西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 だいたい題名の通り。2000~4000文字くらいで、単品で更新するのは躊躇われた閑話を3本程纏めました。
 時系列は並び順どおり。前の話から全国大会までの間の話です。


閑話:全国大会までの期間のお話、3本立て

▼テスト勉強

 

『ああ行ける良しやれるわやっぱダメだこれェ―――ッ!!』

 

 修景が壊れた。

 練習上がり際、黒森峰戦車道履修者用のガレージにて。今日の練習の終了が告げられ、各々の車両のチームごとに反省会をしたり解散したり、或いは元気の有り余っている者はこれからどこに行くかなどと話し合っていたり。

 そんなタイミングで飛んできたLINEに、逸見エリカは思わず目を丸くした。というか吹き出しかけた。思わず口元を押さえて脳内で思考する。なんだこのテンションは。

 

「……副隊長、どうかしたんですか?」

 

 練習中は電源を切っていたスマホを確認して、顔色を変えたエリカ。その様子に気付いたらしい同級生―――短めの茶髪に癖毛と優しそうなタレ目が特徴的な赤星小梅という少女が、自分のチームの輪から一言断って抜けて、心配そうに声を掛けてきた。

 昨年度の決勝戦で川に落ちた三号戦車の乗員であり、今はパンターG型のうち1両の車長を任されている少女だ。みほが彼女たちを救助に飛び込み、その結果として優勝を逃し、みほが責められ、転校し―――その一連の流れを負い目に思った小梅が気に病んでいる事を、まほから裏で心配されている。

 

 しかし同時に、みほの転校を知って落ち込んだり荒れたりと不安定になっていたエリカを宥め、慰めたりという事が出来た人物でもある。彼女もエリカほどではないがみほと親しく、前述のとおりに救助された側という負い目があったからこそ、彼女自身も当時は相当に落ち込んでいたに違いないにも関わらずだ。

 その状況でもエリカを優先し、宥め、慰め、励ましてくれた。また、彼女以外の三号戦車の乗員が戦車道を辞めてしまった中で、みほほどではないが当時の三年生らに陰口などを叩かれながらも、小梅だけは戦車道を辞めなかった。

 そこまで考えると、本当に戦車道が好きで、同時に柔和な物腰から受ける印象とは裏腹に、非常に芯が強い少女だと言えるだろう。

 

 今では主力の一角と言えるパンターG型の車長を任されるだけの実力もつけている上に、優しく面倒見が良い性格から後輩からも好かれている。どちらかというと近寄りがたいと評価されがちなエリカやまほにとって、下の立場の人間との間に立って緩衝材の役割を務めてくれることも少なくない。

 そういった事もあり、エリカにとっては数少ない比較的親しい立場の同級生でもあり、同時にあまり頭の上がらない相手でもある。そんな彼女が、心配そうにエリカの顔を伺っていた。

 

「……西住さん絡みで、また、何か? その……あまり、彼女の事を責めないであげてください」

 

 そして、みほに救助された小梅は一貫してみほの擁護派だ。

 エリカともみほとも親しい、或いは親しかったという立場上、エリカの愛憎混ざった感情にもある程度理解を示しつつも、なんとか緩衝材になろうとしたい意思が見える。

 逆に彼女の立場・意思・意図は、エリカの側も理解できる。エリカ自身も自分がみほに対して、そして大洗に対して抱いているのは、ドロドロとした黒い感情であり、褒められたものではないのは理性では分かっている。

 

 だが、違う。

 今はそういう真面目な問題ではないのだと、目の前の少女に言いたかった。しかし、この何がなんだか意味が通じない自己肯定と自己否定を同時にやっている文章をどう説明して良いかも分からず、エリカは固まる。

 そもそも何が行けるで、何がダメなのか。いっそ誤爆を疑う程に前後の文脈が一切ないまま飛んできた謎の文面を、どう説明したら良いものか。

 

 眉を八の字に、タレ目を困ったように伏せ、懇願するように言う小梅。何を言って良いかも分からず、狼狽した表情で挙動不審になるエリカ。

 両者の間の温度差が酷い。

 

「ち、違うのよ。みほ絡みじゃない―――というか、コメントに困る話がLINEで飛んできて……!!」

「コメントに困る話題……?」

「ん、どうした?」

「うわぁ隊長!?」

 

 更に困った度数が上がった様子で首を傾げる小梅。

 その後ろから、ひょいと覗き込むような気軽さで話題の主の姉―――西住まほが顔を出した。

 驚きの声と共に一歩引いたエリカだが、別にまほが居ることはおかしくはない。ここは黒森峰女学園の戦車道ガレージで、彼女は黒森峰戦車道の隊長であるのだから。

 

