ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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たまにご指摘を受けますが、この小説は、なるべく読みやすいようにと、
基本文節ごとにこまめに改行させて頂いております、ご了承下さい。


第560話 社員教育の賜物

 次の日の朝、全社員が大会議室に集められた。

 

「何かあるのか?うちでこういうのって珍しいよな」

「って事は、おそらく大事な話があるんだろう」

「今日の集まりは、次期社長が主導した話らしいぞ」

「まじか、ついに本格始動か?」

「まさかいきなり社長交代は無いよな?早くても五年くらい後って言ってたし」

「お、来たみたいだぞ」

 

 そして陽乃と八幡、それにアルゴと薔薇が姿を現した。

 

「うちのトップがそろい踏みか」

「というか、こんなの初めてじゃないか?」

「何が起こるんだろうな」

 

 社員達がわざつく中、最初に陽乃が口を開いた。

 

「さて、私のかわいい社員諸君、忙しいのにこんな所に呼び出して本当にごめんね」

「社長の為ならどこにだって行きますよ!」

「ソレイユ魂って奴です!」

「社長、今日もお綺麗ですね、羨ましいです!」

「部長の顔のペイントが無い!?」

「室長、今度踏んで下さい、お願いします!」

「次期社長、今度デートして下さい!」

 

 その瞬間に八幡が、その発言した者の名前を呼んだ。

それはこの雰囲気ならバレないだろうと思い、その騒ぎに便乗したかおりだった。

 

「かおり、お前どさくさ紛れに何を言っちゃってるんだよ、遠まわしに飯の催促か?

お前に美味いものを食わせるのはしばらく禁止ってお達しが来てるから諦めろ」

「ちょ、ちょっと、何で私だって分かったのよ、

ってか人を食いしん坊みたいに言わないで!!」

「恥ずかしいのはこっちだっつの、

まあいい、あ~、みんな、今日はみんなに大事な話があって集まってもらった」

 

 八幡がそう言った瞬間に、社員達はシンとなった。

 

「聞いていた奴もいると思うが、俺達は明日から急遽アメリカへ飛ぶ。

なのでその間、会社の事をこちらの方にお願いする事にした、

姉さんの母上であらせられる、雪ノ下朱乃さんだ」

 

 そして薔薇が扉を開け、朱乃が姿を現し、社員達に頭を下げた。

 

「至らぬ点が多々あるとは思いますが、どうか皆さんにご協力をお願いして、

無難に留守を守れればと思います、どうぞ宜しくお願いします」

 

 朱乃がそう挨拶し、社員達は一斉に拍手をした。

八幡はそれを満足そうに眺めた後、再び口を開いた。

 

「実は今回のアメリカ行きは、少しリスクがある。

そういう事が無いように色々準備してきたつもりだが、

向こうで敵からの襲撃を受ける可能性もあると俺は見ている。

そして向こうは銃社会だ、その意味は分かるな?」

 

 その瞬間に社員達はざわつき、女性社員の間から、悲鳴のような声が上がった。

 

「だが今回は、例の自衛隊から出向してきている二人も一緒に来てくれる事になった。

向こうで自衛の為に使う武器も確保済だ、でもまあ心配だよな?

そこでだ、ここに一本のナイフがある」

 

 そう言って八幡は、一本のナイフを取り出した。

料理用のちゃちなナイフではない、軍用のナイフである。

 

「これをこうして」

 

 八幡はそう言いながらそのナイフを回転させながらビュッと上に投げ、

正面を向いたままその回転するナイフを後ろ手でキャッチした。

もちろんナイフの方は一切見ていない。

 

「「「「「「「「「「おおっ」」」」」」」」」」

「とまあこのように、俺はそれなりにナイフが使えると自負している、

理由はまあ……みんなが知っている通りだ」

 

 八幡がSAOサバイバーだという事は、社内では公然の秘密だった。

まあ帰還者用学校に通っている時点で当たり前なのであるが、

これほど巧みにナイフを使える事は、さすがにそこまで知られてはいなかった。

もっとも名前から、八幡が「あの」ハチマンである事は、普通に予想されていたが、

その情報は外には一切漏れてはいない。ソレイユ社員達の忠誠心は高いのだ。

 

「という訳で、俺も体を張って仲間を守るから心配しないでくれ。

そしてみんなは、俺達が帰る場所が無くならないように、留守の間会社を守ってくれ」

「「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」」

 

 社員達は、決意のこもった声で一斉にそう返事をした。

 

「ここで一つ注意なんだが、俺達は自分の身を守る為に、

個人の携帯とかは全部こっちに置いていき、向こうで飛ばしの携帯を使うつもりでいる。

そして基本こちらの人間にはその携帯から連絡はしない。

これは俺達が誰と連絡をとっているのか、その身元が割れるのを防ぐ為の処置であり、

しばらく俺達とは一切の連絡がとれなくなるが、

その代わりに無事を知らせる為の手紙を送る事にする。アナログだが、これなら安全だろ?」

 

 その言葉が社員達には目から鱗だったのか、感嘆するような声が漏れた。

 

「という訳で、折本かおり、岡野舞衣、この両名は、差出人不明な手紙が届いたら、

その手紙を朱乃さんに渡すようにしてくれ」

「「はい!」」

「以上、何か質問は?」

 

 八幡がそう言うと、当然のようにほとんどの者が手を上げた。

 

「多いな、あまり時間がないから、とりあえず部署ごとに相談して質問の数を減らしてくれ」

 

 その指示を受け、社員達は即座に行動に移り、またたく間に質問が絞られた。

さすがの八幡も感心せざるを得なかったが、

それだけ社員達が必死だという事にはさすがに思い当たらなかったようだ。

目の前で自分達が尊敬する者が、自身の死を仄めかすような事を言ったのだ、

焦って必死になるのも当然であろう。そして質疑応答が始まった。

 

