西住家の少年   作:カミカゼバロン

13 / 32
 小説版に近い、愛憎混ざったエリカかわいい。
 彼女、とっても情が深いタイプだと思います。良くも、悪くも。
 そういうタイプ大好きです。


少女、敵対宣言をする

 店を出た時には背を見失っていたが、幸いにして走り去ったエリカは程なくして見つかった。

 これはエリカ自身が夜でも街灯に反射して煌めく髪色をしていたという、言ってしまえば“目立つ”容姿である事もあるし、走り去った後で彼女がそれほど動かずに居たという事もあるし、幾許かの幸運もあるだろう。

 ともあれ宮古修景はレストランを出て、或いはレストランでまほを見捨ててから僅か数分にて、黒森峰女学園学園艦の公園のベンチに座る逸見エリカを発見することに成功したのだった。

 

「……よー、さっきはすまん。ありゃ俺が配慮無かった」

「……っ!!」

 

 街灯の明かりに照らされながら、俯きがちにベンチに座っていたパンツァージャケット姿のエリカが、ベンチに近づきながらの修景の声に跳ねるように顔を上げる。

 その拍子に跳ねた色素の薄いセミロングの髪が、街頭の明かりを反射して煌めいた。

 

 こんな美人さんが夜の公園にソロで居るというのは、事件とか事案とか誘発しそうだなと茫洋と思う修景。

 こちらの格好は長旅でくたびれたジーンズと、シャツの上から羽織った薄手のパーカー。収まりの悪い焦げ茶の癖毛を、ぐしゃぐしゃと掻きながらエリカに歩み寄る。

 

「まず、謝らせてくれ。それと……なんか飲むか?」

「……別に」

「じゃあ返金させてくれ。さっき置いてった千円だと、逸見さんが食ってった分より多いんだよ」

「……ノンアルコールビール」

 

 先程のレストランでの叫びとはうって変わって、ぼそぼそと呟くような返答のエリカに肩を竦めながらも、修景はベンチ近くの自販機に向かい、ジュースに混ざって売っているノンアルコールビールを2つ購入する。

 黒森峰学園艦はノンアルコールビールが特産品であり、生徒たちもそれを愛飲しているというが、エリカもその例外ではなかったようだ。

 

「ほい」

「どうも。……隊長は、私を追って来なかったんですね。考えてみれば当然か。あの人、みほの姉だもの。私よりみほを優先して当たり前ですよね」

 

 そしてノンアルコールビールを受け取ったエリカが、暗い目で俯き加減に呟く。

 どうやら思考がネガティブネガティブへと回っているようだが、修景はその言葉に頬を掻く。

 

「ああ、まほな。追おうとはしてたんだが、すまん、見捨てた」

「……見捨てた?」

「逸見さんの同級生だっけ、あの店員さん」

「……あ」

 

 元々頭の回転の早いエリカは、今の修景の言葉でだいたいレストランで起きた状況を正確に察したらしい。

 元々色素の薄い顔色がさっと青くなったのが、街灯の明かりでも確認できた。

 

「わ、私が叫んだせいで隊長に累が及んだ!? 今からでも行って謝らないと……!!」

「いや、もう遅い。今から行っても余計こじれる可能性がある。今はまほの貴重な犠牲に感謝しよう」

「私、明日にはその同級生とも隊長とも顔を合わせるんですけど。うう、早いか遅いかの違いでしかない……」

 

 ガクリと肩を落としたエリカが、その肩を落としたまま小さく呟く。

 ちなみにノンアルコールビールは手に握ったままだ。

 

「何やってんだろ、私。勝手に思い込んで、勝手に暴走して……。みほの事も―――結局私、みほにとって何だったのかな」

「友達」

「……何を根拠にそう言い切るんですか」

「あいつ、逸見さんの話題が出た時に『エリカさん』と名前で呼んだ。逸見さんもあいつの小動物みたいな引っ込み思案な性格は知ってるだろ。あいつが名前で呼ぶのは、気を許した友達だけだ」

「……じゃあ、なんであの子は何も相談してくれなかったんですか」

「俺だって文句言いたいわ。俺とか実質半分兄貴みたいなもんなのに相談ゼロだったし、血の繋がった姉のまほですら転校すると決めてから聞いたって話だぞ」

 

 言った修景、聞いたエリカ、双方溜息。

 両者ともに『みほに相談してほしかった』と思っているという意味では、この二人は同類だ。それ故に出た溜息である。

 

「あいつもまほも、他人に相談したり弱味を見せるのが下手なんだよ。まほはまだ良いが、みほはクッソ下手だ」

「……隊長、弱味とかあるんですか? あの人は笑いのセンスと服のセンス以外は完璧ですよ」

「白鳥は水面下ではなんとやら、って奴だろ。今回のみほの件に関しても、気丈に振る舞っちゃ居るけど落ち込んでるよ。軽くだけど弱音を吐かれた。あいつがそう言うなんて、相当だ」