「赤星、エリカ。何か切羽詰まった様子だが、問題か? 何かあったならば、早めに伝えてくれ」

「あ、申し訳ありません、隊長。エリカさんが……副隊長が深刻な表情をしていらしたので、何かあったのかと……」

 

 後ろから声を掛けてきたまほに対して、振り返って一礼する小梅。

 深刻そうな表情が見えたので、すぐに声を掛けた。つまり、みほ絡みで若干不安定なエリカに対して、何か気付いたら早めにフォローできるように、小梅の方が注意を払うようにしていたということだろう。

 

(―――みんな、あの子が居なくなったこと、軽く受け止めてるわけじゃないのよね。善くないとは思ってるから、あの子の二の舞を起こさないように注意するようになってる)

 

 エリカはその気遣いに感心し、同時に気を使わせた事に申し訳ない気持ちになる。そういった周囲への気配りは彼女の苦手とする部分だ。

 柔らかな形での人心掌握という意味ならば、自分は元より、まほよりも小梅が上手だろうなと内心で舌を巻く。車長としては黒森峰では中堅どころだが、エリカやまほが目の届かない部分のフォローをしてくれているだろうという意味では、今や彼女は黒森峰に欠かせない人物だ。

 

 しかし現在のところ、彼女の能力が必要な場面は今ではない。むしろ、現在進行形で発生している問題が小梅に話すのが躊躇われる内容である。

 脳内でシミュレートしてみよう。『知人が自己肯定と自己否定を同時にカマしたLINEを送ってきました』。彼女ならばどう答えるか。

 

『……その人、何か深刻な悩みがあるのではないでしょうか? ご相談に乗ってあげたほうが……』

 

 言いそうだ。

 エリカは眼前の人が善い同級生を見ながら、脳内シミュレートを終えた。違うのだ、悩んでいるというよりも、どちらかというと単純に壊れただけにしか見えないLINEなのである。悩んでいるにしては勢いが良すぎるにも程がある。

 というか、こんなものどう伝えろと言うのか。そもそも伝える必要があるのか。正直何も見なかったことにして、返信せずにそっと放置したいエリカだった。

 

「……エリカ、何か有ったのか?」

「……副隊長、悩みがあるなら言ってくだされば……」

 

 そしてその様子に、まほと小梅が心配そうに声を掛けてくる。

 違うのだ。深刻なのとは正反対に、余りにしょうもなさ過ぎて放置したいのだ。いや、ある意味深刻なのかもしれない。修景のお脳が。

 

 しばし迷った末に、エリカは言葉少なに声を絞り出す。なるべく、修景の面子に配慮する形でだ。

 流石にこの内容を包み隠さずブチ撒けるのは、彼の名誉を考えると差し障りがあった。

 

「……いえ。隊長、その。宮古先輩がLINEでよく分からないことを……」

「ん、ああ。そういえばあちらはテスト前か。風物詩だな」

 

 季節イベントかよ。

 エリカは思わず内心で突っ込んだが、まほは『うむ』と納得したように一言。小梅は何事か分からない様子で、眉を八の字にして困った顔だ。

 

「あいつはテストの前日くらいまで徹夜で詰め込んで、前日はぐっすり休むという行動パターンを取るナマモノでな。徹夜テンションで大分おかしな事になったメールやLINEが飛び交う無法地帯(ノーマンズランド)になるんだが、どんな内容の話が来た?」

「いきなり自己肯定と自己否定をし始めました」

「何だつまらんその程度か」

 

 これでかよ。

 エリカは思わず内心で突っ込んだが、まほは興味を失ったように視線を周囲に彷徨わせ、『自主練するなら届け出を出せ!』などと他の場所で話しているチームに声をかけ始めている。

 小梅はますます何事か分からない様子で、更に眉を八の字にして困った顔だ。

 

「……あの、副隊長? 宮古先輩ってどなたですか?」

「えーと、隊長の幼馴染、というか弟というか……まぁご家族?」

「疑問形……? 苗字も違いますし……」

「詳細説明すると重くなるのよ、あの人の事情……。ああでも、説明しないと変な誤解を招きそうだし……」

 

 眉間に手をやり、頭痛をこらえるようなポーズで説明に悩むエリカ。

 本人があっけらかんとした調子なので忘れがちだが、幼少期に母を亡くし、父は離婚し蒸発、親族も居なく天涯孤独。そこから母の友人に引き取られたというその事情は、他人に勝手に話すのはエリカからすれば中々に躊躇われた。

