作者が実際に飲んだことがあったのはエスプレッソソーダではなく、スパークリングコーヒーだったことが判明しました。
全国のエスプレッソソーダの皆様におかれましては、前話にて飲んだこともないのに酷評したことをお詫び申し上げます。
誤解も解ければ、後は同じ戦車道女子同士。そして、特にエリカとダージリンはそこまで親しいわけではないが、別段仲が悪いわけではない顔見知り同士。
学年の差や立場の差はあれど、雑談に花が咲く。
やれ、みほが全く相談もしてくれなかっただの、ああいう場所に行こうとか誘ってくれた事とか無かったのにだの、あの子の実力を大洗みたいな新設校で本当に発揮しきれるのかだの、やっぱり私がついてないとダメなんじゃないかだの。
OG会がマチルダを増やせと言ってきただの、OG会がクルセイダーを増やせと言ってきただの、OG会がチャーチルを増やせと言ってきただの、OG会(※マチルダ会、クルセイダー会、チャーチル会の3種)が先週に至っては各種日替わりで3日連続で来ただの。
―――前言を撤回する。雑談に花が咲くどころか、ベンチ横の芝生の花が枯れそうな勢いで、エリカとダージリンは黒い空気を周囲に撒き散らしながら愚痴を吐き合っていた。というか、互いにみほの愚痴とOG会の愚痴しか言っていない。
友人から西住姉妹へのレズ疑惑を割と本気で心配されている逸見エリカと、聖グロの負の伝統であり戦車道の資金源でもあるOG会からの過干渉に悩まされるダージリン。
双方、『相手が同じ競技の中で一定以上認める相手であり、しかし遠い立場の相手である』という事から、逆に心理的枷が外れ、どちらからともかく普段は言えない愚痴が出るモードに移行しているようである。
放っておけば世界観無視して魔王でも召喚できそうなレベルで
その両者が座るベンチから意図的に少し離れた別のベンチでは、修景、ローズヒップ、オレンジペコの順番で並んだ3人が、各々自己紹介も終わり比較的平和な雑談に興じていた。
良家の一人娘なオレンジペコは年上の男性である修景相手に気後れしている部分があったようだが、十八人家族(兄嫁、甥、姪含む)というテレビ特番に出れるレベルの大家族の子であるローズヒップは初対面の修景相手であろうとも、気後れなど微塵も無い。
修景は元々口達者な方ではあるし、姉(※12日差)と妹に挟まれた身であることから、幸いにして男子校学園艦に通う身でありながらにして、女性相手にも話し慣れている部類だ。というか、そうでなければエリカ相手にももっと気後れしていただろう。
ともあれ、互いに気後れが無く話せるローズヒップと修景が軸に、そこにオレンジペコがおずおずと加わるという形で、こちらの雑談は和やかなものだった。
ローズヒップの騒がしさやあぐら座りについて、修景が聖グロっぽくないと指摘して、ローズヒップが十八人家族で生き馬の目を抜く食事争奪戦などを超えてきたと胸を張って言い、オレンジペコが『これでも中等部に入ってきたばかりの時に比べると大分マシになったんですよ?』と苦笑してみたり。
かと思えば宮古母についての言葉を知っていたオレンジペコに、ローズヒップがそれは有名人なのかと問い、黒森峰の黄金時代、その黎明期についての逸話をオレンジペコが幾つか披露して、ローズヒップと修景がそれに聞き入る事もあった。
「シチュエーションとしては惜しかったと思うのですわ」
話題があちらに飛びそちらに飛び。彼方で暗黒物質が愚痴と共に垂れ流されて、そろそろ魔王召喚の儀ができそうなラストダンジョンめいた空気になっているベンチからは意図的に視線を逸らしながらの他愛ない雑談の中で、不意にローズヒップが呟いた。
さて、何のことかと修景とオレンジペコが首を傾げると、得心したように頷いたローズヒップが言葉を続ける。
「先程の、宮古さんとの激突です。ボーイ・ミーツ・ガール。出会いは突然に、曲がり角での正面衝突など定番ですわ! 聖グロは男性との出会いが少ないのでしてよ!」
その言葉にオレンジペコが合点がいったというように苦笑する。
どうやらローズヒップのその言葉に、少しか共感する所もあったようだ。
