「それじゃあ数学の試験を開始する。試験用紙を表にしなさい」
本日は試験二日目、主に理系教科の試験が行われる日であった。
ちなみに昨日の文系教科の試験は、問題なく高得点を取る事が出来、
八幡は今日の試験をリラックスして迎える事が出来ていた。
そして試験が開始された一分後、突然八幡と明日奈がおかしな声を上げた。
「ふひっ……」
「はうっ……」
「比企谷君、結城君、どうかしたかね?」
「い、いえ、何でもありません」
「失礼しました」
教師にそう尋ねられた二人はすぐに謝ると、
一瞬アイコンタクトをし、そのまま試験問題へと目を戻した。その理由は簡単である。
今回の数学の試験問題は、紅莉栖が先日作成したものとほとんど同一のものだったからだ。
もちろん数字等はまったく違うが、基本レイアウトはほぼ同一のものだった。
(やべえ……もしかして俺、生まれて初めて数学で百点とか取っちまうんじゃねえの?
さすがにこれはやりすぎか?しかし今回は緊急事態だ、仕方ない、仕方ないんだ……)
(やばっ、これはもう百点取るしかない感じだよね、
紅莉栖が凄いのは知ってたけど、まさかここまでとは思ってもいなかったよ……)
二人は多少の罪悪感を覚えながらも、凡ミスをしないように丁寧な解答を心がけ、
無事に数学の試験を終える事となった。
「二人とも、どうだった?」
「あ、いや……よ、余裕だったわ」
「う、うん、余裕だった……かな」
「へぇ、凄いね!最後の問題とか、難易度が高すぎて何が何だか分からなくなかった?」
「ああ、あれはな」
そう言ってスラスラと、ノートに問題の考え方と答えを書く八幡を見て、
和人達三人はぽかんとした。
「お、お前、数学は苦手なんじゃなかったか?」
「た、たまたま前の日に紅莉栖から似たような問題を教わったからな」
「そっかぁ、さすがだよなぁ」
「あれって絶対百点を取らせないようにする為の問題だと思ったのにね」
「まああの先生は毎回同じような事をしてきますから」
その言葉通り、数学の試験の最後の問題に、過去数回の試験で正解した者はいない。
八幡と明日奈はまさか紅莉栖がそこまで当ててくるとは思わず、背筋が寒くなる思いがした。
「ま、まあ終わった事はいいだろ、次の試験に備えて教科書でも見ておこうぜ」
「そうだね、次も頑張ろう!」
「お、おう」
そして次の物理の試験、更に午後の化学の試験でも、同じような光景が繰り広げられた。
そして全ての試験が終わった後、八幡と明日奈は二人仲良く机に突っ伏していた。
「終わった………」
「どうしよう八幡君、今回の試験はちょっと点数を取りすぎじゃない?」
「ま、まあ全て紅莉栖のせいだ、俺達は悪くない」
何とも恩知らずな言葉ではあるが、それが厳然たる事実なのも確かである。
「そ、そうだね、うん、今回は紅莉栖が凄すぎたって事で……」
「あれであいつ、まだ十七歳なんだぜ、信じられるか?」
「今まで天才って言葉を結構軽く使ってたけど、今後は安易には使えないね」
「だな………それじゃあ俺はちょっとキットで神奈川の峰ヶ原高校に行ってくるわ」
「ああ、例の子?試験でいつもより早く学校が終わったし、丁度いいね」
「んじゃまあ双葉理央がどんな奴か、見極めてくるわ」
「気をつけてね」
そして八幡が去った後、明日奈は和人達三人に囲まれた。
「う?」
「なぁ明日奈、何か俺達に隠してる事があるんじゃないのか?」
「八幡はどこに行ったの?」
「あ、八幡君はソレイユ奨学金に申し込んできた人で、
八幡君の直属候補になった人に会いにいったよ」
「え、直属?」
「ほほう?俺の将来の同僚って事か」
「和人、気が早い!」
「どんな人なんですか?」
「えっと……真面目そうなんだけどちょっと抜けたところもありそうなかわいい子?」
その言葉に三人は、またかという表情をした。
「また女の子かよ……」
「まったくあいつときたら……」
「明日奈さんはそれでいいんですか?」
「う、うん、良くはないけど、今回は姉さんからの指定みたいなものだからさ」
