これ迷惑プレイヤーじゃね?
さて、状況をバルカン半島に喩えるならば、エリカの口撃はサラエボ事件だ。
癖毛の少女―――秋山優花里が、我慢ならんとでも言うように、ガタンと音を立てて席から立ち上がった。
「お言葉ですが! あの試合でのみほさんの判断は、間違ってませんでした!」
凛とした表情で、みほを庇うように言い切った優花里。その姿に、エリカの表情が憎々しげに歪む。
どうしてお前はそこに居る。そこは私の居場所だった筈だとでも言いたげに。
「部外者は、口を出さないで欲しいわね……!」
それこそまさにバルカン半島で起きた、一連の第一次世界大戦への流れのように、敵意には更に大きな敵意が返って行く。
睨み合うエリカと優花里。我関せずとケーキを突付き続けているようで、みほの様子を横目で伺っている麻子。俯き、エリカやまほを直視できないみほ。これ以上何か言うなら、私達も相手になるぞと言わんばかりの視線をエリカに向ける沙織と華。
「……行こう、エリカ」
「……あっ……はい、隊長」
しかしそれで破局は避けたい―――妹に嫌われたくないのと、店員さんに以前よろしく怒られたくないまほが、エリカに背後から声をかけて注意を引く。
幸い、周囲を警戒しても『斬新なアイサツだな。よほど苦しんで死にたいと見える』という副音声が聞こえそうな営業スマイルの店員はおらず、周囲の客も店員も、突然の言い争いに困惑している様子だったのだが。
ともあれ、敬愛する隊長の言葉に基本的には忠実なエリカは、空いている席へ歩き出したまほに追従する形で、大洗の面々に背を向ける。
ただし―――
「一回戦はサンダース付属と当たるんでしょう? 無様な戦い方をして、西住流の名を汚さない事ね」
(むしろ一回戦で負けてくれたほうが、対外的に言い訳効いて良いんですけど逸見さァん!?)
―――肩越しに振り返る形で盛大な当て擦りをしながら、だが。
もはや
「何よ、その言い方!」
「あまりにも失礼じゃ……!」
「ホントすいません」
両手に荷物の入った大きな紙袋―――しほから渡された軍資金で買った九州土産を持って所在なさげに立ったままの修景の謝罪は、多分麻子くらいにしか聞こえていなかった。というか、反応を示したのが麻子くらいしか居なかった。
比較的冷静らしい麻子がケーキを突付くのを止めて、修景に視線を向ける。普段通りの眠そうな目だが、敵か味方か見定めるような観察の色が見受けられた。
―――つまり、彼女も現時点でみほに敵対するならば敵、味方するならば味方と、状況を定義しているということだ。
第三者面をしているようで、この少女もまた自分の友人に対して吐かれた暴言に対して、自分を第三者としては置いていないということだろう。つまりバルカン半島だ。
「貴方達こそ、戦車道に対して失礼じゃない? 無名校の癖に。この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は、参加しないのが暗黙のルールよ」
「強豪校が有利になるように、示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな」
そしてバルカン半島である以上、当然の如く飛び火する。
立ち上がっている沙織、華、優花里相手に放たれたエリカの言葉に、座ったまま視線を向けずに痛烈な皮肉が麻子から飛ぶ。
その皮肉に対し、憎々しげな視線を返すエリカ。
そしてエリカの背後で『どうすんだこれ』と視線を交わし合う修景とまほ。
(おい、なんとかするぞ。この状況どうにか出来るのは俺らだけだろ)
もはや導火線に火が付いた
そのアイコンタクトに気付いたまほも、何かに『はっ』と気付いたような顔をして、それに力強く頷きを返す。
以心伝心。両者の絆が、サッカー日本代表ばりのきめ細やかなアイコンタクトを成立させる。
(ああ、勿論私もネギ塩派。だが、今何故そんなことを?)
