西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 冷泉殿の祖母様の入院先、アニメ本編の描写を見るに、西住殿らが見舞いに行った段階では本土の病院っぽいんですよね。
 しかしWOTのコラボ漫画の印象から、冷泉殿の祖母様は学園艦に居るイメージがあった謎。なおコラボ漫画での『おばあの認識:WOT=英会話ツール』。
 間違ってはいないが……。

 ともあれ、入院先の病院の事とか、ちょっと描写や流れの整合性付け含めた部分あり。


少女、肉じゃがを食す

 冷泉久子。冷泉麻子の祖母。高血圧で倒れはしたが、重篤な症状は見られず搬送先の病院で入院中。投薬された薬の副作用もあり、深く眠っている。

 彼女は麻子にとって唯一の肉親であり、この世で最も大事な相手である。カクシャクとした気の強い女傑であるが、歳には勝てずにここ数年は数度の入退院を繰り返している。

 

 夜の病室。ベッドで眠る小柄な老婆の横に座り、麻子は静かに佇んでいた。

 確かに病室は集中治療室などではなく一般病棟。仮に何やら妙な機械やら管やらが繋がっていれば、麻子も気が気ではないのであろうが。そういったこともなく、ただぐっすりと眠っているだけに見える祖母に、どうやら彼女も本来の冷静さを幾分かは取り戻したようだ。

 

 そしてその背後。病室のドアが小さくノックされ、安い扉が軋む音を努めて抑えるように四苦八苦しながら、沙織がドアの隙間から覗き込むように顔を出す。幼馴染の祖母が寝ていることを確認すると、音を抑えるために更に四苦八苦しながら、ゆっくりとドアを開ける。

 本来であれば面会時刻を過ぎているものを、ヘリで駆けつけた経緯から勢いで面会を許されている状況がゆえ、それを理解している沙織は麻子の横に来てから、努めて小声で小柄な幼馴染へと話しかけた。

 

「麻子。一応、明日に学園艦が寄港した時に、精密検査のために本土の病院で診て貰うって。お婆ちゃん、こういう時じゃないとそういうの嫌がるからって主治医の先生が」

「……沙織」

「麻子、ついていくでしょ? みぽりんとか会長とか、必要なトコ伝えておくから。麻子はお婆ちゃんについててあげて。あと、逸見さんの方もどうにかしないと」

「どうにか……あ、今から帰ると夜間飛行になるのか。どこかに泊まるとか……」

 

 ―――それもあるが、もう一つ特大の地雷がある。

 沙織の目がちょっと死んでいたが、月明かりに照らされた暗い病室ということもあり、麻子は幼馴染のその様子には気付かなかった。

 

「うん、まぁ……。こっちの都合で無理させちゃったわけだし、私の部屋で良ければお金も掛かんないし。こっちはこっちでなんとかするから」

 

 ―――こんな状況の分からん内容、麻子のお婆ちゃんに伝えたらあらゆる意味で何が起きるか分からない。

 そんな言葉を飲み込みながら、沙織は低血圧の幼馴染とは逆に、血圧が上がりやすいその祖母を小さく見やった。何が起きるかは分からないが、少なくとも状況を好転させるような流れは発生しないだろう事は予想できた。

 

 冷泉久子という人物は、気が強く口が悪いが、決して悪人ではない。麻子の事も散々に貶すが、その内実は愛想が無く友人関係が乏しい、ある種の浮世離れした生態を持つ孫を心配しての事だ。

 だが、正論を大上段から攻撃的に叩きつける傾向がある彼女をこの問題に巻き込んだ場合、血圧上昇からの病状の悪化含めて、あらゆる意味で多方面に惨劇が予想されるのである。

 

「……じゃあ、麻子。病院の外で逸見さんも待ってるし、私はそろそろ行くね。連絡とか、必要なことはやっておくから」

「……沙織。ありがとう」

 

