ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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お待たせしました、GGOアフター編の開幕です!


第五章 GGO~アフター~編
第430話 櫛稲田優里奈は拝命する


 死銃事件から数日後、関係者を集めた慰労会が行われる事となった。

参加したのは、清盛、経子、凛子の眠りの森組と、

シンカー(足立康隆)、ユリエール(足立由里子)、それに自由であった。

ソレイユ組からは、陽乃と八幡のみが出席する事となった。

メンバーを見れば分かるが、要するに大人の飲み会である。

ソレイユの社員は、今回の飲み会には参加していない。

今回は基本、外部の者達に感謝する為の集まりなのだった。

飲み会は、当然のように当事者である八幡の挨拶から始まった。

 

「皆さん、今回の事件では、多岐にわたって協力して頂き、とても助かりました。

失われた命については悔しくて仕方がありませんが、

ここは三人の命を救えたのだと、前向きに考えたいと思います、

本当にありがとうございました」

 

 その三人とはゼクシードこと茂村保、シノンこと朝田詩乃、

そして……薄塩たらここと、長崎大善の事であった。

昌一と恭二の供述から、当初は薄塩たらこもターゲットだった事が発覚しており、

八幡はそれを聞いた時、心の底から本当に、

大善の引越し先を世話して良かったと安堵したものだった。

残念ながらジョニーブラックこと金本敦はまだ捕まっていないが、

その辺りの事は、出世を果たして警視長になった自由に丸投げしていた。

 

 

 

 慰労会はさすがに無茶な飲み方をする者はいなかった為、穏やかな雰囲気で進行していた。

八幡は経子と凛子に捕まり、お酌をさせられていたのだが、

康隆と自由がやや深刻そうに何か話しているのが気になっていた。

 

(何かあったのか……な、まあ深刻な問題なら、相談なり何なりしてくるだろう)

 

 八幡はそう思い、積極的に何かこちらからコンタクトを取ろうとはしていなかったが、

そんな八幡に、康隆と自由がおずおずと近付いてきた。

 

「参謀、ちょっとお時間を頂戴して宜しいですかな?」

「ああ、別に構わない。それじゃあ経子さん、凛子さん、ちょっと行ってきます」

 

 

 

「しかし珍しい組み合わせだな」

「大手ギルドの幹部とリーダーという事で、昔からそれなりの交流はありましたぞ」

「なるほど」

「で、話しているういちに、今偶然共通の知り合いがいた事が分かったんですよ」

「私にとっては部下、康隆君にとってはギルドのメンバーという事になるんですが……」

「ん、部下?アインクラッド解放軍から血盟騎士団に移籍した人間か?」

「いや、リアル部下ですな」

「なるほど、つまり警察官なのか」

「正確には、だった、ですが……」

 

 その言葉の意味を正確に理解した八幡は、目を伏せながら言った。

 

「そうか……」

 

 そしてシンカーが説明を引き継いだ。

 

「そのプレイヤー、ヤクモは、正義感と責任感の強い男でした。

彼は七十四層のボス部屋を目指す事を、最後まで反対していたようなのですが、

上の命令には逆らえず、やるからにはベストを尽くそうと、持ち前の責任感を発揮し、

仲間を守る為にその身を投げ出して死亡したようです」

「あの時の軍の連中の中にいたのか……」

 

 そんな八幡に、自由は一枚の写真を差し出した。

その写真を見た八幡は、ハッキリとではないが、その顔に見覚えがあった。

 

「これが?」

「はい、櫛稲田大地です」

「確かに見覚えがある気がするな、ハッキリとした事は言えないが。

で、彼がどうかしたのか?」

 

 八幡は、上司の無謀な指揮の犠牲となった彼に対して同情を禁じえなかったが、

それが二人の相談とどう絡んでくるのか分からず、そう質問した。

 

「実は……櫛稲田大地には妹がいましてな、名を櫛稲田優里奈と言うのですが、

実は大地がSAOに囚われた後、両親も事故で失い、今は天涯孤独の身でして、

私が何かと面倒を見ていたんです」

「……その子はいくつなんだ?」

「十七歳ですぞ」

「詩乃と同い年か……」

 

