藍子と木綿季との再会を和やかな雰囲気で終えた八幡は、
時間も遅くなってしまった為、今日はソレイユ近くのマンションに戻る事にした。
「さて、すっかり遅くなっちまった………って誰かいるのか、優里奈、いるか?」
「あっ、八幡さん、お帰りなさい!」
「あら八幡、お帰り」
「お?詩乃が来てるなんて珍しいな、明日は学校だろ?」
「それがね、今日は用事があってソレイユに行ってたんだけどさ、
何とかいう教授に根掘り葉掘り色々聞かれちゃって、帰りが遅くなっちゃったのよね」
「教授?誰か来てたのか?」
「うん、え~とね、名前は何て言ったかな………あ、そうそう、重村教授だわ」
「ほう?」
八幡にとって、それは青天の霹靂であった。
重村教授と言えば、以前SAOのサーバーの調査絡みで怪しい動きをしていた時以来、
様子見という事で話が落ち着いていたはずである。
それが何故ソレイユにいたのか、八幡はとても気になった。
「詩乃、重村教授がうちにいた理由って誰かから聞いてるか?」
「あ、うん、えっとね、オーグマーって知ってる?」
「ああ、重村教授達が開発してる、AR端末だな」
「あれでゲームが出来るようにしたいらしいんだけど、
そこにSAOのボスモンスターを登場させてもいいか、交渉に来たみたいよ」
「…………………え、何だそれ?」
詩乃にそう説明された八幡は、意味が分からずしばらく無言でいた後、首を傾げた。
「気持ちは分かるわ、だってSAOの事は詳しくない私でも、
何故わざわざそんな事を?って思ったもの」
「だよな………」
「一応教授の説明だと、旧SAOユーザーも取りこみたいからって事らしいけどね。
ちなみにALOや、ゾンビ・エスケープのボスとかの事も聞かれたみたい」
「ああ、そういう事か、まあ確かに面白い手ではあるよな。
で、姉さんはそれを許したのか?」
「ええ、いい宣伝になるからって許可したみたいよ。
ただしSAOのボスに関しては、ライセンス料を割高にしたって言ってたわ」
「ふ~ん、まあいずれ姉さんから話があるだろうからそれはいいか。
で、何で詩乃が重村教授に質問攻めに遭ったんだ?」
「それは俺のせいだぜ、相棒」
その聞き覚えのある声に、八幡は驚いて振り返った。
そこにいたのは何と、はちまんくんであった。
「おお?どうした相棒、俺に会いに来てくれたのか?」
「そうだと言いたいところだが、実は今日は俺のメンテだったのさ」
「ああ、だから詩乃がソレイユにいたんだな」
「まあそういう事。で、はちまんくんを抱えて歩いてたら、
重村教授に呼びとめられたと、まあそういう訳」
「で、何を聞かれたんだ?お前、システム的な事はサッパリだろ?」
「うん、そっち方面の事を聞かれたんじゃなくて、
はちまんくんはモデルとなった人にどれだけ似てるのかとか、
比較してみてどの程度違和感を感じるものなのかとか、
まあそういった事を中心に聞かれたかな」
「なるほど、確か教授がそれ系の事をやりたがっている気配があったはずだしな」
「凄く熱心で、やっぱり研究者の人って研究熱心なんだなと思ったわ」
「ちなみに重村教授は、あの茅場晶彦の師匠だぞ」
「えっ、そうなんだ、そんな凄い人だったのね」
「まあとりあえず、重村教授がそういった事に興味を抱いているのは確定か」
「そうね、正直熱心すぎて軽く引いたけど、
それ以外の部分だと凄く物腰が丁寧な人だったわ」
