病室の扉を開けて入ってきたのは、陽乃と、そして小町だった。
陽乃は小町の背中を軽く前に押した。
「ほら、小町ちゃん。本当に本物のお兄さんだよ」
小町は押されるまま八幡に駆け寄り、泣きながらしっかりと抱きついた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
「小町……少し背が伸びたか?」
「お兄ちゃんはちょっと痩せたね」
「そうだな」
「おかえりなさい!小町、きっとお兄ちゃんは無事に帰ってくるって信じてたよ!」
「ああ、ただいま。長い間待たせてごめんな」
小町は八幡からずっと離れず、泣き続けていた。八幡も小町の頭をずっとなで続けていた。
陽乃も優しい目でその姿をずっと見つめていた。
ほどなくして八幡の両親も到着し、せっかくだから親子水入らずでという事で、
陽乃は先に帰ると言い出した。
「比企谷君、他の人には今日は遠慮するように言っておいたから、
今日は家族水入らずでのんびりしてちょうだい。
その代わり明日は面会ラッシュになると思うから覚悟してね。
あと政府関係者の人も来ると思うけど、その時は私も同席するからね」
「色々とありがとうございます、陽乃さん。ちゃんとしたお礼はまた明日にでも」
「うん、そうだね。それでは比企谷さん、本日は本当におめでとうございました」
今までどれほどお世話になった事か、感謝しても感謝し足りないといった感じで、
八幡の両親は陽乃に頭を下げた。陽乃は笑顔でそれに応え、帰っていった。
その日八幡は、久しぶりに会った家族に、色々な話をした。
両親が一番興味を示したのは、目の前にでかでかと貼ってある写真の事だった。
「それにしても最初にこの写真を見せてもらった時はびっくりしたよ。
八幡はこの子が好きなのかい?」
「まあ、そうかな」
「あなた、あの八幡がこんなにはっきりと!」
「そうだな、一時は八幡の将来が心配で仕方が無かったが、
この分ならもう大丈夫かもしれないな!」
「八幡、初孫の顔を早く見せてね!」
「そしたら小町もおばさんだね!」
「この馬鹿家族は……まだ直接会った事が無いんだから、これからどうなるかわからないよ」
「絶対に逃がしちゃだめよ!これからの人生で八幡の事を好きになってくれる人なんて……
あれ、結構沢山いるんだっけ?小町?」
「うん、小町のお姉ちゃん候補は、小町の知ってるだけでも、
このアスナさんを入れて全部で六人いるよ」
「そうか、八幡が誰を選ぶかはわからないが、決して後悔しないようにな」
「わかってるよ。絶対に誰に対しても不誠実な態度はとらない」
「八幡、立派になって……」
(そういえばうちは基本放任主義だが、こんな家族だった……)
こんな調子ではあったが、久々に家族との時間を過ごせて、八幡はとても嬉しかった。
そして時間も遅くなってきたので三人は帰る事になり、
八幡もさすがに疲れたので、その日は早めに寝る事にした。
寝る時に看護婦が話してくれたが、世間はどうやらSAOのクリアの話で大騒ぎのようだ。
(仲間におかしな影響が無ければいいが、俺に何が出来るわけでもない。
それよりもまずはアスナをこの手に取り戻す事だけを考えよう)
そう思い、八幡は眠りについた。
次の日最初に尋ねてきたのは、いろはと小町だった。
「せーんぱい!お帰りなさい!」
「おう、一色か。お前にも心配かけちまったな」
「ほんとですよぉ。生徒会の仕事を押し付け……相談する相手もいなくなっちゃいましたし、
大変だったけど、小町ちゃんと一緒に頑張ったんですよぉ~」
「別に言い直さなくていいからな」
「そういえばちゃんと言ってなかったねお兄ちゃん。小町、総武高校に無事合格したよ!」
「……それが心配だったんだよ。俺のせいで小町が受験に失敗してないかってな。
よく頑張ったな、おめでとう、小町」
「うん、そう思ったから小町必死に頑張ったよ!」
「えらいぞ小町。さすがは世界で二番目にかわいい、世界一の妹だ」
「先輩!もちろん世界一かわいいのは、この私ですよね?」
「あ?そんなのアスナに決まってるだろ。何をいきなりわけのわからない事を言ってやがる」