 小さな声で、俯きながらも幼馴染が言った言葉。それに対して武部沙織は、笑みを―――儚げな笑みを浮かべて、同じく小さな声でこう返した。

 

「骨は拾ってね」

「うん?」

 

 首を傾げる麻子を残し。軋む病室のドアを閉じ、武部沙織の出陣であった。

 

 

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 病院の外に出た沙織を待っていたのは、黒森峰の制服のままの逸見エリカ。色素の薄い髪を月明かりに煌めかせ、ツリ目がちだが整った美貌と合わせ、妖精のような印象を抱かせる核爆弾(ボンバーガール)(※沙織視点)が病院前のベンチで座っていた。

 横には旅行用のショルダーバック。ヘリそのものは学園艦のヘリポートに預け、旅行用の荷物をヘリから持ってきた形だ。着替え、財布、その他一式が揃っており、幸いにして宿さえ探せば一晩大洗で過ごす程度は支障はない。

 

「お疲れ様。大変だったわね」

 

 社交辞令的な言葉に、まさか『ここからが本番です』と返すわけにもいかず。沙織は今日何度目か、言いかけた言葉を飲み込んで別の言葉を脳から検索。今この場で爆発物処理を開始するわけにもいかないので、意図的に外していく話題選びを脳内から抽出して口に出す。

 

「そっちこそ、大変じゃなかった? 九州から遠出してきた上にヘリの操縦とか」

「まぁ……疲れたと言えば疲れたけど。はぁ、宿探さなきゃ」

「お小遣い、大丈夫? 元々泊まる予定だった宿のキャンセル料とかも要るんじゃない? 黒森峰の試合、そう何日も離れていない筈だったと思うから……多分、試合会場近くで連泊する予定だったんでしょ?」

「……『人助けです』って事情話せば、お母さんから追加出資出ないかな」

 

 横に置いていたショルダーバックを『よいしょ』と背負いながら立ち上がり、渋面を作るエリカ。どうやら、お小遣いの不足はどこの学生も変わらず抱える問題であるようだと、沙織は初めて逸見エリカという少女に対して親近感を覚えた。

 そして同時に、爆弾処理という意味ではある意味で切り込みどころ。ビジネスホテルでも探しに行くつもりの様子のエリカに対し、沙織は笑顔で声を掛ける。その笑顔は爆弾処理というか事実確認の為の引き止め目的の営業スマイル部分もあるが、幼馴染の為に骨を折ってくれた相手に対する自然な善意も多くを占める。

 

 西住みほという友人に対する暴言に対して思う所があると同時に、麻子の家族の非常事態に率先して動き、こうして大洗までヘリを操縦して連れてきてくれた相手でもあるのが、逸見エリカという少女だ。

 沙織にとって西住みほと冷泉麻子のどちらが重いという話ではない。どちらも大事な友人だ。事の軽重というよりは、恩が出来て多少は話した相手に対し、隔意と敵意を持続させ続けられるほどには、彼女は攻撃的な性格ではないという事だ。むしろお人好しで世話焼きな性質と言って良いだろう。

 もう一度みほに対する暴言が出た場合は躊躇いなくエリカと敵対・相対するであろうが、少なくとも現状では、沙織の中からエリカに対する敵愾心は薄れていた。

 

「ね、それなら私の部屋に泊まる? お礼になるかどうか分からないけど、食事くらい作るよ?」

「……馴れ合うつもりなんて無いわ。勘違いしないで」

「困った時に助け合うのも戦車道、みたいな感じの事をみぽりんのお姉さんも逸見さんがヘリ取りに行った辺りで言ってたらしいし。実際助けてもらったわけだし」

「隊長が?」

 

 そして、沙織に言われた言葉に対し、エリカが目を丸くする。言われた内容は沙織の言葉通り、エリカが耳にしていない場所での会話。修景と一緒に学園艦側へのヘリ受け入れ準備の要請をしていた沙織からしても、華からの又聞きとなる内容であるが。