それから八幡は、藍子と木綿季が正式に八幡の被保護者になる事を二人に伝えた。
優里奈は既に八幡の被保護者であり、
詩乃も学校関連に関しては八幡に保護者を頼んでいる為、
二人はまた仲間が増えたと喜んでいた。
八幡はせっかくだからと二人に藍子と木綿季の電話番号とメアドと、
ACS(AIコミュニケーションシステム)のIDを教えた。
ACSはまもなく正式配信となる予定で、その使い勝手の良さとセキュリティの固さから、
国産の次世代コミュニケーションツールとして期待されている。
そしてその日の夜は、寝室からグループボイスチャットで話す四人の声が聞こえ、
八幡は楽しそうで何よりだと思いつつ、穏やかな気分で眠りについた。
そして次の日の朝、八幡は詩乃の襲撃を受けた。
「ほら朝よ、早く起きて、あ・な・た?」
「………ん、もう朝か、おい詩乃、ツンデレが足りない、やり直し」
「なっ……起きていきなり言う事がそれ!?」
詩乃にとっては会心の甘い声(本人談)であったが、八幡にはまったく通用しなかった。
「そういうのはお前には似合わないんだからさ、
もっと自分の長所を伸ばすような努力をした方がいいぞ?」
「ツンデレを長所とか言われたくないんだけど」
「それを決めるのは受け手の俺であってお前ではない」
「まったくああ言えばこう言うんだから、それじゃあ私は学校に行ってくるわね」
「それじゃあ優里奈と一緒にキットに送ってもらうといい、俺はしばらく出かけないからな」
「そう?それじゃあ遠慮なく……」
「八幡さん、ありがとうございます」
そして詩乃と優里奈は出かけていき、八幡は雪乃に電話を掛けた。
『おはよう八幡君、あの二人はどうだったかしら?』
「前よりは元気そうに見えたな、
実際に二人の姿を見て、これでやっと一区切りだと実感が沸いたわ」
『そう、それは良かったわ、で、電話を掛けてきてくれたのは、今日の飲み会の事よね?』
「おう、まあそんな感じだ、結局参加者は何人になったんだ?」
『あなた、葉山君、戸部君、私、ゆいゆい、優美子、沙希さん、いろはさん、
それにプリンセスの、合計九人ね』
「プリンセスって誰だよ……」
『それを私に言わせるの?腐海の………』
「分かった、皆まで言うな、まあそのメンツなら、おかんが海老名さんを抑えてくれるだろ」
『おかんって……今本人が私の横で、この会話を聞いているのだけれど……』
『八幡、後で覚悟しろし』
「すみません冗談のつもりだったんです、どうかお怒りをお静め下さい」
どうやら雪乃の家には今、優美子がいるらしい。
という事は結衣もいるのだろうと考えた八幡は、
これ以上余計な事を言わないように気を付ける事にした。
「ところで戸塚は……」
『戸塚君は、残念ながら出張中で九州にいるらしいわ、
で、材木座君には絶対無理と断られたわ』
「あいつ、まだこういう場が苦手なのか」
『むしろあなたが慣れた事の方が奇跡よね』
「違いない。で、南は?」
『それが今日は、小猫さんとクルスと一緒に飲みに行く約束があるらしいの』
「ああ、秘書交流会とかか、それじゃあ仕方ないな、また今度誘おう。
とりあえず店を予約しておくから、また夜にな」
『ええ、それじゃあ詳しい事が決まったら連絡お願いね』
そして八幡は、よく風太や大善と一緒に行く居酒屋を予約し、
そのままソレイユで色々と何かを手配し始めた。
どうやら学校に行くよりも大切な事があるらしい。
小町からの連絡によると、明日奈はまだもじもじ状態だという事で、