「ぐっ、さすがに手ごわい……やっぱりこれは少しずつ距離を詰めていかないと……」
「まあしかし、お前が全然変わってなくて、ちょっとほっとしたわ。
俺がいなくなった後こっちがどうなってるか、かなり不安だったからな」
「先輩に心配かけないように……みんなで頑張りましたからね」
いろははそう言いながら頬を染めた。八幡は優しい目でそれを見つめていた。
その後も三人は色々な話をした。主に学校関係の話題が多かった。
そして二人が訪ねてきてから約二時間が経過する頃、いろはがこんな事を言った。
「今日は先輩に負担をかけないように、
お見舞いは一人二時間までってみんなで話し合って決めたんですよ。
というわけで、そろそろ交代の時間です。また来ますね、先輩!」
「そうなのか。それじゃまたな」
「はいっ」
そう言いながらもいろはは、すぐには帰ろうとせずに逆に八幡に近付き、耳元で囁いた。
「私だって、先輩の事まだ諦めたわけじゃないんですからね。
責任もとってもらわないといけませんしね」
「あー……優美子の言ってた通り、やっぱりお前もそうなのか。
あまりにも昔のままだったから、案外勘違いじゃないかと思ってたんだがな」
「優美子!?」
いろはと小町は、八幡が三浦を名前で呼んだ事に驚愕した。
「せ、せせせ先輩、いつから三浦先輩を名前で呼んでるんですか?」
「ん?昨日からだぞ」
「しまった、ここで押したら完全に二番煎じに……三浦先輩侮りがたし!」
「小町的に優美子さんのポイントが爆上がりだよ!」
「お前らなんか見てるだけで面白いな」
「くっ、今に見てろです!」
「あっ、いろは先輩!」
いろはが悔しそうに外に飛び出し、小町はその後を追いかけていった。
八幡は、深い溜息をついた。
「まさかこういうのが延々と続くのか……まあ覚悟を決めるか……」
次に病室を訪れたのは、平塚と川崎、それに戸塚だった。
「戸塚あああああああ」
「八幡!」
「会いたかったぞ戸塚!」
「僕もだよ。ほんと無事で良かった……」
「戸塚、俺戸塚以外にもやっと友達が出来たんだよ。そのうち紹介するからな!」
「本当?嬉しいな、是非紹介してね」
「おう!」
「こほん。私達もいるのだがね」
「あっとすみません。しかしこれはまた、珍しい組み合わせですね」
「どうやら元気そうじゃないか。本当に良かったよ。
私もやっと宿題を終えたような、そんな気分だな」
「そういえばすみません、学校、結局卒業出来ませんでしたね」
「まあ無事なのが一番さ。それに卒業出来なかったのは君のせいじゃないしな」
「川崎は進学出来たのか?」
「うん、まあ、なんとかなったよ」
「そうか」
「あんたがスカラシップの事を教えてくれたおかげかな」
「役にたてたなら何よりだ。改めて三人とも、ただいま」
「おかえり」
「おかえり八幡!」
「おかえり比企谷。よく頑張ったな」
ちなみにこの会話中、川崎は一度も八幡と目を合わせていない。
その顔は真っ赤だったので、八幡は気を遣ってつっこまないでいた。
「で、しばらく見ないうちに随分と面白い物が飾ってあるじゃないか。
これが君のパートナーかね?」
「そうですね。いつか先生にも紹介出来ればいいんですけどね」
「八幡の彼女?」
「SAOの中で結婚してた。こっちではどうなるか分からないけどな」
「いつ見てもお似合いだよね」
「ほほう、川崎はこの写真の事を知っていたのかね」
「ええ、まあ」
「お前も貼るのに同意したって聞いたけど、本当なのか?」
「うん、本当だよ。あんたに好きな人がいるのも知ってた」
「そうか……」
「わっ、私はっ、あんたの……事が、す、好きっ、だけ、ど」
川崎は、そこまで言った後、深呼吸をした。
「でも、この写真に映ってる二人を見たら、素直に応援したくなっちゃうよ。
本当に心から幸せそうだからさ」
「川崎……」
「私は私で、あんたを好きなままでいるかもしれないし、他の人をすぐ好きになるかもだし、
だからあんたは気にせず、自分の思うようにすればいいんじゃないかな。
それに好きとか関係なく、今はあんたが生きて帰ってきてくれて、とても嬉しい」
「ありがとな。見舞いにも来てくれたんだろ?