「良い所のお嬢様が多いから、許嫁が居るという人も多いんですけど……。OG会の人とか見てると、見合い婚や許嫁との婚姻と、後は恋愛結婚が各々1/3くらいで。恋愛結婚って女の子の憧れですけど、確かに異性との出会いは少ない環境ですよね」
「実家に帰れば甥の友達とかが遊びに来てたりすることもあるのですけど」
「ちんまいの。お前くらいの歳から若いツバメ狙いは犯罪臭凄いぞ」
「誰も狙ってなどいませんわ、失敬な!」
からかうような笑みで揶揄するような修景の言葉に、ローズヒップはプンスコと頬を膨らませる。喜怒哀楽が顔にはっきり出る少女だ。
なお、修景の方は背中がジンジャーエールでべっとりして気持ち悪いが顔には出さない。顔に出ないタイプというより、もはや単なる意地である。何に対しての意地なのかは知らない。多分本人も分からない。
「別に焦ってるわけでも、宮古さんがタイプというわけでもありませんけど」
「おい」
「シチュエーション的にだけはあと一歩で王道、という感じでしたのよ。ね?」
『少女漫画みたいな!』と、少し前のプンスコをもう忘れたかのように、腕を振り回してキャイキャイと楽しそうに言うローズヒップ。
その言葉に、しかしオレンジペコは苦笑しながら、ついでに修景の控えめな抗議も聞き流しながら首を横に振る。
「さっきのローズヒップさんのラリアット程ではなくても、」
「ボンバーですのよ」
「……ボンバーほどではなくても。正面衝突は危ないし、怖いですよ。走ってる最中にぶつかっちゃったら、怪我しそうで」
そう言うオレンジペコは、確かに戦車道女子の中でも特に小柄な部類の少女だ。同じ小柄な少女でもローズヒップのように活発な印象も受けず、なで肩気味の体型もあり、更に一段階華奢に見える。
修景との身長差など、比べてみれば40cmにも達するだろう。
そんな彼女からすれば男性との正面衝突は、憧れというよりも『交通事故』に近い印象の物らしい。とはいえ、彼女もその細腕で重戦車であるチャーチルの装填手を務めているので、体力や筋力がないというわけではないのだろうが。
そしてそのオレンジペコの言葉に、修景とローズヒップが各々納得したような声を上げる。
「確かに、このちんまいのみたいな勢いで突撃カマしたら反動も大きいだろうしな」
「実際、凄い痛かったですわね。曲がり角での正面衝突だけだと危険ですわ。それなら―――あっ、女性の方を格闘技の達人という設定にすれば危なくないですわ!」
オレンジペコの脳裏に、曲がり角からの
脳内でジャンルが少女漫画からギャグ漫画に変わった。
「それだと今度は野郎のが危ないぞ。少女漫画に出て来るような線の細い野郎が、格闘技の達人の鍛えられた足腰での突撃に耐えられるとも思えん」
「では、男性も達人という事に」
更に続けられる修景とローズヒップの会話を聞くオレンジペコの脳裏で、曲がり角で出会い頭に鉄山靠と発勁をぶつけ合う男女の姿が思い描かれた。映像ついでに、通学路に響く達人同士の激突による砲撃のような衝撃音も脳裏に浮かぶ。
ジャンルがギャグ漫画を通り越して、学園格闘バトル漫画に変わった。
ペコ以外の2名も沈思黙考。どうやらだいたい似たような結論に達したようで、修景は笑いを堪え、ローズヒップはイメージが理想と大分変わってきたことに首を傾げている。
「……それ、よくある『いったぁ~い! ぶつかっちゃった!』とかいう台詞は出て来ないよな?」
「達人同士の衝突、もとい激突ですものね……」
「というか、達人が曲がり角の向こうの相手の気配に気付かないとか無いよな」
「つまり、両者確信犯でやってますのね。でしたら、宮古さん。そこまで至ったならば、その状況ではどんな台詞が相応しいと思いますの?」
「『中々の
「……おかしいですわね。主人公が運命の人と出会うシーンが、武侠か何かのようなノリに……」
首を傾げるローズヒップを他所に、オレンジペコの脳内映像は遂に学園格闘バトル漫画を超え、そのジャンルは武侠小説に至った。
多分ラストは悪党どもを共闘してぶちのめした後に起きる、達人の本能故に譲れない、主人公と
