「よし、全員いるな、それではこれより、新規加入者四名のお披露目会を執り行う。
四人はすまないが、前へ出て、うちの流儀で順番に自己紹介してくれ」
いよいよお披露目会が始まり、先ずは自己紹介の時間となった。
「皆さん初めましてニャ、私はフェイリス、フェイリス・ニャンニャンにゃ、
普段は秋葉留未穂というペンネームで高校に通ったりもしているのニャけれど、
フェイリスの本名はあくまでもフェイリス・ニャンニャンなのニャ!
アキバでメイド喫茶のメイドをしていますので、近くに来たら是非寄って下さいニャ!」
「私はシノン、本名は朝田詩乃、遠隔攻撃メインでプレイする事になると思うわ、宜しくね」
「セラフィムです、本名は間宮クルスです、ハチマン様の秘書になる予定です、
今後とも宜しくお願いします」
「クリシュナこと、牧瀬紅莉栖です、
アメリカのヴィクトル・コンドリア大学で、脳科学の研究をしています、
皆さん、これから宜しくお願いしますね」
ちなみに自己紹介に本名が含まれているのは、通常のVRゲームではありえないのだが、
そもそもヴァルハラのメンバー選考基準の一つはリアル繋がりであり、
今日のようなスタイルで行われるのが常のようだ。うちの流儀とはその事である。
その後にメンバー達も順番に自己紹介をし、堅苦しい部分はこれにて終了となった。
この後は普通に宴会の時間である。
「あれ、フカは……?」
シノンはフカ次郎の姿が見えなかった為、とても残念そうにハチマンに尋ねた。
「おう、それがな、どうやらあいつ、大学の進級がやばいみたいでな、
研究室に缶詰状態で、教授の研究を手伝ってるらしいんだよ、
どうやらそれが、進級の条件らしくてな……」
「うわ、大丈夫なの?」
「あいつ次第だな……もし留年したら、親の命令で一年分の学費が自腹になるらしく、
毎日涙目のメールが届いてうざいのなんのってな……」
「そ、そうなんだ、まあ私のこのキャラもまだ初期レベルだし、
再会を祝うのは、もう少しまともに戦えるようになってからの方がいいかもしれないわね」
「だな、俺も手伝ってやるから、まあそれを励みにしばらく頑張れよ」
「うん、頑張る」
シノンはこの機会に、新規キャラで一からゲームを始めていた。
これは毎回キャラをコンバートするのがめんどくさかったのと、
今ハチマンが言ったように、経験値稼ぎをハチマンに手伝ってもらうついでに、
もっとハチマンと仲良くなろうとシノンが計算したからなのであった。
「ついでに残りの三人も一緒に育成しないとな、
しばらく忙しくなるから覚悟しておくんだぞ、シノン」
「え………あ、う、うん、そうね!」
シノンはハチマンにそう言われ、いきなり自分の計算が狂った事に内心頭を抱えていたが、
それはそれで楽しそうだと思い直し、特に不満を抱くような事は無かった。
何故ならそれは、こんな理由があったからである。
「ところでハチマン、約束は覚えてるわよね?」
「約束?何のだ?」
「私が優勝したら、どこかに遊びに連れてってくれるっていう約束よ」
「あ…………」
ハチマンはそう言われて初めてその事を思い出した。
(そういえば優勝したら、マックスと同じ条件をシノンに与えるって約束してたな……)
「も、もちろん覚えてたぞ、大丈夫、大丈夫だ」
「やっぱり忘れてたのね……」
「い、いや、そんな事は無い、分かった、今度ちゃんと相談して予定を立てよう」
「よろしい」
「お~いフェイリスさん、ちょっといいか?」
「ん、何ですかニャ?副団長様」
「キリトでいいって、ところでフェイリスさん、俺、前メイクイーンに客として行って、
その時フェイリスさんと話した事があるんだが、覚えてるか?」
「ニャんと!?う~ん……」
「えっと、ほら、八幡の名前を出したら知らないって言われて、
帰る間際に今度は是非八幡と一緒に来てくれって……」
「ああっ、あの強いオーラを持ったご主人様ニャね、もちろん覚えてるニャよ!
