西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 全国大会編突入。
 ただし、試合まで突入するとは言っておりません。


少女、フルコースを前にする

 さて、光陰矢の如し。送る月日に関守無し。或いは、少し知名度の低い諺で言うところの、白駒の隙を過ぐるが如し、とでも言うところか。

 つまりは月日の流れるのは早いものということで、学生達は各々の日常を歩む中で、瞬く間に第63回全国高校生大会1回戦の日を迎える事と相成った。

 

 1回戦はサンダース大附属 対 大洗女子。

 下馬評では9割以上がサンダースの勝利だろうという話で、僅かばかりの層が判官贔屓から新設校の大洗を応援する程度。

 ホームとかアウェー以前に、『注目されていない』というのが現在の大洗女子の評価である。

 

 その様子は応援席を見ると一目瞭然。

 大モニターが見えるようにして設置された一般観覧席は、サンダース側の席はほぼ満員だが、大洗側は空席が目立つ。というより、空席の間にまばらに父兄や大洗の生徒が座っている、といった程度だ。

 

 一方で、会場の一角には多くの出店が集い、飲み物や食べ物を売っている。焼きそば、お好み焼き、フランクフルト等々。まさにお祭りという空気である。

 別の一角にはサンダース大附属が自らの学園艦から派遣した、自身の学園艦の生徒用の食堂車、救護車、シャワー車にヘアーサロン車まで、『そこまで必要か?』と首を傾げたくなるほどのリッチさに任せたリラクゼーション空間も作られている。

 

 そして一般席より、大モニターに近い位置。

 そちらには、申請すれば戦車道関係者が取得できる関係者用観戦スペースもある。あるのだが―――

 

(―――……彼女達は何故そこまでするのだろう……)

 

 簡素な折りたたみ製の木製椅子と木製テーブル。

 パイプ椅子よりは幾分上等だが、アウトドアなどで使われる程度の物を設え、その観覧用スペースに座っている逸見エリカ。

 未だ試合開始前で手持ち無沙汰な彼女の目線は、まだ何も映していない―――試合が開始したならばここに各車両の動きや全体の状況などが表示される筈の大画面モニターではなく、少し離れた場所で同じく観戦スペースを確保している他の高校生に注がれていた。

 

 観戦用スペースと言っても、何か特別なものがあるわけではない。

 『じゃあこの辺ね』とでもいうような割り振りでスペースが当て嵌められ、申請した生徒、或いは関係者が各々持ち込んだ機材で後はどうにかしてください、という程度だ。

 試したことはないが、パイプ椅子くらいならば頼めば大会側から貸してくれるかもしれない。逆に言えば、試した所で望めるラインは恐らくその程度だ。

 

 つまりは、観戦用スペースとはきちんと整地されているだけの野原なのである。

 故にエリカは、それに見合った設備を用意して、申請し、観覧に来たつもりだった。アウトドア対応の木製椅子、木製テーブル。双方折りたたみで嵩張らないものと、あとは試合を見て気になった点をメモするためのノートと筆記具。その程度だ。

 しかし―――

 

「……逸見さん。何か気になることでも?」

「……いえ」

 

 英国面(気になること)から声を掛けられ、エリカは思わずガン見していた目を逸らした。

 抽選会の昼に出会ったダージリン、そしてオレンジペコ。聖グロリアーナからはこの2名が観覧に来ているようではあるが、その設備が凄かった。何が凄いって、なんかもう彼女らの周辺10平方メートルくらいを切り取ってみたら、そのまま英国式の応接間になりそうなくらい凄かった。

 

 足元には草原の草色と適度にマッチしながら存在感を発揮する、ディープグリーンの上質そうな絨毯。

 一人がけのソファが2つ設えられ、遠目にも高そうな雰囲気を放っている。間に置かれた高級そうな木製テーブルも含めて、断じて折り畳みが出来そうな雰囲気と作りではない。

 ソファには上品なクッションが各々2つずつ付随し、挙句の果てに派手だが下品ではなく、むしろ品のある金箔張りの衝立がダージリンとオレンジペコの背後に鎮座している。そして両者が手に持っているのは、英国風のティーセット。

