ、今度のBoBは誰が優勝するかな?」
「やっぱりシャナさんじゃない?悔しいけどあいつは別格だし」
(あいつ?何かおかしな言い方だな、さん付けなのにあいつって……)
ユッコは今はシャナである八幡にある程度の敬意を払う気はあり、
この場合のあいつも、単に元同窓生という以上の意味合いは無かったのだが、
シュピーゲルはそんな事を知るよしも無かった。
そしてその話から、話題はゼクシードの話に移った。
「今日はモブ狩りよね?」
「うん、何かいい素材を落とすらしいよ、低確率で」
「時間は?」
「八時から十時までだってさ、当分毎日ね」
「ゼクシードさんって、こういう単純作業を嫌がらないよね」
「多分それが強くなるのに必要な事なんじゃない?地道な努力って奴?」
「付いていくだけだから今はまあ平気だけど、自分で考えてそうするのは私には無理だわ」
「まあそうだよね」
その会話を聞いたシュピーゲルは、情報収集の手間が省けたと一人ほくそえんだ。
そしてシュピーゲルはすぐさまステルベンの下へと戻ってその事を伝え、
時間が迫っていた為二人は直ぐにログアウトし、ゼクシードの自宅へと向かった。
「思ったより近いんだね」
「後はどんな家に住んでるかだ」
「まあそうだね」
「第二茂村荘か」
「ゼクシードの本名って茂村保なんだよね?本名と一緒だから、
おそらく親か親族が所有している物件なんだろうね。
多分名前からして古いアパートか何かなんじゃないかな」
「かもしれんな」
その読み通り、現地に着いて二人が見たものは、
裏通りにある築数十年に達すると思われるくらい古いアパートだった。
「これならいけるな、とりあえず誰か来ないか周囲を警戒していろ」
「うん、分かった」
昌一は恭二にそう言うと、ピッキングツールのような物を取り出し、鍵に差し込んだ。
しばらくそれを動かしていた昌一が不意に言った。
「オーケーだ、鍵が開いた」
その言葉を聞いたシュピーゲルは、歓喜に震えつつこう言った。
「やったね、でも案外簡単だったね」
「よし、帰るぞ」
「鍵は閉めなくていいの?」
その恭二の当然の質問に、昌一はあっさりと言った。
「必要ない、閉め忘れたと思うだけだろう」
「まあそうだね、あいつ馬鹿だし」
シュピーゲルは、明確に上から目線でそう言った。
ゼクシードが獲物になる事が確定し、精神が楽になった余裕からきているのかもしれない。
「それじゃあ戻って準備だ、今までは足がつかないように薬は持っておかなかったが、
ついにそれも解禁だ、親父の病院にも行かないとな」
「だね、なるべく急ごう」
そして次の日、二人は病院長である父に会う為と偽って、
首尾よく目的の薬品を手にいれる事に成功した。
サクシニルコリン、今はスキサメトニウムと呼ばれている筋弛緩剤である。
実は昌一が薬の保管場所を事前に調べておいた為に、事はスムーズに運んだようだ。
「上手くいったね兄さん」
「ああ、大病院を気取っちゃいるが、まあこんなもんだろ」
そして二人はその日の夜、ノワールがインしたのを見計らってその事を報告した。
「ゼクシードの住所は?」
「バッチリです、直ぐに兄さんと一緒に調査した結果、丸でした」
「そうか、それは朗報だな!」
そして三人は、必要なものを揃え始めた。
赤目のザザをイメージするような、目が赤く光るマスク、
マントはそのままいつでも姿が消せるようにメタマテリアル光歪曲迷彩マントを流用し、
腰には『サイレントアサシン』と呼ばれる狙撃銃と『黒星』を、
そしてイコマ製のエストックという、ステルベンの定番のスタイルがこうして完成した。
ちなみに中身は三人が交代で演じる事となる。
その為に、最後に必須だったのが声を変えるアイテムだった。
これは運営がイベント用に作成した公式アイテムがあったので問題は無かった。
「見た感じどうだ?」
「大丈夫ですね、声も見た目も区別がつきません」
「よしよし、これで誰がどの役をやっても問題ないって事になるな」
「ついに『死銃』のデビューですね」
「この銃で撃たれた奴は必ず死ぬ、まあシンプルだけどいいネーミングだよな、
最後にこれだけは念を押しておくぞ、この銃で撃った奴は確実に仕留める、
最初のターゲットであるゼクシードだけはモニターを撃つが、
次からは必ず直接プレイヤーをこの『黒星』で撃つのが殺しの条件だ。
だからこの銃で攻撃出来なかった奴は殺さない、そして住所が分からず殺せない奴相手には、
この銃は絶対に使わない、絶対だぞ」
「それが俺達なりのルールって奴だな」
その言葉は主にシュピーゲルに向けられた言葉であり、シュピーゲルはその言葉に頷いた。
「よっしゃ、久しぶりに本物のPKが出来るな、イッツ・ショータイム」
「ああ、本当に、本当に久しぶりだ」
ステルベンは、そのノワールの言葉に感極まったようにそう答え、こう付け加えた。
「ヘッドがどこかで見ててくれるといいな」
「ああ、本当にな」
そしてついにその日が訪れた。告知された通りの時間に、
モニターにゼクシードと闇風と銃士Xが姿を見せ、
シンカーを司会者役として四人の座談会が始まった。
「どうだ?」
「一度落ちて確認してくるわ」
「頼むぜ」
モニター前の広場の片隅に、死銃の格好をして腰を下ろしたステルベンは、
通信でノワールにそう言った。
ノワールは今は中継モニター前の様子を限定公開モードで撮影しており、
この様子がきちんと恭二に見えているか確認する為にログアウトしていった。
「どうだ恭二、見えたか?」
「うん敦さん、バッチリ兄さんの動きが見えてたよ」
「タイミングを間違えるなよ、昌一が撃つのに合わせて注射するんだぞ」
「うん、任せて」
この日の為に恭二は、ゼクシードの家と同じタイプの鍵をわざわざ購入し、
スムーズに家に忍び込めるように鍵を素早く開ける訓練をしていた。
その甲斐あってか、今恭二は既にゼクシードの家の中におり、
逸る気持ちを抑えながら、その時を今か今かと待っている状態であった。
「お前がゼクシードの本体か、待ってろよ、今地獄に送ってやるからな」
恭二は悠然とゼクシードを見下ろしながらそう呟いた。
そして敦はGGOへと再ログインし、再び恭二の持つ端末に、
ステルベンの動きが中継され始めた。
そのモニター越しに恭二は、座談会の様子を黙って聞きながら、
何となく部屋の中をきょろきょろし、机の上に一冊のノートが置いてあるのを発見した。
昌一には、例え手袋をしていても、極力部屋の中の物には触るなと言われていたが、
恭二はそのノートの表紙にGGOと書かれているのを見て、
どうしても好奇心を抑える事が出来ず、そのノートを手にとりその中を見た。
「うわ、こいつ意外と真面目に色々な事を考えてるんだな……」
思わず恭二がそう呟く程、そこには色々な情報が書かれていた。
モブの攻略法や、色々な武器の比較データ、前の戦争の時の旧首都の地形図等、
纏まってはいなかったが、生々しいデータがそこには沢山書かれていた。
そして最後の方に書かれたページを見た恭二の目が驚きで見開かれた。