キリトに説明を終え、その日は早めにログアウトした詩乃は、
台所で何かゴソゴソやっていたかと思うと、ダッシュでコンビニへと向かった。
その姿を目撃した恭二は、慌ててその後を追いかけた。
(朝田さん、何をあんなに急いでるんだろう……)
そしてコンビニに着いた詩乃は、片っ端から生菓子や煎餅をカゴに詰め始めた。
(……おやつの買い出し?それにしちゃ随分急いでるみたいだけど)
「う~ん、こんな事になるならあいつの好みを事前に聞いておけば良かったわね」
その詩乃の呟きで、恭二は詩乃が何の為にここに来たのかを悟った。
(これからシャナさんが来るのか……)
「コーヒーはインスタントだけどあるし、緑茶もあるから、後は紅茶くらいか」
そして詩乃は買い物を済ませ、そのまま去っていった。
恭二は上手く詩乃に見付からないように立ち回っていたが、
さすがに何も買わないまま外に出るのは躊躇われた為、適当に飲み物を選び、
そのままレジへと向かった。するとそこに、何故か詩乃が戻ってきた。
詩乃はレジにいる恭二に気付き、声を掛けてきた。
「あれ、新川君じゃない、偶然ね」
「朝田さん!?ぐ、偶然だね」
恭二は焦り、詩乃の手に持つコンビニの袋を見ながら咄嗟にこう言った。
「朝田さん、そのコンビニの袋……もしかして何か買い忘れ?」
「あ、うん、さっきまでここにいたのよ、急いでシャワーを浴びないといけないんだけど、
シャンプーが切れていたのを思い出してね」
「あ、そうなんだ」
「新川君とは入れ違いだったみたいね」
「そ、そうだね」
その言葉を聞いた店の店員が一瞬変な顔をした。
もちろん恭二が詩乃の事を気にしていたのを見ていたからだが、
その店員は特に何も言おうとはしなかった。そして二人は買い物を済ませ、コンビニを出た。
「そ、それじゃあ僕は行くね、BoB、頑張ってね」
「ええ、あなたもね」
その言葉に恭二は、少し気まずそうな顔でこう答えた。
「あ……ごめん、僕は今回はそもそも参加申し込みをしてないんだよ」
「え?どうして?」
「その日にどうしても外せない用事が出来ちゃってさ……」
その言葉は嘘ではない、詩乃の家の鍵は、
八幡が何も口を出さない程度にはセキュリティが固く、
さすがの恭二も不法侵入する事は不可能だった。
だから恭二は、ステルベンが黒星でシノンを撃つという予定は変えず、
詩乃がログアウトしてきたタイミングを見計らって直接家を訪れるつもりでいた。
用事とはつまりそれの事である。
詩乃に関してだけは、擬似MPKとは言えない計画が立てられていたが、
恭二がそこはどうしても譲らなかった為、昌一と敦もそれを認めていた。
もっとも恭二は例えステルベンがシノンを撃ち損なっても、
詩乃の家に押しかけるつもりでいたのだったが。
「そう、それは残念ね、まあでも次があるわよ」
「う、うん」
「それじゃあちょっと急いでるから、またね」
「うん、また」
そして詩乃は足取りも軽く立ち去った。その頭の中からは、もう恭二の存在は消えていた。
だが恭二の頭の中は、先ほどの詩乃の言葉でいっぱいだった。
「シャナさんが来る前に、急いでシャワー、か……」
そう言いながら恭二は、詩乃の後を追いかけた。
と言っても詩乃の家はもう知っているので、
十五分ほど時間を開けてから向かったのであった。
恭二が詩乃の家に着いたのは、丁度八幡が車から降りてきたタイミングと一緒だった。
そして恭二の目の前で、頭にタオルを乗せた詩乃が、薄着のまま八幡を出迎えた。
(朝田さん、またシャナさんの前であんな格好を……)
その時八幡が詩乃に何かを言い、詩乃は笑顔で何か答え、
二人はそのまま家の中へと消えていった。
「おい詩乃、さすがにその格好は無防備すぎじゃないか?」
いきなり八幡にそう言われた詩乃は、笑顔でこう答えた。
