西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 生きてました。なんかスイマセン。


少年、ウクレレに興味を持つ

 ファミレスにて、不思議な集団が2つ連結させたテーブルを占拠していた。相席を店員に頼んだところ、気を利かせてテーブル2つを繋げてくれた形だ。

 幸い、ランチタイムと呼ぶにはやや遅く、混み合う時間帯ではない。テーブル2つを使っても、他の客や店の迷惑になることはないだろう。嵩張る物体(カンテレ)を持つミカが居るために、『詰めれば3人並んで座れない事もない』という広さのテーブル1つではやや狭苦しいのである。

 仮にそうなってミカがカンテレを弾き鳴らす場合、『ポロロン』の音1つの対価として隣の人間が肘を1発貰うことになる。ミカのカンテレはテーブルや膝に乗せて両手で爪弾くことが多いため、犠牲者は右隣のミッコか左隣のアキであろう。長身のミカと矮躯の残り2名という体格差があるため、最悪の場合は体勢次第で肘が顔面に突き刺さる可能性も否定できない。

 

 幸い、2つのテーブルを連結したため、車間距離には余裕あり。テーブルの中央に鎮座するカンテレとその所有者(ミカ)が最も大きなパーソナルスペースを確保しており、互いに邪魔にならない程度の距離を取って、左右にアキとミッコが並ぶ陣形だ。

 対面の宮古修景と逸見エリカという両者の間も微妙な車間距離を置いて座っているが、こちらは肘鉄が入らない安全距離というよりは、互いに微妙な意識からくるものだろう。

 両者がこれまでファミレスや電車で同席した場合には、西住まほという姉にして隊長が居て、エリカの対面・修景の横に座っていたため、こういった席で並んだ事はない2人である。敢えて言うならば先日の大洗戦を観戦していた時は横並びであったが、大モニターを見て観戦するという状況で無理に対面を取って座る場合、片方は画面が見えずに片方は相手が障害物となって画面が見えにくいという、『お前ら何しに来た』という陣形になるので別枠だ。

 

 そして、その両者の微妙な距離感やら、黒森峰女学園という名門の副隊長が男連れで歩いていた事やらに対する継続高校の反応。ミッコとアキの両名としては、前者はあまり隠さず、後者は恐る恐るという様子ではあるが、表情から興味が漏れ出ている。

 一応は席につくまでの間に簡単な自己紹介程度は済ませており、西住家の長男(暫定)程度の話は聞いているが、エリカ個人とランチに来る間柄になった経緯や両者の関係までは聞いていないからだ。むしろ、『宮古姓の西住長男』という立場の事を半端に聞いただけに想像の材料が供給されてしまい、興味が助長されているともいえる。

 

 とはいえ、全員が財布を持たないままファミレスで昼食をとっていたという経緯から、修景に奢ってもらうという流れになりつつある身として、アキもミッコも露骨で下世話な興味は口には出しにくいようだ。

 なお、本人たちはミカに比べれば常識人を気取っているが、『一旦借りて後で返す』という発想がミリも無く、『奢ってもらう』という結論で確定している辺り、双方ともにイイ根性をしているといえるだろう。プラウダの副隊長辺りが居たならば、『さすがは継続高校』と嫌味を言ったかもしれない。

 

 一方、修景の目は物珍しそうに、ミカのカンテレとミカ自身を交互に行き来している。こちらはさして興味を隠す様子も無いため、当然ながら見られているミカ自身もそれに気付く。ファミレスという場である事も考慮して、彼女は文字通り爪弾く程度に、指先だけで『ポロロン』とカンテレを小さく鳴らした。

 

「宮古さんだったかな? 女子とのデート中に、あまりしげしげと他の女子を見るものじゃあないよ。それとも、楽器に興味が?」

「え? あー、申し訳ない。いや、珍しい形だなぁと。その―――」

 

 そして、同じ継続高校でも矮躯の2名と違って長身の方の継続高校は、飄々とした様子で遠慮もなくからかいの言葉を口に出す。傍観者めいた立ち位置を気取り、達観した雰囲気を持ったミカは、良くも悪くもひたすらにマイペースだ。遠慮なく投げつけられたからかいに、エリカの頬に朱が差した。