「……もう少女漫画からジャンルが掛け離れすぎて脳内映像イメージがシッチャカメッチャカになってますので、話題変えますけど。出会いと言うなら、宮古さんと逸見さんはどこでどうお知り合いになったのですか?」
このまま話題を続けていくとどこまで話がオーバーランするか分からないので、オレンジペコは話題を変える。
別に何か目的があって雑談しているわけでもないので、内容としては先の続きと興味本位が半々程度だ。
その言葉に修景は『あー』と視線を空に向け、思い出すように数秒。
「……そういや、逸見さんからの初挨拶は『ごきげんよう』だったな。しかも大分どもった感じの」
「逸見さんのイメージと結構違う出会いですね」
「その後、最終的にレストランのバイト店員に、『次に来る時は末期のハイクを用意しておけ』という副音声が付きそうな営業スマイル向けられて別れたのが出会いの初日」
「すいません、逸見さんのイメージ以前にその出会いから別れまでで何が起きたんですか貴方達」
途中を抜かして語られた出会いと別れに、思わずオレンジペコが頬を引きつらせた。逆にローズヒップは興味津々という様子で修景側に身を乗り出す。
「それだと全く伝わりませんわ! もう少し詳しくお願いしますの!」
「んー、まぁぶっちゃけまほに会いに黒森峰に行った時に、まほが居なくて対応してくれたのが逸見さんってだけ。その後、みほの転校絡みの話をするのに、みほの黒森峰で一番仲が良かった友達だからということで、まほの紹介で同席する事になった」
「……なにかこう、もう少し劇的な何かはありませんの?」
「あったぞー。うっかりみほの事を貶めるような発言をしかけたら、逸見さんマジギレしてな。最終的にはレストランの店員さんに『余程惨たらしく死にたいと見える』というような営業スマイルで注意された」
「一番劇的な印象があるのは、傍から聞いているとその店員さんなのですが……」
同刻、黒森峰学園艦のレストランにて一人の少女がくしゃみをしているが、彼女が本筋に深く関わることはこれまでもこれからも無いので割愛する。
「まぁそれを切っ掛けに、この4月からは色々話すようになったな。黒森峰に泊まった時には、戦車博物館の案内もして貰ったし。おかげで、母さんが生前使ってた戦車とか見れたし。パネル展示だけど」
「さらっと『母さんが生前』とかいう言葉が出てくる辺り重いですね……」
「あんま気にされても困るからそこは気にするな。まぁ……知らなかった色々が知れて、俺としては有り難い限りだったけどな」
言いながら、修景は黒森峰学園艦の戦車道記念館で見た写真を思い出し、その母譲りとしか思えない自身の癖毛を弄ぶように手で弄る。
7歳で死別の為、母の印象は修景の中ではややぼんやりとしたものだ。自身の中に、明確に母から繋がる何かがあると見つかっただけでも、あの過去探訪は彼にとっては価値があったと言えるだろう。
そして、その過去探訪に付き合ってくれた銀髪の少女。姉が信頼する副隊長であり、妹の“元”親友だったと思しき少女との、ここ暫くの付き合いを思い出す。
LINEで会話のホームランコンテストのようにお互い好き勝手な事を言い合ったり、情報交換をしたり、相談をしたり、愚痴を聞いたり。会話内容は色々あるが、しかし思い返してみればそれらには一定の共通項があった。
結局、宮古修景と逸見エリカが話す内容は、大なり小なり『西住』絡みなのである。
「みほの事、まほの事、戦車道の事……考えてみりゃ、俺と逸見さんで話してる話題は西住家に関わるような事ばっかか。そういう意味では、似たもの同士なのかもな」
「……今日もそうだったんですか?」
「まぁなぁ。来る新幹線の中ではまほが居た―――つーか俺半分以上寝てたんだが。さっき戦車喫茶で、みほの転校先―――大洗の人らと逸見さんが大喧嘩したけど、あれも『西住』絡みだろ?」
言った修景は小さく溜息。
見たくはないが、暗黒物質の発生源と化している少女2人の座るベンチへと目を向ける。遠くからランニングしてきた通行人がその少女2名を見て、慌ててランニングコースを変えたのも目に入った。責める事はしない。誰だってそうする。