 それを聞いたエリカは、小さく溜息を吐いて苦笑する。

 

「こうする事が私の戦車道だ、なんて思って動いたけど。やっぱり、まだまだ隊長の後追いかしらね。私は」

「……後追い? みぽりんのお姉さんの?」

「ええ。戦車道とはどういうものか、なんて話を別の学園艦の隊長さんとする機会があって。ただ隊長の戦車道をなぞるんじゃなく、自分なりの規範というか―――どういう“戦車道”を自分がやりたいのか。そういう話。みほも、サンダースの隊長と何か話してたでしょ」

「……逸見さんの“戦車道”は、あそこで私達を助けてくれる事だったの?」

「うーん……あー、なんか調子狂うわ。武部さん、ガンガン切り込んでくるわね。こっちだって今日その話をしたばかりなんだから、そこまで言語化出来てないってのに」

 

 重ねて、溜息。戦車喫茶の時のカミツキワニのような刺々しさからは想像できないような、柔らかな微苦笑を浮かべてエリカは肩を竦める。

 逸見エリカという少女に対し、宮古修景という少年の存在が齎した影響は色々とあるが。“正史”との差として分かりやすいのが、みほ以外の大洗の面々に対する態度の軟化であろう。

 元々の性格もあって、世間一般には『柔らかい』とまでは言えない対応ではあるが。それでも、整理できない感情を我武者羅に叩きつけるわけでもなく、同年代の少女同士の、存外普通な会話が成立する。

 

「ま、良いわ。泊めてくれるなら、世話になっていい? ……なんか毒気抜かれちゃった」

「信管も抜けてくれると良いなぁ」

「何よ、人を爆発物みたいに。……いや、戦車喫茶でのアレは悪かったけど……」

 

 『ごめんってば』とバツが悪そうに呟くエリカ。そのエリカを先導するように、学園艦にて一人暮らしをしている自宅へ向かって歩き始めながら、沙織は思った。

 

(―――その問題じゃないんだよなぁ)

 

 誤解、未だ解けず。修景の方へと『逸見さんから聞いた』とは明かさないまま、遠回しな事実確認のメールを手早く送りながら、爆弾処理班の心境で沙織は自らの住居へとエリカを案内する事となった。

 

 

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美味(うま)っ! 何これ、武部さん料理上手ね……」

「えー? やだもーっ! 良いお嫁さんになれるだなんて!」

「いや、それは。そこまでは」

「肯定してよ!? なんでそこでストップ掛けちゃうの!? 今、普通に褒める流れだったよね!?」

 

 ―――二時間後。

 元々、大洗女子の戦車道チームきってのコミュ強者である沙織は、学生寮という名目の実質的なマンションである自室にて、肉じゃがを中心に栄養バランスの良い食事が乗ったテーブルを挟んで、エリカと意外と打ち解けた会話を交わすまでに至っていた。

 話す切っ掛けも無かった“正史”と違い、話す切っ掛けさえあれば武部沙織という少女は誰とでも、そして素早く仲良くなれるタイプの人当たりの良さを持っている。

 

 なお、他の学園艦ではどうなのかは分からないが、大洗では住宅街において空き家になった物件を学園艦が借りて『学生寮』としているので、学生寮という名前に反して内実としては場所も種類も統一性がない。

 一軒家もあれば、沙織が借りているような1LDKのマンションもある。年頃の女子高生らしく洒落ているが、一方でよく片付けられた内装のマンションは、部屋の持ち主である彼女の女子力、或いは嫁力とでも言うべき能力の高さを思わせる物であった。

 

 最初に部屋に入った時には、エリカも洒落ていながらも片付いた部屋に素直に感心したものだが―――部屋を見回して目についた、本棚にズラリと並んだ結婚情報誌のバックナンバーが嫁力に対する強烈なデバフ感を主張しており、沙織の『良いお嫁さんになれる』という発言に対しての素直な肯定に対する差し障りを現在進行系でエリカに与えている。

