「さすがだな比企谷君、常在戦場ってか?いい心構えだ」
「ど、どうして閣下がここに?」
「いや、実はな、栗林が暴走した時に止めようと思って、隣の部屋で待機してたんだよ」
「わ、わざわざその為にですか?何かすみません……」
「いや、まあこいつらの慰労も兼ねてだから、それは別にいいんだ。
で、聞きたい事が出来ちまったから、ここに来てもらったと、まあそういう訳だな」
「聞きたい事……ですか?」
「ほら、さっき言ってただろ?マンションがどうだとか」
「あ、ああ!」
そして八幡は、マンションの事を説明し始めた。
「……という訳で、あの部屋はもう、ほとんどあいつらの好きにされちゃってるんですよ」
「ほうほう、それはそれは」
「うわ、大将凄いな、さすがにそんなリアルハーレム話は聞いた事が無いわ」
「いや、ハーレムじゃなく、ただの宿泊所みたいなもんなんですけどね……」
「大将、羨ましいっす!でもそこに痺れる憧れるっす!」
そんな八幡に、倉田が泣きながらすがりついた。
「あ、その喋り方、もしかしてケモナーさんですか?それじゃあそっちはトミーさん?」
「そうっすよ、ケモナーこと倉田っす、
そしてこれからは大将じゃなく、兄貴と呼ばせてもらいます!」
「え?あ、は、はい」
「富田です、宜しくお願いします、大将」
「あ、これはご丁寧に、こちらこそ宜しくお願いします」
八幡は二人にそう挨拶をし、嘉納の方へと向き直った。
「まあそんな訳です」
「なるほどな、って事は、栗林もそこのメンバーに?」
「いや、俺も寝耳に水なんですけど、明日奈がああ言ったからには、
許可が出たも同然って事になるんだと思います……」
「大将には決定権は無いの?」
「いや、俺が何か言えばその通りになるとは思いますけど、
やっぱり女性陣の自治に任せた方が、色々と上手くいくと思うんで……
そもそも俺はメンバーを増やす気は無いですしね」
「ふ~ん、あの子、栗林の事をそんなに気に入ったのかねぇ」
「分かりません、会ったのは今日が初めてのはずですし……」
そして嘉納は、少し考えた後、こう決断を下した。
「よし、栗林はソレイユに出向させよう」
「え、閣下、本気ですか?」
驚く伊丹に、嘉納はこう答えた。
「ちょうどあいつは手が空いたところだし、よく考えてもみろ、
ソレイユに発注したシステムの、細かい調整をする為の要員も必要だろ?
それにはあのゲームを経験したお前達の誰かが適任なのは間違いない」
「ああ、それは確かにそうですね……」
「これはまさに天の配剤って奴だ、でもあいつ一人じゃ不安だな、
ナツキ君は別の仕事があって無理だし、そうなると黒川君だな、
黒川君もセットで出向させたい。という訳で比企谷君、その線で頼めないか?」
「うちは大丈夫です、分かりました、その線で会社にも手配しておきますね」
「さすが話が早いね、それじゃあ宜しく頼むよ」
「はい、お引き受けします」
「それじゃああまり長く引き止めても怪しまれちまうし、とりあえず向こうに戻ってくれ、
こっちはこっちで適当に飲んでるから、何かあったらまたこっそりこっちに来てくれな」
「分かりました」
八幡はその言葉に頷き、自分の部屋へと戻っていった。
「悪い、仕事の電話があったから、ちょっと遅くなっちまった」
「あら、こんな時まで?大変ね」
「まあ仕方ないですね、責任ある立場なんで」
「それじゃあ俺達も、ちょっとトイレに……」
「おう、行ってこい行ってこい」
そして三人の男性陣は席を立ち、八幡は自分の席に戻った。
見ると明日奈が志乃にこんこんと何か説明しており、
八幡は首を傾げながら、茉莉にこう尋ねた。
「黒川さん、明日奈は一体何を……?」
「ああ、明日奈さんが、マンションの細かい使用ルールを志乃に説明しているのよ」
