「で、誰が魔王でラスボスなのかな?」
「あっ、その、誰なんですかね。俺にはちょっとわからないです」
「ふ~ん」
「まったく記憶にございません」
「殴れば思い出すかな?」
「ノーノー!暴力反対!」
「それじゃあ力ではなく言論で戦いましょう」
「あの、その、いつからそこに?」
「陽乃、愛してるよって言ってた辺りからかな」
「おい、俺の発言を勝手に捏造すんな。うわっ、ごめんなさいごめんなさい許して下さい」
八幡はつい突っ込んでしまったが、直後に陽乃が鬼の形相になったので、
すぐさま頭を床にこすりつけて謝罪した。
「はぁ……仕方ないから二時間ほど私と雑談する事で許してあげましょう」
「わかりました、仰せの通りに」
八幡はそれを了承し、キリトとの会話を一旦終わらせようとスマホを手に取ったが、
通話はすでに切れていた。八幡はキリトの身を案じたが、おそらく敵の襲撃とかではなく、
陽乃の差し金だろうと推測し、黙っている事にした。
陽乃はSAOでの面白エピソードを語る事を八幡に求め、八幡もそれに応えた。
そして二時間が経った頃、病室のドアがノックされた。
「あ、来たみたい。どうぞ~」
「誰か来る予定だったんですか?だから時間潰しを?」
「正解。外にいるのはあなたもよく知ってる人よ」
そしてドアが開かれ、そこに立っていたのはとても見慣れた顔だった。
「え、何これ、何でお前がここにいるんだよ、キリト」
「……拉致された」
「陽乃さん、何やってんすか!」
「ひどいなぁ、ちゃんと手続きはふんだよ?本人には話してなかっただけで。
そういうわけで、今日からキリト君は、八幡君の隣の病室に引越しで~す!
キリト君、私は雪ノ下陽乃。私の事は陽乃って呼んでね」
「あ、はい陽乃さん」
その会話を聞いた八幡は絶句した。
キリトも何とも言えない顔をしていたが、ぽつんと一言だけ呟いた。
「……ハチマンの言ってた事は正しかった」
「……身をもって理解したか?」
「ああ」
「ん?二人とも、まだ私を魔王だとかラスボスだとか言いたいのかな?」
それを聞いた途端にキリトが、饒舌になった。
「いえ、陽乃さんは美人でお金持ちのご令嬢で、とても素敵な方だと思います。
おいハチマン、お前こんな素敵な人に何言ってんだよ!」
「おいキリト、この裏切り者!」
「裏切ってなんかいない。表返っただけだ!」
「どんな敵相手でも怯まず戦う、それがお前だろ!キリト!」
「何言ってんだよ、このプレッシャーは【グリームアイズ】以上じゃないか!
俺は無謀な戦いはしない主義だ!それはお前もだろ、ハチマン!」
「お前の中で【グリームアイズ】がかなり印象深いのだけは理解した」
「あはははは、【グリームアイズ】ってのが何か分からないけど、
二人の息は本当にピッタリだねぇ」
八幡とキリトは顔を見合わせ、陽乃は楽しそうにそれを見ていた。
「陽乃さん、このサプライズは一体どういう意図なんですか?」
「そうだねぇ、菊岡さんとも話したんだけど、
私達は君達二人が事件解決に向けてのキーパーソンになると判断したの。
だから連絡を密にするために、キリト君をこちらの病院に移動させました」
「そういう事ですか……まあキリトといつでも話せるのは、俺も助かります」
「まあ、改めて宜しくな、ハチマン」
「おう、始めましてだな!」
二人は固い握手を交わした。
「さて、キリト君は八幡君のベッドに座って。立っているのはつらいでしょう?」
「あ、はい、お気遣いありがとうございます」
「それじゃ陽乃さん、さっきの続きを話せばいいですか?」
「さすがは八幡君、切り替えが早いね。最初の方の話の内容は理解したし、納得もした。
その上での疑問ってのを、話してみてくれない?」
「大した事じゃないんですよ。アスナについてです。
もし会社ぐるみの犯行だとしたら、アスナがまだ目覚めていないのは明らかにおかしい」
「ん、何でだ?」
八幡は、アスナの素性をキリトに説明する事にした。
「キリト、アスナはな、レクトのCEOの娘なんだ」
「うげっ……ハチマンも色々大変だな」
「俺が大変なのはさておき、レクトのCEOは結城章三さんでしたっけ?