 別に結婚情報誌が悪いわけではない。ないのだが、女子校の高校二年生の家でバックナンバーまで圧巻の揃い踏みを見ると、激しく場違いな違和感と瘴気を感じてくるから不思議である。

 

 ちなみに。生真面目かつ気の短いエリカは、ただ食事が出来るのを待つという事が落ち着かず。結局自分も手伝うと主張したため、料理自体は二人がかりで仕上げたものだ。『あんこうチーム』の面々で料理をした時の惨劇を思い出し、最初は警戒していた沙織だが、エリカは苦にする様子もなく存外器用に野菜の皮むきなどをこなしていた。

 とはいえ、味付け等のメインを担当したのはやはり沙織。普段のコンタクトレンズ姿ではなく、アンダーリムの眼鏡を付けた自宅モードの彼女の作った料理には、エリカとしても感心するばかりである。味も良ければ手際もいい。瘴気を放つ結婚情報誌の束さえ無ければ、『良い嫁になれる』は全肯定をしても良いくらいだ。

 エリカはその瘴気を放つ一角(結婚情報誌の群れ)から意識的に目を背けながら、圧力鍋で手早く味を染み込ませた目の前の肉じゃがを一つ、二つと口に運んで舌鼓。

 

「まぁ嫁云々はともかく、実際凄いわ。この肉じゃがとか絶品。教わったコツとか、今度試してみようかしら」

「いやぁ、男を落とすにはやっぱ肉じゃがだからねー」

「……そういうものなの?」

「雑誌のアンケートにも書いてあったんだもん。皆には都市伝説とか言われて否定されたけどっ!」

「女性向けの雑誌のアンケートだったら、それって回答者女性なんじゃない? 女性が描く男性の好きそうな食べ物のイメージ、って感じの」

「…………………あっ」

 

 硬直する沙織。そして黙々と、ただし美味しそうに頬を緩めながら箸を進めるエリカ。

 バレーやサッカーなどとは方向性は違うが、戦車道はやはりスポーツだ。相応に体力を使うそのスポーツに対し、一途に邁進している一種のアスリートと言えるエリカは、同年代の女子にしては中々の健啖ぶりを見せて食卓を攻略していく。

 そんなエリカに対し、口を尖らせ拗ねた様子の沙織が声を掛ける。

 

「……美味しく作れるようになったのは女子力的な意味でマイナスにはならないしぃ。あと、失礼だけど逸見さんが普通に料理出来たのが意外。ウチのチーム、みぽりん含めて皆あんまり出来なかったから」

「あぁ……。私もあの家系、伝統的に出来るイメージ無かったから、宮古先輩から隊長とみほの御母様が料理できると聞いて驚いたわ」

「……宮古先輩。みほのお兄さんだよね……」

 

 そして、会話の流れで出た名前に対し、爆発物にでも触れるような慎重さが滲んだ言葉を沙織が呟く。あの結婚情報誌の山と女子校という環境から、何かしらの食いつきを警戒していたエリカは内心で首を傾げた。

 どう見ても奥手なタイプである赤星小梅という同級生ですら、修景とエリカが小まめに連絡を取り合っていると知ったときには憧れ混じりの興味を見せたくらいだ。眼前の少女のようなタイプであればペットボトルロケットか何かのような勢いで食いついてくるかと思っていただけに、逆に沙織側が警戒心すら滲ませた様子の反応を見せたことは、エリカからすれば肩透かしであると言えた。

 ヘリの操縦中の自分の発言が遠因である事や、その発言が聞き方次第ではドえらい内容であった事については、操縦の方に集中していたこともあって、エリカ本人はこの段階では幸か不幸か気付いていない。

 

「……宮古先輩相手に肉じゃがが効果あるかどうかは、知らないわよ?」

「別にいいです」

 