無理だった。
10年の間、ほぼ姉弟をやっている西住まほと宮古修景だが、それでもアイコンタクトで以心伝心とはいかなかった様子である。
この場合、受信と送信のどちらに問題があったのか。或いは両方か。
とりあえずまほの力強い頷き(ネギ塩派)により、自分の意図が伝わったと
幸いにして、両者の意図は状況の収拾で一致しており、受信送信の誤ったアイコンタクトはともかくとして、意思の統一は取れている。
何故か状況も弁えずネギ塩について熱く語ってきた弟(※誤解)については、姉の中での変なやつ認定のみで事なきを得た。
「んじゃ、まほ。これ土産」
「私にか?」
「ンなわけねぇだろ。この場は任せる。みほ、悪いが後で会う予定、ここで会えたんでキャンセル。土産はそこの姉から受け取ってくれ」
「え? え?」
何か言う暇もあればこそ。修景は素早くエリカの細腕を掴んで、奥の席を目指していた所をUターンし、戦車喫茶の出入口を目指して足早に歩き始めた。
いきなり引っ張られてバランスを崩しながら、腕を掴まれた
「ちょっ……まだ話は! 宮古先輩、何するんですか!?」
「文句は後で聞く。すいません、店員さん! 急用出来たんで2名帰ります!!」
「いきなり手を握るなんてセクハラですよ!」
「返す言葉もない!」
「くっ……あんた達、覚えてなさぁぁぁぁぁ――――――」
そして、『ボロは着てても心は錦』どころか、『制服着てても、心、ワニ式』とでも言わんばかりに大洗の面々に噛みつきまくっていたエリカは、戦車喫茶エクレールから身内の裏切りによる強制退去と相成った。
流石にエリカも戦車道で鍛えてはいるので手弱女というほどか弱いわけではないが、体格差もあれば不意を突かれた事もあり、その強引な動きに抵抗できずに半ば引きずられるように修景に連れ去られたのである。
捨て台詞も半端に掻き消え、残されたのは大洗女子戦車道チーム、あんこうチームの面々。そして修景から両手に紙袋を渡されたまほ。
そしてまほは、立ち上がっている沙織、華、優花里へと―――いつもの鉄面皮のまま、ゆっくりと歩み寄る。
その威圧感に三人は肩を寄せ合うようにして一歩退きかけるが、それでもなんとか胸を張り、沙織が代表するようにして、絞り出すようにして声を出した。
「……な、なによ。……なんですか?」
一瞬、素の口調で。そして次に、相手がみほの姉―――つまり年上なのを思い出して敬語になった沙織。表情の読めないまほに気圧されたわけではない。多分。きっと。
そんな沙織に対して、
「……こちら、つまらない物ですが」
「あ、どうもご丁寧に……あれ?」
修景から渡された土産物が入った紙袋を、まずは1つ手渡した。
受け取った沙織が反射的に礼を言ってから、この威圧感と無表情で渡される土産物という状況に首を傾げる。果たして土産物とは、ターミネーター……とまではいかずとも、ターミネーターの娘くらいの迫力はありそうな少女に無表情で渡される物だったか。
首を傾げた沙織の横から、華が手渡された紙袋を覗き込む。
「まぁ……こんなに沢山。宜しいのですか?」
「妹がいつもお世話になっております……」
いつもの無表情で―――この場に修景が居たならば、緊張と照れ隠しだと看破出来るだろう表情のまま、深々とお辞儀をするまほ。
そして修景以上にまほとの付き合いが長いみほも、そのまほの表情の身内にしか分からないような僅かな変化を見て、緊張とトラウマで固まっていた顔を僅かに弛緩させる。
先程のエリカの事もあり、姉はもしや自分を叱責に来たのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ、と。
むしろ兄の言葉を信じるならば、母の説得のいちばん重要な部分を引き受けてくれたのがこの実姉なので、そこから大きく状況が変わっていない以上は叱責される謂れも無いのだが、黒森峰から逃げ出した負い目のあるみほは混乱でそこまで頭が回っていなかった。
そして混乱するみほに向けて、まほが首を傾げながら言葉を向ける。
「―――みほ」
「っ、は、はい!」
「こういう時は『つまらない物ですが』だと逆に失礼にあたるのだったか? 『心ばかりの物ですが』の方が良かったのだろうか」
「……目上相手に『立派なあなたの前では、私が誠意をこめて選んだ品物もつまらないものに見えてしまう』という謙遜の意味で使われるのが、『つまらない物ですが』だ。行き過ぎた謙遜は嫌味になったり、品物を貶めることにもなるので、『心ばかりの物ですが』の方が安牌ではあるな」
「なるほど。では―――心ばかりのものですが」
「あ、ご丁寧にどうも……」
みほに投げかけられた質問に対し、視線をケーキからまほに向け直した麻子が代わりに回答する。
それに得心した様子のまほが、今度は優花里に紙袋を手渡した。なにせしほが渡した軍資金が気合の入った額だったので、修景が用意した土産もそれなりに量がある。結果として、土産物の紙袋が、ぎっしり詰まった物が一つでは済んでいないのである。
なお、渡された優花里の表情は、得心どころか深まる困惑に存分に混乱していた。