 

「ほら……入学式の直後くらいに来たでしょう? ガレージ前で隊長を待ってた、師範から隊長への話があるって言ってた人。あの人よ」

「ああ、そういえばそんな事も……。あの方、隊長のご家族だったんですね」

「弟だ。12日差でな」

「……んん?」

「ああ、もう……! 隊長に説明任せると、西住家の家庭事情が誤解を招いて良く分からない事になるから私が説明します!!」

 

 結局、『12日差で私が姉だ』と、豊満な胸を張ってどこか自慢げに告げられたまほの言葉に余計に混乱した小梅に、エリカが修景の事情を簡単に説明する。

 聞くに従って小梅の眉とタレ目がますます下がり、悲しそうな表情になっていくのを見ると、何故かとても悪い事をした気になるから不思議だ。

 何故私がこんな罪悪感をと思うエリカの前で、小梅が悲しそうに言葉を吐き出す。

 

「……そういう事情の方なんですね。黒森峰の黄金期、その黎明の立役者の一人である方の息子さんでもあると。それは、なんと申し上げて良いか……」

「本人は今はあっけらかんとしてるから、無理にコメントしなくても良いと思うわ。私も……なんて言ったら良いか、最初はコメントに困ったけど」

「最初は?」

 

 そして、説明を受けて下がっていた小梅の眉がピクリと動く。

 そのままこてんと首を傾げ、エリカの言葉を反芻し、数秒。

 

「もしかして今、副隊長とその方って結構連絡とか取られてるんですか?」

「色々あってね」

 

 戦車喫茶での『やらかし』の件などまでは説明したくないため、言葉を濁したエリカの回答に、しかし小梅は『なるほど』と首肯する。

 

「ちょっと意外ですね。失礼ですけど副隊長、戦車道一筋って感じで……異性の方とLINEやメールのやり取りをしているイメージとか無かったもので」

「……まぁ、それは自分でも分かるけど」

「そ……それでは」

 

 ぐっと両手を握り、少し身を乗り出すようにして。

 どこか期待するように―――お嬢様学校特有とも言える、異性との交流というものへの憧れを前面に出した表情で、小梅はエリカに詰め寄った。

 

「最近は、その異性の方とどのようなお話を!?」

「どのようなって―――」

 

 ―――自己肯定と自己否定?

 説明に困るエリカのポケットで、スマートフォンが小さく振動。気付いた彼女と小梅の視線がポケットに、正確にはその中のスマホに集まり、『失礼』と一言断ってからエリカがスマホの画面を開き、表情を変える。

 

『よっしゃ世界史来たわ世界史! 得意科目だ詰め込むぜ! テンション上がって血流が三三七拍子奏でてるわ!!』

 

 間。

 数十秒の間、スマホ画面を―――なんとも表現し難い、形而上学的に言うならば能面のような表情で凝視したエリカが、何事かと狼狽する小梅に対して感情のない声で呟いた。

 

「―――……不整脈のキッツい奴かしら」

「大丈夫なんですかその人!?」

 

 焦って叫ぶ小梅。無表情でスマホの電源を切るエリカ。先程までそこに居たはずのまほは、もう完全に興味を失って他の話の輪に混ざっている。

 そんな黒森峰の、全国大会までのとある日の話だった。

 

 

▼妹とのLINE

 

 兄が締め切り前の作家ばりに不可思議な言動が増えるテスト前、並びにテスト期間を無事に乗り切った後。

 その期間は要領よく兄との連絡を断っていた末の妹は、寝る前に久しぶりに兄とのLINEに興じていた。

 

 兄からの話題は、やはり『元気にしているか』。『足りないものはないか』。『金に困ってはいないか』などの保護者目線の物が多い。

 実際のところ、母と未だに正面から話す勇気の湧かないみほからすれば、修景はこの手の話題に関しては最も気軽に話せる相手であるのだが、この保護者目線には少々苦笑も湧くというものだ。

 苦笑しながら『大丈夫』と返信を返すが、兄からの返信はそれでも心配そうな物だった。

 

『本当か? 去年だか一昨年くらい、まほが珍しく小遣いが足りなくてしほおばさんに金の無心をしていたからな。女子は色々金がかかる時期とかなんじゃねぇの?』

『お姉ちゃんが? 珍しいね。そういうイメージ無かったのに』

 