おかげでやっと帰ってこれたよ。これからも宜しくな、川崎」
「うん」
「八幡、僕も僕も!」
「当たり前だろ。それに先生も、今後とも宜しくお願いします」
「ラーメンを食べにいく約束もあったしな。元気になったら一緒に行こう」
「はい」
「でも、この写真、ほんといい写真だね」
戸塚が感嘆したように言った。
「いつか戸塚にも紹介するよ。こっちで会った後の結果次第なとこもあるけどな」
「何か問題でもあるの?」
「まあ、家庭の問題とかもあるからな……お嬢様みたいだしな」
「そっか、頑張れ八幡!」
「おう」
「比企谷、ついでに私にも誰か紹介してくれてもいいんだぞ」
「あっ……先生、まだフリーですか?」
その言葉を聞き、平塚は八幡のこめかみをぐりぐりした。
「フリーで悪かったな。君は幸せそうで羨ましいな?あ?」
「違うんです。先生に紹介したい奴がいるんです。
で、今先生がフリーかどうか確認したかっただけなんです」
平塚は、ピタッと動きを止めた。
「……本当かね?」
「はい。まあそいつと連絡がとれたらの話になるんですけど、先生さえ良ければ」
「比企谷、君という奴は!」
平塚は、満面の笑みで八幡の頭を胸に抱いた。
「うわっ、戸塚助け……うぐっ、呼吸が出来ん」
「先生先生!八幡が死んじゃう!川崎さん、八幡を助けなきゃ!」
「まあ先生にもやっと春が来るかもしれないんだ。あんたもそれくらい我慢しなよ」
「おい……」
八幡はしばらくもがいていたが、さすがに限界が近くなったのか、平塚に懇願した。
「先生ギブですギブです、まだ体が弱ってるんでそろそろ勘弁して下さい」
「む、すまん、つい興奮してしまったようだ。つい胸を君の顔に押し付けてしまった」
「はあ、まあ苦しかっただけなんで、問題ないですよ」
平塚は八幡に謝ったが、胸に顔を押し付けられていたにも関わらず、
八幡が恥ずかしがる様子もなく平然としているのに気付き、一言言いたくなったようだ。
「それにしても、今の君は昔と比べて随分と女性慣れしているようだな。生意気な」
「はぁ、まあ、色々あったんで……」
「まあ良かろう。とにかく紹介の件、頼んだぞ!」
「はい、約束します」
そのやりとりを楽しそうに見ていた戸塚は時間を確認し、平塚に話しかけた。
「あ、先生、そろそろ時間です」
「そうか戸塚、もう二時間経ってしまったか」
「交代の時間なんですね」
「次が君にとっての本番だよ、比企谷」
「……って事は、次はあの二人が来るんですね」
「まあ、頑張りたまえ。それでは私達はそろそろ行こうか」
「八幡、またね!」
「また来るから」
「おう、二人ともまたな。先生、ちょっと時間がかかるかもしれないですが、
必ず紹介するんで、待っててくださいね」
「楽しみに待ってるよ。それではまたな」
「はい」
こうして三人は去っていった。次はついに雪ノ下と由比ヶ浜が来る。
八幡は早く二人に会いたくて、そわそわしながらその時を待った。