あの時はつれない態度をとってしまってごめんニャ」
「いやいや、守秘義務は大事だからな、約束通り、今度八幡や他の奴と一緒に店に行くよ」
「是非是非お待ちしてますニャん!」
フェイリスは嬉しそうにそう言い、再び趣味のメイドの仕事へと戻っていった。
「あなたがいてくれて本当に良かったわ、これからもハチマン君の相談に乗ってあげてね」
「いえいえ、私もソレイユさんには色々と便宜をはかってもらいましたから」
「どう?研究は進みそう?」
「バッチリです、レスキネン教授もかなり興奮したみたいで、
今度是非アメリカに来て欲しいって言ってましたよ」
「セラフィム、良かったら今度、一緒に猫カフェに付き合ってくれない?
もちろんアプリも一緒に」
「………………ユキノが帰りたくないって駄々をこねたら殴ってもいい?」
「っ!?」
「いい?」
「ご、ごめんなさい、この前は確かに私が悪かったわ」
「反省してる?」
「ええ、もちろん」
「それじゃあ付き合ってもいいよ」
「本当に?ありがとう、セラフィム」
ちなみにアプリとは、海野杏の名前をもじったあだ名であった。
このように、最初は顔見知り同士で会話が行われていたのだが、
その輪に徐々に他の者達も加わっていった。
そして一通り料理や飲み物が振舞われた後、新人歓迎の為の邪神狩りが行われる事となった。
「…………ねぇハチマン」
「何だ?クリシュナ」
「この敵って、ほぼ初期ステータス状態で挑むような敵なの?」
「まさか、二桁後半、出来れば三桁は欲しいところだな」
クリシュナはその言葉に、この強敵相手に自分が無謀な戦闘を仕掛ける必要は無いのだと、
少し安心したように言った。
「あは、そうよね、あまりの無謀さに、ちょっとびっくりしちゃったわよ、
とりあえず見学していればいいのかしら?」
「何を言ってるんだ?さっさとやるぞクリシュナ、このアイテムを敵に投げつけろ、
僅かでもダメージを与えられれば、それで経験値が入るからな、
ステータスをどう育てるか、ちゃんと考えておくんだぞ」
「えっ?」
「他の奴らを見ろ、楽しそうな顔でバンバン矢を撃ちまくったり、
魔法を撃ったりしてるだろ?お前も少しはあいつらを見習えよ」
「えっ、えっ?」
クリシュナはそう言われ、同じ新人達を見た。シノンは嬉しそうに矢を撃ちまくり、
フェイリスは生まれて初めて使う魔法に酔いしれていた。
セラフィムはクリシュナと同じくアイテムを投げているようで、
時折ステータスを確認しながら、どう育てようか考えているようだった。
「いやいやいや、無理だから!」
「その無理を実現させるのがお前の研究じゃないのか?」
「うっ……」
クリシュナは痛いところを突かれたのか、胸を押さえながらそう言った。
「まあ実験だと思ってやってみろ」
「実験……そう、これは実験なのよね、それならば実証しないと!」
「そうだ、今のステータスでも十分やれるって事を実証してやれ」
「分かったわ!」
(意外と扱いやすいな……凶真の言っていた通りだ。キーワードは『実験』か)
こうして無理なパワーレベリングを繰り返され、
新人達も戦力としてどんどん力を付けていく事になる。
これがヴァルハラ・リゾートの黄金時代の始まりであった。
「師匠、今日は楽しかった?」
「おう、ド素人の俺でも意外とやれるもんだな」
「師匠は基本を疎かにしないしデータもしっかりと確認する、やれば出来る子」
「子供扱いすんな!」
この日ゼクシードは、アイとユウに連れられて、
なんちゃってアインクラッドの5層ボスの攻略に駆り出されていた。
そこそこ苦戦はしたものの、三人は無事にボスを倒す事が出来、
今は祝勝会を終え、ゼクシードが自分の家に戻ろうとしているところだった。
「たまにはこういうのもいいな、もし良かったら、また今度……」
「今度は無いの、師匠」
「うん」
「え?」
その瞬間に、いきなりゼクシードの視界がぼやけた。
「な、何だこれ!?」
「師匠、さよならだよ」
「もうこんな所に来ちゃ駄目だよ、約束だからね」
「ちょっと待て、アイ、ユウ、俺はもっとお前らと……」
楽しく遊びたいんだ!と続けようとしたゼクシードの口はまともに動かず、
ゼクシードの意識はそのまま闇の中に沈んだ。
それからどれくらいの時が経ったのだろう、
目を覚ますと、そこは見た事の無い病室であり、
お医者さんらしき人物が、保の顔を覗き込んでいた。