今日一日くらいは学校で顔を合わせないようにしようと配慮したという側面もある。
「これでよしっと、ってもう夕方かよ、そろそろ時間だな、出かけるとするか」
「八幡君、誰かと待ち合わせ?」
「悪い姉さん、これから総武高校のプチ同窓会だわ」
「ちょ、ちょっと!私、私も元総武高校生!」
「姉さんとは三つ離れてるし、一緒に学校通った事は無いからな、
めぐりんでも誘って行ってくれ」
「ちぇっ、そうするかぁ」
「それじゃあ頼んだ件、宜しくな」
「うん、任せといて」
八幡はそのまま居酒屋へと向かい、懐かしい顔ぶれと合流した。
「悪い、ちょっと遅れたか」
「いいえ、時間ピッタリよ、さすがキットね」
「少しは俺の努力を認めてくれてもいいんじゃないですかね」
「あら、ここに着くまでに何か努力をしたの?」
「よ~し、早速乾杯だ、みんな、久しぶりだな!」
「ヒッキー、話の逸らし方が露骨すぎ……」
「細かい事を気にするな、それじゃあかんぱ~い!」
「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」
こうして飲み会が始まったが、やはり一番最初に話題となるのは、
八幡の記憶喪失の話であった。
「ヒキタニ君、ちょっと小耳に挟んだんだけど、記憶喪失になってたってマジ?」
「マジだな、ちょっと前まで、俺は高校生に戻ってたわ」
「高校って、どの辺りの頃だい?」
「ええと、修学旅行が終わって少しした辺りかな」
その説明に、姫菜が申し訳なさそうに八幡に謝った。
「あ~、あの時かぁ……今だから言えるけど、あの時は本当にごめんね、比企谷君」
「いや、海老名さんのせいじゃない、俺が勝手にやった事だからな」
「あれかぁ、さすがにあの時は、そりゃないわって思ったっしょ」
「悪い戸部、あの時は嫌な思いをさせちまった」
謝る八幡に、戸部はにっこりと微笑んだ。
「それはお互い様っしょ、今じゃいい思い出だし、
結果的に俺らの関係が壊れなかったんだから、むしろここはお礼を言うとこっしょ」
「戸部はあの時の事を、今はちゃんと理解してるんだな」
「ああ、まあそりゃ俺もねぇ、その後ヒキタニ君と姫菜の間にあまりにも接点が無かったし、
あれは普通の意味での告白じゃなかったって薄々感じてたっしょ。
というか隼人君も、本当の事をこっそり教えてくれれば良かったのに」
「ははっ、悪かったよ戸部、でもあの時は他ならぬ俺自身が、
比企谷にああさせてしまった事を悔やんでたから、とてもそんな余裕は無かったかな」
そんな葉山に同意したのは結衣であった。
「あたしとゆきのんもそんな感じだったよね」
「ええそうね、今思えばあの時が一番気まずい時期だったわね」
「ほえ~、私が先輩と知り合う前に、そんな事があったんですね」
「私はそういうのには一切関わってなかったけど、
あんた達が気まずそうにしてたのは分かったわね、まあ興味無かったけど」
この件に関しては、いろはと沙希は完全に部外者である。
「しかし比企谷があの頃に戻ったって、みんな相当戸惑ったんじゃないか?」
「そうだよねぇ、ハヤハチやトベハチ全盛期だったしね!」
「え、海老名さん、そのくらいで……」
「姫菜、自重しろし」
「八幡先輩以外の先輩方って、こうして見ると全然変わってないですよね。
むしろ先輩が変わりすぎというか……っていうかリアルハーレム形成中とか一体何なんですか?
