ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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** 本日はもう一話投稿しています、ご注意下さい **


第390話 生贄

「ねぇハルカ、ゼクシードさんどうしちゃったんだろうね」

「うん……」

 

 あの座談会から二日、ゼクシードは一向に姿を現さず、

ユッコとハルカは暇を持て余していた。

 

「回線が不調なのかな?」

「まあ連絡先も分からないし、そのうちひょっこりと顔を出すのを待つしかないね」

「だね」

「待ってる間、どうする?」

「たまには二人で野良パーティにでも参加してみる?」

「…………野良かぁ」

 

 ハルカはあまり乗り気ではないうようにそう言った。

基本ゼクシードは嫌われ者であり、今回の座談会で益々その事が分かってしまった。

二人も中継を見ており、彼女達自身も、

ゼクシードさんそれはないと思ってしまったくらいだったのだ。

従ってゼクシードがいる時はともかく、いない時の彼女達は、

悪口を言われたり露骨に狙われたりする事こそ無かったが、

積極的に誘ってくれる者もまた、皆無だったのだ。

 

「基本ゼクシードさんと一緒に行動するにしても、

もう少し他の人とも仲良くしておけば良かったね」

「うん……」

「ああ、暇だ暇だ、どうしよっか、今日は落ちちゃう?」

「そうだねぇ……二人だけでどこかに狩りにいってもいいんだけど」

 

 そんな二人に突然背後から声を掛ける者がいた。

 

「…………二人、暇?」

「きゃっ」

「だ、誰?」

「この前は落ち込んでいた私に声を掛けてくれてありがとう」

 

 二人はその声に驚き、慌てて振り返った。

そこには昨日もモニターの中で見たばかりの見知った顔があった。

 

「銃士X……」

「私のフルネームは長い、イクスでいい」

「あ、う、うん、それじゃあイクスで」

「久しぶり、もう元気になった?」

「うん、おかげさまで」

 

 そして銃士Xは、二人にちょこんと頭を下げた。

 

「いや、まあ泣いてる人を放っておくのは、同じ女性としてさすがにね」

「うん、気にしないでいいって」

「…………ありがとう」

 

 銃士Xは、自分が泣いていた時の事を思い出したのか、少し恥ずかしそうにそう言った。

 

「で、私達に何か用?」

「ううん、たまたま見掛けたからこの際ちゃんとお礼を言っておこうと思って」

「それはそれはご丁寧に……」

 

 ユッコとハルカは銃士Xの律儀さに好感を覚えたが、

さりとてそこまで親しいとはいえない為、その場には何となく微妙な空気が流れていた。

そしてそんな空気の中、先に口を開いたのは銃士Xだった。

 

「……で、暇なの?」

「あ、うん」

「ほら、昨日その場面を目の前で見たでしょ?

ゼクシードさん、回線不調で落ちてから一度も顔を出してないのよ。

連絡先も知らないし、復帰するまでの間どうしようかなって」

「なるほど、確かに二人はゼクシードのせいで友達がいなさそう」

「あ、あは……」

「ハッキリ言うわね……」

 

 二人は苦笑いしながらも、そう答える他は無かった。

 

「…………」

 

 表情があまり変わらない為、ユッコとハルカは雰囲気からそう判断しただけだったが、

銃士Xは少し考え込んだように見えた。そして直後に銃士Xは二人に言った。

 

「これからエアリーボードで散歩に出ようと思ってたんだけど、一緒に来る?」

「エアリーボード?」

「これ」

 

 そう言って銃士Xは、二人にエアリーボードを見せた。

 

「ああ、イクスが乗ってた奴ね」

「それ凄いよね、乗りこなすのは難しそうだけど」

「慣れればそれほどじゃない」

「そうなんだ」

「で、どうする?」

 

 銃士Xにそう尋ねられ、二人は少し迷ったが、さりとて特にやる事も無い。

そして二人は二つ返事で、その誘いに乗る事にした。

 

「そ、それじゃあ行こうかな」

「そうだね」

「じゃあちょっと狭いけど、これに横座りして?」

「うん」

「分かった」

 

