ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭
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第664話 飛躍の日

 次に部屋に入ってきたのは、八幡にとってはまったく予想外の人物であった。

 

「お、おお、戸部、戸部じゃないか、久しぶりだな!」

「ヒキタニ君も元気そうで良かったっしょ」

 

 戸部は八幡に、ニヤリと笑いかけた。

 

「もしかしてソレイユに入ってくれるのか?」

「当ったり前じゃんよ、ここにいるんだからさ」

「確かにそうだな、そうか、そうか……」

 

 八幡にとって、男友達は本当に貴重である。その数は十人に満たない。

 

「さて、それじゃあ感動の再会が終わったところで面接に移りましょう」

「さすがに感動の再会は言いすぎだぞ姉さん」

「あらそう?それじゃあさくっといっちゃいましょうか、

で、戸部君は、何が得意でどんな仕事をしたいと思うのかしら」

「俺には正直そこまで人に誇れるものはありません、

ただ一つだけ言えるとしたら、すぐに他人と友達になれるというところでしょうか」

「確かにそれは、八幡君の倍の能力といえるわね」

「倍?倍って何の事だ?」

「だって八幡君は、女の子を落としまくってるじゃない」

「だから風評を流すなっつってんだよ!」

「「風評?」」

 

 その言葉に、陽乃と戸部がきょとんとした表情でそう言った。

 

「えっ?」

「「えっ?」」

 

 八幡もその言葉にきょとんとし、陽乃と戸部も、それを見て再びきょとんとした。

 

「え、あれ、俺ってそういう風に見えるのか?」

「それ以外に無いというか……」

「無自覚だとしたら、逆に凄いっしょ……」

 

 まあこれは二人の冗談なのだが、焦った八幡はその事に気付かない。

 

「い、いや、違う、誤解だ。俺はそういう意図を持った事は今まで一度もない」

「あはははは、冗談だってば」

「ごめんごめん、ちょっとやりすぎだったっしょ」

「驚かせるなよ……二人で事前に示し合わせてたのか?」

「ううん、そんな事はしてないわよ?」

「今のは俺が社長に呼吸を合わせただけしょ」

「まあそんな感じね」

「マジかよ、戸部、お前ってかなり凄くね?」

 

 八幡はその戸部の才能に素直に感心した。

 

「いやぁ、俺ってば人に合わせる事だけは得意だからさ、営業とかが向いてるかなって」

「確かにそうかもしれないわね、というか営業をする為に産まれてきたと言ってもいいかも」

「ううむ、それじゃあ決まりかな」

「体力もあるし、完璧ね」

「あざっす!」

 

 こうして戸部は、営業部に配属される事になった。

今のソレイユであれば、嫌なら買うな商法をとってもユーザーからの需要は尽きないが、

陽乃はそういった手法は絶対にとらない。むしろこういった地道な活動をこそ重視していた。

 

「さて、次は……入社希望ではないけれど、まあ顔合わせね」

「ほう?」

「薔薇、連れてきて」

「はい」

 

 次に中に案内されたのは、葉山隼人であった。

 

「お、おお、葉山、葉山じゃないか、久しぶりだな!」

「そのセリフ、さっきドアの外から聞こえたセリフとそっくりだね」

「そう言われると確かに……というか、入社希望じゃないってのはどういう事だ?」

「司法試験にはまだ受かってないけど、今度親の事務所で見習いをする事になったんだよ、

で、ソレイユの担当の補助をする事になったんだ」

 

 ちなみに今は、隼人の父親がソレイユの顧問弁護士の任についている。

 

「おお、おめでとう!」

「ありがとう、これからも宜しく」

「何かあったらすぐに相談させてもらうわ、俺はそっち方面は全然だから」

「ああ、清濁合わせて役にたてるように頑張るよ」

 

 その言い方が少し気になった八幡は、じっと葉山の目を見つめた。

 

「ああ、ごめんごめん、新しく喧嘩を始めるらしいから、それ用にね」

「ああ、そういう事か、まあそっちが本業になる事は無いんだが、

トラブルのいくつかは避けられないと思うから、宜しく頼む」

「それには早く司法試験に受からないとね」

「そっちは頼んだ」

「ああ」

 

 二人は握手をし、葉山は笑顔で去っていった。

 

「しかしまあ、いよいよ知り合いを総動員してる感じになってきたな」

「言っておくけど知り合いだからという理由で採用した人は一人もいないわよ、

将来的にあなたの役にたちたいからと、みんなが努力した結果ね」

「それは……ありがたいな」

 