 

(……何故、あそこまでする必要があるのだろう……)

 

 シャワー車や救護車はともかく、ヘアーサロン車まで派遣するサンダース大附属。

 観覧スペースを英国色に染め上げている聖グロリアーナ。

 お前ら髪を切るなら試合当日前に切れよとか、それ設置するの大変じゃなかったのとか、各々に対して言いたいことはあるが、敢えて口には出さないことにしたエリカである。彼女達には彼女達なりの、見栄やら拘りやらがあるのだろう。多分。

 

 超リッチな事で有名なサンダース大附属。超お嬢様学校として有名な聖グロリアーナ。

 それらに比べて、やはりお嬢様学校ではあるが黒森峰は質実剛健・文武両道の実践主義を尊ぶ部分がある。その差だろうか。でも、もしかしたらもう少し上等な物を用意した方が良かっただろうか。

 自分の体重で軽くキシキシと音を上げる安っぽい椅子にこっそり溜息を吐きながら、エリカは視線を横―――座るべき人物が居ない空席となっているもう一つの椅子に向ける。

 

 隊長である西住まほは、開始までの時間の間に妹に一声かけてくると言っていた。

 そうすべきだろうとエリカも思う。自分がみほに対して抱いている黒い感情を止める気はないが、姉であるまほが妹であるみほに声を掛けに行くのは、むしろ正常なことだろう。

 

 同じ大会で敵同士なのにという意見もあるだろうが、これは戦争ではなく戦車道だ。初出場の学園艦に居る妹を、強豪校に居る姉が激励する事に何の問題があると、エリカは思う。

 ―――そんな普通のことどころか、日常の挨拶すら出来ないようになっていた黒森峰での最後の一年、その後半こそが異常だったのだ。

 

「……まぁ、それはそれとして。あの子はギッタンギッタンにしてやるけど」

 

 私を置いていったお前なんか負けてしまえと思う心境と、自分と戦うまで勝ち上がってきて欲しいと思う心境。それらが入り混じった複雑な感情を、溜息という形で僅かながら発散する。

 どうにも一人だと気が滅入る。隊長は早く戻ってきてくれないだろうか。

 丁度、そう考えた所で―――

 

「おう、ちんまいの2号」

「にごうっ!? それ、私の事ですか!?」

「ほいこれ差し入れ。テキトーに食ってくれ」

「すいません、1号がローズヒップさんで私が2号ですか!? その渾名はどうなんですか!?」

「もう一人居れば力と技のV3ね。……ふふ、いえ。空、陸、海の覇者への変形合体もありかしら」

 

 ―――聞き覚えのある、若い男の声。

 見やると先程までダージリンとオレンジペコだけだった観戦スペースにもう一人、焦げ茶の癖毛の、背の高い少年が加わっている。

 小さな鞄にジーンズとシャツの軽装だが、今日は暑い。長袖制服姿の自分達の方が、季節的には不適当だろう。衣替えはまだか。エリカは少年の軽装を見て、思わず暑さを意識して眉を顰めた。

 

 一方の少年は、両手に持った安っぽいビニール袋―――恐らくは屋台で何か買ってきたのであろうそれの片方を、オレンジペコに押し付けたところだ。

 オレンジペコは『ちんまいの』という女子につけるにしては甚だ不適当な渾名に眉を八の字にして困ったような抗議の声を上げ、ダージリンは相変わらず良く分からない事を言っている。

 

「まぁ、あそこで会ったのも何かの縁ってことで。まほに持ってくるついでだったけど、良かったらダージリンさん共々、テキトーに食べてくれ。お嬢様の口に合うかは知らんが、まほは貪り食うから大丈夫だろという勝手な判断で持ってきた」