 デートという内容を否定すべきか、しかしあまり強い否定だと隣の相手に対して失礼ではないか。そもそもデートならば学生服ではなく、もっと良いものを着てきたかった。

 エリカがそれらの混乱した思考を口に出す前に、しかしデートという言葉に意識を向けるよりも、カンテレに対して興味津々といった様子の修景が返答する。否、この場合はこの表現は、文章的に不適切だろう。

 

「―――ウクレレ」

「―――………………は?」

 

 先の文章に対して訂正を入れ、より正確に表現しよう。

『エリカがそれらの、割と混乱した思考を口に出す前に、しかしデートという言葉に意識を向けるよりも、ウクレレ(カンテレ)に対して興味津々といった様子の修景が返答する』。

 概ねこのような形となる。

 

 ちなみに、カンテレは形状としては琴に近い。フィンランドの伝統的な民族楽器だ。木の板に弦を張った、ツィター属に属する撥弦楽器にあたる。弦の数は5から40までで、弦の数が少ない場合は当然のように小型になり、逆にコンサート用のカンテレなどは40弦近く複雑な構造になっている。ミカが使っているのは10弦ほどの持ち運び用だ。

 ウクレレはギターやリュートに近い4弦の弦楽器。知っている人も多いだろうが、ハワイ発祥の楽器であり、陽気なハワイアン音楽に使われる。アロハシャツと合わせるとよく映えるだろう。

 北の山国であるフィンランド。南の島国であるハワイ。当然ながらその2つの国を代表する楽器であるカンテレとウクレレに共通点はない。

 

「宮古先輩、それ別の楽器です。そこの人が使ってるのは、カンテレですよ」

「マジか。だって、弦あって同じ4文字だから……」

 

 ―――訂正。人によっては共通点があるらしい。

 彼女にしては非常に珍しい『絶句』という反応を見せるミカ。ミッコ、目を丸くしてミカの横顔を見る。アキ、下を向いて口元を抑えた。ややウケである。

 

「……物事は、主観によって形を変えるものだからね……」

「ああ、なんかゴメン。まほから『継続高校の今の隊長は、常にウクレレを持ち歩いている』って聞いてたんで、それ変わった形のウクレレだなーと……。あと、なんか勝手にアロハ着てそうな印象持ってたわ」

 

 そして、ミカがなんとか立ち直って発した言葉に対して、続けざまに放たれる爆弾発言。名門校の隊長であり、凛とした表情が印象的な西住長女から繰り出される天然ボケが時間差で着弾し、ミカの表情は飄々とした笑顔のままで硬直する。よもや自分は西住まほに、『陽気にウクレレをかき鳴らすハワイアン』のような印象でも持たれていたのか。

 硬直したミカの左隣、ミッコはミカの顔と修景の顔の間に視線を彷徨わせながら、オロオロと右往左往。右隣のアキ、『ぶはっ』という声がしたかと思うと、テーブルに突っ伏すように身体を『く』の字に折って震え始めた。大ウケである。

 

「宮古先輩、恥ずかしいからやめてくださいよ。楽器とか興味無いんですか?」

「自慢じゃないが、文化祭の時にクラスの出し物でバンドやると決まった時に『演奏できる楽器』のアンケートが来て、『メトロノーム』って答える程度には音楽駄目だぞ俺」

「それ楽器じゃなくて一定のリズムで音を出す音楽用具です」

「いや、なんか書いたほうが格好つくかと思って書いてみたら、それ持ってバンドステージに立たされた」

「無法地帯ですか先輩の学園艦」

「書いたやつは全員それで出ろとかいうヤケクソ気味のノリだったんで、木魚やカスタネット、最悪ケツドラムなんかで参戦したやつも居たんで、俺はまだ大人しい方だったぞ」

「無法地帯ですね先輩の学園艦」

 

 丁々発止。座った時のぎこちない様子はどこへやら、話している内にいつもの距離感が戻ってきた様子の宮古少年と逸見少女のやり取りは平常運転だ。

 宮古少年は話しながらもテーブル備え付けのメニューを手に取り、エリカの前に差し出しており、エリカの方は『目上が先に選べ』とでも言いたげにメニューを押し返すが、修景は譲らず更に押し返す。

 困ったように眉根を寄せたエリカが彼に対して目礼し、メニューへと視線を落とした。まず彼女のほうが注文せねばならないと察したのだろう。この辺りはご令嬢(おじょうさま)であるエリカが修景やまほを『目上』と意識して行動するのに対して、修景が後輩でもあり女子でもあるエリカを優先するというスタンスのため、毎度やられるやり取りである。