 八幡はその話を聞き、少し目を潤ませながらそう言った。

 

「まだ面接はあと三人残ってるわよ、ほら、しっかりしなさい」

「お、おう、小猫、次を頼む」

「分かりました」

 

(そういえばさっきから小猫は、『分かりました』と『はい』しか言わないな。

完全に秘書モードか、こうして見ると、いつものポンコツっぷりが想像出来ないな)

 

 八幡がそんな失礼な事を考えた瞬間に、薔薇がじろっと八幡を睨んだ。

 

「………何だ?」

「いえ、多分気のせいです」

 

 薔薇はそう答えたが、八幡は内心驚いていた。

 

(こいつ、エスパーか何かかよ……)

 

 そして次に、沙希が案内されてきた。

沙希は既にソレイユへの入社を決めており、仕事も定まっていたのだが、

一応形式的なものとして面接を受けたらしい。

 

「あれ、沙希も来てたのか」

「何よ、文句でもあるの?」

「いや、必要もないのに何か悪いなと」

「ふん、他のみんなが来るっていうから、それならあたしもって思っただけ」

「お、おう、意外と寂しがりやさんなんだな……」

 

 八幡は小さな声でそう呟いたが、沙希はどうやらその声が聞こえたようだ。

 

「何ですって?」

「い、いや、何でもない」

「そう、それじゃあこれからも宜しくね」

「ああ、頼りにしてる」

 

 会話はこれで終わりだった。だがその後姿は機嫌が良さそうであり、

八幡は、何故うちにはこうツンデレが多いのかと嘆息した。

 

「さて、お次は真打ち登場よ!薔薇、雪乃ちゃんをここへ!」

「はい」

「相変わらずのシスコンっすね」

「ええ、次々と試練を課しちゃうくらい、私は雪乃ちゃんの事が大好きよ!」

「確かに高校の時はずっとそんな感じでしたね」

「まったく姉さんの歪んだ愛情にも困ったものね」

 

 そう言いながら、雪乃が会話に加わってきた。

 

「さて、私は入社後はどうしましょうか」

「いきなりで悪いが、新設される経営部の部長だな、ついでに俺の専属だ」

「分かったわ、そのつもりで準備を進めるわ」

 

 そのまま雪乃は外に出ていこうとし、陽乃はそんな雪乃を慌てて止めた。

 

「ちょ、ちょっと待って二人とも、話はそれだけ?」

「それだけ、とは?」

「もっとこう、二人で詳しく話すこととかは無いの?」

「そんなの一言聞けば大体分かるじゃない、姉さんもボケたわね」

「がああああああああん!いつの間にか、八幡君と雪乃ちゃんがツーカーになってる!」

「ツーカーって懐かしい言葉だよな」

「昔そんな名前の携帯会社があった気もするわね」

「いいから二人とも座りなさい!話をするわよ!」

 

 陽乃はたまらず二人にそう言った。

 

「分かった」

「そうね、まあ今後の事でも話しましょうか」

 

 そして三人は今後の方針について話し合った。

現在の状況は、ALOについては特に問題はなし、他企業との提携も順調、

ニューロリンカーの登場と共に市場が縮小する可能性はあるが、

きちんと棲み分ければ問題なし。医学界にはもはや逆らえる勢力は皆無であり、

マスコミを含む芸能界には徐々に勢力を伸ばす予定、自衛隊にも食い込んでおり、

今後の課題はVRやAR技術の民生事業への転用と、警備会社の買収と強化、

雪ノ下建設の吸収による建設業界への浸透と、話はとんとん拍子に進んだ。

 

「後から後から簡単な説明だけでよくもまあ、本当に二人は通じ合ってるのね」

「まあ雪乃は俺の右腕ですからね」

「ゲームによって培われた技術よ、まあまだ明日奈には及ばないけど、

クルス辺りはいい線いってるわよ、姉さん」

「そうなんだ……ずるい、私も特訓する!」

「姉さんは仕事をしなさい」

「うぅ……」

 

 陽乃はその言葉に落ち込んだが、二人に陽乃をいじめる意図は当然ない。

 

「でも姉さんには本当に感謝しているのよ」

「ああ、俺達が生きて行ける場所を作ってくれたんだ、いくら感謝してもし足りないな」

「そ、そうかな?私えらい?」

「ええ、えらいわ」

「おう、えらいえらい」

「えへへぇ」

 