「ごめんなさい、今シャワーを浴びたばかりだったのよ。
さすがの私もこれはちょっと恥ずかしいから、ちゃんと着替えるつもりよ。
髪も乾かしたいし、上がってちょっと待ってて」
「まあそれならいいんだが」
「ささ、どうぞ」
「おう」
八幡はそのままテーブルの前に腰掛け、詩乃が髪を乾かし終わるのを待った。
「それくらいの髪の長さだと、乾かすのもやっぱ楽か?」
「うん、まあね」
「そうか、明日奈は毎日苦労しているみたいなんだよな」
「そりゃあれだけ長いとね」
その瞬間に、いきなり部屋のブレーカーが落ちた。
「あれ?」
「ドライヤーの他に何か使ってるのか?」
「他には電気式のポットと、エアコンと、ああ……はちまんくんの充電だわ」
「道理で何か静かだなと思っていたが、あいつがいないせいだったか」
「ブレーカー、どこだっけな……」
「とりあえずドライヤーのスイッチは切っておけよ」
「うん」
恭二は八幡が詩乃の家の中に入ってしばらくした後、部屋の電気がいきなり消えた為、
前回と同じように完全に勘違いをした。
「くっ、電気が消えるなんて、今頃朝田さんは……」
そして恭二はいたたまれなくなり、その場を後にした。
「まあいいや、明後日には僕も……」
そう呟く恭二の顔は、先ほど詩乃とコンビニで話した時とは別人のように醜く歪んでいた。
その頃詩乃は、心細そうに八幡の腕にすがりついていた。
「おい詩乃、動きにくいんだが」
「し、仕方ないじゃない、暗いのはやっぱりちょっと怖いのよ」
「多分入り口にブレイカーがあると思うから、一分くらい我慢しろって」
「う、うん、早くしてね」
そして直後に部屋に明かりが戻り、詩乃はほっとした。
詩乃はエアコンのスイッチを切り、おそるおそるドライヤーのスイッチを入れた。
どうやら大丈夫のようで、詩乃は再び髪を乾かし始めた。
「大丈夫みたいだな」
「うん」
そして八幡は手持ち無沙汰になったのか、何となくスマホのテレビを付けた。
その瞬間に、室内に神崎エルザの歌声が鳴り響き、詩乃はドライヤーを止めた。
「あっ、それ、初めて見た」
「おう、俺もだわ」
画面の中ではエルザの歌声と共に、ALOのCMが流れていた。
「そういえば最近ピトの姿を滅多に見ないわね」
「BoBに出場する為に、寝る間も惜しんで仕事を前倒しでこなしてるらしいぞ」
「あっ、そういう事……」
詩乃はそれで納得し、再び髪を乾かし始めた。
そして髪を乾かし終わった後、詩乃は奥の部屋で普通の服に着替え、居間に戻ってきた。
「飲み物とお茶菓子を用意するけど、何がいい?」
「じゃあホットで、もしあるならミルクと砂糖多目で頼む。
お茶菓子は……それも甘い奴なら何でもいい」
「ふ~ん、それが八幡の好みなの?」
「まあ千葉県民は大体そうだな」
そう、八幡は勝手に千葉県民を代表するような事を言った。
「そんな訳無いじゃない」
さすがの詩乃も笑いながらそれに突っ込んだ。
「まあな、でも最近気付いたんだが、やっぱ頭を使った後は甘い物が欲しくなるよな」
「う~ん、まあ確かにそうね、脳が糖分を欲しているのね」
「そういう事だ、それじゃあ悪いが宜しく頼むわ」
「うん、待ってて」
そして詩乃に入れてもらったコーヒーを飲みながら、
八幡はキリトがどうだったか詩乃に尋ねた。
「そうね、やっぱりアイテム類については、
ちょっと教えただけで直ぐに適切なタイミングで使いこなしてたわね」
「まあSAOには魔法が無かったからな、その分アイテムが重要だったし、
その点ではSAOは、ALOよりもGGOに近いからな」
「で、相変わらず銃の腕は上達の兆し無しね」
「……何でだろうな」
「……何でだろ?」
その答えはいくら考えても出なかった。
「まあいい、で、何であいつはシャナの事を知らないんだ?