その様子―――つまりは戦車道が直接関わらないところでは極上の天然であり、フォロー役である弟が居た分だけ、成長するに従って悪化してきている感のある天然さで存分に周囲を混乱に叩き込む姉を見たみほが、弛緩した溜息を吐く。
それを見咎めたまほが、再度みほに声を掛けた。
「……みほ」
「…………はいはい」
「はいは1回」
「はい」
「こういう時はお相手の人数分だけ紙袋に小分けにするべきだったか?」
「知らないよ、もう……。久しぶり、お姉ちゃん」
「ああ、久しぶりだな。まだ戦車道を続けるとは思わなかったぞ」
西住流のスタンスと自分の志向の乖離、そこから始まり徐々に積み上がり、遂に昨年の全国大会で最悪の形で表出し爆発した、戦車道そのものへの苦手意識。
その後のあれこれから姉への苦手意識もあったのだが、戦車道をしていた時の厳しい様子ではなく、家に居た頃の様子で接してくる姉に対し、みほの表情が自然と緩む。
まほも、久々に妹と話せたことに喜んでいるようで、口の端に僅かな笑みが浮かんでいる。
しかし内容自体は言い様によってはみほを指弾する物でもあり、まほのその言葉に困惑していた優花里が再度眦を吊り上げた。
「再度言わせて貰いますが、あの試合でのみほさんの行動は―――っ!!」
「あ、大丈夫優花里さん。お姉ちゃん、別に怒って言ってるわけじゃないから。ね?」
「……うん」
そして肩を怒らせて優花里が言った言葉に、みほが横合いから手を振りながら慌ててフォロー。まほが心なしかショゲた様子で頷いた。
先程の
はて、果たして彼女はみほの敵なのか味方なのか、はたまたどちらでもない中立か、と。
「良い意味で、まだ続けてくれて嬉しいと思って言ったんだが……。まぁ先のエリカの後では仕方ないか。エリカも、悪い子ではないんだけど……」
「エリカさんは―――」
「お前が悪くもあるしエリカが悪くもある。そしてそもそも、あの試合で隊長をやっていた私が悪くもある。まぁ向こうは修景に任せよう。ところで―――」
まほはここで初めて、身内以外からも分かるような柔らかい笑みを浮かべ、妹に向けて提案した。
「久々に会えたんだ。話したいことが色々ある。相席、良いか?」
「奢りだよね? お姉ちゃん、年上だもの」
「……………」
「あ、冗談だから。そんなに真剣に懊悩しなくていいから! ほら、メニュー。お姉ちゃん、何食べる?」
そうして自然な流れで隣り合って座る西住姉妹。
その姿に華は安心したような、沙織は『しょうがないなぁ』とでもいいたげな、優花里は西住家の姉妹仲が思っていたよりずっと改善される兆しを見せている事に嬉しそうな、麻子は口の端だけを僅かに上げるような、各々なりの笑顔を浮かべて。
戦車喫茶エクレールにおける、黒森峰女学園の隊長・副隊長と大洗女子のあんこうチームの邂逅は、“正史”より随分平穏なものと相成ったのだった。
ただし―――
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「ボロップ!」
「何やってるんですかぁぁぁぁ!! ローズヒップさん、今淑女どころか人から出てはいけない偶蹄目系の悲鳴が……というか大丈夫ですか、そちらの方も!」
「宮古先輩、息してますか? 宮古先輩!?」
―――何の歴史の修正力か。
同刻、戦車喫茶エクレールを辞した修景とエリカは、別件で凄まじいことになっていたのだが。
場所は戦車喫茶近くの市街地にある市民公園、そのベンチ横。
紺色を基調とした落ち着いた色の制服に、全く似合わぬ落ち着きの皆無な動きでのた打ち回る紅色髪の少女―――ローズヒップ。その横で慌てたようにオロオロする、同じ制服姿の欧米風の外見の小柄な少女の名はオレンジペコという。
そしてローズヒップの横に仰向けで倒れ伏す修景と、とりあえず修景を助け起こそうとするエリカ。
それらを俯瞰しながら、やはり聖グロリアーナ女学院の制服を着た、金髪を『ギブソンタック』という髪型に纏めた少女が、状況を総括するように呟いた。
「黒森峰の副隊長さん。貴方の学園に伝わるこんな言葉を知ってらっしゃるかしら?」
冷静に、湯気の立つ紅茶―――ただし今は移動中なので午後の紅茶HOTの280mmペットボトル(ストレート微糖)を開けて一口飲んでから、
「『これぞ殺人拳。人種の行き着く技の結晶よ!』」
「黒森峰黄金時代の黎明期、その独立遊撃手の人の言葉ですね。ですがダージリン様、お言葉ですがそれだとローズヒップさんが殺人犯に……っ!!」
聖グロリアーナ女学院戦車道チームの隊長であるダージリンが、いわゆる“ドヤ顔”で格言を言い、その出典をオレンジペコが言い当てる、定番のやりとり。そしてキャアキャアと騒ぐ聖グロリアーナ女学院の面々。
それを見ながら、倒れていた修景を引っ張り起こすように、とりあえず上半身を立てさせてゲホゲホやってるそのその背をさすりながら、エリカは半眼で思った。
最近、その格言、並びにその関係者に縁があるなぁ―――と。
何がどうしてどのような事故でこのカオスな現状になったかは、さて、少し時間を遡る。
前々から絡ませたかった聖グロ組、ちょっとだけ登場。
2019/03/20
ローズヒップ師匠とオレンジペコ先生の互いの呼称を整理。
ドリームタンクマッチ情報で、互いに「さん」付とのこと。