その顔は、夢の中で映像を通して見た老人の顔では無く、とても若々しいものだった。
「お、やっと目が覚めたみたいだね、茂村さん」
「えっと……ここは?」
「ここはね………」
その医師が語った病院名は、保のかかりつけの病院であった。
「君は君の家に忍び込んだ犯罪者にとても危険な薬を注射されたんだ、
でももう大丈夫だ、しばらく手足が不自由な感じがするかもしれないが、
リハビリすればちゃんと元に戻るからね」
「あ、あの、アイとユウは……」
「アイとユウ?何だいそれ?」
「あ、いえ、何でもないです……」
保は、この前までの出来事はまさか夢だったのかと混乱した。
今でも頭の中には、アイとユウの笑顔が焼きついて離れない。
その時病室のドアが開き、二人の女性が中に入ってきた。
「ゼクシードさん!」
「やっと目を覚ましてくれたんですね、心配しましたよ!」
「お、お前らは……」
その二人は、夢の中でたまに会いに来てくれた、ユッコとハルカと同じ顔をしていた。
「もしかして、ユッコとハルカか?」
「初対面なのによく分かりましたね、ゼクシードさん、凄いです!」
「さすがやれば出来るゼクシードさんですね!」
「お、おう、ありがとう……」
「リハビリもたまに手伝いますから、早く元の元気なゼクシードさんに戻って下さいね」
「今度こそ打倒シャナさんを成し遂げましょう!」
「シャナ……か……」
保は感慨深げにその名を口にした。
「あいつが俺を助けてくれたなんて、やっぱりありえないよな……そうか、夢だったのか」
保は、それにしてもいい夢だったと思いながら、ユッコとハルカに力強く頷いた。
「ああ、直ぐに復帰して、シャナの野郎を倒してやるさ!」
「はい!」
「その意気です!」
その後保は、夢の中で見た第三回BoBの結果が現実と一緒だった為、
混乱したりもするのだが、その事はとりあえず置いておき、リハビリにまい進する事になる。
「それじゃあまた来ますね」
「今日はありがとな、またな、二人とも」
「はい、またです!」
そして病室を出た二人は、外で待っていた男に話し掛けた。
「こんな感じで良かった?」
「パーフェクトだ」
「それじゃあ約束通り……」
「おう、今日の晩飯は俺が奢ってやる、何でも好きな物を頼んでくれ」
「お高いものでもいいの?」
「ああ、構わない」
「さっすがお金持ち!」
「まあ俺とお前達じゃ、会話は弾まないかもしれないけどな」
「いやいや、今はもうGGOの話とか出来るっしょ、ささ、行こ行こ」
「そうそう、この時の為にお昼を抜いたんだから、早く行こ」
そしてその男、八幡は、保の病室をチラッと振り返ると、済まなそうな顔で呟いた。
「悪いなゼクシード、アイとユウがどうしてもサプライズがしたいって我が侭を言うんでな、
まあ再会した時は、精々驚くといいさ」
どうやら保の体は、メディキュボイドから切り離された後、
こっそりとこの病院に運ばれ、関係者一同が口裏を合わせる事にしたらしい。
なんともまあ大掛かりなドッキリもあったものである。
「で、今日は何の用事?デート……じゃないわよね」
その日詩乃は、八幡に呼び出されてダイシーカフェにいた。
同席しているのは和人とアルゴである。
「ああ、実はお前に会わせたい人達がいてな」
「人……達?」
「その前に、これをちょっと持ってみろ」
「そ、それは……」
そう言って八幡が差し出してきたのは、黒星のモデルガンであった。
詩乃は勇気を出して手を伸ばしたのだが、あと数cmが遠い。
「あの時は持てたのに……」
「夢中だったんだろ、やはりまだ無理そうか?」
「かも……」
「まあそれも今日までだ、多分な」
「今日まで?」
「さあ、こちらです」
その時エギルに連れられ、母親と娘らしき二人組が中に入ってきた。
「えっと……」
戸惑う詩乃に、その母親らしき女性は目を潤ませながら話し掛けてきた。
「お久しぶりね、朝田さん」
「えっ?私の事を知ってるんですか?」
「私は昔銀行で働いていたのだけれど、まああなたは小学生だったし、覚えていないわよね」
「銀行?ま、まさかそれって……」
「ええ、あなたが強盗と遭遇してしまった、あの銀行よ。
そして犯人に今まさに撃たれようとしていたのが私」
詩乃はそう言われた瞬間に吐き気を覚えたが、そんな詩乃を八幡がしっかりと抱き締めた。
八幡は詩乃の背中をぽんぽんと叩きながら言った。