「……あの件、隊長に非は」

「隊長である以上ゼロじゃない。少なくともまほは、作戦を立てた自分が悪いと思っているみたいだぞ」

「……ああ、なるほど。宮古先輩にはそういうこと話すんですね、隊長。形は違っても、西住の影にそれを支える宮古あり、かぁ」

 

 黒森峰の記念館で、他ならぬ修景と見た展示品―――しほの時代の彼女と修景の母を思い出しているのだろう。

 どこか遠い目で、エリカは呟く。

 

「私が、そういう立場になれれば良かったのに」

「俺だって逸見さんのポジションが羨ましいよ。俺は結局外から小賢しく口出しするだけで、まほやみほと肩を並べて戦うなんて出来ないからな。戦車道は女子の武道だし」

「……隣の芝は」

「青いねぇ」

 

 申し合わせたように、互いに手に持っていたノンアルコールビールの缶のプルタブを開ける。

 炭酸系の飲み物を開けた時の、景気のいい『プシュッ』という音が二つ。どちらからともなく、乾杯のように缶をこつんとぶつけ合ってから一口飲む。

 

「まぁ、あれだ。逸見さん、とにかくまず、悪かったな。俺の報告が悪かった。もうちょい気を使うべきだった」

「悪いのはみほですよ。あの子、私の気も知らないで勝手に……っ! 私がどれだけ心配したと……っ! おかわりっ!」

「あっはい」

 

 そしてその一口で一気にノンアルコールビールをカラにしたらしいエリカが叫んだ言葉に、修景が思わず返事をする。

 そそくさと立ち上がり、同じ自販機で同じノンアルコールビールをもう一本購入。念のため、今のエリカのテンションを鑑みて、アルコールが入っていないかを確認する。

 

 間違いなくノンアルコール。

 どうやら逸見エリカ、酒が入っていなくても絡み酒のノリが出来る人材らしい。

 

「ほい」

「どうもっ! ……みほが」

「ん?」

「みほが戦車道を続けてくれていたこと、落ち着いてみると、私も少しだけ嬉しかった。みほをあの時責めたのは私もで、そのせいであの子が戦車道を止めたって事がなくなって、少しだけ救われたんです。でも、それ以上に―――さっきレストランで思わず叫んじゃったみたいに、行き場の無い感情が強くて」

「……悪い。ぶつけどころが無いよな、それ」

 

 次なるノンアルコールビールのプルタブを開け、ぐいっと一口―――今度は一息に全部飲む事はないが、それでも一口で結構飲んでから、エリカは首を横に振る。

 『ぶつけどころが無い』という修景の言葉に対する否定だ。

 

「みほが全国大会出てきて、戦うことになったらボコボコにしてやろうかな、とかは考えてますよ。……あれ? うわ、私って執念深いのかな、客観的に見たら」

「いや、それくらいは構わないと思うけど。……しっかし全国大会。一回戦で大洗と黒森峰が上手く当たる可能性ってどれくらいあるかね」

「私はどこでも構わないですよ。二回戦でも、準決勝でも、決勝でも」

「ああ、逸見さんには言ってなかったっけ? 大洗の戦車道って新設で、みほはそれで生徒会に唯一の経験者って事で、どうしてもって乞われて参加したらしいんだ。戦車もメンバーも、到底勝ち上がってくるとは思えない物なんだよ」

「可能性はありますよ」

 

 さらりと告げられた言葉に瞠目する修景に、エリカは右手の指を突きつけ―――ようとしてノンアルコールビールを突きつける。

 

「……え? おかわり?」

 

 結果的にノンアルコールビールの缶を突きつけられた修景が、その意を汲みかねて首を傾げつつ追加の飲み物がほしいのかと口に出す。

 そこに至って缶を持ちっぱなしだったと気づき、顔を羞恥で赤くしたエリカが、そっと右手を引っ込めて、改めて左手の指を突きつける。

 

「……っ、い、今の話だとみほが唯一の経験者で、恐らく隊長になってくる可能性が高いじゃないですか。それなら、勝ち上がってくる可能性もゼロじゃないです」

「精一杯流そうとしても流れねぇぞ、今の可愛いボケ」

「隊長やみほには話さないで下さいっ!」

 

 顔を真っ赤に、自棄っぱちのように残ったノンアルコールビールを一息に飲み干すエリカ。先に飲んだ物と合わせて、二つの缶を当たり散らすような勢いで投げ捨てる。

 ベンチから少し離れた場所に設置されていたゴミ箱に、音を立てて二つの缶が綺麗にシュートされた。

 

