西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 どこかで時空が歪んでいました。1週間とは。


少女、次代の隊長としての仕事を始める

「落ち着いた?」

「……はい」

「私も流石に留年はちょっと……」

「いえ、スイマセン。本当にスイマセン」

 

 姉弟の醜い言い争いが、互いに幼少期から今に至るまでのやらかしに対する遡及的な言及という所にまで至った頃。エリカが次期隊長に明確に指名されたという混乱から、やっと立ち直ってきていた。今はまほに対してペコペコと頭を下げているところである。

 姉弟が互いに責任追及に使うために掘り出してくる過去の恥の威力は、順調にヒートアップからの軍拡競争の様相を呈しており、互いに相互確証破壊級のネタを繰り出し始める最終戦争が始まる前にエリカが復帰したのは誰にとっても幸いだったといえるだろう。

 

『で、まほ。どちらが逸見さんの成長に悪影響を与えたかについては後日ケリつけるとして、みほが居たとしても逸見さんを隊長に推すって言ってたよな。その理由は?』

「ああ、首を洗って待っていろ。―――本題に戻るが、みほ側のマイナス要因から挙げよう。みほは自己主張が出来ない。まず、大所帯の隊長としては、それが何よりも大きな欠点だ。言葉で主張せずに、いきなり自分で行動に移す」

『転校然り、救助然りか』

「……アレ、後でカチューシャがキレ散らかしていたんだ。『なんかの手段でこっちにも伝えなさいよ』『そしたら試合中断して救助出したわ』って。ただ、それをみほに言ってしまうと、余計に責める事になると思って、私の方で謝って宥めておいたが……」

 

 溜息を吐いて明かすまほの横で、エリカが小さく目を見開いた。彼女としても初耳の情報だ。つまり、隊長間のごく個人的なやり取りだったということだろう。

 プラウダも色々あったらしい。あちら側からしても、宿命のライバルを打倒しての悲願の優勝と思ったら、撃破したフラッグ車に関して『増水した川に落ちた戦車の救助にノーロープで飛び込んだ奴が居た』とかいう九死に一生スペシャルが同時開催されていたと聞いた日には、寝耳に水もいいところだっただろう。

 結果的にプラウダの勝利も、それが完全に実力によるものであるかという点について未だに疑問視されている部分があるというのは、ある意味ではとばっちりだ。

 

 一方で、みほの行動は人命救助最優先の精神から来るものであり、結果的に水没した車両の少女たちも全員無事だったというのも事実なので、カチューシャ側からの文句は行動の是非ではなく、純粋に報連相の不足についてである。

 なお、カチューシャのからみほへの評価は、この時点では行動についての正義を認めているものであり、隊長や戦車道女子としての実力についてはあまり気にしていない。みほのそれをカチューシャが認めて、『ミホーシャ』という気安いあだ名で呼ぶようになるのは、準決勝が終わってからであるが―――ともあれ。

 

 みほの行った人命救助は、人倫としても戦車道としても正しい。戦車道は戦争ではなく、淑女としての精神性を養う為の武道だ。勝利を正義、人命救助を悪と断ずるようであれば、それはその判断の規範が既に戦車道の精神から外れている。

 しほが激怒し、エリカがキレて、カチューシャから文句が出ているのは、各々『愛娘がノーロープで激流に飛び込んだ』『こっちを信用してくれればなにか出来たかもしれないのにソロでやった』『せめて人命救助を伝えてくれればよかったのに、何も言わずにやってたせいで普通に試合続行する羽目になった』という部分である。

 

 方法論で『もう少しなんかあったろ』と指摘したいという点について、これらの意見はある意味では意思統一が取れていた。更に言えば、人命救助の重要性とみほの精神性そのものの正しさは全員認めているので、また対応がややこしい。

 その事件以降に日本戦車道連盟によって幾つかの規約が改訂された点を含めて、その事件やみほの行動が無駄だったわけではないのが救いである。

 

「話が少し逸れたが、あの自己主張の弱さでは集団のトップに立って方針を決めるというのはな……。特に、黒森峰はサンダースほどではないが大所帯だ。荷が重いだろう」

「大洗では上手くやっているように見えますが……」

「サンダース戦前に少し話してきたが、大洗の戦車道チームは権力の二重構造だ。みほは確かに隊長をやっているが、あくまで現場指揮官でしかない。戦車道チーム全体での活動方針……例えば、全国大会への出場をするか否か、練習試合をどうするかなどの決定は、実質的に生徒会長が行っているらしい」