「あら、宜しいのですか? わたくし、貴方の理想像の黒髪和服大和撫子じゃなかったのですが」

「……それは忘れて頂けるとありがたいんですけど。あと、別に黒髪和服大和撫子が理想像ってわけじゃなくて、ダージリンさんがそういうタイプだと聞いていただけで」

「では、どのようなタイプの女性がお好みですか?」

「……こういう質問ってとりあえず目の前の相手に合わせた特徴を言っておくと高得点なんですっけ?」

「司法的に申し上げるならば、今の発言が出た時点で赤点ですわね」

 

 受け取った食べ物を袋から出してテーブルに並べるオレンジペコの横で、ダージリンと少年―――宮古修景があまり中身があるとはいえない雑談をしている。

 ダージリンがくすくすと笑い、宮古少年が降参というように両手を挙げた。飄々とした英国淑女(※日本国産)の相手は、どうにも修景も苦手なようだ。

 一方でオレンジペコは、たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、たい焼きという、袋から出てきた炭水化物多めのレパートリーに頬を引きつらせていた。

 

「……宮古さん。これ、確かに美味しそうですが全部食べると結構なカロリーが……」

「ちんまいの2号、お前はもっと肉つけろー、肉。それじゃ、俺はこれで」

「宮古さん、どうもありがとうございます。ありがたく頂きますわ」

 

 ちょっと引き気味のオレンジペコの声を軽く流し、修景がダージリンへと軽く挨拶をし、ダージリンも軽くそれに返して挨拶終了。

 話は終わったとでも言うように、ダージリンの手が素早くたこ焼きを確保したのがエリカの目から見えた。オレンジペコが『あーっ!』と抗議の声を上げるがお構いなし。

 

「ダージリン様、それ私も目を付けてたんですよ!?」

「あら、残念ねペコ。こんな言葉を知っているかしら。イギリス人は恋愛と戦争には手段を選ばないのよ」

「ええ、有名な諺ですね。ですが、これは恋愛でも戦争でもなく食事です。……聖グロですと、こういうのを食べられる機会って少ないんですよ? こういう場で、しかも貰い物だからこそ、大手を振って食べられるんです。珍しい機会なんですよ?」

「知ってるわ。だから好きなものを急いで確保するのよ」

「私もそれが食べたいんです!」

 

 ギャアギャアと騒ぐ聖グロの2名を半眼で見ながら、『過剰な上流階級趣味な学校も大変そうだ』と茫洋と思うエリカ。

 修景は今度は、その彼女に向けて気負うでもなく自然な歩調で近づいてくる。

 エリカもその姿を見て、特に意識せずに手櫛で簡単に髪を整えてから席を立ち、修景に向かい合う。

 

「お久しぶりです、宮古先輩」

「久しぶり。つっても、LINEや電話は結構してたろ?」

「それとこれとは別です。隊長へ差し入れですか? ですが隊長は現在、みほに会いに行くので席を外しておられますが……宮古先輩、ここ、関係者席ですよ?」

「まほからなんか飲み物と食い物買って来いって頼まれてて。それを警備員さんに話したら通してくれたぞ」

「……まぁ高校生大会の、しかも一回戦だとこんなものかぁ」

 

 ザルだなぁ、とエリカは溜息。

 砲弾などが飛んでこないように含め、安全確保に関しては戦車道は色々な対策が講じられている。昨年の高校生大会の決勝戦以降、西住師範と島田流の家元が協力しあい、日本戦車道連盟の方で試合時の天候その他についても更に安全を重視した規定を定め直したそうだ。

 だがその一方で、観戦席の出入りに関してはザルなようだ。まぁ、全国大会とはいえ高校生の、それも第一試合で『網膜認証をお願いします』とかのレベルの警備をされても、それはそれでウザったらしいのだろうが。

 

