三浦優美子はその日たまたま八幡の病室にいた。
高校の時の仲間達で地元に残っている者はほぼおらず、
たまたま病院のすぐ近くにある大学に進学した三浦は、
八幡の病室を見舞いに来る事が結構あるのだった。
見た目は派手だがつくづくおかん体質ないい人、それが三浦だった。
「ヒキオ、この前ね……」
三浦は八幡の病室に来ると、いつも八幡に話しかけていた。
特に決まった話題があるわけでもなく、世間話をするようなものだったが、
不思議と在学中よりも今の方が二人は仲の良い友達に見えるのが不思議だった。
三浦は三浦なりに、八幡がSAOに囚われた後、
八幡が自分達のグループのために何をしてくれたか、
そして葉山の進路を聞くためにどれだけ無理をしたのかを聞いて、感謝していたのだった。
ちなみにその葉山には、卒業式の日に告白して玉砕していた。
そんな穏やかな空気の中、ノックの音と共にガラッと病室の扉が開いた。
入ってきたのは、すっかり顔見知りになった陽乃だった。
「あれ三浦ちゃん、今日も来てたんだ。
まめだねぇ、もしかして比企谷君に惚れちゃったのかな?」
「あーはいはいそうですね」
「もう、適当だなぁ」
「そりゃ毎回そう言われてりゃね……」
「ちょっと今日は招集かけてるから、モニターの設置とかの作業をするけど、
三浦ちゃんは気にせず比企谷君に話しかけてくれてていいからね」
三浦がいる時は、不思議と陽乃が来る事が多く、
二人で八幡に話しかける事も多かったため、
二人の間では、八幡に話しかけるのはもう自然な出来事になっていた。
「そういえば招集って、誰か来るんですか?」
「ん?関係者がほぼ全員来るよ。もちろん全員三浦ちゃんの知り合いだけどね」
「あ、それじゃ邪魔になっちゃ悪いから、あーしはそろそろ……」
「三浦ちゃんは、今比企谷君がどうなってるか興味ない?」
「えっ、そんな事分かるんですか?」
「まあそうだね、内容は全員集合してからのお楽しみだから、
もし知りたかったら三浦ちゃんも参加してね」
「そういう事なら少し興味もあるし、あーしも待ってようかな」
「うん、もうすぐ集まると思うから、ちょっと待っててね」
まず最初に現れたのは、いろはと小町の生徒会コンビだった。
「あっ三浦センパーイ!お久しぶりですぅ!」
「いろは、久しぶりだね」
「優美子さん、いつも兄を見舞って頂いてありがとうございます!」
「あーしは学校が近くだから来てるだけだし、気にしなくていいし」
「雪乃さんと結衣さんもあまり来れなくなってしまって、兄も寂しがってるはずなので、
優美子さんが兄を訪ねてくれるのは小町的にとても嬉しいです!」
「んーまあ、あーしとヒキオはそんなに仲が良かったわけじゃないんだけどね」
「それでもです!兄は優美子さんの事最初は苦手だったと思いますけど、
SAOに囚われる少し前に一度だけ、面倒見が良くて優しい奴だって家で言ってました!」
「ヒキオがそんな事を……」
「あの先輩が人を褒めるなんて珍しい……まさか少しは三浦先輩を意識していた!?