 

 勿論、テーブルを2つ連結しているので、備え付けのメニューは2つある。手を伸ばしてもう1つのメニューを手に取った修景は、しかし開いたメニューを継続高校の3人の前に置いた。ドリンクとデザートのページである。

 

「えーと、宮古さん?」

 

 どういう意図かと困惑しながら問いかけるのは、蓮っ葉ともいえる勝ち気なミッコ。しかし、普段の勝ち気さが困惑で薄れた彼女らしくない反応である。無理もあるまい。

 隣りに座っている飄々とした隊長兼車長は、珍しくペースを崩されての、笑顔のままでの硬直。更に向こう側の友人兼装填手はテーブルに突っ伏すようにして笑っている大ウケ状態という混沌。この状況に困惑しないようであるならば、齢18を待たずして不惑の境地にあると言えるだろう。

 『このメニューは?』と言外に込められた意図を察して、修景は小さく頷く。

 

「帰るっていうならそっちの伝票は置いていってくれていいし、俺らが帰るのに合わせるなら、それまで何も食べない飲まないってのは口寂しいだろ。なにか頼むならどうぞ」

「……良いのかい? それなら、お言葉に甘えよう」

 

 そして、その言葉に素早く反応したのは、『なにか頼むならどうぞ』の言葉によって硬直からやっと立ち直ったミカ。デザートとドリンクのページからパラパラと数枚捲くり、迷いなくサイドメニューを見始める。

 

「ポテトフライ大盛りと……ソーセージ盛り合わせ。飲み物はぶどうスカッシュかな。ミッコとアキはどうする?」

「うん、まだ食べるのかとか、他人の金だぞとか、どこから突っ込んで良いのかわからないから待ってね。―――ミッコも横からサイドメニュー見て悩まないで! せめてドリンクだけとか、そもそも遠慮して帰るとか!」

「いや、もう色々味わい深くなってきたから構わんけど、この芸風」

 

 財布を誰も持ってきておらず、たまたまやってきた別に友人というわけでもない知人の更に知人に奢ってもらう流れで、迷うことなく大盛りのポテトフライを頼むミカである。流石に笑ってばかりもいられず、アキが飛び起きて止めに入った。或いはミカとしては先程のウクレレのやり返しもあるのかもしれないが、どちらにしても相当の剛の者であることに違いはあるまい。京都でぶぶ漬けが出されたならば、飲み干してからおかわりを要求できるだろう胆力である。

 

 流石は継続高校。伊達にプラウダ高校から、『お前らのKV-1はウチから持っていった奴だろ』と異議を唱えられてはいない。実際持っていったやつなのであるが、継続高校側の主張は『快く貸してもらった』であり、諸々の条件を確認して戦車道ルールの敵艦への偵察等の各種条項に照らし合わせるとギリセーフではある。あるのだが、他校の戦車を拝借して試合に引っ張り出す根性は中々のものだ。

 その辺り、そもそも揃いのパンツァージャケットも用意できずにジャージで試合に出ている継続高校なので、貧乏校・弱小校なりの言い分もあるのだろう。というより、プラウダと継続のこの手のやり取りは今の代に始まったことではないので、伝統芸やお家芸、じゃれ合いの感覚もあるのかもしれない。本拠地が近いこともあり、互いに縁が深い学園艦なのである。

 

 なお、見た目の印象と違って食い意地の張ったミカの態度に対して、エリカは物言いたげな表情を見せているが、支払うのは彼女ではなく隣の癖毛だ。それを理解しているが故に、エリカも下手に嘴を差し込むような真似はせず、自身は無難にハンバーグ定食を選択する。選択が終わったメニューを隣から渡された修景は、ろくに見もせず日替わりセットである。

 この両者は基本的に、どの系列のファミレスに行こうが注文が一貫している。同級生に『ハンバーグ殿』と呼ばれる偏食家と、そもそも食事に拘りがなさ過ぎる奴の組み合わせだ。ハンバーグがあればそれを選ぶし、日替わりがあればコスパが良いのでそれでいい。わざわざ毎度メニューの押し付け合いをやる意味があるのかと、西住まほが同席していたならば思っていただろう。

 

 そして、珍妙な一団を代表して、修景が店員に対して注文を告げてから。料理が来る前にカンテレを空席に避難させたミカが、継続勢が揃って持っていた疑問を今更ながらに口にした。

 