 八幡はそう呟いた後、この件は自分とも無関係とは言えない為、

二人に何か頼まれたら極力その力になろうと決意した。

もし七十四層で、八幡が地図の提供をしなかったら、

もしくはもっと強硬に軍の連中を止めていたら、ヤクモは生きていたかもしれないのだ。

 

「で、頼みがあるのですが……」

「おう、俺に出来る事なら何でもするぞ、何でも言ってくれ」

 

 その言い方に引っ掛かった者を感じた康隆と自由は、顔を見合わせた。

 

「まあ俺にも責任の一旦はあると思うしな」

「八幡君には何の責任も無いですって」

 

 康隆は諭すようにそう言い、自由もそれに同意した。

 

「何でも背負いこもうとするのはやめて下さい参謀、

私達は、そんな難しい事を頼もうなんて思ってませんからな」

「ん、金銭的な援助が欲しいとかそういう事じゃないのか?」

「直接そんな事をしたら、あの子に叱られてしまいます……」

「あの子は真面目ですからね」

「要領を得ないな、つまりどういう事だ?」

「真面目すぎるあの娘を、もう少し柔らかくしてやって欲しいんですよ、

どうもあの子は頭が固いというか、世間知らずな所があるというか……」

「無防備というか……要するに他の男は信用出来ないんで、是非参謀にお願いしたいんです」

 

 その言葉に八幡は、自分は一体何を求められているのだろうかと思いつつも、

特に何か害がある訳でも無さそうなので、とりあえず頷いた。

 

「そんな事でいいなら別に構わないぞ」

「おお、引き受けて下さいますか」

「ありがとうございます、八幡君」

 

 こうして八幡は、女子高生の頭を柔らかくするという、

よく分からない依頼を引き受ける事となった。

 

(しかしそうは言われてもな……とりあえず会って話してみないと何ともだな)

 

 

 

 そしてその翌日、八幡は自由に案内され、優里奈の家にいた。

 

「初めまして、比企谷八幡です」

「櫛稲田優里奈です、こんにちは、比企谷さん」

 

 二人は常識的な挨拶をかわし、その後、何を話していいか分からず黙りこくってしまった。

そして優里奈が困ったような顔で自由に尋ねた。

 

「え、えっと、相模のおじ様、これから一体どうすれば……」

「実はこちらの方は、私がとても尊敬している人なんだ、崇拝していると言ってもいい。

なので出来れば、優里奈ちゃんにも一度紹介しておこうと思ってね」

「尊敬……いえ、崇拝ですか!?」

 

 相模自由は警察幹部であり、見た目もがっしりとして、いかにも貫禄があるように見える。

その自由がここまで言うこの青年に、優里奈は当然の事ながら興味を持った。

八幡は優里奈に対して、見た目は別にして、平凡以外の印象を持たなかったのだが、

このままではおそらく自由の期待には答えられないだろうと思い、

優里奈の反応を見る為に自由にこう話し掛けた。

 

「そういう事はあまり他人の前で言うんじゃない、ゴドフリー」

「いやはやすみません、つい優里奈ちゃんに参謀の事を自慢したくなったんです」

「ゴドフリー?参謀?」

 

 当然優里奈は自由のプレイヤーネームについても知っており、

兄のいた世界の事を少しでも知る為、自分でSAOの事を色々と調べていた。

残念ながら、ヤクモというプレイヤーの情報は皆無だった。

というか、一部のメジャーなプレイヤー以外の情報は、ほぼ皆無だったのだが、

優里奈の知る限り、参謀と呼ばれる超メジャーなプレイヤーが一人だけいた。

そのプレイヤーの名前が目の前にいる青年と同一な事に気付いた瞬間、

優里奈は思わず八幡にこう叫んでしまっていた。

 

「す、すみません、ヤクモというキャラについて、何か知ってる事はありませんか?」

 

 その言葉を聞いた自由は、これで話すキッカケが出来たと考え、

仕事があるからといって二人を残して去っていった。

普段の自由なら、年頃の二人を一つの部屋に残してそのままにする事はありえないのだが、

自由の八幡に対する信頼度は、自ら言っていた通り崇拝の域に達していた為、

去る時に一切ためらうそぶりを見せる事も無かった。

そして自らの問いに無言でいる八幡に対し、優里奈は自らの無礼を恥じ、

居住まいを正すと、自由の出ていった扉を見ながら言った。

 