「ほう?」
「そんなに将来有望な子なの?」
「どうだろう、それを見極めに行ったんだと思う」
「なるほど」
これで話が上手く反れたと考えた明日奈は、
そのままこの場を離れようと立ち上がったのだが、
そんな明日奈の肩に、里香がガッシリと腕を腕をからめてきた。
「さて、前座の話も終わったところで、試験中にどうして様子がおかしかったのか、
その理由を聞かせてもらいましょうか」
その言葉に和人と珪子もうんうんと頷き、明日奈は悲鳴を上げた。
「ここか……」
明日奈が全て白状させられ、ずるいずるいと羨ましがられた末に、
三人にお茶を奢る羽目になった丁度その頃、
八幡はキットのナビに従い、神奈川県立峰ヶ原高等学校に到着していた。
「さて、先ずは事務の人に話を通すか」
八幡は学生ではあるが、スーツを着用していた。
二十二歳という年齢の事もあり、今は冴えない新人社会人のように見える。
そのせいか名刺を受け取った事務員は、驚いた表情で八幡の顔を何度も見たのだが、
このような反応は慣れっこだった為、八幡は堂々と事務員に受け答えしていた。
「それではあなたはソレイユの部長さんで、ソレイユ奨学金の候補者に会いたいと……」
「はい、アポ無しで来てしまって申し訳ありません。
当社と致しましてはこちらの学校とは今後ともそういった面で、
良いお付き合いをさせて頂きたいと考えております。その一環として、
こちらの学校がどういった環境なのかを見させて頂きたいと思いまして。あ、これ名刺です」
そう言って八幡は、先ほど見せたものとは別の名刺を事務員に渡した。
「わ、分かりました、今校長先生に許可を頂いてきますので、少しお待ち下さい」
そして待つ事数分で、いかにも校長に見える、恰幅のいい男性が姿を現した。
「これはこれは、ようこそおいで下さいました」
「アポ無しなのに丁寧な対応をして頂き、本当に感謝します、校長先生」
「いえいえ、あのソレイユの方をお迎え出来て、嬉しく思います」
その『あの』という言葉から察するに、
どうやら校長は、最近のソレイユの業績の上向き加減をきちんと把握しており、
つい最近発表されたソレイユ奨学金についても興味を持っていたようだ。
そして校長は八幡に名刺を渡し、次にこう尋ねてきた。
「で、今回ソレイユのお眼鏡に適ったのは、一体誰なのでしょうか」
「双葉理央という女子生徒なんですが」
「双葉理央さん、ですか、すぐにクラスを調べて担任を呼んで参りますので少々お待ちを」
そしてすぐに担任と思しき男性が現れ、理央がこの学校唯一の科学部員だという事と、
放課後は理科室に一人でいる事が多い事が判明し、
八幡は事務員の案内で、理科室へと向かう事となった。
「しかし唯一の科学部員って、この学校は部員が一人でも部として認められるんですか?」
「ええ、うちの学校は、一度部として認められたら、
部員がいなくなるまでは廃部にはならない事になっているんですよ。
まあこの時期に部員が三年生一人という事は、新入部員がいないという事なので、
科学部は今年限りで無くなってしまう事は確定してるんですけどね」
「そうですか、それは少し寂しいですね」
「これも時代の流れなんでしょうかね」
そして事務員は、理科室と書かれた教室の前で足を止めた。
「ここです」
「ありがとうございます、後はこちらで話してみますので大丈夫です」
「分かりました、それではお帰りの際に一声お掛け下さい」
「はい、ここまでご案内頂きありがとうございました」
そして事務員が去った後、八幡は理科室のドアをノックした。
「………はい、どうぞ」
少し間が開いた後、中からそんな声が聞こえてきた。
八幡はその声を受け、遠慮なくドアを開けた。
中にはフラスコとビーカーでコーヒーらしき飲み物を入れる、
制服の上に白衣を纏い、眼鏡をかけた髪の長い女子生徒の姿があり、
その女子生徒は、アルコールランプを見つめたままこちらにこう声を掛けてきた。
「梓川、今日は何の用事?また何かトラブル?