 

 この辺りは大洗の特徴的な部分であり、戦車道チーム設立の経緯から来る必然的な部分でもある。同じ『隊長』という称号でも、みほの責任と権限はまほやカチューシャ、ダージリン、ケイなどの他の学園艦の『隊長』に比べて非常に狭いのだ。

 『誰と試合をやろう』『どういう活動をしよう』というのは、基本的に生徒会長である角谷杏が決めている。それを受けて現場指揮官として考えて、具体的にどう勝つかの絵図を組み上げて実行に移すのが、現状でのみほの役割だ。

 練習メニューについても、杏がどこからどういうコネを繋げて引っ張ってきたか分からない『陸自のおねえさん』こと蝶野亜美陸尉が指導官なので、みほが個別に他を指導するような必要は薄い。

 

 ―――角谷杏がそこまで狙っているのかは分からないが、現場“だけ”に集中できるようになったみほは、姉であるまほの予想すら覆す程の力を見せ始めていた。

 大洗は既にアンツィオ高校を下し、準決勝に駒を進めている。大洗で戦車道を始めたと聞いた時には、西住家の誰であろうとも予想していなかった快進撃である。

 だが、その快進撃は黒森峰での隊長業務は不向きという評価とは相反しないわけで、エリカは眉間に皺を寄せて、“元”親友が隊長業務を行っている光景を想像する。

 

「……確かに、組織の大方針の決定とか、みほは苦手そうですもんね」

『それこそ小冊子のデザイン決定とか、複数人から別の意見あがってきたら、優柔不断さを発揮してゴチャるぞ絶対』

「想像できてしまう……」

 

 がっくりと肩を落とすエリカ。

 黒森峰でみほが隊長となり自分が副隊長で―――という布陣を夢見ていた彼女からすれば、みほが隊長職に“合わない”ということを認めるというのはあまり面白くない話だ。しかし、こういった業務をテキパキとこなす元親友の姿は、なまじ理解度が高いだけに想像できなかった。

 

 むしろ修景が言っているように、決定できずに右往左往する光景が目に浮かぶ。戦車道絡みやガチめの非常事態であれば思い切りの良い、或いは思い切りが良すぎる決断をする子でもあるのだが、日常生活では完全無欠のポワポワ系だ。

 黒森峰時代には食券の券売機の前まで行ってから悩み、後ろに他の生徒が並んできたのを見て焦ったエリカが飛んできて、『アンタこれでいいでしょ!?』と代わりに決定した事も一再ではない。

 

「こういうのは、取捨選択と決定が重要だ。そういうのを諦めると、いつぞの修景のトコの文化祭のバンドみたいになる」

「宮古先輩、なに悪いことしたんですか?」

『ハァ―――ッ!? なんで俺が悪いことした前提なんですかァ―――ッ!? 俺はただバンド会場でメトロノームと一緒に振り子運動してただけです―――ぅ!! 企画にはミリも触ってませんでした―――ぁ!!』

「いっそ悪いことしてくれてた方がマシでしたね、その絵面」

 

 話し合いの難航から意思決定と取捨選択を諦めて、数時間の激論から誰も彼もが精魂と知能指数を尽き果てさせ、半ばキレ気味に『もう全部混ぜよう』を強行した学祭のクラス開催バンド。音楽性の違いを如来の寛容さで全て内包してミキサーにかけたバンドでは、木魚のリズムに合わせてラップが歌われ、聖歌とともにケツが叩かれ、ギターソロと共にインド人(留学生)がロシア民謡に合わせて踊っていた。

 『人は分かり合える』を体現した光景と見るべきか、『ピカソが描いたゲルニカの如き地獄』と見るべきか、『若さゆえの過ち、本日在庫処分セール中』と見るべきか。観客席からのコーレスも、『やれ!』『そこだ!!』『ロー効いてるロー!』などが主流であり、ライブというより年末のK1に相応しい野次が飛んでいた。チャンネルをお間違えではないだろうか?

