西住家の少年   作:カミカゼバロン

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どこで操作をミスったのか、いつの間にか自分の小説をお気に入り登録していたと気付いた時の何とも言えない気持ち:プライスレス。


少年、死す(胃が)

 早朝の新幹線に乗って、30分。修景が寝た。

 

「それでその時―――あれ、宮古先輩?」

「寝たな。さっきから反応が眠そうだったが……まぁ寝かせてやろう。無理を言って連れ出したのは私だ」

 

 対面に座り、雑談ついでに片やスマホを弄り、片や旅行パンフを眺めていたエリカとまほがそれに気付いて声を―――ただし起こさないよう、心持ち小声を交わし合う。

 窓際に頬杖を付くようにして、膝の上に荷物を載せたまま目を瞑っている宮古少年は、すぅすぅと小さな寝息を立てていた。

 

「奴は戦車道や部活はしていないが、進学とバイトがあるからな。疲れもまぁ、あるのだろう。……バイトと言えば、中学に入る辺りで当時12歳の修景がお母様とお父様相手にガチの喧嘩をした事がある。私もみほも立ち入れない領域でな」

「師範と……お父上相手にですか?」

「学園艦に入ったら自分の学費は可能な限り自分で稼ぐ、これまで世話になった分もいずれ働いて返したいとな。お母様はそんなつもりで引き取ったわけではないとキレるし、お父様もそれに同調して良いから自分の為に使えと……まぁ大喧嘩だ」

 

 その話題をエリカに話しても弟の反応がないことから、狸寝入りでもなくガチ寝入りだなとまほは確信。

 横で興味深そうに、続きを促す視線を送ってくる後輩(エリカ)に頷きを返す。

 

「結局は修景側が折れたわけで、大学に行ったら奨学金制度は使うが、高校まではお母様が負担する事で同意してな。バイトした金も、まぁバイクに使ったり貯金したり、色々しているようだが。あいつも今は私と本当に姉弟みたいだろうが、昔は一線引いていた部分もあった。今のようになるまでは結構大変だったんだぞ」

「……今の隊長と宮古先輩を見ていると、想像つきませんね」

「引き取られてきた頃は、借りてきた銘菓ひよこみたいに大人しいやつだった」

「生命活動をしていない……」

 

 むしろ銘菓ひよこが大人しくなかったら、それはそれでホラーである。というか、借りるものなのか。返すものなのか。

 敬愛する隊長の喩えのセンスに、逸見エリカは慄然とした。

 

 その反応に何か喩えを間違ったかと首を傾げた天然姉が、まぁいいやと話を進める。

 

「私の家―――西住家に来たときは本当に、私どころかみほより小さくてな。……こう、これくらい? いや、これは流石に思い出補正が入っているか」

「そのサイズ、もう本当に銘菓ひよこでしかないのですが……」

 

 そして手の平サイズの何かを示すようなジェスチャーをしたまほが自分で首を傾げるが、思い出補正とかいう以前に7歳児のサイズであってはならない大きさである。

 これまでのまほの証言を総合すると、銘菓ひよこサイズの生命活動を停止した何かでしかない。というか、それはもう銘菓ひよこだ。それが人間に進化したとなると、ダーウィン先生が墓場から飛び出して来かねない。進化論も驚きの結末である。

 

「まぁ銘菓ひよこや手の平サイズは行き過ぎにしても、小柄で大人しい遠慮がちなやつだったんだ。今は無駄に背は高いし、口は達者だし、物怖じしない奴に育ってしまったが」

「……記念館で見た、宮古先輩のお母様に少し近くなってきてる感じですよね。イメージでしか無いですけど」

「いや、合ってるらしい。私のお母様はそれを嘆いているのか喜んでいるのか。……多分、後者だろうな。『年々あの子に似てきている』などと言いながら、顔は笑ってるんだぞ。よく見ないと分からないが」

「師範って笑うんですね」

「お前は私の母親をターミネーターかなにかだと思っているのか」

 