ともあれ、今は暗黒物質製造機となっている逸見エリカ。
彼女の言動を思い返し分析すれば、出て来るのは西住姉妹への高い評価と親愛だ。みほへの辛辣な対応も、それが裏返っている物に過ぎない。むしろ大洗に行った今でも、エリカはみほの実力を非常に高く評価しているきらいがある。
そして同時に、西住姉妹もエリカの実力を高く評価している。そうでなければ、まほはエリカを副隊長に任命などしないだろうし、みほもエリカが自分の後に副隊長となった事を当然のように受け止めなどしない。
―――その立場が、修景からすればどうしようもなく羨ましい。
戦車道は女子の武道だ。故に、その一大流派の宗家に引き取られた身であり、恩義も親愛も大いにある身でありながらも深く関われない修景からすれば、まほやみほに信頼され、その隣に立って戦い得るエリカの立場が眩く見える。
エリカからすれば修景の、まほからもみほからも信頼されており、なんでも話せる間柄であるという立場こそ羨ましいようなので、以前黒森峰でノンアルコールビール片手に語り合った時のように、『隣の芝生は青く見える』という事なのだろうが。
「……よくわかりませんけど」
どこか遠くを見るような目で、自らとエリカの立場について考え込み始めた修景。
その様子を見ながら、しかしローズヒップは彼女らしく、遠慮なく切り込んだ。
「つまり、逸見さんと宮古さんは『西住』を支え、或いは関わっていく同志ということですの?」
「―――」
そして、その遠慮の無さと一直線さは、時として当人たちすら気付いて居なかった事実にぶち当たる。
ローズヒップの言葉に一瞬虚を突かれたような顔をした修景は、最初は小さく、しかし徐々に声を堪えきれなくなったように声を出して笑いだした。
「くくっ……あはははっ! なるほど、同志。同志ね。言い得て妙だわ。良いぜ、ちんまいの。俺と逸見さんの関係を言い表すには、結構しっくり来るわそれ」
「褒められましたわ! ……褒められてますのよね?」
「うん、多分。ローズヒップさんってたまに鋭いですよね。車長としての判断とか、観察眼とか」
「褒められましたわ!」
「いや、今のは褒められたのか? “たまに”以外の部分について言及されていないが良いのか?」
両手を上げて快哉を叫ぶローズヒップに、修景が半眼でツッコミを入れるが、当人はどこ吹く風だ。
その様子を見て、修景が何か揶揄するようなことを言おうとするが、その前に彼の懐の中でスマホが小さく振動する。
「……あ、悪い。なんか来た」
「メールですか?」
「LINEだな。あ、噂をすれば西住というか。まほからで―――」
『弟。みほ達とは色々と話したが、無事に解散したぞ。これから近くの戦車博物館を回りたいから、タクシー呼んで迎えにこれないか?』
間。数十秒。
『おい、修景。既読が付いたのは見えたぞ。エリカにも送っているんだが返事がない。……修景? とりあえず、今日泊まるホテルに荷物置いて待ってるから、返事を頼む』
その時点でLINEを切った修景は、少し離れたベンチに座っているエリカに目を向ける。
いつの間にか
「……放置しても今日泊まるホテルには行くみたいなんで、気付かなかった事で」
「既読付いた事については」
「ポケットの中での誤操作」
「それで」
宮古修景と逸見エリカは、恐らくその人生の根幹の深くに『西住』が食い込んでおり、当人達も望んでそれを支え、或いはそうならずとも深く関わる事になる同志である。
同志であるが―――両名ともに頷き合いながら、敬愛と尊敬はしているがそれはそれとして金銭感覚と計画性が不安な西住まほによるタクシー召喚要請は、そっと放置する事に決める。
共犯者の表情で頷き合う
最初はダージリンとローズヒップと修景という組み合わせでの会話でしたが、話が脱線した先から脱線を繰り返したため、大幅な修正でダー様ではなくペコが加わっての会話となりました。
なお、まほ姉はサイドも次回に少し。
2019/03/20
ローズヒップ師匠とオレンジペコ先生の互いの呼称を整理。
ドリームタンクマッチ情報で、互いに「さん」付とのこと。