会社ぐるみの犯行だとしても、娘にこれ以上の犠牲を強いる必要がまったく無い」
「章三さんは、娘ラブだからね」
「レクト本社でそんな計画が持ち上がっていたら、CEOの耳に入らないわけがない。
つまり怪しいのは、レクト・プログレスという事になる」
「政府は動けないのか?」
「それは何かキッカケが無いと厳しいわね。強制捜査を行う理由もまったく無いしね」
「つまり、レクト・プログレスが事件に関わりがあるっていう証拠集めが、
俺達の当面の目標って事になる」
「私も頑張るつもりだけど、何度も支社に足を運ぶのは、中々難しいのよね」
「それなんですが陽乃さん、材木座って覚えてますか?」
「えーっと確か、あの変な喋り方をする、大きな子?」
「そうです。あいつがレクト・プログレスでバイトをする手はずになってるんですよ。
その後押しって出来ませんかね?」
「バイトの一人くらいなら何とかなると思う」
「それじゃ、あいつの潜入待ちって事で、俺とキリトはそれまで頑張ってリハビリします」
「二人一緒なら、リハビリも捗るかもしれないね」
「よし、明日から頑張ろうぜ、ハチマン」
「おう!」
次の日から、ハチマンとキリトは一緒にリハビリに励んだ。
キリトは雪乃や結衣ら、お見舞いに来る者達とすぐに仲良くなった。
「なあハチマン。何でお前の周りはこんなに美人ばかりいるんだ?
お前ぼっちだって言ってなかったか?」
「……そのはずだったんだが、気が付いたらこうなっていた」
「ハチマンが、無自覚系天然ジゴロだなんて思いもしなかったよ」
「おい」
「事実だろ?」
「ぐっ……」
こんな会話もあったが、リハビリは順調に進み、ついに二人は退院出来る事になった。
あれから二ヶ月近くたったが、未だに事件の糸口は掴めていない。
材木座は無事にバイトの面接に合格し、色々と調べてくれているようだが、
妙に閉鎖的な部署があるくらいの情報しか得られていなかった。
ちなみにそれは、ALOのサーバー管理をしている部署らしかった。
「というわけで、二人は退院するだけならいつでも可能という事になったわ」
「長かったな……」
「ああ、そうだな……」
「でも、出来れば二人には、もう少しここにいてほしいのよ」
「あー、確かにそうですね」
「なのでもう少しこの病院に留まって欲しいのだけど、構わない?もちろん外出は自由よ」
「俺は問題ないです」
「俺も問題ないですね」
「それじゃ、その方向でもう少しだけ我慢してね。実は、少し気になる情報があるのよ」
「情報、ですか」
「二人とも、ALOって知ってる?」
「はい、一応二人で概要は調べました」
「そのゲーム内で撮られたSSを最近入手したんだけど、
そこに、アスナさんらしき人物が写ってたのよね」
「本当ですか?」
八幡はそれを聞き、陽乃に詰め寄った。
「落ち着いて。今その写真の人物を、この結婚写真のアスナさんと比較させているの。
夜までには結果が出ると思うわ」
「初の手がかりですね。しかも予想外の所から……」
「そんなわけだから夜まで待って頂戴。で、それまで二人が良かったら、
これからアスナさんのいる病院まで一緒に行かない?」
「いいんですか?」
「ええ、社長……章三さんにも話は通しておいたわ」
「お願いします、連れてって下さい!」
「キリト君も行く?」
「はい、俺も一緒に行きます。アスナは大事な仲間ですしね」
「それじゃ、行きましょうか」
アスナの眠る病院は、所沢にある結城系列の病院だった。
三人が通されたのは、明らかに他の病室とは設備の違う、特別な病室だった。
窓から見えるアスナの姿も、痩せすぎという事も無く、比較的健康的なものだった。
「アスナ……」
「目覚めた当初の俺達よりも健康に見えるな」
「どうやらかなりお金をかけてるみたいよ」