「比企谷さんは、随分相模のおじ様に信頼されてるんですね、

いつものおじ様だったら、私を見知らぬ男性とこうして二人きりにするなんて、

絶対にありえないんですよ?」

「あいつは昔からかなり真面目でお堅い頭をしていたから、まあそうだろうな」

 

 その言い方に、優里奈は微笑みながら言った。

 

「ふふっ、あいつって」

「おっとすまん、つい昔の癖でな、どうしても目上の人というよりも、

信頼出来る部下の一人っていうイメージが抜けなくてな……」

「ああ、やっぱりそうなんですね……」

「おう、まあそういう事だな」

 

 そして優里奈に習って八幡も居住まいを正し、とてもすまなそうな顔で優里奈に言った。

 

「で、さっきの話なんだが、すまない、俺はおそらく君の役に立てそうもない。

君のお兄さんとの接点は、たった一度しか無かったからな。

それも正式に紹介された訳じゃなく、チラっと見かけただけなんだ。

普段の彼については、おそらくシンカー……康隆さんに聞いた以上の話は、俺には出来ない」

「そう……ですか」

 

 優里奈は目を伏せながら寂しそうな顔をした。そんな優里奈に、八幡は頭を下げた。

 

「君のお兄さんを救えなくて、本当にすまなかった」

「えっ?」

 

 優里奈はその言葉で八幡が頭を下げている事に気が付くと、

慌てて八幡に駆け寄り、その肩に寄り添って八幡の顔を上げさせ、

その瞳を真っ直ぐに見ながら言った。

 

「兄の最後がどうだったかは、大体の話は聞いていました。

その場に比企谷さんがいた事も知っています、

でもそれは、比企谷さんに何か責任があるって事じゃないじゃないですか」

「だが、ボスの部屋への地図をあっさり渡したのは俺のミスだった……と思う」

「いいえ、遅かれ早かれ同じような事は必ず起こっていたと思います、

なのでそんな事、考えたりしないで下さい」

「………まあ確かにそうなんだが、な」

 

 そして八幡は、この時優里奈の顔が目の前にある事にあらためて気が付き、

慌てて優里奈の顔を自分の顔から離した。

 

「きゃっ」

「わ、悪い、でもさすがに今の距離はやばいって。

それに肩の部分にその……色々とまずいものが押し当てられてたからな」

「ん?」

 

 優里奈はそう言われ、一体何の事だろうと首をかしげた。

ちなみに優里奈の胸の大きさは、陽乃にもひけをとらない。

 

「なるほど、無防備ってのはこういう事か……」

「え?」

「いやな、櫛稲田さんの事を説明された時、

ゴドフリーとシンカーさんがそんな事を言ってたんだよ」

「そうなんですか?」

「おう、それを踏まえた上で言わせてもらうが、櫛稲田さん」

「あ、はい」

 

 優里奈は少し緊張した様子で八幡の言葉を待った。

そして八幡は、とても言いたくなさそうな感じで、だがしかし義務感に溢れた顔で、

ハッキリと優里奈に言った。

 

「櫛稲田さんのその胸は、君の整った美人さと相まって、とても刺激が強すぎる。

可能なら普段から、胸が目立たなくなる服を着る事を心がけた方がいい。

あと男に対して無闇に接触しては駄目だ、俺相手ならともかく、

今この場にいるのが例えば君の同級生だった場合、何が起こっても不思議ではない、

くれぐれも、くれぐれもその事は常日頃から頭の中に入れておいてくれるようにお願いする」

 

 そう一気にまくしたてられた八幡の言葉を、優里奈はゆっくりと頭の中で整理していった。

そしてその意味をハッキリと認識した優里奈は、とても面白そうな顔で八幡に言った。

 

「そうなんですか?自分じゃそこまで意識した事は無いんですが……」

 

 そう言いながら優里奈は無意識に四つんばいになり、徐々に八幡に近付いていった。

それを見た八幡は慌てて優里奈を制止した。

 