 陽乃はその言葉にニヤニヤが止まらないようであった。

 

「まあ特訓は、もう少し仕事が落ち着いたらでもいいだろ」

「あと数年は頑張ってね、姉さん」

「任せなさい!ソレイユを無敵のギルドにしてみせるわ!」

「ギルドじゃないけどな」

「まああまり変わらないわね」

 

 雪乃はここで退出し、最後の一人が部屋に呼ばれる事となった。

 

「次が最後よ、とはいえ隼人みたいに入社希望じゃないけどね」

「ほう?そんな奴が他にいたか?」

「それじゃあ薔薇、あの子をここへ」

「あの子?」

 

 そして薔薇に案内されて部屋に入ってきたのは、神崎エルザだった。

 

「え、トリがお前なの?何か間違ってない?」

「えええええ?いきなりそれ?」

「いやいやありえないだろ、普通ここは、もっと謎めいた人物の出番だろ?」

「それってまさに私じゃない」

「お前、自己評価が高すぎだろ……」

 

 その八幡の言葉にエルザはムッとしたのか、こう反論してきた。

 

「それじゃあ八幡、私の地元がどこか知ってる?」

「いや、知らないが……」

「私の本名が何か知ってる?」

 

 その言葉は確かに八幡に衝撃を与えた。

 

「え、お前に本名とかあるの?神崎エルザって芸名なの?」

「ほら、謎めいてるでしょ?」

「むぅ、確かに俺はお前の事を何も知らないな」

「性癖は知ってるのにね」

「知りたくて知った訳じゃねえ、で、お前の本名は何て言うんだ?」

「神崎えるざ」

 

 エルザにそう言われた八幡は、しばらく無言だった。

 

「………だから神崎エルザだろ?」

「ううん、神崎えるざ」

「違いがまったく分からないんだが」

「発音がひらがなっぽかったでしょ?」

「え、つまり『えるざ』が平仮名なだけか?」

「うん」

「………ちょっと殴っていいか?」

「ええっ?そんな人前でのプレイは恥ずかしいよぉ」

「くっ、やっかいな……」

「はいそこまで!」

 

 そんな二人を陽乃が止めた。二人はそれで会話をやめ、八幡は元の席に戻った。

 

「それじゃあエルザちゃん、相談を始めましょうか」

「あ、ちょっと待って!今日はたまたま連れがいるんだけど、

ある意味関係者だから、ここに呼んでもいいかなぁ?」

「関係者?そうね、エルザちゃんがそう言うなら別に構わないわよ」

「わ~い!」

 

 そして薔薇が黙って扉を開け、外から一人の女性を連れて戻ってきた。

どうやら薔薇は、事前にこの事を知っていたらしい。

 

「は、初めまして、桜島麻衣です」

「あら、もしかして女優の桜島麻衣さん?

なるほど、確かに倉エージェンシー所属という点では関係者ね」

「あの、今日はこちらにCMの件でお邪魔していたんですが、

途中でエルザに捕まってしまってここまで連れてこられました。

何かうちの事務所の一大事と聞きましたが……」

 

 八幡はどうやらCMの事を知らなかったらしく、ひそひそと陽乃に話しかけた。

 

「CM?姉さん、どういう事だ?エルザもこの前そんな事を言ってたが」

「アルゴちゃんが担当だから分からないけど、そのうち報告があるんじゃないかしらね」

「それならいいか、それじゃあとりあえずこの場の話を進めてくれ」

「は~い」

 

 そしてエルザと麻衣に座ってもらい、陽乃が話し始めた。

 

「え~と、桜島さん、そのうちそちらの社長から話があると思うんだけど、

倉エージェンシーは、来年からソレイユ・エージェンシーと名前を変える事になったわ」

「えっ、そうなんですか?」

「ええ、まあしばらくは今までと何も変わらないから安心して。

望まない仕事を押し付ける事も絶対にしないし、むしろ待遇面では良くなるはずよ」

「その辺りは信頼してます、理央ちゃんから色々と話は聞いてるんで」

「あ、そういえば桜島さんは、理央の友達なんですっけ、この前理央から聞きました」

「はい、友達です!」

「そうですか、これからも理央の事、宜しくお願いしますね」

「それはこっちのセリフですよ、比企谷さん」

「そういえば確かにそうですね」

 

 二人の会話が終わったのを見て、陽乃が再び麻衣に話しかけた。

 