自分で言うのもアレだが、お前と一緒に映ってる動画も多いし、
名前もかなり売れてると思うんだが」
「あ、それね、何かキリト君が言うには、事前にそういうのを調べちゃうと、
初見の相手と戦う楽しみが無くなるから、極力動画とかは見ないようにしてたんだって」
「戦闘狂かよ……」
八幡は呆れた顔でそう言った。
「明日はせめて人並みに射撃が出来るようになれるように特訓するって言ってたわよ」
「あいつ、そんなんでよく俺に勝つとか言ったよな……」
「まあでもあのゲームを一発でクリアするくらいよ、
やっぱり要注意な事に変わりは無いでしょうね」
「まあな、あいつは凄かったか?」
「うん、しれっとした顔で、弾道予測線を予測した、って言ってたわよ」
八幡はそれを聞き、真面目そうな顔でこう言った。
「何か俺達の狙撃もしれっとかわしそうだよな……」
「初弾をかわされると痛いわね……」
その頃にはもういい時間になっていた為、八幡はそろそろ詩乃の家を辞する事にした。
「さて、そろそろ帰るわ、詩乃は明日どうするんだ?」
「そうね、私には狙撃しか無いから、明日はモブを狙撃でもして調整かしらね」
「そうか、もし予選で当たったら恨みっこ無しだぞ」
「もちろんよ、そのハートを必ず撃ち抜いてみせるわ」
「そこは心臓って言えよ……」
そして八幡は帰っていき、詩乃は若干の寂しさを感じながらも、
八幡の飲み残しのコーヒーを見つめながら、その余韻に浸っていた。
「出来ればみんな決勝まで進めるといいなぁ……その上で今度こそ優勝を……」
詩乃はそう言いながら、少し躊躇った後に、八幡の飲みかけのコーヒーに手を伸ばした。
「これはもったいないから仕方ない、うん、もったいないよね」
そして詩乃は、そのコーヒーを口にした。
「…………甘っ」
次の日八幡は、再び眠りの森へと赴いた。
「おいじじい、もういい年なんだから、さっさとゼクシードを治してそのまま死んでくれ」
「お前はいきなり何を言っとるか!儂はまだまだ死なんわ!」
「ふふっ、結城さん、八幡君は、素直にありがとうって言えないんですよきっと」
「何?そうかそうか、やはりお主は儂の事を本当の祖父のように慕っているんだな」
「めぐりん、あんまりこのじじいを甘やかさないで下さい」
「はぁい」
そう言われた清盛は、表情を変えずにこう言った。
「まったくこれが『つんでれ』って奴なのかのう」
「真顔で何言ってんだよじじい」
八幡はそう言いつつも、清盛にこう尋ねた。
「検査結果はいつ頃出そうだ?」
「明日の夜になるそうだ。お主はGGOとやらの大会じゃったか?」
「そうか……もし薬物による被害だって結果が出たら、
めぐりんは直ぐに姉さんに連絡をお願いします、そこから直ぐに警察に動いてもらうんで。
現場検証と、死んだプレイヤーの体ももう一度その観点から調べなおしてもらわないと……」
「うん、任せて!」
そして清盛が、少し心配そうに八幡に言った。
「お主も気を付けるんじゃぞ」
「当日はここからインする事にするつもりだから大丈夫だ」
「それがいいのう、それなら儂もおるでな。他の護衛も手配するか?」
「それは知り合いの伝手で、警察官を派遣してもらう事になってる」
「相変わらず抜け目が無いのう」
「連絡役として、うちの小猫をここに残しておくから、
検査結果が分かったら俺にも教えてくれよな、じじい」
「おう、任されたぞい」
そして八幡は、ゼクシードの手伝いをする為にログインした。
「ゼクシード調子はどうだ?」
「おいシャナ……」
ゼクシードは、心底驚いたという表情でいきなりシャナに詰め寄った。
「あの子……お前の何なんだ?」
「あの子?どっちだ?いやまあ、どっちも俺の被保護者みたいなもんだが」
「被保護者ねぇ……あの子ってのはアイって子の方だ。
何なんだよ、あの化け物みたいな順応性、
俺が教えた事を少し練習しただけで、片っ端からモノにしちまってるぞ」
「まじかよ……」
そしてシャナは、アイとユウが模擬戦をやっている姿を見学した。
「……おいゼクシード、何でアイの奴、剣を持ってるんだ?」
「今は銃を持った相手との近接戦闘の事を教えようと思ったんだが、
試しに最初、何も教えないで戦ってもらったんだよ
でも見てみろよ、教えるまでもなく平気でこなしちまってるだろ?」
「ああ、まああの二人はファンタジー系のゲームをやってるからな」
「そのせいもあるのか……なぁ、あの子もう、お前よりも強かったりするんじゃないか?」
「今はまだ能力差があっても負ける気はしないが、
明日になったらちょっと分からないかもな」
「おいおい、そこはベテランの底力を見せてくれよ」
「そういうお前はどうなんだ?」
「俺か?俺は……もう勝てねえな」
そう言いながらもそのゼクシードの顔は、とても嬉しそうに見えた。
「随分素直に認めるんだな、もしかして自分の弟子が強くなるのが嬉しいのか?」
「まあここに来てからは他人の目も無いし、自分が素直になっているのは認める。
その上で言わせてもらうと、その通りだよシャナ、
自分の弟子がお前に勝ったら痛快じゃないかよ」
「まあその気持ちは分かるけどな、いずれ自分の力で俺に挑んでこいよ」
「まあ体が治ったらな……」
ゼクシードはそう自嘲ぎみに言った。
「完璧にという保証は出来ないが、治すさ」
「…………ありがとな」
「…………おう」
こうして各人の色々な思いを乗せながら、ついに第三回BoBの当日を迎える事となった。