ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭
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第621話 ピンクルス

「八幡君、大丈夫?理事長に何かセクハラされなかった?」

「覚悟はしてはいたんだが、今日は特に無理難題をふっかけられたりはしなかったな、

最初から下手に出たのが良かったみたいだ」

「そっかぁ、それなら良かったよ」

「だが一つ誤算があってな……」

「誤算?何だ?」

「実は明後日の試験の事を完全に忘れててな……」

 

 理事長室を後にし、まっすぐ教室へ戻った八幡は、

仲間達に理事長室での出来事について説明していた。

 

「えっ、それってやばいんじゃない?」

「八幡さんは確か、出席日数と試験の順位がトレードオフでしたよね?」

「まさかの落第確定か?」

「最悪そうなるかもしれん……」

 

 その言葉に、明日奈は心配そうな顔でこう言った。

 

「おかしいとは思ってたんだよね、

アメリカで特に勉強してるような素振りがなかったから」

「面目次第もない」

 

 そんないつになく弱気な八幡の肩を、和人がポンと叩いた。

 

「まあ死ぬ気で勉強するしかないな」

「そのつもりだ」

 

 そしてそんな八幡を見かねたのか、里香と珪子が八幡にこう提案してきた。

 

「実は今日のお昼に相談してたんだけど、今日明日の放課後みんなで集まって、

勉強会を開こうかって話してたんだけどさ、八幡もそれに来れば?」

「あ、それはいいかもですね、一人でやるよりは効率がいいと思います」

 

 だが八幡は、苦々しい顔でその提案を断った。

 

「あ~、その申し出は有難いんだが、今回のヤバさはそんなレベルじゃないんで、

この二日間限定の家庭教師を頼もうかと思ってるんだよ」

「そこまでなんだ……」

「おう、何せ試験範囲も覚えてないしな、だから明日は学校を休んで勉強だ、

こうなると学校に来る意味がまったく無いからな」

「や、休んで勉強!?」

「逆転の発想!」

「それは斬新な考え方ですね……」

「でもまあ困った事に、八幡の立場だと事実なんだよな……」

 

 そんな八幡に四人は呆れ、心配そうな表情をしたが、

直後に八幡が出してきた名前を聞いて、それなら大丈夫だろうと納得した。

 

「一応文型科目はマックス、理系科目は紅莉栖に教えてもらう予定だ」

「この上ない布陣ね」

「豪華メンバーだな」

「そっかぁ、それじゃあこっちはこっちで頑張ってみるね」

「悪いな、まあお互い頑張ろうな」

「うん、一緒に卒業したいし、八幡君も頑張ってね」

「もし落第したら、パシリに使ってやるからな」

「そうならないように努力する」

 

 そして八幡は授業が終わってすぐに、クルスにメールを入れた。

これはクルスが授業中な可能性を考慮した為である。

 

 

 

「クルス、今日の帰り、どこかに寄ってかない?」

「うん、別にいいよ」

 

 ミサキの娘である杏と一緒に授業を受けていたクルスは、

授業が全部終わった後に杏にそう誘われ、一緒にどこに行くか相談している最中だった。

その時八幡からのメールが届き、クルスは心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、

すぐにそのメールを開いた。

 

「随分嬉しそうだけど、もしかして八幡君から?」

「う、うん」

 

 クルスは心ここにあらずといった感じでメールの文面を見た。

そこにはこう書かれてあった。

 

『マックス、緊急の用事があるんだが、今夜俺のマンションに泊まってもらえないだろうか。

ちなみに明日俺は学校を休むから、俺と一日一緒にいてもらう事になる予定だ。

絶対に雪乃にはバレないようにしたいんだが、今あいつは近くにいるか?

とりあえず迎えに行くから、場所を指定してくれ。

今日は優里奈も呼んでないから食事も自分達で作る事になるが、

もし何か作りたい物があったら途中で材料を買おう。

俺は俺で何品が作るから、その分の材料もその時に買うつもりだ。

もし都合が悪いなら返信してくれ、他を当たる事にする。それじゃあまた後でな』

 

「ま、まさかの八幡様からのお泊りのお誘い……?」

 

 クルスはそう呟き、凄まじい速度で脳を回転させ、自分の世界に没頭し始めた。

そしてクルスは脳内がピンク色に染まったピンクのクルス、ピンクルスに変身した。

 

「まさかとは思うけど、優里奈ちゃんも呼んでないって事はつまりそういう事?

い、いいのかな?でも八幡様がそう言うんだから、ルールを破ってもいいんだよね!?」

 

 これは部屋に紅莉栖も来る為、八幡が女子の誰かと部屋で二人きりにならない、

というルールには抵触しないという判断からきた文章なのだが、

クルスはどうやらそうは思わなかったらしい、

というか誤解を生む文章であるのは間違いなく、完全に八幡のミスである。

 

「クルス?お~い、クルス?」

「しかも明日学校を休むって、今日から明日の夜にかけて、

延々と八幡様にベッドの中でかわいがってもらえると?」

「ええっ!?何そのいきなりの大人な発言!?」

「雪乃には内緒?雪乃にバレると邪魔されるから、それを避けて……?