「え?ああ………ええと、それ、黒川さんも聞いておいた方がいいかもです」
「えっ?」
「実はさっき電話って言ったのは嘘でして、隣に閣下や伊丹さんがいて、
そっちに引っ張り込まれたんですよね……」
その予想外の言葉に、茉莉とナツキは驚いた。
「そ、そうなの?」
「嘘、閣下も来てたんだ」
「はい、多分まだ隣で飲んでます」
「何でそんな事に?」
「えっと、栗林さんが暴走した時の備えだそうで……」
「ああ、そういう事……それなら納得だわ」
「だねぇ、志乃はよくやらかすもんね」
その説明に、二人は驚くほど簡単に納得した。
どうやらナツキの口ぶりだと、過去に何かあったのだろう。
「で、閣下は何て?」
「えっと、マンションの話を聞いて、そういう事ならソレイユに栗林さんを出向させると、
で、ナツキさんは仕事があって今は無理で、黒川さんを栗林さんと一緒に出向させるから、
その面倒を見てくれと言われました」
「え………本当に?」
「はい……」
「そ、そう……」
茉莉はそう言うと、困った顔で八幡に尋ねた。
「わ、私も仲間に入れてと、明日奈さんに頼むべきかしらね」
「ああ、それなら……おい、明日奈」
八幡がそう呼んだ瞬間、明日奈はバッと振り向き、八幡の懐に飛び込んできた。
「なっ……」
そして明日奈はごろごろと甘えながら、八幡に言った。
「なぁに?八幡君」
「ああ、実は、黒川さんも栗林さんと一緒に、
うちのマンションの仲間に入れて欲しいそうなんだが」
「え、いいの?やった、それじゃあ茉莉さんも私達の仲間になってくれるんですね!」
「え、ええ、そうね、仲間に入れて頂戴」
「それじゃあ一緒に説明を……」
「いや明日奈、それはまあ、後でいいだろ」
「それもそうだね、それじゃあ私もトイレに行ってくるね」
「おう、気をつけてな」
そして明日奈が去った後、残された者達は、ひそひそと話し始めた。
「今の明日奈の様子、何かおかしくありませんでしたか?」
「あ、やっぱり八幡君もそう思ったんだ、時々常軌を逸した行動に出るわよね……」
「ねぇ、もしかして、実はもう酔っ払っちゃってるんじゃない?」
「う~ん、でも話し方は普通だよね?」
「足取りもしっかりしてるしね」
「う~ん………」
そして八幡は、三人に言った。
「実は明日奈がちゃんとお酒を飲むのって、今日が初めてなんですよ」
「え、そうなの?」
「だから明日奈が酔うとどうなるか、俺にも分からないんですよね」
「なるほど……」
「まあとりあえずもう少し様子を見てみましょう、予約終了まであと三十分くらいですしね」
「そうね、そうしましょうか」
そして全員戻ってきた後、一同は再び歓談を続けた。
ちなみにさすがに王様ゲームをしようなどと言い出す者はいなかった。戸部なども、
「盛り上がってるんだし無理にやる事は無いっしょ」
と、大人の意見を言っていた。風太も大善も、とにかく自分の好きな事について、
まあ言ってしまえばGGOに関する事なのだが、
それについてちゃんと理解しつつ話を聞いてもらえる事がとても嬉しいようで、
逆に、ゲームなんかやっている暇は無いと、会話する事を望む有様だった。
女性陣もそれは同じだったようで、一般男性との会話では得られない充足感を味わっていた。
「そうそう、あの銃ってば、装弾数が少ないんだよね」
「ですね、実際に戦ってみると、そこが気になりますよね」
「やっぱりあっちの方が……」
「だよね、あ~あ、あっちを制式採用してくれればなぁ」
風太と大善は、そんな感じでとても楽しそうに会話をしていた。
戸部も戸部で、それなりに予習はしてきたようで、
分からなかった点を質問する事で、きちんと会話を成り立たせていた。