 誰も何も決断せず、何も捨てず、出た案をとりあえず鍋に入れて煮込むとああなる―――というのは流石に極端な例であるが。

 

 西住みほという少女は、自己主張が薄くいまいち他人の意見を否定しきれない、リーダーシップという意味では少々弱いタイプなのだ。これは強いリーダーシップが求められる、トップダウン型の指揮系統を構築する西住流と、そもそも相性がよろしくない。

 その辺り、『他人を従わせる』という方向の適性の無さは、“史実”においても全国大会後のエキシビジョンマッチで友軍と上手く噛み合わなかったり、大学選抜チームとの試合では急造大所帯の指揮において、“らしさ”が無い堅実な作戦を選んで失敗したりと、大洗で才能を開花させた後の彼女にも散見される弱点だ。

 

 その点、大洗単独で考えれば角谷杏という実質的なリーダーが別に居て、みほ自身は現場指揮に専念できる。

 加えて結成の経緯が経緯であるために、気心が知れていて連帯感が強く小規模なチームだ。みほにとってはお誂え向きに、全力を発揮できる環境なのだろう。

 

「エリカも副隊長になって分かっただろう。大所帯のチームの隊長格となれば、戦車道に直接関わる事以外にも、やる事が多い。そうなってくるとな……」

『去年はみほが副隊長だったんだろ。そういう業務はどうしてたんだ』

「……多少割り振ってはいたが、なかなか上手くいかなかった」

 

 弟の言葉に対して、苦虫を噛み潰したような言葉を返す姉。『たられば』の話になるが、もしも昨年の全国大会決勝戦での諸々のトラブルが無かった場合、来年以降の事務方の業務については色々考える必要があっただろう。

 ともすれば、みほが隊長となった場合にも副隊長となっていただろうエリカに前倒しで教育を施し、彼女が受け持つ形になっていたのかもしれない。

 ともあれ、話を一通り聞き終えて、エリカは自嘲するような笑みを零す。

 

「納得しました。みほでは向かないというのも、こういう業務をやってみている今なら、分からなくもないです。業務と離れた……それこそ、宮古先輩のお母様のような独立遊撃手みたいな独自判断で試合に絡める戦闘単位としてなら、みほは凄く頼れるんでしょうけどね」

「そうだな。で、みほの向いていない点は納得してもらえたと思うので、次はエリカの向いている点」

「え?」

「……エリカ、そこでそんな『話は終わったと思っていた』というような反応を返さないでくれ。みほが向いていないという話は終わったので、次はエリカが向いている点の話だ。評価点と言い換えてもいい」

 

 そして、自嘲げかつ『話は終わった』とでも言いたげな態度を見せていたエリカに対し、鉄面皮の彼女にしては珍しく、明確な渋面を作ったのはまほの方だ。

 逸見エリカという少女が副隊長になっているのは、消去法でもなければみほの代替というわけでもない。西住まほは、逸見エリカを高く評価している。そして他ならぬエリカこそが、前任であるみほを高く買っているからこそ、自分をあまり評価していない。

 黒森峰女学園の次代の隊長の自己認識としては、あまりよろしくない。早めに是正しておきたいというのが、まほがこの場で修景も交えてこの会話を開始した理由の一つだ。

 

「……あるんですか? いや、そりゃ他の子を差し置いてこの立場に抜擢されましたし、腕そのものは立つとは思うんですけど」

 

 困惑した表情で、概ねまほの予想通りの言葉を返すエリカ。彼女もその辺りでは一定のプライドがある。

 事実として戦術指揮でも車長としての能力でも、黒森峰女学園において逸見エリカは西住まほに次ぐ立場を確固たるものとしているのだ。“だから”、みほが転校した結果、繰り上がり式に副隊長になったと、彼女自身は考えてしまっているのが難点なのだが。

 

「エリカが次代の隊長に相応しいと考えている理由は、勿論ある。単純な戦術力や車長としての力量もそうだけど……みほが黒森峰の隊長に向いていないからの消去法じゃなく、今のエリカは自分の戦車道を探し始めている。それは、各学園艦の隊長格にこそ求められる姿勢だと、私は思っている」

『大洗とサンダースの試合の後の、ヘリの一件とかか?』

「うん。みほの頬を叩いた点だけは頂けなかったが、それ以外はまさに私が規範となって示したかった“戦車道”だった。ああいう時に助け合える事、手を差し伸べられる事を、私は尊いと思っている」

『その前に話をしていたダージリンさんの影響を、いい感じで受けてた感じかね』

「どうかな」

 

 ヘリの前にあった関係者席でのやり取りを知っているが故の修景の言葉に、しかしまほは肯定を返さない。

 

 副隊長となった4月当初のエリカは、みほの件もあって心理的な余裕がなかった。それが戦車道の全国大会までの僅かな期間に、自身が追いかけている西住まほ以外の“戦車道”の在り方を聞き、受け入れられるくらいにまで余裕が持てている。