もっと私を大切にして下さいよ」
「いろは、前半と後半の繋がりがまったく無い、というか俺はハーレムなんか作っていない」
その瞬間に全員がぽかんとした顔をした為、八幡は居心地の悪さを感じて縮こまった。
「や~、でも姫菜以外は全員ソレイユに入る事になったね」
「そういえば私だけ除け者に……」
「姫菜は好きな事で十分暮らしていけそうなんだから我慢しろし」
「ヒッキーがトップに立った時、ここにいるみんなで支えていければいいよね!」
「お、おう、頼りにしてる」
八幡はハッキリとそう口に出して言った。この辺り、やはり昔とはまったく違う。
「本当にあんた、そういう事ハッキリ言うようになったわよね」
「今回の件で身に染みたからな、何か困った事があったらまた頼らせてもらう」
「うん、任せて!」
「私は部外者だけど、何か手伝える事があったら何でも言ってね、ぐふふふふ」
「あ、海老名さんは別にいいです、本当にごめんなさい」
その姫菜のいやらしい笑い声を聞いた八幡は即座にそう謝った。
「え~?残念だなぁ、それなら代わりに私のぱんつでも見る?」
「ちょっ、姫菜!」
「おい優美子、海老名さん、酔ってないか?」
「あ~、はい姫菜、とりあえずお水飲んで、お水」
「そういえば私、昔あんたに思いっきりぱんつを見られたわよね」
ここで沙希が思い出したかのように爆弾を放り込んできた。
「えっ、何それ?」
「違う、あれは事故だ、
平塚先生に説教されて床に転がってた所にたまたまお前が通りかかっただけだ。
それにお前、あの時はまったく恥ずかしそうなそぶりを見せなかったじゃないかよ!」
「見たのは事実じゃない、ちゃんと責任はとりなさいよね」
「そうやって持ってくんだ、サキサキやるぅ!」
「私は出遅れてるから、利用出来るものは何でもしないと」
「実はお前が一番変わってないか!?」
「そう?まあ経済的に余裕も出来たし、そろそろ私も自分がやりたい事をしようかなって」
「ライバル宣言!?」
「へぇ、それならあーしも言うけど、あーしも八幡にはぱんつを見られてるんだよね」
「優美子も!?」
「あ、私それ知ってる、確か昔買い物してる時に優美子が隼人君を見付けて転んで、
それをたまたま比企谷君が見てたんだよね」
「えっ、俺と比企谷が一緒に買い物?って、あの時か………懐かしいな」
「お、おう、かおりと千佳さんと一緒だった時な」
「それって私もいた時じゃないですか!
どうしてその時私のぱんつも見てくれなかったんですか!?」
「いやいや、あの時お前は俺に何の興味も無かっただろ、
っていうかあの時のお前、超怖かったからな」
「何ですかそれ、私はこんなにかわいいじゃないですか!」
「と、とにかくもうぱんつの話はやめろ、全部事故、事故だから!」
実にカオスな状況であるが、この場に笑顔が絶える事はない、
みんな今の八幡の事が大好きだからである。
「八幡君、あの頃あなたと一番親しかった私達とは、
そういった事がほぼ無かったわよね」
「あ、でもテニス対決の時にちょっとだけあった?」
「いや、どうだったかな、多分見えてなかった気がするな」
とか言いつつも、八幡はその時結衣のぱんつを見た覚えがあった。
雪乃に関しては未遂であったが、ここでその事を言うとまた拗れる為、八幡は無言を貫いた。
「むぅ、やっぱずるい!」
「それが普通なんだっての!ってかそんな事で俺に文句を言うな!」
「ふっ、ここで勝ち負けがハッキリしたっしょ、
あーしも丁度いいから沙希と一緒に責任をとってもらう事にするし」
「優美子、ずるい!」
「わ、私も何かそういったイベントを……」
「やめろ雪乃、お前だけはそういう方向に行くんじゃない!」
「他にもそういった経験をした人がいないか、後で調べようかしら」
「本当にやめてくれ!」
もう滅茶苦茶である。この後一同は更に盛り上がり、
八幡はこの日、ずっといじられる事になったのであった。
「ふう、今日はひどい目にあった……」
「でも楽しかったっしょ?」
「お、おう、そうだな……」
その後八幡は、キットに雪乃と結衣、いろはと沙希を放り込み、
今は優美子と二人でタクシーに乗っているところだった。
これは優美子が生来のおかん気質を発揮して、全員の介抱役を努めていたからである。
ちなみに目的地は八幡のマンションであった。
更にちなみに姫菜と葉山と戸部は、既にタクシーで帰宅している。
おそらくこれ以上女の戦いに巻き込まれたくなかったのだろう。
「さて、大変なのはここからか……」
その後八幡は、泣きながら全員をお姫様抱っこして自分の部屋と下を往復した。
その中にはちゃっかりと優美子も入っていたが、八幡に拒否権は無い。
そして次の日の朝、誰が八幡を起こすのかで、
仁義無き女の戦いが繰り広げられる事になったのだが、それはよくある日常のお話である。