そんな個人個人の相性や、細かい努力のおかげで、
この日の合コンは大成功のうちに幕を閉じる事となった。
「いやぁ、想像以上に楽しかったね」
「とにかくマニアックな話が通じるってのが、ストレスも無くてもう最高ね」
「是非またやりましょう」
「そうね、こっちからお願いしたいくらいだわ」
「帰りは大丈夫ですか?」
「ああ、うん、こちとら自衛官だからね、下手に暴漢に襲われても返り討ちよ」
「あはははは、確かに」
そして風太と大善、そして戸部は、意気投合したのか、
もう一軒別の店に行くと言って、去っていった。
ナツキはすぐ近くに友達の家があるらしく、今日はそこに泊まるらしい。
そして残された四人は……
「さあ八幡君、マンションにレッツゴー!」
「ん、まあここからならそうだな、運転はキットに任せればいいしな」
「それじゃあ茉莉さんと志乃さんも一緒にレッツゴー!」
「………え?」
「………本当に?」
「………お、おい、明日奈」
「え~?別にいいじゃない、ね?」
「いや、まあお二人が迷惑じゃなければ、俺は別に構わないが……」
「せっかくの機会だ、これからたまにお世話になるんだろうし、
どんな所か知っておく為にも行ってこい行ってこい」
「「「閣下!?」」」
そこに登場したのは、防衛大臣嘉納太郎その人であった。
「話は聞いてるよな?という訳でしばらく出向だ、頼むぞ二人とも、
いいシステムを開発してくれよ」
「は、はい」
「鋭意努力します」
さすがに敬礼まではしなかったが、二人はキリッとした顔でそう返事をした。
「それじゃあ比企谷君、あとは任せていいかな」
「はい、あ、キット、ここだここだ」
丁度その時キットが現れ、八幡はキットに手を振った。
「ん、比企谷君は、運転手付きの車でここに来てたのか?」
「あ、違います、これは自動で動くんですよ、名前はキットと言います」
「ほう、さすがはソレイユだな」
そう感心したように呟く嘉納に、キットが丁寧な挨拶をした。
どうやら嘉納の顔に関する知識は既に持っていたらしい。
『始めまして大臣、私はキットと申します、宜しくお願いします』
そうキットに挨拶をされた嘉納は、とても驚いた。
「く、車が喋った!?比企谷君、こ、これは……?」
「あ、はい、キットには高度なAIが搭載されてるんですよ。この前の事件の時も、
現場に間に合ったのは、キットが完璧に混雑状況や速度を調節してくれたおかげですしね」
「しかもその名前にこのデザインはもしかして……」
「あ、はい、元ネタはナイトライダーらしいです、外見まで完璧に再現してあります」
それを聞いた嘉納は、とんでもない事を言い出した。
「やっぱりそうか!なぁ八幡君、物は相談なんだが、
キットと同じタイプの車を俺に売ってもらう事は可能か?」
「キットと同じタイプの車……ですか?」
「うわ、閣下、本気ですか?」
それを聞いた伊丹は仰天し、そう言った。確かにキットは格好いいし、自分も欲しい。
だがこれを作るのにいくらかかるのか、
少なくとも億単位のお金が必要なのは、伊丹にも想像出来たからだ。
「当たり前だろ、俺達の世代じゃ、これを手に入れるのが、一生に一度の夢だったんだよ」
そんな嘉納の本気度を悟った八幡は、その願いの為に、可能な限り尽力する事を決めた。
「分かりました、可能かどうか確認してみますね」
「おお、頼む!この通りだ!」
こうして嘉納から、キット二号機の販売を頼まれた八幡は、
そのまま陽乃に連絡をとり、時間はかかるがオーケーとの返事をもらった。
それを聞いた嘉納は小躍りしながら喜び、伊丹達はそれを羨ましそうに見つめていた。
そして四人と別れた後、八幡は、明日奈達三人をキットに乗せ、
そのままマンションへと向かう事にした。