キリトがスタート位置に立ったその時、シノンの下にロザリアから連絡が入った。
「どう?シノン、何か目ぼしい情報はあった?」
「ううん、今のところは何も。でもキリト君とは偶然会って、今一緒に行動している所」
「そうなの?」
「うん、ほら、武器屋の前にNPCの弾を避けるゲームがあるじゃない、
あれでお金を稼いでシャナにもらったお金を叩き返すんだって息巻いてるんだけど……」
「そう、分かったわ、多分もうすぐシャナも顔を出すと思うから、
キリトさんがシャナを探してるって伝えておくわ」
「うん」
そこで通信は終わり、シノンはキリトに目を戻した。
そしてゲームスタートの合図と共に、キリトはゆっくりと動き出した。
(弾道予測線がどんな物かは一度見せてもらったからな)
そう考えながらキリトは、NPCから弾道予測線が伸びる度に、
確実にそれを回避しつつ前進していった。
(さて、さっき見ていた感じだとこの辺りから……)
そして問題の八メートルラインに到達した瞬間、
予想通りNPCの動きがあからさまに変化した。
「ここから急に攻撃が激しくなるんだよ」
「みたいね、あれ、でも……」
「まじかよ……」
この事を予想していたのか、キリトの動きも先ほどまでとはどこか変わっていた。
「何であれを避けられるの!?」
「凄えなおい」
「さっきまでと何か違うんだけど、どこが違うかって言われるとちょっと分からないわね」
「これ、もしかしてゴールしちまうんじゃないか?」
「かも…………えっ?」
「う?」
その時、NPCがまだ銃をリロード……いわゆる弾込めの動作をしていないのに、
キリトが突然飛びあがった為、二人は驚いた。次の瞬間にキリトが直前に立っていた場所を、
NPCの銃からリロードの動作無しで発射された弾が通過し、二人は再び驚いた。
「な、何だよ今の!」
「あのNPC、今リロードしてなかったわよね?」
「汚ねえ……」
そんな二人の目の前で、着地したキリトがNPCの体にタッチし、
周囲に凄まじいファンファーレが鳴り響いた。
「お、何だ?」
「おい、あれ……」
「まじかよ、まさかアレがクリアされたのか?」
「あの女の子凄えな!」
そして周囲から拍手が巻き起こる中、キリトは賞金獲得ボタンを押し、
得意げに二人の下へと戻ってきた。
「イエ~イ!」
キリトはそう言いながら二人に親指を立て、闇風は呆然とキリトに言った。
「凄えなあんた……」
そしてシノンはキリトにこう尋ねた。
「ど、どうして最後のノンリロードアタックを避けられたの?」
「ん~?弾道予測線を予測したんだよ」
「え?」
「悪い、もう一回言ってくれ」
「だから、弾道予測線が出るだろうって予測して先に避けておいたんだよ」
そう言われた二人は、キリトに背を向けこそこそと話し出した。
「おいおい、聞いたか今の」
「もしかしてエスパー?それとも魔眼でも持ってるの?」
「やべえわ、ヴァルハラまじやべえわ」
「こういうのを見せられると、本当に人外の集まりにしか思えないわね……」
もちろんそんな事は無く、ヴァルハラのトップスリーが特別なだけである。
ちなみに他のメンバーに関しては、攻撃魔法に関してはソレイユが、
回復魔法に関してはユキノが人外の域に達していると、一般的には評価されている。
「この目でハッキリ見ちまった事だし……」
「もうそういうもんだと思うしかないわね」
そう言いながら二人は振り返った。そこには満面の笑みを浮かべているキリトがおり、
二人は苦笑しながらキリトを賞賛した。
「凄いなお前、ちょっと悔しいけどおめでとう!」
「おう、ありがとう!」
「やるじゃない、これで歴史に名前が残ったわね」
「歴史?」
「うんほら、あそこ」
シノンが指差す先には、このゲームをクリアした者の名前を表示する掲示板があった。
そこは今までずっと空白だったのだが、そこに今日初めてプレイヤーの名前が表示された。
あと数日もすれば、キリトの名は一躍有名になるだろうと思われた。
「おお、これで労せずして名前を売る事が出来たな、やったぜ!」
