西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 ちょっと思ったより本編が書き進まなかったので、今回更新は閑話で。
 本編、2019/04/18現在で4000文字ほど。今日中にちょうどいい区切りまで進めて更新するのは難しいかなと判断しました。

 なので今回、3500文字ほどの過去ネタでお茶を濁します。宮古&逸見さんが街歩きして、とある戦車道女子と遭遇するのはまた次回。


閑話:宮古少年の料理

「師範、ご相談があります。業務時間中に申し訳ありません。戦車道とは関係がありませんが、喫緊の話です。今、お時間は取れますか?」

「……喫緊の?」

 

 時は昔の西住家。娘達が黒森峰女学園に入学する前。そしてその後に妹の方が大洗に転校するずっと昔。

 未だに姉妹、そして血の繋がりの無い兄にして弟である少年が、小学校に通っていた頃だ。そして、西住まほと宮古修景が、各々の学園艦に進学する前の最後の冬である。

 

 いつの時代も、子が離れて一人暮らしをするとなると親は心配するものであり。あまり表に出さないが、西住しほも当然のように娘、並びに息子同然と扱っている少年の学園艦生活を心配していた。

 なにせ初めての一人暮らしだ。当の彼女をして、当時を思い返せば上手く行かなかった事というのは枚挙に暇がない。学生寮に住むことになっても、実家ぐらしと比べて格段に『自分でやらねばならない家事』という事は増える。

 

 少しでもそういった事で苦労がないようにと、しほの方針で戦車道の指南とは別枠を取り、西住家では家事の心得なども急ピッチでまほと修景へと仕込んでいた。

 西住家の宗家として、そして師範として、しほとしては戦車道も疎かに出来ない。結果的に結構なハードスケジュールとなっているまほなどは、目に見えて忙しそうだが。

 それでも自分の同時期よりは家事の覚えが良いと、家事の方を頼んでいる菊代から話を聞いて内心で喜んでいる辺り、なんとも不器用な親子の愛情であった。

 

 その菊代から喫緊の報告。何事かと思い、しほの目線が険しくなる。いつも険しいので、『もっと険しくなる』と言った方が言語的にはより正しい。

 どう考えても菊代に担当を任せていた家事関係の案件だと察し、しほは手元の書類を片付け、重々しく続きを促す。

 

「良いわ。続けなさい」

「ありがとうございます」

 

 菊代が出された許可に深々と礼をする。戦車道第一の女傑でありながら、そして師範としての業務時間中でありながら、『戦車道とは無関係』と明言されたそちらを優先する辺りに情が見える。

 ただし、それを外から察することは非常に難しく。人付き合いの不器用さが遺伝した娘達にも上手く伝わっていなかったことで、様々な問題が発生したり修景が駆け回ったりする事になるのだが―――この時、問題を発生させたのはむしろ修景の方であり。

 

「こちらを」

「なにこれ」

「学園艦入学前の家事修行で、修景くんが作った焼きそばです」

 

 しほの前に、菊代が後ろ手に持っていたものをそっと差し出した。ラップをかけられ、湯気によってラップの内部が白く曇った、皿に盛られた焼きそばである。

 喫緊とは。眉根を寄せて困惑するしほが、少し棘の混ざった言葉を友人にして使用人である女性に向ける。

 

「……伸びる前に食べろとか、そういうのは喫緊とは言わないと思うのだけれど」

「伸びてしまっては、『伸びたせいかな?』などと考えて問題を正しく理解できない可能性もありますが……。とにかく、食べてください。恐らく師範も喫緊という内容が理解できると思います」

「ふむ。……出来れば次は、まほのが良いですね。みほにも今度作らせてみようかしら。その時は常夫さんも一緒に時間を取れるようにして―――」

 

 気が抜けた様子で、しかし目の前の友人の緊張感漂う態度に対して違和感を感じながら。今更『要らない』とまでは言わず、しほは執務机に置かれた皿からラップを剥がし、一緒に置かれた箸で焼きそばを摘み上げた。

 

 ―――我ら同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん。

 

 そんな幻聴が聞こえるくらいの強固さで、焼きそばが一塊のまま箸の先で皿から浮いた。具材として添付されていた野菜や肉がパラパラと皿に落ちる。

 

「えぇ……?」

 

 調理の際に油の代わりに糊でも使ったのかという強固な一体感を見せる焼きそばに対し、しほが珍しく困惑の声をあげる。この女傑がこの手の声を出すのは本当に珍しい。

 その様子に重々しく頷きながら、問題(焼きそば)を持ってきた菊代は、促すように言葉を続ける。

 

「どうぞ」

「……どこから?」

「ガブッと」

「はしたなくない?」

「でしたら、ナイフとフォークを持ってきます。ある意味で非常に優雅な雰囲気が出るかと」

「向かい合っている皿の上に乗っているものを目に映さなければそうなるでしょうけど……。いえ、良いでしょう。しかしこれは、どうやったらこんな……」

 