 そして、ダージリンに示されたように、まほの道をなぞるだけではない自分なりの“戦車道”の模索をすら、手探りで開始している。西住まほの後追いではない、逸見エリカという戦車道女子が自立するための芯が出来上がりつつあるのだ。

 僅かの間によくぞここまでと、まほが瞠目するほどの心理的・精神的な成長であった。

 

 だが、まほはこれをダージリンの影響だとは考えていない。より正確には、ダージリンの影響は大きいだろうが、最大ではないとまほは見ていた。

 そもそもダージリンの物を含めて、他の影響を受け入れるだけの土壌が作られていたのは、恐らく自身の弟による影響が大きいだろうというのがまほの見立てだ。

 

 エリカと修景は目的や思考の軸線が近く、互いに自分が持っていないものを持っている相手に対して、一定の尊敬と羨望、相互理解がある。

 学年こそ修景が上ではあるが、ある意味では対等に近い立場だ。故にこそ齎せた変化であろうと、西住長女は考える。恐らく、同じことは自分では出来なかっただろうとも。

 同じ内容を上の立場でありエリカにとってある種の“絶対”であるまほから言うことであれば、エリカの受け取り方は例えるならば『丸呑み』だろう。しかし、対等に近い修景から言われた内容だからこそ、エリカも丸呑みはせずに『咀嚼』した上で飲み込んで、『消化』している。

 

「……う、うーん……」

 

 当人的には予想外の褒められ方をしたらしいエリカが、僅かに頬を赤らめさせて、むず痒そうに身体をもぞもぞと動かしている。色白であるため、頬に朱が差すとわかりやすい少女だ。恥ずかしがる時も、怒る時も。

 顔を真赤にして怒るエリカの激情に対して、それを受け止めた上で話を聞き、時には間違いを指摘し、同意できる点は同意する。4月以降、幾度かそうやって向き合っていた宮古修景という少年が、今の逸見エリカという少女に与えた影響はことさら大きいだろう。

 そうしてエリカが辿り着いた『自分なりの戦車道を模索する』という姿勢は、まさにチームを引っ張る隊長にこそ不可欠な姿勢だ。

 

 ―――そう考えているまほも知らない事であるが、宮古母が西住しほという女傑の人格の、ともすれば尖すぎる“角”を多少丸めたことと同じ現象が、奇しくも宮古修景と逸見エリカという両者の間で発生していた。

 必ずしも関係性や性格が、先人に相似しているわけではない。ただ、修景の存在とそれに伴う変化が、エリカが持っていた余裕の無さと攻撃性を和らげるクッションとして作用していた。

 

『良いんじゃねぇの? まほだって隊長になった当初は、結構不安がってたし。逸見さんも今は不安かもしれないけど、やってみれば案外どうにかなるって』

「……隊長が?」

「まぁ……うん、そうだな。あんまり吹聴してほしくはないけど」

「……」

 

 そして、その修景が軽口混じりに言った言葉を受けて、エリカが口を真一文字に結んで考え込む。数秒、数十秒。それだけの時間が経ってから、彼女は溜息のように長い吐息を吐いてから、小さく―――ただし、しっかりとした口調で呟いた。

 

「……まず、次代の隊長業務の初仕事ということで、この冊子のデザイン選びからやってみます。明日まで考える時間を貰えますか?」

「うん。なにか必要だったら修景もこき使って良いから、やってみてくれ」

『おい姉。なんか対価要求するぞコラ』

「宮古先輩、なにを払えばいいですか? 今度お会いした時、お食事を奢るとかでいいです?」

『……逸見さんからそれはちょっと。あー、良いよ。後輩女子に頼られる役得だと思っとくから、なんかあったら言ってくれ』

「では、早速なんですけど。このデザイン案が―――」

『どの? このって言われても、俺通話だから。指差しとかしてるんだろうけど見えないから』

「ビデオ通話とか出来ません?」

『料金発生しますので、出来れば音声のみでお願いします』

「……ふふっ」

 

 黒森峰女学園の戦車道ガレージにて。

 自分の後を継ぐだろう次代の“隊長”が、手探りで始めた初仕事の様子を見ながら。今代の隊長(西住まほ)は、安心した笑みを浮かべたのだった。




 ぼちぼち準決勝の時期です。
 逸見さんのメンタル面での、原作との変化・成長が、違和感なく書けてればいいなぁと思います。
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