ねぇ杏、今日雪乃は?雪乃はどこ?」

 

 クルスはあわてて杏にそう尋ねた。

先ほどから杏がちょこちょこと話しかけてきていた事には当然気づいていない。

 

「えっ?急にどうしたの?えっと、雪乃は確か……ああ!

今日は午後の講義が無いから猫カフェに行くって嬉しそうに帰ったけど?」

「よ~しよし、猫カフェに行ったなら絶対に長居するはず、何も問題なし、私大勝利!」

「えっ?えっ?」

「そして八幡様と一緒に料理、そうなると多分……

『八幡様、味見してもらえますか?』

『ああ……お、美味いな、さすがは俺のマックスだ』

『はい、八幡様のマックスです、私の身も心も八幡様に捧げていますから!』

『心はともかく身はまだだろう?』

『あっ、八幡様、そんな……』

『もう我慢出来ん、このままお前を味見したいんだが、いいか?』

『はい、優しくして下さいね』なんてなんて、きゃあ、きゃあ!」

 

 突然クルスが自分の頬に手を当て、くねくねと体を捻り始めた為、

杏は周囲の目を気にしながら必死にクルスに呼びかけた。

 

「ク、クルス、落ち着いて?本当に落ち着いてってば!周りの人が見てるから!」

「しかし最後のこの文章、都合が悪かったら代わりを呼ぶ?

つまりもしここで私が行かなかったら、

八幡様はそのリビドーを他の人で解消するという事に!?

それは駄目、絶対に駄目、おそらく八幡様は私を一番に指名してくれている。

このビッグウェーブに乗らない手はない!」

「ビ、ビッグウェーブ?」

「という訳で杏、時間が無いわ、ちょっと付き合って!」

「え?あ、ど、どこにいくの?」

「買い物!」

 

 そしてクルスは急いでメールを書き始めた。

雪乃が不在な事と、三十分後に学校まで迎えに来てほしいという事をメールに書き、

八幡に送信したクルスは、すぐに八幡から承諾のメールがきた為、

そのまま杏を伴って近くのショッピングモールに駆け込んだ。

 

「家に帰る時間が惜しい、杏、八幡様が好きそうな服を選んで!」

「そ、そんなの分からないよ!」

「それじゃあとにかくかわいくてエロいやつを探して!」

「エ、エロいってそんなストレートな……」

 

 そう言いながらもちゃんと服選びを手伝う杏なのである。

どうやら八幡からの大人の誘いである事は先ほどの言葉から明らかであり、

羨ましいと思いつつも、杏は友人の幸せを思い、素直に応援する事にしたようだ。

 

「これでよし、それじゃあ次は下着売り場!」

「そうくると思った……で、どんなのがいいの?」

「さっき選んだ服と真逆の清楚な奴!でもちゃんと露出がある奴!」

「注文が多い……」

「仕方ないでしょ、ギャップ萌えを狙うんだから」

「はいはい、それじゃあ探そっか」

 

 そして無事に下着を選び終わったクルスは、

次に何を考えたかエプロンを売っている店を探し始めた。

 

「つまり料理をするって事?」

「それもあるけど、主目的は私の体型にフィットする裸エプロン選びよ!」

「クルスが壊れた……まあ別にいいけど……」

 

 そして二人は裸エプロンに適したエプロンはどれかと、真面目に議論し始めた。

周囲の客達はドン引きである。そして二人はこれはというエプロンを選び、

クルスがそれを購入した時点で、既に二十分が経過していた。

これは女性の買い物としてはかなり早いペースであり、二人がどれだけ頑張ったかが分かる。

ちなみにクルスはここまで買った物を全部その場で身につけており、

完全にお出かけ準備を整え終わっていた。

 

「よし、間に合った、それじゃあ学校に戻るよ杏!」

「う、うん!」

 

 二人はそのまま学校に戻り、約束の時間までその場で待つ事にした。

 

「付き合ってもらって本当にありがとね、助かったよ杏」

「う、うん、クルスが最初に着てた服はとりあえず私が預かって、ついでに洗濯しておくね」

「いいの?ごめんね杏」

「いっていいって、親友の幸せの為だもん」

 

 そんな会話を交わしつつ、八幡の到着を待っていた二人であったが、

クルスが普段とは違い、女らしさを前面に押し出した格好をしている為、

凄い数の男達が次々とクルスに声を掛けてきた。

 

「間宮さん、その格好、凄くかわいいね」

「はぁ、別にあなたの為に着てる訳じゃないんで」

「間宮さん、良かったらこの後どこか遊びに……」

「私が男の人と遊びに行く事は永遠にありえません消えて下さい」

「それなら俺と……」

「聞こえませんでしたか?ありえません消えて下さい」

 

 杏はクルスのそんな対応を、物珍しそうに眺めていた。

 

(不機嫌そうだなぁ、こんなクルスは珍しいね、でもまあ確かに声をかけてくる人多すぎ)