でも先輩の本命はきっと私のはず……」
「いや、多分会長は意識される段階にすら達してないと思いますよ……」
「小町ちゃん何か言った?」
「いえいえ~、あ!雪乃さんと結衣さんも来たみたいですよ」
二人が仲良く歩いて来るのを見付けた小町が、そちらを指差した。
二人も小町に気付いたようで、手を振りながら病院の入り口に入っていった。
ほどなくして二人は病室に着き、まず三浦を見て驚いた。
「優美子も来てたんだ!久しぶりだね!」
「三浦さんはどうしてここに?」
「あー、あーし学校がすぐ近くだから、ちょこちょこ見舞いに来てんだよね。
今日はたまたま招集とやらに出くわしたって感じ」
「そう……私達はあまり来れなくなってしまったから……」
「うん……やっぱり中々ね」
「気にすんなし。あーしもちょこちょこ様子は見に来るし」
「ありがとう三浦さん」
「ありがとね、優美子!」
その後二人はいろはと小町とも会話を交わし、近況を報告しあった。
その間に陽乃の準備が終わったようで、陽乃は全員をモニターの前に集めた。
「それじゃ、今日集まってもらった理由を順番に説明してくよ~。
何か質問があったら気軽に言ってね~」
全員頷いたが、SAO内の八幡の事を何も知らない三浦は特に興味津々のようだった。
「それじゃ、何も知らない三浦ちゃんのために少しだけおさらいをしておこうか」
「あ、いや、あーしの事は別に」
「またまたぁ。興味津々な顔をしてるよ?」
「まあ、多少は……」
三浦もやはり気になるのは確かだったようで、陽乃はそのまま説明を続けた。
「まず確定しているのは、比企谷君が最前線で今も戦い続けている事。
そしてレベルのトップスリーに入っている事。それは今も変わらないね~」
「えっ……あのヒキオが?」
三浦はそれを聞いてかなり驚いたようだ。
クラスでのイメージとは確かに合わないので、それもまあ当然だろう。
「そして、基本的に明日奈さんがずっと一緒なのも変化なしね」
「明日奈さん?結衣、誰?」
三浦は聞き覚えの無い女の子の名前が出てきた事にまた驚かされたようだ。
「あー……えーっと……ヒッキーとずっと一緒に行動してるらしい人、かな……」
「えええええええええ」
三浦は、あのヒキオが……と絶句した。
「姉さん、今の所真新しい情報は何も無いようだけれど、
招集をかけたからには何か大きな変化があったって事なのよね?」
「そうね。その前に別の報告が一つ。私のレクトへの就職が正式に決まりました」
おお、というどよめきと共に、拍手が起こった。
もっとも就職自体はかなり前から内定していたのだが、
発表するのに丁度いい機会が今日まで無かっただけだった。
「レクトって……何の会社?」
「SAOのサーバー管理をしてる会社の親会社だよ。
今私達がやってるALOってゲームの運営も、
そのSAOのサーバー管理をやってる会社がやってるんだよね」
「結衣達、あのゲームやってたんだ」
「良かったら優美子もやってみる?」
「うん、興味はあったから、みんながやってるならちょっと真面目に考えてみる」
「もしやるなら歓迎するわ、三浦さん」
「うん、雪ノ下さん、その時は宜しくね」
高校の時は、獄炎の女王と氷の女王と呼ばれた二人も、今は打ち解けているようだ。
これは間接的に八幡のおかげだった。
もし八幡が今のこの光景を見たら、一体どんな感想を抱くのだろうか。
そして陽乃が、今日の本題となる話を始めた。
「それで今日みんなに招集をかけたのは、先日ものすごいデータが発見されたからなんだよ」
「ものすごいデータ……」
誰かがごくりと唾を飲み込む音がした。
「さて、心の準備はいいかな?特に雪乃ちゃんとガハマちゃんと会長ちゃん」
「その三人の名前を出すと言う事は、つまりそういう事なのね」
「ちょっと怖いですぅ……」
「もう散々話し合った事だし、きっと耐えられるよ!」
「いいわ姉さん。それじゃ、その内容を話してちょうだい」
「ううん。今日は話すとかじゃなくて、映像で見れるんだよね」
「映像?もしかして中の様子が見られるの?」
「写真だけどね。それじゃ映すよー。三、二、一、はい!」
その瞬間病室に設置された大きなモニターに映し出されたのは、
ハチマンとアスナがアシュレイに撮ってもらった、例の写真のデータだった。
それは、八幡が血盟騎士団の参謀服を着たバージョンの写真だった。
「う……」
「想像してたのと全然違った……」
そこに映された映像は、一同のド肝を抜いたようだ。雪乃がまず口を開いた。
「これは……悔しいけれど、すごくお似合いだわ……
こんな比企谷君の表情は初めて見たかもしれないわね」
「ヒッキー……あの頃と全然変わってないね」
「うわ、先輩の相手の人も、初めて見たけど超綺麗じゃないですかぁ。
これ現実と同じ顔なんですよね?」
「そだよー。確かにこれは結城家の明日奈さんだね。前に見た顔と一緒だもの」
「これが小町の新しいお姉ちゃん……はっ、陽乃さん、写真撮ってもいいですか?