「さすが大企業……」
「それじゃ、入りましょう」
病室に入った三人は、ベッドの脇の椅子に座った。
八幡はアスナに駆け寄りたいのを必死に我慢していた。
思ったよりもアスナの状態が良い事に、八幡はひたすら安堵していた。
「やっと会えたな、ハチマン」
「ああ、状態も良さそうだし、ちょっと安心したわ」
「良かったわね、八幡君」
「はい、ありがとうございます、陽乃さん」
その時病室の扉が開き、二人の男が入ってきた。
それを見た三人は立ち上がり、陽乃が年配の方の男に挨拶をした。
「社長、お見舞いを許可して頂いて、ありがとうございます」
「陽乃君、来てくれたんだね。で、そちらが話に聞いていたハチマン君とキリト君かい?」
「はじめまして、比企谷八幡です」
「桐ヶ谷和人です」
その男、結城章三は、二人の手を取って感謝の言葉を述べた。
「二人の事は政府の人や陽乃君から聞いていたよ。
ずっと明日奈の事を守ってくれていたんだろう?
明日奈はまだ目覚めてはいないが、二年間娘を守ってくれた事、とても感謝する」
「守っていたのは主にこのハチマンです」
「そうか。ハチマン君は娘と一緒に暮らしていたんだろう?
親としては複雑な気分ではあるが、まあゲーム内での事だしね。とにかくありがとう」
「娘さんを目覚めさせられなくて、すみません」
「何、それは君達のせいではないと聞いているよ。気にしないでくれたまえ」
「それでも、すみません……」
章三は、尚も謝る八幡の背中をぽんぽんと叩いた。
八幡は涙が出そうになるのを必死に堪えていた。
その光景をよそに、章三の連れの若い男が話に参加してきた。
「社長、僕の事も紹介して頂いても宜しいですか?」
「おっとすまん。紹介しよう、我が社のフルダイブ研究部門の主任をしている須郷君だ。
今はレクト・プログレスの方に出向してもらっている」
「須郷です。君達二人の話は聞いています、お会い出来て光栄だ。
英雄キリト君、そしてハチマン君」
「はじめまして」
「須郷、こちらは我が社に今度入社した、雪ノ下陽乃君だ。雪ノ下家のお嬢さんだよ」
「はじめまして須郷主任。今後とも宜しくお願いします」
「雪ノ下家の……とても優秀だという噂はかねがね聞いていましたが、
こんなに素敵な女性だとは思ってもいませんでした」
そう言いながら須郷は、とても嫌らしい視線を陽乃に投げかけた。
陽乃はいつも通り、表向きは平然としていたが、内心では恐らくイライラしているだろう。
「社長、こんな時に何ですが、あの話を進めて頂いても宜しいですか?
明日奈さんが今の美しい姿のうちに、ドレスを着せてあげたいのです」
「……そうだな、そろそろ覚悟を決めないといけない時期なのかもしれない」
その不穏な言葉を聞き、陽乃が代表して章三に質問した。
「社長、良いお話のようですが、何かあるんですか?」
「ああ、この須郷を明日奈の夫にと思ってね。
このまま明日奈はずっと目覚めないかもしれない。
だからせめて明日奈が美しいうちに、この話を進めておきたいと思ってね」
「なるほど……それはおめでとうございます」
八幡は顔面蒼白になっていた。キリトはそんな八幡の様子を見て、八幡に耳打ちした。
「落ち着け。こういう時にこそ何とかするのがお前だろ?」
八幡はそれを聞き、深呼吸した。
「すまんキリト。もう落ち着いた。陽乃さん、ちょっと耳を……」
「ん?」
八幡は、章三と須郷が話している隙に陽乃に何ごとか耳打ちした。
「そういえば社長、ちょっと政府関係の事で内密のお話が」
「ん、分かった陽乃君。ちょっと外に行こうか」
「はい、すみません社長」
二人は一旦外へと出ていった。そして残された八幡とキリトに、須郷が話しかけてきた。
「ハチマン君は、ゲーム内で明日奈さんと一緒に暮らしていたんだよね?