「よしよし、大丈夫だからな」
「こ、子供扱いしないでよ!」
「そう思うんだったらせめて話を聞かせてもらうまでは踏ん張れ」
「言われなくても!」
詩乃はここで根性を見せ、何とか平常心を保つ事に成功した。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
二人組の娘の方が、そんな詩乃を見て、心配そうに言った。
「うん、もう大丈夫だよ」
「そっかぁ、良かった。えっと、あのね、お姉ちゃん」
「うん、どうしたの?」
詩乃はそう言って、その少女の口に自らの耳を近付けた。
「私の命を助けてくれてありがとう」
そう言ってその少女は、詩乃の頬に口付けをした。
「えっ?それって……」
「その子はあの事件の後に産まれたんですよ、あの事件の時、
この子は私のお腹の中にいたんです」
「あっ……」
「分かりましたか?この子はあなたのおかげで、この世に生まれてくる事が出来たんです」
「そ、それは……」
「あなたは確かに人を銃で撃ってしまったかもしれない、でもこれだけは言わせて下さい、
あなたは確実に、あの場にいた沢山の人を救っています、もちろんこの子も……」
詩乃はそう言われて再びその少女の顔を見た。
その少女は詩乃の顔を見て、ニコっと笑いながら言った。
「お姉ちゃん、大好き!」
「あ…………」
そう言われた詩乃の目から、とめどなく涙が流れてきた。
「お、お姉ちゃん、どうしたの?何か悲しいの?泣かないで?」
そう言ってその少女は、詩乃の頭を優しく撫でた。
「ううん、悲しいんじゃなくて、嬉しいんだよ」
「そうなんだ!じゃあ私と一緒だね!」
「うん……うん……」
この後詩乃は、問題なく黒星のモデルガンを手に取る事が出来た。
この母娘との再会を経て、詩乃のトラウマは完全に消え去ったようである。
「良かったな、詩乃」
「うん、ありがとう、和人君」
「頑張って探した甲斐があったナ」
「ありがとうアルゴさん、本当に感謝してます」
「礼ならこの天然ジゴロに言ってやってくれ、
関係者を探すように頼んできたのはハー坊だからナ」
「八幡が?」
「天然ジゴロって何だよ……まあ約束したからな、お前を助けるって」
詩乃はそう言われ、再び泣きそうになった。
だが何とか泣くのを我慢し、詩乃はそんな内心を隠しながら八幡に言った。
「これで私の弱点が無くなっちゃったわよ、
次のBoBでは私があんたに圧勝するんじゃない?」
「あん?お前なんか軽くひと捻りだっての」
「調子に乗るな詩乃、そもそもお前は色々と軽率すぎだ、
あの時だって、先に携帯を確認していれば、あんな事にはならなかったんだからな」
その声はまったく同じ声で別の場所から聞こえ、詩乃はその声の主を確認すると、
目を輝かせながらその声の主に駆け寄った。
「はちまんくん!」
「よぉ、やっと両腕が直ったぞ」
「それだけじゃないぞ、実は体内の色々な部分がやばかったんだぞ、
さすがに電気ショックはやりすぎだ、お前も反省しろヨ」
「だそうだ」
はちまんくんは、そのアルゴの言葉を意に介さず、肩を竦めながらそう詩乃に言った。
それを見た八幡は、はちまんくんに突っ込んだ。
「ひと事みたいに言ってんじゃねえ、お前が言われてんだよお前が」
「詩乃を守れたんだから別にいいだろ、お前が俺でも、あの状況では同じ事をしたはずだ」
「あ?ん、んなわけねえだろ!」
「照れるな俺、みんながお前を生暖かい目で見つめてるぞ」
「なっ……」
そしてその場は他の者達の笑い声で溢れ、八幡は拗ねたように顔を背けたのだった。
こうしてこの日、詩乃は、本当の意味で過去と決別した。
(GGOを始めた事は、私にとっては大正解だった。
でもそのキッカケをくれた新川君は、今は留置所の中にいる。
私の人生って、よくよく考えると波乱万丈よね……)
そう考えながら、詩乃は今日も元気に学校へと向かう。
これから少女は、今までの人生のマイナス分を少しでも取り返すべく、
常に前を向いて歩いていくのだろう、大切な友人達と、大好きな人と共に。
GGO編 了
これにてGGO編は終了となります、予告通り一週間休載とし、
6月17日から新たにGGOアフター編が始まります、
全240話にも渡る長い章になりましたが、お付き合い頂きありがとうございました。
再開後は更なる暴走が始まると思われますが、
お見捨て無きように今後とも宜しくお願いします!