 そして、探るように呟いた言葉に対して、かぶせるような勢いで叩き付けられた冷や汗すら滲んだ否定に、更に内心で首を傾げる逸見エリカ。

 沙織の方からすれば、憧れているのは甘い恋愛であってドロドロの昼ドラではないのだ。何やら凄い拗れてそう(※沙織主観。誤解)な人間関係に、好んで鞘当てをしに行くつもりは毛頭無かった。

 ただし友人絡みの事ではあるので状況確認はしておきたいと、丁度話題に乗った今が爆弾処理のタイミングかと考え、言葉を選びながら慎重に―――ただし誤解が無いように直截な質問を投げかける。

 

「……むしろ、逸見さんとお兄さんのご関係は……?」

「え、いや。みほの転校の後で、それ絡みで隊長を訪ねてきた時に知り合って……。それから、色々と隊長やみほの関係で連絡とか取るようにはなったけど……」

「……お付き合いなどは、されておられますか……?」

「してない、けど……。ねぇ、私もそういう経験ほとんど無いけど、この話題って恋バナとかそういう分類よね? 関係誤解されてる事について突っ込むより先に、貴方の醸し出す悲壮感に突っ込みたいんだけど……!?」

 

 完全装備の爆発物処理班の心地で、先程までは使っていなかった敬語すら使い、死地に向かうような雰囲気で質問攻めを開始する沙織。

 対するエリカは、これが一般的な恋バナなどの雰囲気ならば怒りか羞恥で顔を赤くして否定する内容であったが。しかし質問側の沙織が、切腹前の武士か何かのような悲壮感溢れる雰囲気で切り出して来る質問内容に、怒りや羞恥の前に困惑が先に来る形となり、エリカは彼女の視点での素直な返答を思わず返す。

 そして、返された返答に対して沙織が顔を覆って俯くものだから、答えたエリカとしてはもはや何が何やらである。俯いた武部沙織(爆発物処理班)からは、顔を覆った手の隙間から憐れむような哀しむような悲壮な声。

 

「ダメじゃん……。付き合ってないのにホテル行っちゃったとか、少女漫画とかで見るチャラ男に食べられちゃったパターンでしょ……。逸見さん、自分の事をもっと大事に―――っていうか私、お兄さんの事をもう真っ直ぐ見れないんだけど……」

「……は、はぁ!? ちょっと待って、食べられちゃったってなに!? なんでそういう話になってるの!?」

「だって逸見さん、私達に対する対応について、『ホテルで先輩から言われなければ』って……」

「ん?」

「ん?」

 

 悲壮な声をあげる沙織と、言われた内容に流石に顔を真っ赤にして怒鳴ったエリカ。両者は同時に互いの発言内容に疑問を懐き、鏡合わせのように食卓を挟んで首を傾げる。

 復帰、或いは疑問提起はエリカのほうが早かった。

 

「……えーと。それ、抽選会の夜にビジネスホテルの廊下で言われた内容なんだけど。その場には隊長も居たし、同じビジネスホテルに泊まったから……」

「……部屋は?」

「別々に決まってるでしょ!? なんでそんな勘違いするの!? 恋愛脳過ぎるでしょ!?」

「『仲良いのか』って聞いて『ホテル泊まった』って回答されたら、普通こうならない!?」

 

 そして疑問提起から、一気に爆発。顔を真赤に、眦を吊り上げて、食卓を叩くようにして半ば立ち上がりながら叫んだエリカ。ただし、対面の沙織も顔を真っ赤にして叫び返す。

 互いに遠慮無用の叫び合いは戦車喫茶の時と同様だが、内容の方向性(ベクトル)と深刻さがちょっと虚数方向に違い過ぎた。

 

「……ねぇ。確認したいんだけど、私そんなに勘違いされそうな言動してた?」

「……してたと思うなぁ。聞いてたの私だけだから、私主観だけど」

「…………今日、私が死んだら。死因は『自己嫌悪』って感じで書いといて貰える?」

「…………どこにその死亡診断書出せば良いの?」

 