 ほんの少し困った表情で、まほは溜息。

 自分の母親がラストシーンで親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいく光景を想像した。あまり違和感がなかった。

 

 映画史上に残る感動のシーンが、あらゆる意味で台無しの映像に上書き展開されかけているのを頭を振って追い出し、彼女は意識的に別の記憶を思い出しながら、懐かしげに言葉を続ける。

 

「昔は私よりもみほがヤンチャだったんでな。修景がよく泣かされていた」

「……意外過ぎます」

 

 そして、みほに隔意のあるエリカがその名前に小さく―――ただし好悪の情が複雑に入り混じった表情で眉根を寄せるが、話の内容の意外さが隔意に勝った。

 斜め前方で頬杖を付いて寝ている、長身の先輩。その先輩が自らの“元”学友である、小動物のような少女に、さながらのび太とジャイアンのような関係で泣かされている様を想像する。

 違和感しかなかった。

 

 頭上に「?」を浮かべ、想像できぬ過去の西住家の様相に存分に混乱するエリカを他所に、まほは懐かしげな表情で目を細める。

 

「ただ、なんだかんだみほが修景を引っ張り回してくれたから、『引き取られた』という事に対して意識的に壁を作っていた修景のその壁をぶち壊す事が出来た気もするんだ」

「隊長よりも、みほの方が宮古先輩と親しいんですか?」

「いや、今となっては私の方が付き合いに壁はないだろうな。みほはいつ頃からか、何に対しても遠慮がちな子に育ってしまったから……そういう意味では、エリカにも迷惑をかけたか」

「……否定はしませんけど。ただ、隊長から謝られる謂れはないですよ」

「私のように修景の財布をアテにするくらい、遠慮無しになってくれれば……」

「それもそれでどうかと思います」

 

 尊敬する隊長とその弟の、互いに一切遠慮の無いスタンスには控えめに苦言を呈する事にしたエリカだった。

 もし本気でタクシー代を修景の財布をアテにしてあちこち回る気ならば、修景側についてまほを抑える方に回ろうと決意し、エリカは内心で修景に―――そしてそのお財布の中身に同情する。

 

「でも、小柄で大人しくて遠慮がちな宮古先輩ですか。全く想像付きませんね」

「昔は本当にそうだったんだ。まぁ、10歳位の頃には大分改善されてきて、学園艦に行ってからは一人暮らしとバイトで揉まれてどんどんと図太く、ついでに背も高くなってきているが」

「そして昔はみほに、今は隊長に振り回されている、と。お疲れ様です、宮古先輩」

 

 寝ている修景の鼻先を突つきながら、悪戯げにエリカが笑う。突つかれた修景は、むずがるように身を捩るのみ。完全な熟睡だ。

 そして、突ついたエリカに対して、横合いからそっとサインペン(油性)が差し出される。

 

「突付く程度で良いのか? 使うか?」

「姉弟の心温まる豪速球コミュニケーションに巻き込もうとしないで下さい。そのサインペンで何をする気ですか。あ、言わなくていいです。そこまで隊長と先輩の心温まるクロスカウンターに興味ないんで」

「いや、これは単に普段から持ち歩いているメモ帳とセットの奴なんだが」

 

 そっと否定されたまほが、カバンに油性ペンを仕舞い直す。

 仕舞いながら、しかし小首を傾げるようにして、エリカに投げかける言葉は疑問と確認だ。彼女としても、自身の弟と後輩が、妹の転校から始まった一連の騒動を機にそれなりに交流があるのは知っているが故のものである。

 

「だが修景からセクハラをされた、とか先日憤っていなかったか? 復讐するなら別に止めないぞ」

「ああ、ダージリンさんが綺麗系か可愛い系か和風お嬢様系か聞かれた時の奴ですか? 良いですよ、別に言うほど怒ってませんし」

「なら良いが。……案外、エリカからすれば修景はもう少し大人しく遠慮がちだった時の方が好ましかったのかもしれないな。私の弟がなんかすまん」

「え? そんなことないですよ、隊長」

 