「んで、肝心のまほはみほに挨拶に行ったまま、と」

「ええ。宮古先輩は、みほにはもう会いました?」

「まだ。試合後にでも行こうかなって思ってたが」

 

 そして、抽選会の日の戦車喫茶での暴発から暫し経つが、みほの名前を出しての会話には淀みはない。

 エリカ自身がある程度、『自分のみほへの対応』と『西住家や修景からのみほへの対応』を切り分けて考えるようにしているのも大きいだろう。

 みほに対するネガティブな感情は未だに減ずる事無くエリカの中にある一方で、誰にも相談せずに転校を決めるほどに追い詰められていた彼女だからこそ、家族とは円滑な関係であって欲しいとも思っているというところか。

 

 その辺り、強気で短気で攻撃的なれど、性悪ではない逸見エリカという少女の根底が伺える。

 良い意味でも悪い意味でも、とかく情が深いタイプなのだ。

 

 ともあれ、修景はダージリンらに渡したのと同様の、お好み焼きや焼きそばなどの屋台産の食べ物が入ったビニール袋を、木製テーブルの上に置く。

 ついでに鞄からよく冷えた緑茶を2本。こちらは、ダージリンらに渡した時には無かったサービス分だ。まぁ、あちらは茶を常に自前で用意しているというのもあるのだが。

 

「どうぞ遠慮なく。フルコースで御座います」

「まぁ、素敵。では前菜から」

「それではこちら、前菜の焼きそばでございます」

「ぷふっ」

「くくっ」

 

 置いた修景が芝居がかった調子で言って、エリカもそれに合わせて殊更にお嬢様言葉で返す。

 そして差し出された、『原価いくら?』と聞きたくなる安っぽい、そして具の少ないソース焼きそば。透明なプラスチックの入れ物に入ったそれを前に、堪え切れずに二人で噴き出す。

 

「何がフルコースですか、宮古先輩。前菜から麺類持って来ないでくださいよ」

「いきなりお好み焼き、いきなりたこ焼きよりは良いと思ったんだよ。たい焼きはデザート系っぽいし」

「前菜からデザートまで炭水化物しか無いじゃないですか。栄養学やフルコースの概念に喧嘩売ってますね」

 

 笑いながら、エリカは安い折りたたみ椅子に座りなおす。そして笑顔のまま、軽く横の空席を指し示した。

 

「みほに会いに行くのを試合後にするなら、隊長が戻ってくるまで少し休んで行かれますか? どうせ、大洗の応援席はガラガラですし。急いで席を取りに行く必要性も無いでしょう」

「まぁ、そうだが。そんじゃまほが来るまでの間、逸見副隊長の両チームの戦力解説でも伺いますかね」

「それでは僭越ながら、フルコースでも食べながら。まずは前菜から」

「では、フォークとナイフをご用意いたしますので、端から順に使っていってください」

「ぷふっ」

「くくっ」

 

 そうして、もう一度芝居がかったやり取りをして、互いにツボに入ったように噴き出す修景とエリカ。その少し離れた背後でたこ焼きの配分を決めるべく真剣な顔でじゃんけんを開始した聖グロ勢。

 

 この日の主役となる大洗やサンダースを他所に。

 試合開始数十分前の観戦スペースでは、割合と平和なやり取りが行われていたのだった。

 




 その頃のまほさんについては―――次話、乞うご期待!!
 小ネタで菊代さんの確定申告ネタを思い付きましたが、ガルパン小説で確定申告のネタなんぞ誰も得をしないのでボツになりました。

 とりあえずドラッグストアで買っても、栄養補助食品などは医療費控除に入りません。ただし風邪薬などの通常の医薬品は控除に入ります。
 また、予防接種料や診断書発行の料金は医療費控除に入らないので注意しましょう。

2019/03/20
ローズヒップ師匠とオレンジペコ先生の互いの呼称を整理。
ドリームタンクマッチ情報で、互いに「さん」付とのこと。

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