ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第745話 二本の指

 それではヴァルハラ・リゾートが、どのような経緯で三十二層のボスを攻略したか、

その軌跡を追ってみよう。スリーピング・ナイツが揉め事の現場に遭遇した後、

ハチマンからの、ユキノ経由での召集に応え、

仲間達はどんどんヴァルハラ・ガーデンに集まりつつあった。

 

「ハチマン君」

「おうアスナ、喧嘩の時間だ」

「い、いきなりだね、何があったの?」

「まあみんなが来てから話す」

「分かった、で、今回の敵は?」

「三十二層がまもなく解放されるから、そこのボス攻略だ」

「んんっ………?今何か、凄い事をサラッと言われた気がするんだけど……」

「三十二層がまもなく解放されるから、そこのボス攻略だ」

「聞き間違いじゃなかった……」

 

 とはいえアスナも攻略は基本大好物である為、特に異論はないようだ。

 

「なあアスナ、アスナは確かSAO時代に三十二層の攻略を担当したよな、

どんな敵だったか覚えてるか?」

「三十二層………確か、リリー・ザ・アークエンジェル、天使タイプのボスだったかな」

「自分で聞いておいてなんだが、よく覚えてるな……

「うん、まあ一応自分が戦ったボスについては全部覚えてるよ。

ああいうのって結構忘れないものなんだねぇ、必死だったせいかな?」

「かもしれないな、まあとりあえず他の奴らの集合待ちだな」

 

 そうしている間にも、召集されたメンバー達が、続々とログインしてきた。

 

「ハチマン、緊急招集って事は喧嘩か?喧嘩だよな?」

「キリト、あんたは本当にそういうのが好きよね……」

「むしろ自分から買いにいくタイプですよね」

 

 アスナに続いてログインしてきたのは、キリト、リズベット、シリカの三人であった。

 

「この後静さんと出かける約束をしているから、さっさと終わらせてくれよな」

「俺も出来れば午後の休憩時間の間に終わらせてくれると助かる」

「悪いな二人とも、出来るだけ速攻で終わらせるようにするから」

 

 次にクラインとエギルが現れ、そしてユイユイ、ユミー、イロハが続いた。

 

「ヒッキー、どうしたの?」

「おう、まあ色々あってな、後で話すわ」

「ふ~ん、まあ今日はユミー達と出かけるだけだったから、

少しくらい遅くなっても構わないけどね」

「まあそれは別にいつでもいいっしょ、あーしも最近暴れ足りなくて欲求不満だったし」

「私も久しぶりに、思いっきり魔法をぶっ放したい気分ですね」

「お前らも大概好戦的だよなぁ……まあキリトの影響だな」

「失礼だな、主にハチマンのせいだよ!」

「それを誰が信じるんだ?」

「う………ま、まあ確かにハチマン本人にそう言われても、

むしろ俺のせいだろとか突っ込んじゃいそうだけどさ……」

 

 キリトならその場のノリで本当にやりそうである。

そして次に入ってきたのはレコン、コマチの斥候チームであった。

 

「悪いなレコン、任務を途中で投げ出させちまって」

「あの状況じゃ仕方がないですよ、売られた喧嘩は買わないと」

「お兄ちゃん、お母さんが、帰りに買ってきて欲しい物があるって」

「何だ?夕飯の買い物か何かか?」

「うん、だからそれまでに済ませてね」

「大丈夫だ、キッチリ間に合わせる」

 

 その後にリーファ、フカ次郎、クックロビンの武闘派が入室してきた。

 

「ハチマンさん、お待たせしました!」

「リーファは兄貴と違って礼儀正しいよな、さすがは武道家だな」

「だから一々俺を引き合いに出すなよ!」

「フカ次郎は絶対に来ると思ってたわ、お前は基本暇人だからな」

「私だって忙しい事はあるから!今日はたまたま暇だったけど!」

「どっちがたまたまだかな……それにしてもロビン、お前、

まさか仕事を放っぽりだしたりしてないよな?」

「うん、夜からコンサートだけど、しばらくは平気」

「う……本当に大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫だって、エムに出来るだけ迷惑はかけないようにするって誓ったんだから」

「ならいい」

 

 その後からフェイリスと、珍しくクリシュナが姿を現した。

 

「お?もしかして二人は一緒にいたのか?」

「ええ、メイクイーンにいたら、丁度召集がかかったから、そのまま来てみたの」

「今宵の気円ニャンは血に飢えておるのニャ!」

 

 そして次に入ってきたのは、シノンとリオンの仲良しコンビである。

 

「おう、遅いぞお前ら、死ぬ程待ったわ」

「ちょっと、私達の扱いが雑じゃない?」

「そうか?キリトに対してもこんな感じだぞ、リオン」

「だから俺を引き合いに出すなよ!」

「キリトと比べられてもねぇ……」

「シノンはいい加減にその口の悪いのを直せよ!」

「これが私よ、いい加減に諦めなさい」

「諦めたらそこで試合終了なんだよ!」

 