もしそうなら相変わらずのブタ野郎だね」
(ブタ野郎なぁ……悪口には聞こえなかったから、
その梓川って奴は実は仲のいい友達なんだろうな)
その言葉で八幡は、どうやらここを訪れるのは、
ほぼその梓川という人物だけなんだろうなと考えながら、理央に声を掛けた。
「残念、ただの不審人物だ」
理央はその言葉にバッと顔を上げて慌てた表情をしたものの、
落ち着いてアルコールランプの火を消し、
ビーカーやフラスコを割らないように丁寧に机の上に置いた後、
凄まじいスピードで部屋の隅へと移動し、
八幡の目から自らの胸を隠す仕草をしながらこう言った。
「梓川!」
「任せろ」
突然八幡の背後からそんな声が聞こえ、直後に一人の男子生徒が、
八幡に体当たりをするように開いたままの部屋の入り口から中に飛び込んできた。
「そういうのは声を掛け合ったら意味がない、というかアイコンタクトですら論外だ。
だからこうして避けられる」
そう言いながら八幡は、理央から目を離さずにその体当たりを難なく避け、
その梓川と呼ばれた生徒は派手に教室内に転倒した。どうやら八幡が足を引っ掛けたらしい。
「痛ってぇ!」
「梓川、この役立たず!」
「ひでえな双葉、せっかく白馬の王子が助けにきたってのに」
「白豚の間違いじゃないの?」
「王子を否定されなかっただけマシと考えるべきか……
まあいい、双葉、とりあえず俺の後ろに」
「うん」
その少年、梓川咲太は素早く立ち上がると、理央を守るように八幡の前に立ちはだかった。
(さて、どうすっかなぁ、もう少しこの『三人』をからかいたい所だが)
そう言いながら八幡は、ひょいっと体を横にずらした。
その横を、別の少年~国見佑真がタックルの格好で通り過ぎていった。
そして先ほどの咲太同様に八幡に足を引っ掛けられ、これまた同様に盛大に転ぶ事となった。
「く、国見、大丈夫?怪我とかしてない?」
「おう、大丈夫だ!」
八幡はその受け答えを聞き、咲太に同情の視線を向けた。
それに気付いた咲太は、何ともいえない表情をしながらこう言った。
「俺に同情してくれるのが不審人物さんだけだって言うのが悲しいな……」
そんな咲太に八幡がこう声を掛けた。
「ドンマイ、梓川」
「馴れ馴れしいなおい!」
そう突っ込みつつも、咲太は後ろ手で理央の腕を掴んで窓際へと誘導し、
そのまま窓の外に脱出させようとした。
「国見、双葉を窓から逃がす、時間を稼いでくれ」
「任せろ」
「双葉は先生を呼んできてくれ、それまで二人で何とかこいつを押さえ込む」
「わ、分かった」
そして理央は、言われた通りに窓から外に出ようと窓枠に足を掛けたが、
その瞬間に足を滑らせたのか、後ろに倒れそうになった。
「きゃっ」
その声に咲太と佑真は慌てて振り向き、
理央が窓から変な体制で落ちそうになっているのを見て体を硬くした。
その横を、まるで風のように八幡が駆け抜けていった。
「うわっ」
「な、何だ?」
そんな二人の視界に、音も無く空中でふわっと理央をキャッチし、
そのままお姫様抱っこする八幡の姿が映った。
そして八幡は心配そうな顔で、理央にこう声をかけた。
「大丈夫か?怪我とかはしてないよな?」
「あ、えっと、は、はい、おかげさまで……」
そして八幡は、理央を抱きかかえたまま振り返り、咲太と佑真にこう言った。
「考える前に動けってのが今日のお前らの教訓だな、
そうしないといざという時に、大事な人を失う事になるかもしれないぞ」
その言葉に二人が悔しそうな表情をした瞬間に八幡は顔を後ろに反らし、
その顎の下を理央の拳骨が通り過ぎていった。
「な、何で今のを避けられるの?」
「おお、こうして助けてもらっても、不審人物には安易に心を開かず、
自力で脱出しようと自ら攻撃するその恩知らずっぷりは中々いいぞ、双葉理央」
八幡に渾身のパンチをかわされた直後に、
突然そう自分の名前を呼ばれた理央は、さすがに戸惑った表情をした。
「な、何で私の名前を知ってるの?あんた誰?」
「自己紹介が遅れたな、俺は比企谷八幡、ソレイユからお前に会いにきた、まあ不審人物だ」
八幡はそう言って理央を下ろし、近くにあった椅子に座りながらニヤニヤとこう言った。
「とりあえず俺にもコーヒーを頼むわ、理央」
そう言われた理央は、不審そうな表情を崩さないままであったが、
助けてもらったお礼のつもりなのだろう、黙って八幡にコーヒーを差し出したのだった。
梓川咲太と国見佑真は今後はほぼ登場しません!(多分)バニーガール先輩にはソレイユがCM出演を頼む可能性がありますね!まあレギュラーには絶対になりません!
それなりに出る可能性があるのは、病気絡みで牧之原翔子くらいです!
作品背景をほとんど無視する登場の仕方をさせますので、厳密なクロスとは言えないと思います、当然予備知識も必要ありません!