「ここは利用する人が多いから、BoBが始まる頃にはそれなりに有名になってるはずよ」
そのシノンの言葉に闇風が反応した。
「えっ、まさかBoBに出場するのか?」
「そのまさかよ、どう?燃えてきた?」
「まじかよ、シャナもゼクシードもぶっ倒して俺がナンバーワンになるつもりでいたけど、
もう一人マークしないといけないって事かよ」
その闇風の言葉を聞いたシノンは、思いっきり闇風の足を踏んだ。
「痛ってぇ!いきなり何するんだよ!」
「訂正しなさい」
「え?何を?」
「今のセリフをよ」
闇風はそう言われ、何かに気付いたようにハッとすると、改めてこう言いなおした。
「シャナもゼクシードもシノンもぶっ倒して俺がナンバーワンになるつもりでいたけど、
もう一人マークしないといけないって事になるな」
「よろしい」
「よし、ちょっと特訓してくるわ、じゃあな!」
そして闇風は風のように去っていった。
そして今の会話を聞いていたキリトは、きょとんとした顔でシノンに尋ねた。
「なぁ、あいつもシャナの事を知ってるのか?」
「そりゃそうよ、シャナはGGOでは一、二を争う有名人だもの」
「そうなのか……やっぱり女の敵としてか?」
「え?シャナは女性にはモテるけど……」
「えっ、まじかよ、あんな変態がか?」
「…………ぷっ」
それを聞いたシノンは思わず噴き出した。
「えっ、俺何かおかしい事を言ったか?」
「う、ううん、何でもないわ」
(面白そうだからこのままにしておこっと)
「そもそもシャナの実力はどうなんだ?」
「そうね、少なくともBoBの決勝には確実に出てくると思うわよ」
「そうか……なら直接対決する機会があったら絶対にボコボコにしてやる……」
「っ…………くぅ」
(駄目よ詩乃、ここで笑っちゃ駄目、耐えるのよ!)
シノンは自分にそう言い聞かせ、何とか笑いを堪える事に成功した。
「あ、そうだシノン、他にも大会で必須なアイテムとかはあるか?」
「ああ、そういえばそうね、予備の弾とか緊急回復キットも規定の上限まで揃えるべきね」
「ならちょっとそこの武器屋を案内してくれないか?色々見てみたいし」
「いいわよ」
丁度その時シャナから通信が入り、シノンはキリトに先に行ってもらい、
シャナからの通信に出た。
「ハイ、私よ」
「おうシノン、キリトと一緒なんだってな、今どこだ?」
「武器屋の前よ、ほら、弾避けゲームがあるあそこ」
「あそこか、もしかして今から移動したりするか?」
「ううん、キリト君がアイテム類を見たいって言うから、今から店を案内する所」
「分かった、とりあえずそっちに行く」
「ええ」
(これは面白くなってきたわね……)
シノンはやじ馬根性丸出しでそんな事を考えながら、
キリトが待つ店の中へと入っていった。
「これとこれか?」
「ええ、使い方は後で教えるわ」
「悪い、助かる」
キリトとシノンは順調に必需品を揃えていた。
(さて、時間的にそろそろのはずだけど……あ、来た)
シノンはシャナの姿を見付け、その事をキリトに伝えた。
「キリト君、あそこにシャナがいるわよ」
「おっ、探す手間が省けたな、よし……」
そしてキリトは、ダダダッとシャナに駆け寄り、その正面に仁王立ちした。
「よぉ、シャナ」
「あ」
「最初にこれを渡しておく、確かに返したからな」
「お?」
シャナはいきなりキリトに大量のクレジット入りの袋を手渡され、驚いた顔をした。
「こ、これはどうやって稼いだんだ?」
「あれだ」
「あれ?」
シャナはそのキリトの指差す先を見て、何があったのかを直ぐに理解した。
「まじかよ……」
「ふふん」
キリトはそんなシャナを見て、自慢げに鼻を鳴らした。
「お前みたいな変態に借りを作ったままだと気持ち悪いからな!」
「へ、変態?」
(まだ俺は変態扱いか……)
「お前もBoBに出るみたいじゃないか、
もし俺と当たったら、その時は絶対ボコボコにしてやるからな!」
「えっと……」
シャナはそう一方的に宣言され、困ったようにシノンを見た。
