西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 ローズヒップ師匠の髪を見直したら、桃色というより紅色系だったので、前話までの色描写をちょっと修正しました。


少女、風呂に入る

「おかしいな。修景から返事がない。……エリカもか」

 

 戦車喫茶エクレールを出て、いざ大洗の面子と別れようかというところで、スマホの画面を見ながらまほが首を傾げた。

 喫茶店の出口から少しずれ、人の流れに邪魔にならないように道の端で、沙織が『折角陸に来たんだから色々寄っていきたい!』と主張し、大洗の面々がどこへ行きたいあれを買いたいなどと各々の意見を主張しているのと同タイミングだ。

 ここでまた暫しのお別れかと思い、姉の様子をチラ見していたみほがその様子に気付き、一言断って大洗の面々の輪を離れる。

 

「みんな、ちょっとごめん。……お姉ちゃん、お兄ちゃんと連絡付かないの? 大丈夫?」

「ああ。宿の位置はプリントアウトした地図も持ってきてるし、問題はない。……ただ、日中に何箇所か回ろうかと、あいつの財布をアテにしていたのだが」

 

 逃げたな。末の妹は兄の行動をすぐに看破したが、敢えて言葉に出しはしない。

 末の妹から見ると、姉と兄は基本仲が良いのだが、互いに対して本当の姉弟ばりに遠慮がない。時々―――みほ本人はそこまで察せていないがみほ絡みだと互いに即座に同盟を結び、異様な結託力を見せるのだが。

 そうじゃない場合、互いに対しては本当に真面目な話以外は基本は雑、かつ自己責任だ。

 

 責めはすまい、というか敢えて何も言うまいと、末の妹は思う。

 中学2年の冬休みだったか、新聞配達のバイトにかまけての午前の授業での爆睡について、先生から一言注意が入った通信簿を持った兄が、青褪めた顔で『せめてお前も同席してくれ』と姉に声を掛けた時があった。

 その時の姉の逃げっぷり、気配の消しっぷりは忍者もかくやというもので、同じ屋敷に居るはずなのに半日掛かってもその姿すら修景とみほは発見できなかったのである。忍道履修をしていたならば、成績は10段階評価で10間違いなしだ。

 

 結局、肩を落として修景が母に通信簿を見せに行くのを見送った直後、しほの怒声が離れたリビングに居るみほにも聞こえるレベルで響き渡り始めた頃に、しれっとした顔であんころ餅の皿を手にしたまほが、

 

『みほ、菊代さんに頂いたんだが、良かったら一緒に食べないか?』

 

 などと言ってきたりしたものであった。

 その頃には幼い頃のヤンチャさも消え、引っ込み思案な性格になっていたみほとしては、母の怒声をBGMに苦笑しながらあんころ餅を食べるしかなかった事件だ。

 斯様な逆パターンも枚挙に暇がない以上、姉と兄の丁々発止については、もうトムとジェリーの如くやっていてくれと、半ば諦め気味に見ている末の妹である。

 

「……とりあえず、先に宿に行ってチェックインしておいたら?」

「そうするつもりだ。駅前に宿を取っている。しかしLINEの既読は付いているのだが、誤操作かな。うっかりさんめ」

 

 妹、ノーコメント。明らかに逃げたなと確信を強めるのみ。

 そんな妹の前で、姉は鞄から地図を取り出して現在位置とホテルまでのルートを確認し始める。

 

「えーと、それじゃあみほのお姉さんはここでお別れなのかな。明日はお気をつけてお帰りください。大会で会ったら、お手柔らかに」

 

 その様子を見て、大洗の面々の中から代表して沙織が声を掛けた。

 ―――が、まほはその言葉に首を振る。

 

「戦車道に関しては妥協はできん。戦うならば叩くだけだ。徹底的にな。……まぁトーナメント表を見るに、決勝まで来なければ会うことはないだろうが」

 

 その表情が日常の―――まほ本来の穏やかなものではなく、西住流の後継者としての、戦車道の物に切り替わった。

 『少し風変わりだが優しいお姉さん』ではなく、『日本戦車道の二大流派の一つを背負う者』としての表情。みほにとっては、黒森峰女学園に居た頃に常に見ていた顔だ。

 

「エリカの言い方は失礼ではあったが、そちらが無名の新設校であるという事もまた事実だ。戦車道は甘いものではない」

「…………お姉ちゃん」

「……すまん。だが、大会でお前達と会うことは無いだろうとは思っている。……そして、もし会ったら全力で倒す。それが、私の戦車道だから」

 