「アメリカ行きの目的を教えて下さい」

「大きく分けて三つある、一つ、ザスカー社との提携の話し合い、

二つ、アメリカで難病の特効薬を開発している知人への、

メディキュボイドの提供の為の打ち合わせ、

三つ、とある科学者への次期プロジェクトへの参加依頼、だな」

「その内容で、危険な旅になるというのは納得出来ないのですが」

「三つ目に少し問題があると考えてくれればいい」

「リスク回避の為に、三つ目をとりやめる事は出来ないんですか?」

「すまない、それは出来ない。今後百年会社を安泰にする為だ、

可能な限りの対策もとってあるし、心配をかける事もあると思うが、

俺達を信じて会社の留守を守っていてくれると嬉しい」

「あ、あの、必ず戻ってきてくれますよね?」

 

 最後に放たれたその質問に、八幡は力強く頷いた。

 

「任せろ、約束する」

 

 その力強い言葉を受け、やっと社員達は安心したのか、それぞれの持ち場に戻っていった。

 

「八幡君に駆け寄る女子社員がいなかったのが意外ね」

「彼女らは今自分がやるべき事は、俺達がいない間、

しっかりと会社を守るという事だと理解しているんだろうさ」

「日頃の教育の成果かしらね」

「さすがは姉さんだという事にしておくか」

 

 だが部屋を出た瞬間に、八幡は女子社員達に囲まれた。

 

「次期社長、絶対に無事に帰ってきて下さいね!」

「おみやげをくれなんて野暮な事は言いませんから、みやげ話を楽しみにしてますね!」

「あの、次期社長、是非私からのいってらっしゃいのキスを受けて下さい!」

「あっ、抜け駆け?それじゃあ私も……」

「私も私も!」

「何それウケるし、それじゃあ私も!」

 

 どさくさまぎれにその波に乗ろうとし、八幡にじろっと睨まれた者も約一名いたが、

八幡はその女子社員達の顔を呆れた表情で見回した後、陽乃の方に振り返りながら言った。

 

「姉さん、この状態を踏まえて、さっきの会話についてコメントを」

「反省してま~っす、すみませんでした~」

「それ絶対反省してないよな、とりあえずこの場を何とかしてくれ」

「はぁ……めんどくさいなぁ、いい?あんた達、

実際にしちゃうと色々と差し障りがあるから、投げキッスくらいで我慢しておきなさい」

「はぁ!?」

「「「「「「「「は~い!」」」」」」」」

 

 そして女子社員達が手を口に近付けた瞬間、八幡は脱兎の如く逃げ出した。

だが女子社員達の投げキッスの射程は長く、その全てが八幡の背中に降り注いだ。

 

「よくやったわみんな、これで八幡君には人数分の女神の加護が付いた事になるわね」

 

 そのセリフが聞こえたのだろう、八幡はくるりと振り返り、こちらに戻ってくると、

開口一番にこう突っ込んだ。

 

「加護って何だよ、意味がわからねえよ!」

「あら、うちの女子社員達はみんな女神みたいにかわいいでしょ?

まさかそれを否定したりはしないわよね?」

「え………あ………」

 

 女子社員達の期待のこもった視線を一身に受けた八幡は、

まさかここで否定する訳にもいかず、悔しそうに陽乃の方を見ながら言った。

 

「み、みんな、め、女神の加護をありがとうな………」

「はい、よく出来ました、拍手~!」

 

 その瞬間に陽乃がそう言い、女子社員達は一斉に拍手をした。

 

「あ、ありがとう……」

「「「「「「「「どういたしまして!」」」」」」」」

 

 そして陽乃がパン!と手を叩くと、

女子社員達はきゃあきゃあ言いながらそれぞれの部署へと戻っていった。

 

「どう?これが私の教育の成果よ」

「………どう考えても褒めるところじゃないんだが、しかし統制は……いや、でもな……」

 

 そんなどう評価していいものか迷っている八幡の背中を、陽乃はバン!と叩いた。

 

「さて、それじゃあ敵地に向かうとしましょうか」

「あ、ああ、そうだな。おい小猫、各方面への連絡の方はどうなっている?」

「時間が足りなくて何人か連絡がとれない人がいるわ、GGOだとピト、イコマ君、

レンちゃんもそのカテゴリーかしらね、ALO組は和人君から話が行くはずだからいいかな」

「まあGGO組には小町か詩乃から話が伝わるだろ、それじゃあ行くか、

個人の携帯は……社長室に充電器ごと置いておけばいいか」

「みんな、パスポートは忘れずにね」

 

 だが結果的に、GGO組にはその話は伝わらなかった。

小町はレポートが忙しくてしばらくGGOにイン出来ず、

詩乃はバイトをしすぎた為、夏休み明けの試験の成績がかなり落ちてしまい、

それを取り戻す為に、しばらくABCの三人と、

毎日放課後ローテーションで、各人の家で勉強会を行う予定になっていたからだ。

 

 

 

 そして八幡達がアメリカに飛び立った次の日、テレビでこんなニュースが流れた。

 

『只今入ってきた情報によりますと、アメリカの………空港で、

旅客機に対するハイジャックが発生しました。

乗客リストに載っている日本人は十人、

比企谷八幡さん、雪ノ下陽乃さん、雪ノ下雪乃さん、雪ノ下夢乃さん、

結城明日奈さん、間宮クルスさん、薔薇小猫さん、牧瀬紅莉栖さん、

栗林志乃さん、黒川茉莉さんです、安否が気遣われます』


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