 そしてボードの後ろの部分に二人は腰掛けた。

その前に乗った銃士Xは、ゆっくりとエアリーボードをスタートさせた。

 

「うわ、凄い凄い」

「本当に動いてる……」

「よくこんなの操縦出来るよね、バランスをとるのとか大変そう」

「むふう」

 

 銃士Xは、その言葉に得意げに鼻を鳴らし、二人は思わず噴き出した。

そして銃士Xは、二人を振り落とさないように徐々にスピードを上げていった。

 

「ちょっと怖いけど、でも何か楽しい」

「こういうのもたまにはいいね」

 

 そして三人は、とりとめもない会話をしながらあちこち見て回った。

ユッコとハルカも、基本効率の良い狩場を回るだけだったので、

見た事も無い場所に案内され、存分に楽しんだ。

 

「うわ、こんな場所があったんだ」

「あ、あそこに何匹かモブっぽいのがいるね、ついでに倒しちゃう?」

「そうだね、イクスどうする?」

「うん、倒そう」

 

 そんな感じで時々モブを倒しながら、三人は何ヶ所かマイナーなスポットを回り、

意図せずして交流を深める事となった。

マイナースポット故に、他のプレイヤーと遭遇する事も一切無く、

ユッコとハルカは遊び感覚でエアリーボードに乗る練習をさせてもらったり、

見晴らしのいい高台で三人並んで横になって景色を楽しんだりした。

この頃にはユッコとハルカもエアリーボードにある程度慣れており、

ジェットコースター感覚で、イクスはかなりスピードを出していた。

そしてあっという間に時間が過ぎ去り、三人はそのまま街へと戻った。

 

「今日は楽しかったね」

「うん」

「どうする?軽く何か食べる?お礼に何か奢るよ」

「でも……」

 

 そのユッコの誘いに躊躇う銃士Xの意図を察したのか、ハルカは明るい声で言った。

 

「いずれまた敵同士になるかもだけど、今日くらいはいいんじゃない?

別に私達、憎み合ってる訳じゃないんだし」

「そうそう、ただの立場の違いだし、もう戦争は終わったんだしね」

「それじゃあ遠慮なく」

 

 そして三人は、ユッコの案内でとある酒場へと入った。

そこはユッコが知る酒場だけの事はあり、元々平家軍の者が多くたむろっていた場所だった。

だがもう戦争は終わったのだ、今はもうそんな事は気にする必要はない。

 

「さて、何を頼む?」

「……肉?」

「肉食系!?」

 

 その銃士Xの言葉に、ハルカが冗談のつもりでそう突っ込んだ。

 

「えっと、違うけど、まあシャナ様相手の時はそれでも……」

 

 そう頬を染める銃士Xに、二人は呆れたように言った。

 

「イクスは本当にあいつの事が好きなのね」

「うん」

「どこが好きなの?」

「……全部」

「全部ね……」

「まあでもあんな姿を見せられたら、それも分かるかな」

「まあね」

 

 二人はハチマンがコンバートしてきた時の事を思い出し、そう言った。

 

「そういえばあの後の動画、見たよ」

「あ、私もそれ、見たわ」

 

 ユッコとハルカは、獅子王リッチーとギャレットとペイルライダーが、

銃士Xを抱いたハチマンにお仕置きされた時の動画の事を思い出し、そう切り出した。

 

「あんた、高い高いされてたよね」

「う、うん、あれはちょっとびっくりした……」

「あは、だ、だよね」

「あいつ本当に強かった……」

 

 そしてその時の事を肴にし、三人は再び盛り上がり始めた。

 

 

 

 ロザリアはついにその男の姿を見付け、どこかに連絡をした後、その男に詰め寄った。

 

「ちょっとあなた、私の事覚えてるわよね」

「な、何だよ、俺に何か用……え、あ、ロ、ロザリア……」

「うん、間違いない、やっぱりあの時見張りをしてた人ね」

「いや、あの、その……」

 