 首を傾げながら、しほは左右を確認する。娘息子には見せたくない光景であるし、親しくない相手に見せたい光景でもない。生まれから、そして当人の性質から、彼女は他人に弱味を見せるのを極めて嫌う。

 自分の一挙一動が『西住流』の名誉に関わっている事を自覚しているからであり、同時にそれでもやっていけるだけの精神的なタフネス・強度があるからこそ、夫や眼前の友人のようなごく親しい相手に時々弱味や本音を見せるだけで済むからであり。

 結果的に弱味になるような恋愛パンジャンドラム案件などは―――まぁ、若さ故の過ちとして。意識的にも無意識的にも他人に弱味を見せないように立ち回る傾向がある西住しほは、菊代以外の人間が周囲に居ない事を確認してから、目の前の塊を―――ただし一応、出来るだけ楚々とした動作で―――小さく齧った。

 

「なにこれ」

「焼きそばです」

「釣りの疑似餌みたいな食感なのですが」

「師範、疑似餌食べたことあるんですか?」

「幼少期に祖父がテーブルに並べていたものをグミキャンディかと思い。しかし端的に言ってゴムではないですか、コレ」

「端的に言ってそうですね、コレ。材料は焼きそばですが」

 

 菊代は深々と溜息。しほは歯形が残った―――つまり、噛み切れなかった焼きそばの塊を皿に戻す。防御力が高すぎた。否、そもそも防御力という表現は料理に対する評価であるべきなのだろうか。

 ともあれ、『喫緊』と語られた理由の一部を察したしほは、菊代に対して再度鋭くなった目を向ける。彼女の中で、一つの結論が付いた形だ。困惑は既に無い。『どうやったのコレ』という料理ができる人間だからこその疑問はあるが。

 

「なるほど。これは問題ですね。修景には食べ物で遊ぶなと、キツく言わねばならないでしょう」

「いえ、師範。問題の本質はそこではありません。それならば私から言えば良いだけの話です」

「……では、どのような?」

「真面目に作った上で、『自分で食べる分ならこれで良い』と修景くんが自信満々に自己満足しています。安く手間を省いて栄養取れればなんでも良いやと、もう一皿自分用に作った分は自分でさらっと平らげてました」

「嘘でしょ」

「味音痴……というわけではないようですし、美味しい物を食べた時は美味しいと喜ぶのですが。不味いものを食べる事に抵抗が無いと言いますか……。『他人へ出す』前提ならば、袋に書いてある調理法通りに作るので最低限の物は出来ていた為、問題の発覚が遅れました」

 

 自由奔放な言動と行動で、彼女たちを翻弄してくれた悪友の忘れ形見。今は西住家で西住姉妹と姉兄妹同然に過ごしている少年が、やはりあの癖毛の悪友の実子なのだと実感する。無自覚に掻き回しに来る辺り、ある意味では悪友よりも性質が悪い。

 味覚の問題に明確な正義と不正義は存在しない。敢えて言うならば自分でも不味いと思うようなものを他人に出すようであれば矯正が必要なのだろうが、自分で不味いと思うものを自分で作って自己消費することに本人が納得しているならば、そこをどう矯正しろというのか。

 むしろ、他人へ出そうと作ればそれなりになるだけに、自ら望んで味を求めるよりも手間を省く方を優先して舵を切った結果であるとすら言えそうだ。

 

「……どうしましょう」

「……どうしろと」

 

 困ったように柳眉を下げる菊代。歯型の付いた焼きそばの塊を前に頭を抱えるしほ。なお、この手の家事はまほが姉兄妹の中で一番そつなくこなし、妹の手際や技量は当時の母に近いレベルだと、後日明らかになる事になる。

 結局、悩んだ上で修景と幾つかの問答をした末に、しほが出した結論、並びに修景に提示した学園艦に通うに当たっての条件は一つ。

 

『週に一日は外食日を作りなさい』

 

 修景は『経済的な事を気にせず楽しむ日を作ること』という、自らの後見人からの意思表示と受け取り―――そしてそれは高校卒業間際でも変わっていないのだが。

 本質は『手間と値段だけしか見ない、疑似餌の親戚みたいなものを自己消費し続ける事で、修景の味覚がおかしくなる事を懸念した物』である事に、少年は未だ気付いていないのだった。

 

 幸いにしてその効果か、未だに宮古少年の味覚は正常。自炊する分には不味かろうが安くて手間を省く事最優先という悪癖も残っているが。

 現状、彼は肉じゃがも好物である。




 次回更新は2019/04/25で。次は本編更新です。
 今回は箸休め回という事でご了承ください。申し訳ござらん。

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