小町今すぐお父さんとお母さんに報告しないと!」
「ん?身内だけに見せるなら別にいいんじゃないかな。拡散とかはNGね」
「わかりました!必ずそう伝えます!」
「ヒキオ……なんかかっこいい」
「え?」
その声を聞いた一同が振り返ると、そこには少し頬を赤らめた三浦優美子の姿があった。
「優美子ちょっと待ってちょっと待って!何その反応!」
「おやおや、いつも言ってる冗談が本当になったかな?
実はもう一枚あるんだよね、比企谷君の服装が違うやつが」
「姉さん、もったいぶらないで早く見せてちょうだい」
「そうですよぉ、早く早く!」
「んーこれはねぇ、別の意味ですごい衝撃だと思うから、本当に覚悟してね」
そして陽乃の手によって、もう一枚の写真が画面に映された。
それはもちろん、アシュレイの手による渾身の作を着た八幡と、
その隣でウェディングドレスを着て微笑むアスナの姿だった。
「これ、本当に比企谷君なのかしら?もしそうだとしたらちょっと……」
雪乃は、頬を赤らめてもじもじしていた。
おそらく雪乃のこんな姿を見た者は、かつて誰もいない事だろう。
そんな雪乃と他の者の反応は、あまり大差が無いものだった。
「やばっ、ヒッキーまるで別人じゃん!なんか見てるだけでドキドキする!」
「はわわわわ、この先輩の破壊力はやばいですぅ……」
「お兄ちゃん……小町は信じてたよ、お兄ちゃんは磨けば必ず光る素材なんだって!」
「これが本当のヒキオ……」
「やっぱりこうなったか……」
「やっぱりって事は、姉さんもそうだったって事でいいのかしら?」
「どうかなぁ、まあかなり衝撃を受けた事は確かだけどね」
そう言いながら陽乃は、さりげなく横に置いてあった携帯を手に持ち、しまおうとした。
雪乃はその動きに何かピンときたらしい。
「みんな、今すぐ姉さんを押さえて!」
「ちょっ、雪乃ちゃん一体何を……」
「その携帯がとても怪しいわ。ちょっと中を確認させてもらうわ」
その言葉を聞いて何かに気付いたのか、全員が陽乃を押さえつけた。
そして雪乃が陽乃の携帯を没収し、待ち受け画面を確認すると、そこには……
「姉さん、これはどういう事かしら?」
そこには、さきほどからモニターに映されている八幡の姿があった。
「あ、あは……」
「抜け駆けとは感心しないわね、姉さん」
「ごめんなさい、あまりの衝撃に思わず待ち受けにしてしばらく一人で独占してました……」
「陽乃さんずるいですぅ!」
「まったくもう……私達も待ち受けにするわよ、文句は無いわね姉さん」
「はい……」
「それじゃみんな、許可が出たから各自で好きなように設定しましょう」
「はい!」
小町はもちろん写真全体を待ち受けにしたのだが、
残りの四人は八幡の姿だけを待ち受けに設定したようだ。
「ところで三浦さん、何故あなたまでちゃっかり比企谷君を待ち受けにしているのかしら?」
「べ、別にいいっしょ、芸能人の写真を待ち受けにするのと変わらないっしょ」
「……あの三浦さんが、比企谷君と芸能人を同列に語る時が来るなんてね……」
その言葉を受け、六人はもう一度映し出されている写真を見つめた。
「まだ諦めるには早いよね、ゆきのん」
「そうね、私達が簡単に諦めなければならない理由も特に無いわね」
「先輩!帰ってきたら覚悟しててくださいね!」
「お姉ちゃんにもワンチャンあるかも?」
「ヒキオがあーしの彼氏……?うん、ありかも」
「お姉ちゃん候補がまた増えた!でもこのお兄ちゃんの写真を見ちゃうとなぁ……
小町もうどうしていいのかわからないよ……」
こうして決意を新たにした一同は、にやにやと携帯を見つめる時間が長くなり、
周りの人間に気味悪がられるのだが、それはまた別の話である。
ちなみに完全に出遅れている川崎は、後日小町から写真の提供を受けた後、
携帯をにやにやしながら延々と見つめていたため、
心配した大志から小町に相談のメールが来るという事件が勃発した。