「―――ところで今更だけど、相席でいいのかな? デートの邪魔なら、席を分けるけど」

「んブッ……!?」

 

 わざわざエリカがお冷を口に含むのを待った上での疑問提起である。悪戯心が7割、カンテレ(ウクレレ)の報復が3割といったところか。ウクレレ(カンテレ)の傷は深い。

 吹き出しかけて気合でこらえたエリカが、口元をナプキンで抑えながら涙目でミカを睨む。デート誤認案件も、わざわざ飲み物を口に含んだタイミングでそれを言い出されたのも、双方ともに2回目だ。抽選会の日に紅茶族と遭遇した際の経験が生きたか、今回は鼻から吹き出すような真似はしなかったエリカであるが、こんな対応幅が狭すぎる経験値などこれ以上は積みたくないところだろう。

 故に必然、身を乗り出すようにしてエリカは元凶(ミカ)に対して声を荒げる。ただし、黒森峰女学園学園艦のレストランで『よほど苦しんで死にたいようだな』という副音声が聞こえる営業スマイルを同級生から向けられた経験から、小声で怒鳴るという離れ業だ。

 

「あのねぇ……! どいつもこいつも、人が宮古先輩と一緒に歩いてたらデートとか、恋愛脳過ぎるんじゃないの!?」

「そうかな? 主観と客観の違いを確かめるのは重要なことだよ。自分にとっての事実が、他者から見た事実と同じとは限らない。私は私の主観が正しいかどうか、確かめたに過ぎないのさ」

「客観って―――……」

 

 そして、煙に巻くようなミカの言葉に対して食って掛かろうとしたエリカであるが、言いかけた言葉が宙に消える。掛かられる側のミカが首を傾げるほどに唐突に、エリカは愕然とした様子で呟いた。

 

「……客観的にはこれ、デートに見えるの?」

「カンテレをウクレレと認識するよりは、ずっと容易くそう見えるだろうね」

 

 ウクレレの傷は深い。

 

「違うならば良いんだ。私はただ、ランチを快く奢ってくれる相手のそういった時間の邪魔をしたくなくて確認しただけだから」

「いや、姉……えーと、西住まほ絡みの話というか、そういう色気がある話なら俺ももう少し良い服着てきたというか……」

「私もですよ!? よそ行きの私服とかちゃんとあるんですからね。そりゃ、先輩と出歩く時はだいたい制服ですけど……」

 

 誰に対する言い訳なのか、目線を左右に彷徨わせながらの修景の言葉に対して、エリカが更に言い訳を被せる。大洗にヘリを飛ばした一件の影響である。

 『エリカが根も葉もない悪評を囁かれた事に対して、自分でも驚くほどに激怒してしまった先輩』と、『そういう悪評を自分が囁かれていると知った際の修景の反応を見てしまった後輩』は、結果として互いに対する距離感を見失っていた気配があった。

 それ故、西住まほ(姉or隊長)は『拗れる前に一度話し合わせた方が良いのでは?』という対応に出て、今回このように2人で街へと送り出されたわけであるが。ミカの言葉が呼び水となり、まずは修景が恐る恐るといった様子で言葉を放つ。

 

「そもそも、そういう話以前に……。俺としちゃ、勘違いで暴走して逸見さんを不快にさせてないかが気になって仕方ないんだよな。アレは本当にすまなかった」

「LINEでは何度も謝ってもらったじゃないですか。……えーと、嫌だとか不快だとかそういうのは無いです。案じてもらったわけですし、むしろご心配をお掛けしました。逆に、私の言葉選びのせいで、先輩にあらぬ誤解が生じかけてしまって……」

「いや、それは別に良いんだけど」

「良くないですよ。……ああ、でも、案じてくれてありがとうございました」

「あ、いや、うん……どういたしまして?」

 

 やっと言うべき言葉、話すべき会話に到達したいうことか。互いにここに来るまで切り出せなかった会話を口に乗せ、互いに持っていた『相手に迷惑を掛けたのでは』という不安を解消していく。

 見失っていた距離感が、互いに心のつかえを吐き出すことで、徐々に再構築されていく。その距離感が以前よりも近いということに、本人たちは気付いていない。

 

「………」

「………」

「………」

 

 その会話を聞かされている継続高校3名の、フィンランドの冬にも劣らぬ冷めた視線にも、向けられている本人たちは気付いていない。更に言うなれば、ごくごく小声で交わされる相談も。