 そしてその男は、抵抗する気配をまったく見せず、そのままその場に土下座した。

 

「あの時は本当にすまなかった!」

 

 そのいきなりの見事な土下座に、ロザリアの方が慌てた。

 

「ちょっとちょっと、ここじゃ目立つから、裏の方に行きましょう」

「あ、ああ」

 

 そしてロザリアは、その男と連れ立って路地裏に入ったのだが、そこには先客がいた。

 

「なっ、や、闇風!?」

 

 男にそう言われた闇風は、とりあえずその言葉を無視してロザリアに挨拶をした。

 

「よぉロザリアちゃん、お待たせ」

「闇風さん、いきなり呼び出してごめんなさい」

「いいっていいって、ついに見付けたんだな、こいつを」

 

 そして闇風は、その縮こまる男の顔を見てこう断言した。

 

「間違いない、こいつだ」

 

 どうやらロザリアが連絡していたのは、唯一この男の顔を知る闇風だったようだ。

そして闇風にそう断言され、男はこれから二人に何かされるのかとビクッとした。

 

「そう怖がるなって、大人しく出すものを出せば何もしねえよ」

「お、お金なら無いです、すみません」

「いやいや、別にカツアゲしようってんじゃないから」

 

 闇風はその言葉を受け流し、ロザリアがその後を受けてこう言った。

 

「ねぇあなた、名前は?」

「サ、サクリファイス」

「え、それって生贄って意味よね?趣味が悪いわね、まあいいわ。

あなた、私を監禁した時に、動画を撮影していたわよね?それをこちらに提供して欲しいの」

「な、何でその事を!?」

「お前がぶつぶつ言ってるのを俺が聞いた」

「まじかよ……」

 

 サクリファイスは呆然とそう呟いた。

 

「で、でもそれは……」

「大丈夫よ、あなたに迷惑は掛けないって約束するわ。

もう戦争は終わったんだし、あなたが直接私を傷付けた訳じゃないから。

まあ黙って見てた事にはちょっとムカつくけど、個人的には恨みは無いわ。

むしろ私達が知りたいのは、あの時私を傷付けた人物、

もしかしたらこの前の戦争の黒幕だったかもしれない人物だけだから」

「あ、ああ、そういう事か……」

「だからネットとかに公開もするつもりはないし、ただ分析してみたいだけ。

どう?動画を私達に提供してくれないかしら」

「駄目って言ったらどうするんだ?」

「あら、言うの?」

「い、いや…………」

 

 サクリファイスは、BoBの申し込みに来た事を後悔していた。

どうせ申し込んでも勝ち進めるはずもないのだ。お祭り特有の空気に乗せられて、

ついでにもうほとぼりも冷めただろうと思ってログインしたが、

まさかまだ自分の事を覚えている者がいたとは予想外だった。

だがしかし、幸い相手は自分に対してそこまで怒っていないらしく、

顔を公開したりするつもりは無いらしい。

ならばここで素直に謝ってしまって、重荷になっていた過去を払拭してしまおう、

そう考えたサクリファイスは、黙ってコンソールを操作し、その動画をロザリアに送った。

 

「これでいいか?」

「ありがとう、これでもう私とあなたの間には何も遺恨は無しって事で」

「あ、ああ、助かるよ」

「ちなみにその人物の事、誰か分かる?」

「いや、顔を隠してたし、声も聞いた事のない奴だったな」

「そう……」

 

 それを聞いたロザリアは残念そうに目を伏せた。

 

「良かったなお前、十狼に狙われる事ももう無くなったな」

「!?…………だ、だな」

 

 闇風にそう言われたサクリファイスは、冷や汗を流しながらそう答えた。

 

「それじゃ、もうあの事件の事は忘れて、GGOを楽しんでね」

「お、おう、何か俺に聞きたい事があったらいつでも質問してくれていい、

それくらいの事はさせてもらう。とにかく見殺しみたいにして本当にすまなかった」

 

 サクリファイスは、まだわずかに罪悪感が残っていたのか、ロザリアにそう言った。

 