 そしてエリカは、完全に寝こけている修景の鼻先をもう一度、その細く白い指先で突つきながら悪戯げに笑って告げる。

 

「私、それなら今の先輩のが好きですから。気楽に話せますし」

「そうか。多分修景側から聞いてる限り、向こうも同じような感覚だろうさ」

「あれ、先輩側からも私と宮古先輩が何を話したかとか、隊長も聞いてるんですか?」

「いや、ダージリンが綺麗系か可愛い系か和風お嬢様系か聞かれた時に、『逸見さんは話しやすいけど、質問には答えてくれなかった』と」

「遂には隊長にまで飛んだんですねその質問。その執念はいったい……」

「知りたくもない」

 

 男子校学園艦という環境に居る男子高校生の、お嬢様学校へと抱く執念と憧れを知らぬ女性陣の、ちょっと氷点下入っている冷ややかな視線に晒されながら寝る修景。

 好き勝手に言われている内容やその視線など、彼としては知る由もなく。

 彼がかつてバイクで行った道行きよりもずっと楽に、新幹線は関東へ向かうのだった。

 

 

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 幸い、抽選会は何事もなく終了した。会場外で缶コーヒーを飲みながら待っていた修景も、黒森峰の隊長と副隊長のコンビも、それ以外の大会参加校の代表者も。悲喜こもごもの結果あれこれはあろうとも、大過なく、そして遅刻や欠席もなく抽選会を終えることが出来たのである。遅刻はアンツィオが少し危なかった。

 ただしその結果は、今現在にて戦車喫茶ルクレールという喫茶店で顔を伏せている少女、白を基調とした大洗女子の制服を纏った西住みほからすれば失態だ。

 

「ごめんね、一回戦から強いところと当たっちゃって……」

 

 雰囲気のあるレンガ造りの喫茶店。木製の長椅子とテーブルという若干懐古趣味な喫茶店にて、戦車をかたどったチョコレートケーキを前に、大洗女子の隊長である西住みほは沈んだ声でそう呟いた。

 その対象は同じテーブルを囲む、四号戦車搭乗員―――あんこうチームの仲間たちだ。

 

「サンダース大付属って、そんなに強いんですか?」

「強いっていうか、凄いリッチな学校で。戦車の保有台数が全国一なんです。チーム数も、1軍から3軍まであって」

 

 そして落ち込みがちに言われたみほの言葉―――つまりは抽選会の結果、初戦で戦う事が確定した相手、サンダース大学付属高校について質問したのは、砲手を務める黒髪の少女、五十鈴華だ。

 テーブルを挟んでみほの対角線に位置する彼女に対し、答えたのはみほではなく、沙織を挟んで華と同じ列に座っている、装填手である秋山優花里だ。彼女は元々戦車オタクであり、戦車道に関しても、また大会に出場している学校についても知識が広い。その知識量は、西住流の娘として教育されてきたみほが舌を巻く程である。

 

「公式戦の1回戦は、戦車の数は10両までって限定されてるから。砲弾の総数も決まってるし」

「でも10両って、うちの倍じゃん。それは勝てないんじゃ……」

 

 そしてその優花里の言葉を継ぐように、みほが今度は明るい材料をあげていく。

 しかしそれに対して返ってきたのは、通信手を務める武部沙織の、少し腰が引けた発言だ。

 その言葉に場が―――というより、みほが再び暗くなりかけ、言った沙織が『しまった』とでも言うような顔をする。

 

「単位は」

「……負けたら貰えないんじゃない?」

「……ふんっ!」

 

 そしてこちらは、卒業という意味での進退がかかっている操縦手、冷泉麻子がみほの隣で小柄な身体で小さく呟く。そして沙織が考えながら答えた言葉に、苛立たしそうにケーキにフォークを刺して、口に運び始めた。俗に言うやけ食いである。