 それを見てやってみたくなった修景も、自分の分の缶を飲み干してから、ゆっくりとゴミ箱に狙いを付けて缶を投げる。

 ―――大分ゴミ箱から離れた場所に、缶がカコンと音を立てて不法投棄された。

 

「……」

「無言で拾ってゴミ箱に入れても流れませんよ、今の恥ずかしい流れ」

 

 運動神経の不足を露呈した修景が顔を羞恥で赤くしながらも、自分が投棄した缶をゴミ箱に捨て直すために席を立つ。

 その背に揶揄するようなエリカの声がぶつかるが、修景は無言。もう喉は渇いていないが、間を持たせるためにもう一度自販機に向かい、ノンアルコールビールを追加購入する。

 

 ベンチに戻った修景、新たな缶を受け取ったエリカ。両者の間で互いに今の一連のお互いのボケは誰にも話すまい、むしろ話したらこちらも拡散させるぞという、冷戦時代の米ソにも似た相互確証破壊に基づいた協定が無言で成立した。

 協定成立のサインの代わりとでもいうように、両者無言でプルタブを開ける。

 

「……話を戻しましょう」

「……そうだな。で、えーと……逸見さんは大洗が勝ち上がってくる可能性もあると思っている?」

「ゼロじゃない、程度ですけど。みほが隊長なら或いは」

 

 『まぁウチの隊長がいる黒森峰に勝てる可能性はゼロですけど』などと付け足しはするものの、エリカの評価は修景としては慮外のものだ。

 修景も―――そしてまほも。しほも。大洗が全国大会に出る可能性は考慮はしていたものの、勝ち上がってくるなどというのは想定の外だからである。

 むしろ、勝ち上がってこられると話がややこしくなるので、1回戦か2回戦で負けるだろう、負けてくれと思っている。

 

 しかし彼女は、逸見エリカだけは、準決勝、或いは決勝までも勝ち上がってくる可能性をゼロとは見ていない。

 その様子に瞠目する修景に、エリカの方が意外そうに肩を竦めた。

 

「宮古先輩が言ってたじゃないですか。独自判断の独立遊撃手、それこそみほなら出来たんじゃないかって。私も同感です。あの子、指示を出されて動く側よりも自分が独自に動けるようになった方が強い。或いはもうちょっと強気に他人とコミュニケーションできて、指示する側に回れれば、それ以上に」

「……随分と評価してるな」

「そうじゃなきゃ、あの子が隊長になって私は副隊長としてそれを支えて―――なんて夢を見ません。宮古先輩こそ、妹だからって過小評価してませんか?」

 

 ふん、と鼻を鳴らして。強気な彼女らしい笑みを浮かべて。

 しかし、割り切れないドロドロとした感情をも込めながら、逸見エリカは三缶目のノンアルコールビールを開け、ぐいと呷った。

 

「―――だからこそ、腹が立つの。最初は嫉妬や劣等感もあった。それを超えて、友情と尊敬になった。でも、それも全部台無しになって、あの子は遠くでまた戦車道を始めた。……私の悩みも何もかも知らないような顔をして」

 

 ニィ、と口の端を上げた笑み。敵意、好意、それらがさながらコーヒーとミルクが混ざりもう分離できないカフェオレのように不可分の域で入り交じった笑顔は、攻撃的な猫科の肉食獣のような印象を抱かせる。

 王虎(ティーガーII)を駆る車長たる逸見エリカに相応しい、強気で攻撃的な笑顔だ。

 

「宮古先輩の話だと、あの子は私のことを友達と思ってくれてるって話でしたよね? なら、やりましょ。徹底的に。友達らしく本音を出して、喧嘩しましょう」

 

 嫉妬、劣等感、敵意、失望、尊敬、友情、愛情、安堵、全てが入り混じり拗れに拗れた感情に、逸見エリカは一つの結論を付けた。

 

「全部、全部ぶつけてやる。戦車道で私にとってあの子がどれだけ大きな存在だったかを分かっていないあの子が、私のことを軽く見れなくなるように」

 

 それは短気で、攻撃的で、一本気で、どうしようもなく彼女らしく。

 

「―――ギッタンギッタンにしてやる」

 

 愛憎入り混じった笑みを浮かべての、全力でぶつかり打倒するという宣言。

 ぐしゃりと、まだ中身が入っていた三本目のノンアルコールビール缶を握り潰しながら、エリカは愛おしむように敵意を込めて、敵対宣言を謳い上げたのだった。




「……ところで宮古先輩、ハンカチ持ってませんか?」
「うわぁ何も考えずに缶潰した結果、ビショビショじゃねぇか。漏らしたみたいになってる」
「セクハラです」

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。