 そんなキリトがドヤ顔で放った言葉を無視し、シノンは続けて入ってきた者に手を振った。

それは最後に息を切らせて駆け込んできたセラフィムである。

セラフィムは基本一番に到着する事が多く、ここまで遅いのは珍しい。

 

「すみませんハチマン様、いつものように召集に一番乗りして、

ハチマン様に頭を撫でてもらう計画が失敗しました」

「お前がこの順番なんて、珍しいな、あ、いや、もちろん責めてる訳じゃないからな」

「実はその、シャワーを浴びている最中だったんです。だから今、私は全裸です!」

「ふ、服くらい着てきてくれていいんだからな、

別に一番乗りなんかしなくても、言えば頭くらいいつでも撫でてやるから……」

 

 ハチマンは困り顔でそう言ったが、セラフィムはその申し出をキッパリと拒絶した。

 

「駄目です、それでは甘えてしまいます!そういうのはやはり何かの報酬じゃないと!」

「お、おう、そうか、まあ頑張れ……」

 

 そんなセラフィムの姿を見て、シノンとリオンはひそひそとこんな会話を交わしていた。

 

「セラフィムはさすがよねぇ……」

「あのハチマンが押されてるね」

「私達も見習うべきかしらね」

「う、うん、まあ私は、全裸ですとか死んでも言えないけど……」

「何言ってるのよ、リオンは立派な武器を持ってるじゃない!」

「ひ、人の胸を見ながらそんな事を言わないで……」

 

 そんな中、ドヤ顔のまま固まっていたキリトは、

シノンに突っ込む気が一切無さそうなのを悟り、その場にガックリと崩れ落ちた。

 

「お、俺の渾身の名言が……」

 

 そんなキリトの肩を、リズベットがポンと叩いた。

 

「ほらキリト、いつまでも滑ったのを引きずってないで、そろそろ攻略の事を話しましょう」

「そ、そうだな、よしハチマン、経緯を話してくれ」

 

 キリトは気を取り直したのかそう言って立ち上がり、ハチマンに説明を求めた。

何だかんだいっても、キリトはヴァルハラの大黒柱の一人なのである。

 

「それじゃあついさっきあった事を説明する」

 

 そしてハチマンは、少し前の転移門広場でのやり取りを皆に説明した。

 

「何だそりゃ、あいつら最近調子に乗ってやがるよな」

「一般プレイヤーに迷惑をかけてもいいというその根性が気に入らない」

「品性の欠片も無いわね」

「あーしの一番嫌いなタイプ」

「私もですよ、そもそもやってる事にまったく必然性がありません」

「まあまあみんな、そのくらいでね」

 

 そんなエキサイトする仲間達をユキノが諌めた。

 

「そんな訳で、今日の召集の目的は、まもなく解放される三十二層のボスの最速攻略よ」

「まあそういう事だ。とりあえず三十一層の攻略完了までにはまだ時間があるはずだから、

今のうちに作戦を立てるとしよう」

 

 そしてアスナを中心に、一同は様々な要因を勘案し、綿密な計画を立てた。

 

「機動力を重視して、私とレコン君とコマチちゃんの三人で一気にフラグを回収するよ」

「残りのメンバーで同時進行でフィールドボスの撃破だな」

「そのまま迷宮区に向かい、そこでアスナ達と合流して一気に迷宮区を通過するぞ、

さすがに中の構造までは思い出せないが、行けば大体の方向は分かるだろ」

「ハチマン君、フラグ回収班はあっちで回る順番を相談してくるよ、

でもまあ必要な時間は三十分だと思って」

「分かった、こっちは真っ直ぐフィールドボスのいる場所を目指す。

キリト、ここのフィールドボスは覚えてるか?」

「さっき思い出した、昔の戦術はメンバー的にあまり有効じゃないから、

今速攻で戦術を組み立てる、少し待っててくれ」

 

 その会話をドキドキしながら聞いていたリオンは、上気した顔でこう呟いた。

 

「うわ、うちの攻略ってこんな感じなんだ……」

「あなたも早く慣れるのよリオン、いずれこういうのが日常になると思うから」

 

 シノンのその言葉に、リオンは緊張した表情で頷いた。

リオンにとっては初めてのボス攻略戦なのだ、緊張するのは仕方がないのだろう。

ちなみに当然その事を把握していたハチマンは、

この機会にまだ剣士の碑に名前が載ってない者の名前が、

確実に全員載るようにパーティを編成するつもりであった。

該当者は、セラフィム、クックロビン、シノン、リオン、フェイリス、クリシュナである。

 

「そういえば今回は、剣士の碑に誰の名前を載せるの?」

「ああ、今回は……」

 

 そう言ってハチマンは、先程の六人の名前を挙げ、

残りの二人はハチマンとユキノにする事を告げた。

これは単純に、揉めたのがこの二人だったからである。

あと、この六人がヴァルハラ・リゾートのメンバーだと知らしめる為に、

ハチマンの名前を先頭に表示する必要があったせいでもある。

 