 そして、その中に混ざっていた話題にみほは驚きを露わにする。

 金に困って親に無心など、旅行でテンション上がってタクシーを使ってからその値段に愕然とする事こそあったが、あの生真面目な姉がするイメージは基本的には浮かばない。

 欲しいものは、無理なら我慢する。子供の頃から姉はそういうスタンスで、言ってしまえば『手のかからない子』であった。……みほもまほも修景も知らない事だが、両親などはもう少し我儘を言って欲しがっていたようではあるのだが。

 

 ともあれ、驚きと共に送ったみほの返信に対し、修景が更に返信を返してくる。

 その内容は―――

 

『いや、あいつ1,2年前だかに胸が成長してブラ脱皮の速度が速すぎて、ブラ貧乏とかいう謎の状態になっててなぁ』

 

 ―――妹は姉にLINEの送り先を切り替えた。

 

『お兄ちゃんからセクハラを受けました。お姉ちゃんのバスト関係です』

『通報承った。後は任せろ』

 

 後は放置。どうにでもなるだろうし、どうなっても良い。

 兄のデリカシーの無さに、妹はそっとため息を吐きながら、枕元にスマホを放り出した。

 

「……こういうの無ければ、頼りになるお兄ちゃんなんだけどなぁ」

 

 エリカさんは大丈夫だろうかと、自分のかつての親友であり、今は兄とも交友があるらしい少女をそっと心配するみほである。

 ちなみにその後、姉にネチネチと責められた兄が色々と奢らされる事になったというのは、妹の知らない所で起きたいつものやり取りの一つであった。

 

 

▼大人たちの雑談

 

「あの子達にも困ったものね」

 

 翌日の西住家。

 個人としての西住しほとしてではなく、師範としての西住しほとして使用している執務室にて、しほは鉄面皮を崩さないままで少し型遅れのスマートフォンを執務机の上に置いた。

 

 珍しく上の娘からメールが届いたと思えば、これまた珍しく苦情のメール。内容は息子への情報漏洩についてである。

 確かに娘が顔を真赤にしながら、『最近胸が育つ速度が早くて、ブラを買い換えてばかりでお金が足りない』と、ランジェリーショップの領収書を証拠に直談判に来た時があった。

 

『分かるわ』

 

 そう言って頷き、学生時代には自分もそんな時期があったと明かしたしほ。

 上の娘の預金口座に追加でお金を振り込んでおく事を約束した彼女だったが、娘の後ろに控えていた使用人にして、学生時代からの友人―――井手上菊代という女性は、『分かんねぇよ』とでもいうべき驚愕顔をしていたのが印象的だった。

 

「……まほお嬢様ですか? それとも、修景君ですか?」

 

 そしてその当人、井手上菊代がそのスマートフォンから少し離れた場所に熱いお茶を置き、その横に小さな大福を添える。

 その大福を見て、しほが時計に目をやると時間は3時。いわゆるおやつ時という奴だ。

 時間を忘れて仕事をしていて、まほからのメールでそれが途切れたが。そういえば小腹が空いたなと、大福を見ながらしほは思う。彼女だってターミネーターではない。当然、腹も減るし食事もする。

 

「両方よ。……貴方も同席していたけど、2年くらい前にまほが一度だけお金の無心に来た事があったでしょう」

「あの信じられない理由での話ですか。胸はそんな急に成長しないんですよ普通は。なんですか『分かるわ』って、分かりませんよ」

「ちょっと」

「ああ、胸の小さいやつが大きなことを言ってすいません」

「あの」

「なんでしょう?」

「……なんかごめんね」

 

 しほの気まずそうな反応に、菊代が小さく声を出して笑う。半ばからかわれたと気付いたしほが、自棄気味に大福を口に放り込んだ。

 今は執務室に二人だけなので、元々が西住流の門下生であり、黒森峰時代のチームメイト―――つまりはしほと宮古母の共通の友人でもあった菊代とのやりとりは、“次期家元”と“使用人”ほどの距離のあるものではない。

 せいぜい、学生時代の隊長と副隊長だった時程度の距離感のやり取りだ。これに修景の母親も加えての三羽烏で、学生時代は黒森峰の黄金期、その黎明を作り上げたものである。

 

「まぁ別に良いですけどね。今更気にする歳でもないですし。それで、まほお嬢様のバスト急成長事件が何か?」

「あの後、修景がどこで聞きつけたのか、まほが私にお金の無心をしたと知ったようで。いたく心配して何かまほが大変なのかと、私に直に聞きに来たのです。その際に事情を修景に話してしまったことで、まほから今更ながら文句が」

「あらまぁ、修景君らしいというか」

 

 しほの言葉を聞き、菊代がクスクスと上品に笑う。

 ちなみに菊代は仕える西住家の娘であるまほとみほに対しては『お嬢様』と敬称付きで呼んでいるが、修景に対しては『修景君』という呼称で接している。

 