 

 杏は改めて今のクルスの格好を見て、それも仕方ないかとため息をついた。

そんな杏の視界に先日見た車が入り、杏はクルスにその事を伝えた。

 

「クルス、来たみたいだよ」

「あっ、本当だ、ありがとう杏」

 

 クルスはそう言うと、男達を邪魔そうに睨みつけて道を空けさせ、

そのまま一目散に八幡の方に走っていった。

 

「八幡様ぁ!」

 

 その学内三大美女の一角であるクルスの、

先ほどまでとはまったく違った甘い声に、男達は呆然とした。

あまつさえクルスが蕩けそうな笑顔でまだ車に乗ったままの八幡に話しかけた為、

男達はさすがに悔しかったのか、クルスが車に乗る前に何とかしようと、

ほぼ全員がキットの方へと向かって一歩を踏み出した。

 

「急な話で悪かったなクルス、それじゃあ行くか。キット、ドアを開けてくれ」

『分かりました』

 

 その瞬間にキットのガルウィングが開き、その男達はビクっとした。

どうやらそれで、キットが自分達には手が出ない、高性能で高価格な車だと気づいたようだ。

その為男達はその場から動く事が出来なくなり、

そのままクルスが運転席から降りた八幡にエスコートされ、

キットの助手席に乗り込んでしまった為、すごすごと引き下がる事しか出来なくなった。

そのせいか、キットの所までたどり着けたのは杏だけだった。

 

「八幡君、クルスをお願いね」

「お、杏さんか、悪いがクルスを借りてくわ」

「うん、ごゆっくりね!」

 

 八幡はその杏の言葉に、俺にとってはこれからが地獄なんだがなと思ったが、

口に出しては何も言わなかった。

 

「それじゃあまたそのうちな」

「杏、ありがとね!」

「うん、二人とも、またね!」

 

 そしてキットが発車し、杏も家に帰ろうと振り返った。

そこには敗北感に塗れた男達が死屍累々と並んでおり、杏は内心でこう思った。

 

(プライドだけは高い負け犬さん達、無駄な努力をご苦労様)

 

 この事からも、どうやら杏が母親似で間違いないという事がよく分かる。

 

 

 

「八幡様、今日は一番に私に声を掛けて下さって、本当にありがとうございます」

「いや、こっちこそ急で悪かったな、こういう時は、俺にはお前しかいないからな」

「す、凄く嬉しいです」

「しかしお前には珍しくちょっと派手な格好だな、でもまあ凄く似合ってるぞ」

「は、はい!」

 

 そんな微妙に意味が食い違う会話を交わしながら、二人はマンションへとたどり着いた。

そして部屋のドアを開けた瞬間、中から先に来ていた紅莉栖が顔を出した。

 

「ハイ、待ちくたびれたわよ」

「く、紅莉栖?どうしてここに!?」

「あなたと同じ、八幡に勉強を教える為に呼ばれたのよ、

まったくもう、試験がある事を忘れるなんてどんなドジよ」

「面目次第もない……」

 

 それでクルスは自分の勘違いを悟り、顔を青くした。

 

「それにしてもクルス、随分と気合いの入った格好ね、一体どういう風の吹き回し?」

「え、えっと、これは……」

 

 言いよどむクルスの代わりに、八幡が紅莉栖にこう言った。

 

「そんなに気になる事か?マックスだってお洒落くらいするだろ」

「それはそうなんだけど、クルスって実は、

あんたの前以外だと凄く地味な格好しかしないのよね、だから珍しいなって」

「今は俺の前にいるだろう?」

「でも急に呼び出したって事は、最初からその格好だったって事じゃない?」

「まあそれはそうだが……」

 

 そんな自分のフォローをしてくれる八幡の様子を見て、いたたまれなくなったのか、

クルスは自分が何を考えたのか、正直に二人に告白した。

 

 

 

「あはははは、そういう事だったんだ」

「す、すまん、俺のメールの書き方が悪かった」

「いえ、確認しなかった私が悪いです……」

「余計な出費をさせちまったな、その分はちゃんと出してやるから心配するな」

「いえ、秘書見習いとしてもらっているお給金でお釣りが来ますので」

「いや、しかしだな」

 

 そう困った顔で言う八幡に、紅莉栖がこう言った。

 

「八幡、あんたが言うべき事はそうじゃないでしょう?」

「………まあお前が何を言いたいかは分かってる」

「どういう事ですか?」

 

 その八幡と紅莉栖のやり取りに、クルスはきょとんとした。

そして八幡は頭をかきながらクルスにこう言った。

 

「マックス、事情を説明した上で明日奈の許可は俺がとるから、

今度二人でどこかに遊びに行こう。その時はもちろんその服を着てきてくれよ。

ああ、下着とかは見る訳にはいかないが、エプロン姿は後で料理の時に見せてもらうからな」

 

 その言葉にクルスは、内心泣きそうになりながらも笑顔でこう答えた。

 

「はい、喜んで!」

 

 こうしてラブコメの時間が終わり、勉強の時間が始まった。


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