 それだけを言って、まほはみほと、そして大洗の面々に背を向ける。

 その背に向けて、みほは焦った様子で声を掛けた。

 

「―――お姉ちゃん!!」

「もう話すことはない。戦車道の事になると、厳しいことをまた言ってしまいそうだから―――」

「駅前に宿取ってるって言ってて、そっち駅と逆方向だけど大丈夫!?」

 

 無表情のまま、耳まで赤くしたまほが180度Uターンして、そのままみほと大洗の面々の横を通り過ぎて歩き去った。

 

「あの、本当にお気をつけて」

「どうしようもなくなったら、ちゃんと人に道を聞いたほうが良い」

「交番の位置、分かりますか?」

「お姉さん、気をつけてくださいねーっ! いや割とマジで!」

「……うん、はい、ありがとう」

 

 すれ違いざまに華、麻子、優花里、沙織。あんこうチームの各々からかけられる声に、顔を真っ赤にしながらも律儀に頷いてまほは歩き去る。

 そして、大丈夫かなと思いながら半眼でそれを見送るみほ。

 

 “正史”に比べると穏当に終わったこの接触だが。

 結局、この時のまほの言葉―――大洗が無名の新設校であることもまた事実という言葉に対して発奮した沙織らが、『お姉さん達に目にもの見せてやろう』と、学園艦に戻ってから自主練習に明け暮れる事になる。

 “正史”においても起きたその流れは、結局こちらでも多少の流れの変化はあったものの、大きく変わることはなく起こる事と相成ったのだった。

 

 

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 そして、抽選会の夜。

 比較的学園艦の位置が近いために、当日のうちに艦へ戻った大洗女子らと違い、駅横のホテルに泊まった黒森峰勢―――この場合、修景は入らない―――は、ホテルの大浴場で並んでゆったりと温泉に浸かっていた。

 

 安っぽいタイル張りの浴場で、壁の効能表記パネルには『健康増進効果があると良いですね』という、ある意味物凄い割り切った表記がでかでかと記されていた。

 明らかに天然温泉ではなく、お湯に入浴剤をぶち込んだ系統の物だが、安い宿を選択したのは彼女らなので文句は言えない。学校から支給される遠征費は一定なので、泊まる宿を安くすればその差額分だけ自分達の懐に入るのだ。

 お嬢様学校と言えど、学生は学生。お小遣い不足は万国共通の悩みである。まほもエリカも各々共に御令嬢(おじょうさま)ではあるが、その両親は月々の小遣いは常識的な範疇の額を渡す両親であった。

 

「なるほど、ダージリンらと出会っていたのか。それでこちらに応答できなかったと」

「ええ、宮古先輩がボンバーを受けて」

爆弾(ボンバー)

「幸い、直撃を受けても宮古先輩が頑丈だったので大丈夫だったんですけど」

「なにそれこわい。ウチの弟、何で出来てるんだ?」

「えっ?」

「えっ?」

 

 そして、温泉というより入浴剤入りのお湯に浸かる、黒森峰女学園戦車道の隊長と副隊長の間で、昼間の事に関する情報交換―――というより雑談が行われていた。

 頭の上にタオルを載せてリラックスした様子のまほ。その横で、置くのではなく髪を包むようにタオルを頭に巻いたエリカは横目でまほの顔を見て、そして視線を下に向ける。

 

(―――浮くのかソレ……ッ!!)

 

 戦慄。これぞ大艦巨砲主義の極み。1つの年齢の差だけでは説明できない実りの差がある胸部装甲が、ぷかりと水に浮いていた。

 別段エリカの胸部が貧しいわけではない。むしろ平均値は超えているのだが、カップサイズにして2つ、或いは3つ違うかもしれない戦力差に、特に何か意味があるわけでもない敗北感が脳裏を過り、誤魔化すように一層深く湯に身を沈める。

 

 その挙動を見たまほが、感心したように頷きを一つ。

 自分も肩まで身を沈め、リラックスした声音で呟くように語り出す。

 

爆弾(ボンバー)云々は良く分からないが、それは良いぞ、エリカ。ちゃんと肩まで浸かって百まで数えるんだ。修景は子供の頃はカラスの行水でな。私が一緒に入ると、すぐに出ようとするんだ」