 ではこれが菊代が修景を蔑ろにしている事を意味するかというと、全く逆だ。修景の母は菊代にとっても苦楽を共にし、共に試行錯誤し、共に戦った友人でありチームメイト。その忘れ形見である修景に対する肩入れは、息子同然として修景を扱うしほにも劣る物ではない。

 修景が西住家に来たばかりの時には、彼を裏で軽んじて蔑む使用人も居たのだが、それを一喝した菊代の姿はしほとしても印象に鮮烈に残っている。同時に、副隊長であり西住家の門下生でもあった彼女が、引き続き使用人という形で自分を支えてくれている事を、改めてありがたく思ったものだ。

 というより、使用人とは名ばかりで、しほの業務の秘書的な事や、場合によっては多忙な際には娘達(+息子)を預け、世話を頼んだりした記憶もある。

 

(―――あれ。彼女の給料、どうなってたかしら)

 

 普通の使用人と同額だったら、それはそれで気まずい。友人だからこそ、雇用関係はしっかりせねばとしほは思う。

 今度、特別手当が入っているかを確認しようと内心に書き留めておき、その代わりというわけではないが、菊代の言葉に対して否定的な意図を込めた溜息を吐く。

 

「まほの事を気にかけているのに、案外それをまほに悟らせませんからね。まほがその有り難みに気付くのはいつになるのか。私があの子を失ってからみたいにならないと良いんだけど」

「……居なくなってから、意外と気遣いされてたんだなぁと気付いた事もありますものね、宮古さん絡み」

 

 両者ともに、十年前に永遠に喪った共通の友人を思い出す。

 黙祷というわけではないが、数秒の沈黙。それを振り払うように、しほが小さく首を振る。

 

「あまり懐かしんでばかりもいられないわ。そろそろ、仕事に戻らないと」

「……そうですね。こちらも、師範の決裁が必要な書類を選別してきます」

 

 そう言って、大人達は郷愁を振り払い、自らの仕事に立ち戻る。

 しかし最後に、しほは小さく菊代に問いかけた。

 

「菊代」

「はい」

「あの子達は大丈夫だと思う? 当時の私達のように、ぶつかり合って、理解し合って、大事な友人を得て―――そういう風になれるかしら」

「―――……」

 

 西住家の師範としてではなく、『母』としての心配から放たれた、信頼する友人や夫にくらいしか見せないしほの本音。

 母として娘達、その行く末を心配するしほに、しかし小さく上品に笑って菊代は告げた。

 

「当時の私達も、そうやって親に裏で心配されながら、色々やって進んでたのでしょうね。親の思惑など、知ったことなしに」

「……そうね」

「だから今の彼女達も、こうやって親に裏で心配されながら、色々やって進んでいくのでしょう。親の思惑など、知ったことなしに」

「……そうね」

「であれば、見守ってあげましょう。いざという時の後ろ盾やら善後策やら、勝手に準備して勝手に無駄にされて、『ああ無駄になった』と安堵すれば良い。もし必要になったら、その時は力になってあげれば良い。だから、今は見守りましょう。ね?」

「……ええ。そうね」

 

 みほがいつでも帰ってこれるようにと、そのままの姿で残してある部屋を思い出す。いざという時、大洗に行っても駄目だった時の善後策として、使用人に部屋の維持をするようにと、しほ自ら指示していたものだ。

 その戻って来ても良いんだよという気遣いは無駄になったが、大洗に居る下の娘が新たな友人と元気にやっていると聞いて得たのは、確かに安堵だった。

 それを思い出して、しほは口元に優しげに笑みを浮かべる。

 

「ありがとう、菊代」

「いえいえ」

 

 そうして黒森峰の黄金期、その黎明を作り上げた隊長と副隊長は短く言葉を交わし合い、各々の仕事に戻っていったのだった。




 菊代さんが当時副隊長だったというのはオリジナルというか勝手な設定です。
 ただ、当時からしほさんの黒森峰のチームメイトだったというのは、リトルアーミーで言及されておりましたね。

 しほさんにも、2人きりならこれくらい気軽に話せる友人が居ても良いと思うのです。
 まぁ『もっとらぶらぶ作戦です!』では『しぽりん』『ちよきち』と呼び合いながら島田母と絡み酒してましたが。被害者多数。

それと、貰い物になりますが。10話に挿絵を追加しました。ありがとうございます!!


追記。
更に17話(少年、ガセネタを掴まされていた事に気付く)にも挿絵を追加しました。いつもありがとうございます!!

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