 違いすぎるのは方向性(ベクトル)もそうだが、叫んだ後の対応も同様だ。あの時は両者ともに脳裏を駆け巡っていたのは怒りだったが、今回各々の脳裏を駆け巡っている成分は羞恥と脱力感と自己嫌悪の三身合体である。成分分量は互いに違うが。

 ぐったりした様子で、ただし顔を赤くして項垂れ、食卓の前に座り直すエリカ。その対面に、なんとも言えない半笑いのような表情で、沙織が同じく座り直す。勘違いさせた側、勘違いした側。前者は羞恥と自己嫌悪が強く、後者は虚脱に似た脱力感が強い。

 食事も途中であり、両者の間にある肉じゃがを中心とした温かい食事から立ち上る香りが鼻孔をくすぐるのが、またこの場の空気をなんとも言えない微妙なものとしていた。

 

「うん、まぁ……。コレ勘違いした私も悪かったんで、ゴメンって感じでどう? ほら、ヘリの操縦とかって集中力使いそうだし、会話の細かいニュアンスとか気にする余裕とか無かっただろうし」

「……お気遣いありがとう。あと、その勘違いは絶対にオフレコで……。変な噂になっちゃったら、宮古先輩にもご迷惑が……」

「……あー」

 

 なんとか場を纏めようと、努めて明るく沙織が会話を再開するが。エリカから懇願するように言われた言葉に、沙織の背に冷や汗が滲む。

 

 ―――そういえば、と思い出す。

 途中から並んで料理やら、ついでの雑談やらで盛り上がり、すっかり忘れかけていたのだが。婉曲な形とは言え、彼女はエリカを家に案内する前に、もう一人の当事者と言える修景に事実確認のメールを送っていた。

 あの後で現場に残っていた五十鈴華や、大洗側の責任者と言える角谷杏生徒会長に、事の経緯と当座は心配無いという内容を電話をしていた際に、そういえばスマホが振動していた気がする。

 

 柳眉を下げて懇願するような様子のエリカに対し、『ちょっと待って』と冷や汗混じりの言葉を向けてから、沙織は料理の間は手を付けていなかったスマホを取り出し、メール画面を開く。

 宮古修景からのメール―――2通。題名は沙織が送ったメールの題名に『Re』が付いただけの返信のものと、そもそも題名がない無題の2通。間に1時間ほど空いている事を考えると、恐らく焦れたか何かの理由で送ってきたものと考えられる。そして、題名からの内容の推察は全く不可能。

 

(―――逸見さんの言葉選びと私の勘違いだったんなら、ここで完結できれば良いんだけど。変に拡散していたら……!!)

 

 これ以上ややこしくなってくれるなと願いながらメールを開いた沙織は―――

 

「…………………。逸見さん、ゴメンね。流石に内容が内容で、お兄さんの方にもメール入れてたの。『こういう話を聞いたんですけど、事実ですか? 言ってた人に口止めしておいたほうが良いですか?』って。逸見さんから聞いたとは書いてないけど、逸見さんが他でもああいう発言してたら、それこそ言ったようにお兄さんの名誉に関わる問題になるから。お兄さんが望むなら、拗れないよう逸見さんに対して注意しなきゃ、とか考えて」

「……まさか、宮古先輩から何か?」

「何かっていうか……はい、これ」

 

 ―――呆れたような楽しむような。

 メールを読むうちに徐々に口角が上がり、先程までの悲壮な空気とは違って興味を隠しきれない表情で、沙織はスマホそのものをエリカに差し出す。

 顔を青くしたエリカの目に映ったのは、修景から沙織への返信内容。一通目をエリカの目が追い終わったのを確認してから、沙織は二通目を表示する。

 