「わぁ今言葉の爆弾(ボンバー)来ましたよ今、ハイ着弾。そりゃ逃げますよ、だって宮古先輩、隊長と血の繋がりはないじゃないですか。子供の頃ということは、今ほど姉弟気質も育ってなかったでしょうし、同じ歳の血の繋がってない異性とお風呂とかそりゃ逃げたくなるでしょう。7歳頃なら、意識もするでしょうし」

「……いや、な。あれは私としても今となっては馬鹿な考えだったと思っているが」

 

 バツが悪そうに視線を逸らし、まほはボソボソと心なしか小声になって言葉を続ける。水音や雑音の多い浴場なので、聞き取る為に自然とエリカもまほに肩を寄せる形になり、言葉を待つ。

 

「修景が来た時、最初はお母様は事情の一部を伏せていたんだ。まぁ―――私やみほに、修景の母に絡む余り重い事情を聞かせてもどうか、という部分もあったんだろう」

「はい。それについては、師範の判断は分かります」

「私は思った。『え、これお父様かお母様か、どっちがやらかしたの?』と」

「その隊長の判断は分かりません」

 

 ジト目になったエリカに、まほは口籠る。

 『いや』やら『だって』などと誤魔化すように口にした上で、頭の上のタオルを手で取り口元を隠すようにしてしまった。

 顔が赤いのは、風呂で身体が温まった為だけではないだろう。

 

「兄弟が増えるなどといきなり言われてみろ。こちらとしては何事かと思うだろう。私はまたてっきり、どこぞの昼ドラのような話かと半ば本気で思ったんだぞ。腹違い、或いは種違いの兄弟とか……」

「大事なことなんで遠回しに言いますけど、子供時代の隊長のそれ、大人びたどころかヨゴレた発想ですね」

「やめろ、私は清純派だ。……まぁそんなわけで、子供の頃は修景については半分は血は繋がってると思っていた時期があってな。みほにやっていたのと同じ感覚で、風呂に入れてやろうと世話を焼いていた時期があった。10歳になる前には、修景がお母様の友人の子だと聞き止めたがな」

「……二次性徴期を迎える前に話した師範の英断だと思います」

 

 はぁ、と双方深々と溜息。

 安堵、呆れ、その他そこに含まれる成分の意味合いは違うが、両者ともに大きく息を吐き出す事となる。

 

 そして話題を変えるように―――というか、実際変えるために、まほがさも思い出したように別件へと話を飛ばす。

 

「で、だ。今、みほの名前が出たが。エリカ、あの戦車喫茶での振る舞いについては、修景から既に注意されているだろうが、私からも1つ言わせてくれ」

「……なんでしょう?」

「弱小校や無名校は出るな、などというのは全国大会の悪しき伝統だと私は思っている。戦車道の裾野がもっと広がり、戦車道を始める女子が増えてくれれば良いと思っているからな。そういう意味では、大洗が出てきた事自体は、みほの件を抜きにしても私は好意的に見ているんだぞ」

「……そう、ですか」

「お前にはお前の戦車道があるのかもしれないが、そういう『初心者お断り』の土壌を作ってしまえば、待っているのは将来的な日本戦車道そのものの衰退だろう。お母様もその辺り、色々と日本戦車道連盟でやっているようなのでな。まぁ、私の立場表明と思ってくれ」

 

 そう言って、まほは口元を隠していたタオルを頭に載せ直し、それを手で抑えたまま天を仰ぐ。

 その表情は凛としており、『天然な日常モードの西住まほ』ではなく、『戦車道に触れている時の豪胆で冷静な西住まほ』の―――つまり、エリカにとっては敬愛する隊長の顔だ。自然、それを目にしたエリカが、湯船の中で姿勢を正す。

 

「将来的に、私は西住流を継ぐことになるのだろう。みほは―――性格的に合ってないからな。腕、判断力、指揮力はともかくとして、やり方として性質に合っていない。これは誰にとっても不幸なことだったが」

「……はい」

「幸い私は西住流のやり方が合ってはいるようだし、お母様の後を継ぐことになるのは私だろう。その場合、日本戦車道の二大流派の片割れを背負って立つわけだ。そうなってくると、色々と日本戦車道の在り方やら何やら、今から思う所もあってな」

「いえ……確かに、私の今日の発言は軽率でした。申し訳ありません」

 

 そのまほに対してエリカが湯船の中で頭を下げるが、それに対してまほは口元に僅かな笑みを浮かべる。

 修景が居れば『安堵』と判断するであろう笑みであるが、仮に修景がこの場に居た場合、生きては出られまい。あらゆる意味で。

 