「ありがとう、何かあったら頼らせてもらうわね」

「あ、ああ」

「よし、それじゃあ鞍馬山に戻ろうぜ」

「そうね、そうしましょっか。それじゃあご機嫌よう」

「あ、ああ、ご機嫌よう」

 

 

 

 二人が去っていった後、サクリファイスはとりあえず馴染みにしている酒場へと向かった。

 

「ふう、なんか肩の荷が下りたな……」

 

 サクリファイスは、これでやっと何にも怯えずに普通にGGOをプレイ出来ると思い、

何となく開放感を感じていた。

周りを見ると、他のプレイヤー達からは、戦争のせの字も感じられず、

皆まったく普通にGGOを楽しんでいるように見えた。

 

「俺が考えすぎてたのかな……」

 

 サクリファイスはそう思い、

少し臆病すぎたかとしばらくログインしなかった事を少し後悔した。

 

「えっと、違うけど、まあシャナ様相手の時はそれでも……」

 

 その耳に、突然シャナの名前が飛び込んできた為、サクリファイスはビクッとした。

やはりシャナの名前を聞くと、恐怖からどうしても身構えてしまうようだ。

 

「イクスは本当にあいつの事が好きなのね」

「うん」

「どこが好きなの?」

「……全部」

 

 その会話の主をなんとなく眺めたサクリファイスは、少し驚いた。

 

(あれはゼクシードの仲間のユッコとハルカ?で、一緒にいるのがシャナの側近の銃士X?)

 

 その珍しい組み合わせに、サクリファイスは、もう戦争は終わったんだと本当に実感した。

 

「そっか、そっか……」

 

 サクリファイスは安心し、心の底から開放感を覚えた。

その時突然酒場が静かになり、サクリファイスは何事かと思って顔を上げた。

そんなサクリファイスの額に銃口が向けられているのを見て、サクリファイスは硬直した。

そしてその銃口を向けている男は、酒場中に高らかにこう宣言した。

 

「俺の名は『死銃(デス・ガン)』お前はあの戦争で許されざる罪を犯した。

今こそ真なる力による裁きを受けるがいい」

 

 そう言って死銃を名乗る男は、サクリファイスの額目掛けて発砲した。

だがここは街の中である。若干の衝撃はあるが、当然ダメージは入らない。

それを証明するかのように、サクリファイスの額の銃痕が、波打つように消えた。

だが次の瞬間、サクリファイスは突然胸に苦しさを覚え、その場でのたうち回った。

 

「ごめんな……」

 

 それは誰に向けた言葉だったのかは分からないが、

その言葉を最後にサクリファイスのいた場所には、『DISCONNECTION』

の文字が表示され、酒場の客達が気が付くと、死銃を名乗る男の姿も消えていた。

 

「ちょ、ちょっと、今の何?」

「分からない、分からないけど」

「……私、シャナ様に報告してくる」

「うん、それがいいね、それじゃ、また」

「気を付けてね」

「うん、また」

 

 銃士Xはそう言って、二人に見送られて鞍馬山へと向かった。

そこで銃士Xはその場にいたロザリアにその事を報告し、

そのままシャナに報告すると言ってログアウトしていった。

だがロザリアは、その人物とサクリファイスが同一人物だと知る事は無かった。

一応動画もアップされはしたのだが、その動画にはサクリファイスの顔は映っておらず、

ただ死銃の姿だけがクローズアップされているばかりだったからだ。

その為シャナの対応も後手に回る事になったのだが、これは仕方ないだろう。

 

 

 

 その日の夜、凡田平という人物が、アミュスフィアを被ったまま、

自宅アパートで死んでいるのが発見された。

最近ゲームをしたまま死ぬ者の数は増加傾向にあり、警察も型通りの調査しかせず、

検視医も一通り司法解剖をしはしたが、薬物等が使用されたとは夢にも思わず、

血液検査もそこまで精密な物ではなかった為、

特に他の者が関与する証拠も出て来ず、彼の死は事故として処理された。

 

 ラフィンコフィンは止まらない。


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