 

「……アキ、ミッコ。こういうのはからかって遊ぶべきか、そそくさと席を立つべきか、どっちが良いと思う?」

「下手につつくと胃もたれしそうだから、私はそそくさと去りたい。ミッコは?」

「あたしも同感。こういうの見るのは漫画だけでいいわ」

「よし、意見は一致したね」

 

 相談、終了。からかって遊ぶより離脱したいという事で全員の意見が纏まった継続勢は、頼んでしまった料理をテイクアウト出来ないか店員に頼みに行くアキと、修景らが来る前に飲み食いした分の伝票をそっとテーブルに置くミッコと、横に置いていたカンテレを手にして退出準備をするミカという形で、無言の分担行動を開始した。

 ノールックでの連携は、プラウダの格納庫から試合用の戦車をお借りする(かっぱらう)時ばりの精度である。なお、流石にプラウダ生徒に混ざって格納庫に忍び込んだ時とは違って、同じテーブルに座っていたわけであるからして、流石に同席者(修景とエリカ)には気付かれた。

 これが忍道履修者ならば隠密行動で身代わり人形でも残しての離脱も可能なのかもしれないが、あいにくと彼女たちの選択科目は戦車道である。

 

「……あれ? もう行くの?」

「うん。何やら込み入った話をしているみたいだから、無関係の私たちが対面で飲み食いしているというのもね。風に吹かれて、去っていくとするよ。あ、伝票ここに置いておくし、今さっき頼んだ分はテイクアウトするから、支払いはよろしく」

「風に吹かれて行くのに支払伝票だけ残していくとか超シュールぅ……」

 

 気付いて顔を上げたエリカの問いかけに、ミカが手元のカンテレ(ウクレレじゃないもの)を小さく爪弾きながら答える。そして、シュールだと指摘しながらも置かれていた伝票を手にとった修景が小さく目を見開いた。伝票に書かれていたメニューの量と金額が、女子高生3人で食べる量ではなかったのだ。修景の予想のおよそ倍額である。

 だいたい目の前でウクレレじゃないもの(カンテレ)を弾いている少女の仕業である。後に大学選抜チームとの試合の折には、他校のレーションの余剰分をごっそり頂戴した上で、アキやミッコに渡さず自分で全部食う少女だ。腹に猛獣を飼っている。

 奢ると言っていたことを今更翻しはしない修景であるが、流石に硬直した修景に気付いたエリカが横から伝票を覗き込み、そして同様に絶句した。

 

「……どれだけ食べてるのよ」

「多いか少ないかはあくまで個人の価値観だ。満ち足りる水準は人、文化、そして時代によって移り変わるのだろうね」

「太るわよ?」

「太らない」

「いや、でもカロリー」

「太らない」

「価値観は人、文化、時代で変わってもカロリーは変わらないんじゃ」

「太らない」

 

 そして、絶句しながらも辛うじて絞り出した言葉に対し、カンテレを爪弾きながら飄々と答えるミカ。もっとも、怒りというより慄きを込めてエリカが続けた一言に対しては、飄々とではなく断固とした拒否が、被せるようにして返ってきた。肯定も否定もしない言い回しが多いミカであるが、彼女なりに認められない一線があるらしい。

 

「それなら良いけど……いや、良いの? 宮古先輩、これ大丈夫ですか? 私も半額出したりとか……」

「いや、大丈夫。驚いたけど、桁が違うとかそういう領域ってワケじゃないから。……あー……」

 

 ―――そして。

 

「継続さん、貸し1つな。俺は多分会うこととかほぼ無いだろうし、返せる時に逸見さんにでも返してくれ」

「仕方ないね。承った」

「いや、何様よ」

 

 この邂逅と、何気なしに為されたこの会話が意味を持ってくるのは。

 それこそ、大学選抜チームとの試合になってからとなることを、彼らは未だ誰もしらないのであった。




 ミカの大食いエピソードは、ドラマCDから。イモから海産物からレーションまで何でも食べるイーターっぷりです。
 プラウダのKVー1を引っ張ってきてるのは、劇場版の1シーンから。この辺りは継続高校のモチーフというかリスペクト元というかであるフィンランドの冬戦争での立ち回りが元ネタのようです。
 以前ちらっと言いましたが、そもそも継続トリオが乗っているBT42からして、相当な廃品利用車っぷりです。ほんと物持ちが良い国です。
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