「分かってくれてありがとう。修景にも話してはいるのだが、やはりあいつは戦車道の外に身を置いているからな。副隊長であるお前に分かって貰えると、気分的に楽になる」

「いえ、そんな。……宮古先輩ともそういう話を?」

「雑談9、真面目な話1程度の割合だがな。私達も真面目な話をしている時はしているよ。各々3年。進路の考え時でもある。普段は―――こないだは女性問題について相談されたな」

「―――」

 

 ピクリとエリカの耳が動いた。口元を隠すように、濁り湯(非天然)に更に深く身を沈める。

 或いはこれが濁り湯ではなく透明な湯だったならば、感情が表情に出やすい彼女の口元が『へ』の字になっていたのが確認できたかもしれない。

 最も、この程度ならばまだまだ『少し面白くない』程度の反応ではあるのだが。

 

「……宮古先輩、彼女とか居るんですか?」

「ん? ああ、私の知る限りでは居ないぞ。女性問題は学友同士の話で、染色体エックスワイと染色体エックスワイの話だそうだ」

「あれ、おかしいな。女性問題って染色体エックスワイ同士で発生する物でしたっけ」

 

 喋る時だけ口元を水面から出しながらエリカが首を傾げる横で、独白に近いノリでまほの話は続く。

 最近話したロクでもない話は他に何があったかと脳裏を漁り、漁るまでもなく幾らでもあるという事実に愕然とする。

 

「先日は別件で、古文のレポートの話で」

「はい」

「何かの文章を古文に直して原文と古文化したものを提出しろという課題だったらしく、何書くかと相談が来てな。中々ネタ度の高いものが出来たのだが、同級生が『我が右腕の疼きたる、いとをかし』とかやって、二人して『負けたァ―――ッ!!』とか翌日にLINEで叫ぶ羽目になった」

「無法地帯ですか宮古先輩の学園艦は」

 

 恐るべし男子校と慄然とする御令嬢。ノリと勢いのアンツィオでもここまでの悪ノリはそうそうまかり通らないのだが。

 一応弁護しておくと、染色体エックスワイ同士の女性問題は誤解と曲解に基づく話である。文芸部に所属するクラスメイトが『シーン描写を明確にするために、誰か俺を押し倒してみてくれ!!』と言い出して―――

 ―――弁護してもロクな話にならないので、やっぱり割愛する。

 

「まぁ奴が不真面目なのはいつもの事だが、奴なりに将来については考えているようでな。私が西住流を継ぐのと同様に、奴は事務方・裏方を目指すようにしたらしい。経営系の学部がある大学を狙っているとかでな」

「事務方、経営系ですか」

「西住流の道場は各地にあって、宗家となるとその管理・運営などの業務も出てくるわけだ。私の代になった頃に、それをサポートできるようになりたいと」

「ああ、なるほど。……西住家の影に、それを支える宮古家あり、ですか」

 

 自分には出来ないことだと、軽い嫉妬を込めて語られたエリカの言葉。

 しかし、まほは小さく首を振ってそれを否定する。

 

「支えてくれると言うなら、お前の頑張りにも支えられているよ、エリカ。お前が私の代の副隊長で良かったと思っている」

「それは……恐縮ですけど。でも、師範の代からの繋がりのある宮古家と比べると、私はどうしても―――」

「修景だって最初から今の方向性を決めていたわけではないさ。別にお前が修景に劣るとか、修景がお前に劣るとか、そういう話でもない。どちらかに出来て、どちらかに出来ない事がある。そういう意味で、お前達は良い分担をしてくれているよ」

 

 そして、ふと思いついたように。いや、実際思いつきで。

 まほは口元に―――珍しく、意地悪げな笑みを浮かべて、年下の後輩に水を向ける。

 

「それこそ、お前が修景とくっついてずっと私をサポートしてくれれば良いなぁと思う程度にはな。さっきも言った通り、あれに彼女が居るとかいう話も聞かないし。エリカなら、私も安心できるんだがな。ん?」

 

 返答代わりに、エリカは更に深くお湯に沈んだ。

 今度は頭まで、どぷんと音を響かせて。まほが謝って引き上げるまでの1分間、エリカの息止め水中拗ねという高度な回答拒否法は続いたのだった。

 




 修景の出番/Zero


 追記:年度末 仕事が多い 休日も

 一句出来ました。更新速度が暫し抑えめになる見込みです。

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