シノンは必死に笑いを堪えているように見え、シャナはそれで事情を理解した。
(確かにシノンに口止めをしたのは俺だが、まじか、こうきたか……
まあこんな公衆の面前で俺に喧嘩を売れば、
名前を売るというキリトの目的にも貢献出来る、これはもう仕方ないか……)
シャナはそう考え、キリトの挑発に乗る事にした。
(まあ俺と敵対してると分かれば、キリトがあのキリトだと思われる確率も下がるだろう)
シャナはこうも考えたのだが、BoBでキリトが銃を使わないという、
予想もつかない手段をとった為、ステルベンに一発で正体を見破られ、
結果的にこの努力は無に帰す事になる。
「お前に出来るのか?」
「余裕だ余裕」
「そうか、ならば受けてたつ!」
その光景を見ていた周りのプレイヤー達は、口々にこう囃し立てた。
「おい見ろ、あのお嬢ちゃんシャナに挑戦したぜ」
「やるなぁ、まあ負けるだろうけどな!」
「頑張れよ、姉ちゃん!」
「シャナ、手加減してやれよ!」
その騒ぎを聞きつけたのか、
たまたまその場にいたとある女性がシャナにしなだれかかった、ミサキである。
「あらシャナ様、私を放っておいて、こんな子供にお熱なんですか?」
「ミ、ミサキさん……」
「随分たぎってらっしゃいましたわね、私もそのほとばしりを直接感じてみたいですわぁ、
実は私もBoBに出ますのよ、ですので壮行会という事で、
良かったら今夜うちに顔を出して下さってもよろしいですのよ」
その様子を見ていたシノンにじろっと睨まれ、シャナはやんわりとそれを断ろうとした。
「あ、いや、今夜はちょっと……」
「うふ、それじゃあ別の日にお待ちしておりますわ」
そうまるで約束したかのような事を言うだけ言って、ミサキは去っていった。
そんなシャナの姿を見たキリトは言った。
「お前はやっぱり節操が無いな!俺の親友も凄くモテるけど、
同じモテるにしても、やっぱりお前はあいつとは大違いだな!」
「親友って誰の事?」
そこにシノンが面白そうな顔でそう突っ込んだ。
「そりゃもちろんハチ……あ、いやいや、とにかく親友だ!」
(キリト、それ俺!俺だから!)
そんなシャナの心の叫びはキリトには届かず、
キリトはシャナを睨んだままシノンに声を掛けた。
「それじゃシノン、行こうぜ、アイテムの使い方のレクチャーを頼む」
「あ、う、うん」
そしてキリトは去っていき、シャナはシノンにすれ違い様に言った。
「お前……後で覚えてろよ……」
「あら、良かったら今夜うちに顔を出して下さってもよろしいですのよ」
シノンはそのシャナの言葉に、ミサキの真似をしながらそう返した。
「え?いや……」
だがシノンはシャナの返事を聞かず、そのまま逃げるように去っていった。
「あいつ、変な事ばかり覚えやがって……まあしかし報告も聞いておかないとか……
仕方ない、眠りの森の帰りに顔だけ出すか……」
そしてシャナはそのままログアウトし、ベッドの上で目を覚ました。
「八幡君、お帰り!」
「戻りました、何か変わりは無いですか?」
「えっと、ゼクシード君が呼んでるみたいだよ」
「分かりました、今度はそっちに行ってみます」
「今日は忙しいね」
そう言ってめぐりはクスッと笑った。
「まあこういう日もたまにはありますよ、それじゃあ行ってきます」
八幡はそう言って再びアイ達の下へと向かった。
「ふう、今日はこのくらいにしておこうぜ」
「だな、あんまり根を詰めるのも良くないからな」
「はい、ゼクシード先生、シャナ先生!」
「今日やった事は頭の中で復習しておいてくれ、それじゃあまた明日」
ゼクシードはそう言いながら扉を抜け、自分の家へと戻っていった。
「ゼクシードの奴はどうだった?」
シャナは二人にそう尋ねた。
「凄く分かりやすい教え方だったわね」
「八幡が言うほどおかしな人じゃなかったよ」
「そうか……あいつも自分がこんな状況になって、何か意識改革でも起こったのかねぇ」
そして八幡も二人に別れを告げ、その日はログアウトした。
「さて……詩乃の所に顔を出すか……」
そして八幡は、詩乃の家へと向かった。