 

「そ……それよりみぽりん、時間大丈夫? この後、お兄さんがまた来るんだよね?」

「あ……うん。時間はまだ大丈夫。近くでちょっと待ち合わせしてるだけだから、時間もそんなかかんないだろうし。元気にしてるかどうか顔を見たい、って」

「心配してくれてるんだねー。良い家族じゃん!」

「ええ、最初にみほさんの話を聞いた時には、随分壮絶なご家庭なのかと思っていましたが……」

「でも、まだお姉ちゃんには連絡も出来てなくて……今回の抽選会の時も、顔を合わせられなかったし。それに……向こうに居た時に友達だったエリカさ―――逸見さんって人が、私がこっちで戦車道始めたって聞いて怒っちゃったみたいで。どうしたら良いか……」

 

 これは話題と空気を変えなければ不味いと悟った沙織が、戦車喫茶で時間を潰した後にある予定の、みほの用事に話題を変える。

 まほにけしかけられ、修景がしほに打診した結果起きたイベントであり、つまりは妹が元気にしているかどうか兄が様子見に来るだけの物だ。待ち合わせ場所はこの近くの駅である。

 ついでにその間、修景はまほらとは別行動を取るようにしている辺り、修景側の準備と根回しは万端だ。エリカも今の自分がみほと顔を合わせたら何を言うか分からないという自覚はあるのか、不承不承と了承はしている。

 

 ちなみに、みほは兄が単独でやっている行動だと思っているが、実際の所そうするようにけしかけたのはまほで、資金面で修景の後押しをしている上に『お友達にお土産を買っていくように』とまで言い含めて修景の予算と荷物を増やしたのはしほなのだが―――ともあれ。

 沙織が変えた話題に華が乗るが、みほは再びガクリと沈む。西住流、西住家、黒森峰。そういったものは、まだまだ彼女には重いトラウマらしい。

 

 ―――ところで、ある小説に書かれた台詞ではあるのだが。

 幾度か修景主体で話題に出ているダージリンが、仮にこの場に居たならば。今から起きる状況に対してその言葉を引用するだろう。

 

『物事というのは、最初は中々上手く運ばないものだが―――時間が経つと、大抵はもっとひどくなる』

 

 と。

 

「―――副隊長?」

 

 戦車喫茶に不意に響いた硬い言葉に、肩を落としていたみほの身体が硬直する。

 

「あぁ―――元、でしたね」

「エリカさん……お姉ちゃん……」

 

 そこに居たのは、黒森峰の制服姿の逸見エリカと西住まほ。ついでに、ラフな格好の宮古修景。

 修景とみほの待ち合わせまでの時間潰しのための戦車喫茶で、黒森峰組と大洗チーム、まさかのエンカウントである。

 

 修景やまほよりも先に、真っ先にみほの存在とその友人らしき少女らに気付き、我慢できずに嫌味な様子で―――自分がその場に居られない苛立ちと嫉妬を込めて言葉を放ったエリカ。硬直から弾かれたように顔を上げ、かつての友人と姉の姿を見て震え混じりの言葉を紡ぐみほ。

 

 そして―――

 

(―――なぁにしてくれてんだ逸見さぁぁぁぁぁん!? つーかなんで居るんだよみほ、そしてお友達ィィィィィ!!)

 

 鉄面皮で―――しかし予想外の遭遇に明確に困惑しているまほの後ろで、宮古修景は両手に荷物さえ持っていなければ頭を抱えたい心地で状況を俯瞰し、一瞬にしてバルカン半島もかくやと言わんばかりの火薬庫と化した現状に懊悩していたのだった。

 

 




 そういえば、評価が200件に到達しました。何事だコレ。
 10点から0点まで色々ありますが、とにかくこれだけの人が見てくれて評価入れてくれたと言うだけで、非常に嬉しいです。

 というか評価した人の傾向とか見てみるのが楽しいです。
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