「ただこちらから、一つだけ雇用を続ける条件があるの」

「……何でしょうか」

「もし、芸能界の暗い部分とかを目撃したり、話を聞いたりした時は、

会社に報告して欲しいのよ、その為の窓口も用意するわ」

「それを知ってどうするんですか?」

「潰すわ」

「………出来るんですか?」

「ふふっ、どうかしらね」

「………分かりました、それくらいならお安い御用です、でも何でそんな事を?」

「そういえば話を聞いて無条件で賛同しちまったが、この話の始まりはどこなんだ?」

「私!」

 

 そう言ってエルザが元気よく手を上げた。

 

「お前?何かあったのか?」

「うん、この前私、独立したじゃない?そしたらさ~、

私の後援をしたいとかって言ううさんくさい人達が、うじゃうじゃ集まってきてさ」

「ほほう?」

「エルザちゃん、それ、本当?」

「うん、あと大手から嫌がらせが来たりして、その事を陽乃さんに相談したの。

私はまあそういうのはどうでもいいんだけど、全部の相手をしてる豪志がかわいそうでね」

「ああ、だから最近あいつはとても忙しそうなんだな」

「そうなんだ、やっぱりフリーでやってくのって大変なんだね……」

 

 どうやらエルザと仲がいいらしく、麻衣は心配そうにそう言った。

 

「なるほど、話が読めてきたぞ」

「でしょう?それで相談を受けた直後に、

倉エージェンシーからうちの傘下に入りたいって頼まれて、

その理由が大手事務所からの圧力がひどい事と、

そういった理不尽に対抗したいからだって聞いたからさ、

この際そっち方面の大掃除をしちゃおうと思った訳」

「そういう事か……」

「あ、それ、私も何度か経験しました。決まってたCMが駄目になったり、

オーディションが最初から出来レースだったり……」

「よく聞く話だな」

「ええ、やっぱりそういうのって、あるんですよね」

 

 陽乃の話をそう補足した麻衣は、残念そうにそう言った。

 

「私もそういうのがずっと嫌で……」

「私も私も!ねぇ八幡、そういうのって何とかなるもの?」

「そうだな、とりあえずエルザはうちの傘下に入れ、独立したままでいいから」

「それは別に構わないけど、そうするとどうなるの?」

「そういううざったい奴らがある程度近寄ってこなくなる」

「本当に?」

「ああ、そしてそれは時間と共に、ゼロに近付いていくだろうな」

「ほええ、やっぱりソレイユって凄いんだねぇ」

「本当にそんな事が出来るんですか!?」

 

 ソレイユの事を良く知らない麻衣は、驚いた表情でそう言った。

 

「あまり大きな声じゃ言えないが、うちは防衛省と繋がりがあるし、政府に知り合いも多い。

それに医学界にかなり顔が利く上に、建設業界にも浸透中だ。

警備会社を買収して、ある程度の武力を行使出来る部隊も作る予定だな」

「それだけだと、芸能界にはあまり関係がないように聞こえますが」

「一番大きいのは医学界よ、例えば地方で芸能事務所のスポンサーになっている団体、

やばい所が色々あるわよね?そういった所のえらい人が、いざ入院したとする、

もしくは人に言えないような患者を病院に運び込むとする、

さて、その病院に圧力がかかったら、どうなると思う?」

「……なるほど、怖い会社ですね」

「悪い人にとっては怖いでしょうね」

「だが真っ当に生きてるエルザや麻衣さんにとってはそうじゃないだろ?」

「はい、そうですね」

 

 麻衣はそう言って微笑んだ。

 

「分かりました、もし事務所の名前が変わっても、引き続きお世話になります」

「もっと大きな仕事もとってくるつもりだから、お願いね」

「本当ですか?期待してますね!」

「あ、ついでに恋愛については隠したりしなくていいからな、

あれから調べたんだが、色々制約が厳しかったんだろ?

うちは自己責任って事で、そういうのは好きにすればいい」

「まあ問題が大きくなっても、うちは全力で所属タレントは守るつもりだけどね」

「え、あ、あの……」

「大丈夫、咲太と幸せにな」

「は、はい、ありがとうございます!」

「エルザもこれから頑張れよ、お前の歌が世界に届くようにな」

「うん、ありがとう!」

 

 こうして一連の面接は終わり、いずれ来る八幡体制に向けて、

ソレイユはまさにこの日から、より成長を早める事になるのだった。




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