「残りのレヴィ、ナタク、スクナ、アサギさんに関しては、

いずれその全員が集まれるタイミングを見計らって計画するつもりだ。

今回はさすがにいきなりすぎて、その四人はどうしても予定が開かなかったからな」

 

 こうして話はとんとん拍子に進み、準備が整ったところで一同は、

ヴァルハラ・ガーデンがある二十二層の転移門へと向かった。

そこには朝の出来事の話が広まっていたのか、凄い人数のプレイヤーが集まっていた。

 

「来たああああ、ヴァルハラだ!そろそろだと思ってたぜ!」

「あんなやり取りをして、ハチマンが動かない訳がないからな!」

「本気だな、ザ・ルーラー」

「きっちり戦力を整えてきやがった」

「いつもながら羨ましい美女軍団だな……」

 

 そして一部の者からこんな声援が上がった。

 

「バーサクヒーラーさん!今日も頑張って下さい!」

「絶対零度様!今日も魅せてくれよな!」

 

 この事から、アスナとユキノには熱狂的な固定ファンがいる事が分かる。

そしてその二人と比べると少ないが、こんな声も聞こえてきた。

 

「必中って結構かわいいよな」

「姫騎士イージスだって負けてないぜ!」

「聞いた?私、かわいいですって」

 

 その声が聞こえたのか、シノンがドヤ顔でハチマンにそう言った。

 

「あ~はいはい、かわいいかわいい」

「ぐっ……」

「ハチマン様、私も負けていないそうです」

「おお、さすが見てる奴はしっかり見てるよな」

「ちょっと、私もそういう扱いをしなさいよ、というか私をキリトと同じ扱いにしないで」

「ふふん、仲間だなシノン」

「えっと、今のは一応悪口だと思うんだけど、ふふんの意味が分からないわ……」

 

 そんな中、たった一人ではあるが、こんな声援を送ってくる者がいた。

 

「ロジカルウィッチ!しっかりな!」

 

 リオンはその言葉にドキリとし、思わずそちらの方を見た。

 

「あ、あの人は確か……」

 

 そのプレイヤーは、以前リオンがキリト達と一緒に狩りに行きまくっていた時に、

ユージーンがこちらを攻撃してくるフリをした時、

そのパーティメンバーとして参加していたサラマンダー軍のプレイヤーであった。

リオンはそのプレイヤーの名前を知らないが、

その程度の浅い付き合いしかないプレイヤーが、

自分を名指しで応援してくれた事に、思わず身震いした。

 

(もしああいう声援がもっと増えたら、私、その期待の重さに耐えられるのかな……、

あ、もしかしてシノンも最初はこうだったのかな、私も頑張ってこういうのに慣れなくちゃ)

 

 そしてヴァルハラ一行は、その場でその時を待った。

ハチマンの読みではそろそろのはずであったが、果たしてその読み通り、

直ぐにその場にシステムの声が流れた。

 

『アインクラッド三十一層のフロアボスが討伐されました』

 

 その言葉に、その場にいた者達は別の意味で熱狂した。

ヴァルハラの出撃が近いのを理解したからである。

そして十分後、待望のメッセージが流れた。

 

『アインクラッドの三十二層が解放されました、転移門から移動出来ます』

 

 その瞬間に、その場の盛り上がりは最高潮に達した。

だがハチマンは何故か動かず、観客達の熱狂は、徐々に静まっていった。

 

「おい、どうしたんだ?」

「動かないな」

「まさかここに来て中止とかはないよな?」

 

 そんな観客達の様子を見て、アスナがハチマンに声をかけた。

 

「ハチマン君、このままだと……」

「おう、分かってる、ちょっと待っててな」

 

 ハチマンはそう言ってアスナの頭を撫で、一歩前に出ると、大きな声でこう言った。

 

「すまないみんな、やきもきさせちまってるよな、

俺達がまだここに残っている理由はただ一つ、

転移門が開放された直後に門をくぐったら、同盟の奴らと鉢合わせしちまうからだ。

もしそうなったらあいつらはどんな反応をすると思う?

そう、あいつらは俺達の姿にびびって勝負を降りちまうかもしれない。

だからそれを避ける為にここで五分待った。という訳で、そろそろ行ってくる。

最後にみんなにお詫びというわけじゃないが、俺から一つみんなにメッセージを送ろう。

大体これくらいだな、これだけ待っててくれ」

 

 ハチマンはそう言って、指を二本立てた。

 

「指が二本……?二分や二十分ってのはさすがに無理だろうから、二時間か!」

「二時間でボスを倒してくるのかよ!」

「さすがはヴァルハラ、魅せてくれるぜ!」

「それじゃあその頃に剣士の碑の前でな」

「「「「「「「「うおおおおおおお!」」」」」」」」

 

 こうして凄まじい声援を受け、ヴァルハラ・リゾートは三十二層へと乗り込んだ。


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