「そ、そうだ、だからストップ、ストップだ、それ以上こっちに近付いたら、

こちらも自衛の為にここから緊急脱出せざるを得ない」

「そうなったら私は比企谷さんに飛び掛かって止めるんで、

多分今の体制の崩れた比企谷さんより、私の方が早いと思いますよ?」

「何故飛び掛る必要が……」

「ふふっ、そんなのもっとお話ししたいからに決まってるじゃないですか」

「わ、分かった、逃げない、逃げないから、とりあえずこっちに迫ってくるのをやめてくれ」

「え?あ、本当だ」

 

 それでやっと自分の状態に気付いた優里奈は、慌てて座りなおした。

 

「私ったらいつの間に……」

「ふう……なぁ櫛稲田さん、もしかして今こっちに近付いてきたのは無意識だったのか?」

「櫛稲田って呼びにくいですよね?優里奈でいいですよ、比企谷さん」

「確かに長い上に珍しい苗字だよな、それじゃあ優里奈」

「はい、比企谷さん」

「あ、俺の名前も呼びにくかったら八幡でいいからな」

「あ、はい、それじゃあ八幡さんで。で、さっきの質問ですが、無意識でした」

「そうか……」

 

 八幡はそれを聞き、これは確かに少し問題があると考え、どうしたものかと悩み始めた。

 

「何を悩んでるんですか?」

「いやな、優里奈のその天然な部分を、どうやって直したもんかと思ってな」

「えっ?わ、私、天然ですか?」

 

 優里奈は焦ったようにそう言い、八幡はそれに頷いた。

 

「天然とまでは必ずしも言えないのかもしれないが、

何かに興味を引かれた時に、他人に対して無防備になりがちなのは駄目だな」

「ああっ、確かに私、昔からそういう所があるんですよ……」

 

 そして二人は顔を突き合わせて一緒に悩み始めた。

そして優里奈が、ハッとした顔で八幡に言った。

 

「そうだ!これからちょくちょく私を色々な所に連れまわしてもらえませんか?八幡さん」

「え、やだよ面倒くさい」

「え、ええ~!?」

 

 優里奈はまさか断られるとは思っていなかったらしく、意外そうな顔でそう言った。

ちなみに数える程の経験しか無かったが、優里奈に何か誘われて、それを断った男子は、

優里奈の人生で八幡が初めてだった。ちなみにその誘いは、当然一対一ではなく、

男女複数同士が学校帰りにうんぬんという、健全な誘いであった。

それも他の女子に言われて誘った事ばかりで、考えてみれば、

優里奈が主体的に男子を誘ったのは、これが生まれて初めての経験なのであった。

 

「ううっ、初めてだったのに……」

「は?何がだ?」

 

 八幡はその不穏な言葉に、慌てたようにそう言った。

 

「男の人を自分から誘うのがです、八幡さん」

「そ、そうか、まあ人は失敗から何かを学ぶもんだ、貴重な経験をしたな」

「ぶぅ、トラウマになっちゃいますよ?」

「トラウマに?それはまずいな……」

 

 八幡は珍しく、その優里奈の冗談に真面目に考え込んだ。

これは詩乃の例があったからであり、八幡はトラウマという言葉に敏感になっていた。

それを見た優里奈は、まさか自分の冗談を、

八幡がこんなに真面目に心配してくれるとは予想外であった為、

どんな結論が出るのか興味津々で八幡を観察していた。

そして八幡はどうやら結論が出たようで、優里奈にこんな提案をしてきた。

 

「よし、優里奈を俺の特別臨時秘書に任命する、

もちろん毎日じゃないが、優里奈の都合が良ければたまに学校が終わったら迎えに来るから、

それで色々経験してみるといい。色々な種類の人間と接する事になるから、

それでお前の天然さも少しは鍛えられて養殖ものに変わるだろう」

「養殖って、それにそれって、さっきの私のお願いと何か違うんですか?」

 

 その言葉に優里奈は噴き出しながらそう言った。

 

「遊びと仕事だ、建前は全く違う」

 

 八幡がそうすました顔で言うのを見て、優里奈は、とても嬉しそうに八幡に言った。

 

「建前……ですか、はい、それじゃあそれでお願いします!」

「おう、俺の事は、状況によって自分で判断してきっちり呼び分けるんだぞ」

「分かりました!」

 

 こうして櫛稲田優里奈は、八幡の特別臨時秘書に任命される事となった。

ここから優里奈の激動の日々が始まる。




これがこの作品の平凡です、慣れましょう!斜め上は正しい道なのです!

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