『武部さん、まずその内容は他言無用で。あと、悪いけどその内容を言ってた奴と俺で直接話出来るようにしてくれないか? こんなん吹聴されてみろ。逸見さんが何言われるかとか、どんな目で見られるかとか、分かったもんじゃない。

 大洗からすりゃ、そりゃ思う所ある相手かもしれないけど、こんな噂流されて良いような人じゃない。みほの事もスゲェ心配してたし、今回真っ先に動いてくれたし、基本は良い人なんだよ。今は色々と整理ついてないみたいだけど、俺やまほがみほと会うのは後押ししてくれてるし。

 とにかく、放置できないから早めに返信くれ。ンな噂流した奴と、話付けさせて欲しい』

『早めにと言ったが、やっぱ可及的速やかに頼む。急かすようで悪いが、どうにも俺、まほが何事かあったのかと聞いてくる程度には苛立ってるらしい。まだ病院に居るのか分からんからメールにしとくが、明日までに返事来なければ朝9時頃に電話する』

 

 二通のメールを見終わって、エリカが目を白黒させているのに対し。

 今度こそは『恋バナ』に向けた興味を前面に出して、武部沙織が心底楽しそうに笑ってみせた。

 

「……ねぇ、逸見さん。実は、お兄さんからすっごい大事にされてない!? ない!? いや、あるよねこれ、やだもーっ!」

「……うっさい! ああもう、コレ、先輩にどう弁明すれば良いのよ……!!」

「本人と話ができるようにって頼まれてるし、『今、本人から連絡が行きます』って返信するね! 勘違いしたのは後でお兄さんにも謝るけど、とりあえずその内容だけ今送っちゃうから!」

「本人って私じゃない! あああ、何を言えば良いのよ!? っていうか早っ! メール打つの早っ!!」

 

 目にも止まらぬ早業と言っても良い速度でメールを書き上げる沙織。女子高生らしいというべきか、メールやLINEの早打ちが得意技だ。食卓の対面に座る顔を赤くしたエリカが止める間もなく、メールの送信が完了する。

 そして、『今から本人から連絡が行く』という内容が修景に飛んだ以上、同時に問題を発生させた『本人』である以上、知らぬ存ぜぬは通るまいと。エリカは生真面目な彼女らしく、何かを修景に言うべくスマホを立ち上げる。

 4月に会って以降、様々なやり取りをするようになったLINE画面を立ち上げるが。しかし何を言うべきか、頭の中は整理がついていない。修景から沙織への返信内容が、何度もエリカの頭の中をグルグル回る。混乱していると同時に、どこか浮ついた感情が踊っている。

 それでも何か伝えようと手を動かし、沙織と比べるとノロノロとした速度で、右往左往するように、推敲の余裕も無く迷いながら送った文面は以下の通り。

 

『どうも、本人です』

『ヘリの中で言葉足らずで武部さんに誤解させてしまったみたいです。ご迷惑をお掛けしました。武部さんも妙な噂が立たないよう気を回そうとした結果みたいなので悪くは……いや、私も悪いですけど誤解した側も悪くないですかコレ? えぇと、いえ、それよりも』

『先輩、ご心配お掛けしました。……ところで、肉じゃがとか好きですか?』

 




 多分、この後さんざん恋バナのノリになった沙織に絡まれるエリカ。なお翌々日には黒森峰の試合なので、翌日にはヘリで会場に戻る模様。
 勘違いネタというよりは、関係性へと一石を投ずる為のものでした。武部さんは爆発物処理班から婚活戦士へ出戻りクラスチェンジをするようです。

 ……原作キャラが原作と違う行動、思考、言動に至る場合、その経過や理由をちゃんと書こうとはしてるんですが。
 上手くやれてますかね。謎。

2019/04/18
 黒森峰の試合時期について。「原作でみほ達が冷泉殿の祖母のお見舞いに行った次の日にプラウダ、次の次の日に黒森峰が試合」っぽいので、それに合わせて表記を修正。

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