この話は君にとってさぞ悔しい事だと思うが、勘弁してくれよ」
「はあ、まあそうですね」
「でも、本人の意思を確認しないまま、そんな事が可能なんですか?」
キリトが須郷に尋ねた。
「法的な入籍は出来ないね。まあ形としては、僕が結城家の養子になるというだけさ」
「なるほど」
「ここだけの話、この話は僕にとってはとても都合が良かった。
僕は明日奈さんには嫌われていたからね」
「はあ、そうなんですか?」
「興味が無さそうだね、ハチマン君」
「まあ、そうですね」
「もしかしてあなたは、この状況を利用するつもりですか?」
ハチマンよりもキリトが、その言葉に反応して激しく須郷を糾弾し始めた。
「君達も知っているだろう?SAOのサーバーを今管理しているのは僕の部署だ。
つまり今、明日奈さんの命を握っているのはこの僕という事になる。
ならば、少しくらいの見返りがあっても構わないだろう?」
「あんたって人は……」
キリトは尚も須郷に詰め寄ろうとしたが、八幡はそれを止めた。
「さっきから色々話してますけど、俺達が章三さんに告げ口したらどうするんですか?」
「私は社長から絶大な信頼を得ているからね、どちらの言葉を信じるかは明白さ」
「なるほど」
先ほどからハチマンが興味無さそうにしているのが気になっていたキリトは、
とある事実を思い出し、背筋が凍るのを感じた。
「しかしハチマン君は、明日奈さんと一緒に暮らしていたわりには興味が無さそうだね。
元々割り切った関係だったのか、それともただの遊びの関係だったのかい?」
「ひっ」
「ん、キリト君どうかしたかい?」
「い、いいえ……」
「で、どうなんだい、ハチマン君」
「まあ、ご想像にお任せします」
「そうか、まあ話は分かっただろう?なので今後はもうここには来ないでくれないか?
もう君達にはどうしようもない話なんだよ。
なので二人は、せめて今日だけは、明日奈さんとの最後の別れを楽しんでくれたまえ」
そう言って須郷は外に出ていった。そして入れ替わるように陽乃が中に入ってきた。
「陽乃さん、どうですか?」
「うん、八幡君に言われた通りに言ったら、予想通りの反応をしたよ」
「何かしたのか?」
「まあな。外の声、聞こえるだろ?」
キリトが耳をすますと、外から章三と須郷の声が聞こえてきた。
「社長、やっぱり結婚は無しって、どういう事ですか!?」
「やはり時期尚早だと考え直したんだ。この話は当分お蔵入りという事に決めた。
理解してくれ、須郷。私としても熟考した結果なんだ」
「……わかりました」
「それじゃ、私は先に社に戻るよ」
「はい……」
章三は去っていったようで、直後に病室の扉が乱暴に開けられた。
「お前ら何をしたあああああ」
そこには、ひどく醜い顔をした須郷が立っていた。
「ん、何の事ですか?どうかしたんですか?」
「とぼけるな!今社長から、結婚の件はしばらく延期だと言われた!
お前らが何かしたに決まってる!」
「いや、そんな事言われても、なぁ」
「私は政府からの情報を伝えただけですし、何の事かわかりませんね、主任」
「くそっ、今に見てろ!切り札はこっちの手にあるんだ!」
そう捨て台詞を残し、須郷は去っていった。
誰もいなくなったため、八幡は遠慮なくアスナの手を握り、優しく話しかけた。
「アスナ、あの馬鹿は俺が必ず何とかする。結婚も延期させてやった。
その間に必ずお前を救い出すから、もう少しだけ待っててくれよな」
その言葉が聞こえたわけではないだろうが、
三人は、眠るアスナの顔が少し笑顔になったような気がしたのだった。