『そういえば、逸見さんのところにヤークトハンターってあるよね? 駆逐戦車の』
「ヤークトパンターね。パンターは豹という意味でハンターは狩人という意味だから、似てるようで敵と味方よ」
『あ、そうなんだ。遠距離からズドーンってやる戦車だから、ハンターって印象だったよ。っていうかパンターって車両、他にあるじゃん』
「ヤークトパンターは、パンターの車体を使った改装車両みたいなものね。だからヤークト“パンター”。ヤークトティーガーは同じ感じで、ティーガーの車体使ったやつ」
『ふぅん。じゃあそのヤークトパンターって駆逐戦車と、ウチでも使ってる三号突撃砲の差ってなんなの? っていうか、何を基準で駆逐戦車・突撃砲と呼び分けてるんだろ?』
「何を、って……」
黒森峰女学園戦車道の副隊長である逸見エリカ、“史実”と違って連絡先を交換して友好的な間柄となっている友人、武部沙織からの電話越しの質問に対して回答に詰まる。
戦車道大会の準決勝を控えたある日、戦車道ガレージの事務室にて残業中のことであった。
先日、尊敬する隊長から“次代の隊長”として任された、小学生向けパンフレットの文面決定。候補から選ぶという業務ではあったが、細かい所で外部アドバイザーこと宮古修景を頼りつつ、彼女なりの方針に従って選んだ文面の主旨は『初心者であろうとしっかり丁寧に指導します』というものだ。
文章表現なども出来るだけエリカ自身の意図に沿うように調整をかけて貰った上で、戦車道に触れてからの期間が短い
沙織曰く、『文章はこれで大丈夫だけど、別件聞いていい? 戦車関係でちょっと分かんない事があるんだよね』。
その程度の雑談ができる程度には、互いに誤解させ・誤解されのクロスカウンターで大騒ぎした同士として、互いに学外の友人という立ち位置に相手を置きながらも、距離感の縮まっている両者であるが―――ともあれ。
沙織から出された質問に、エリカは『何をそんな基本的な』と答えようとして、言葉を止めた。
駆逐戦車とは『敵の戦車を……駆逐してやる!!』という意味合いでだいたい合っている、対戦車を主眼とした戦車である。大きな特徴としては、戦車といって一般にイメージされるだろう、360度回転可能な砲塔が無いという事がある。
グルグル回る砲塔は、旋回速度の限界こそあれども対応力が非常に高い。移動しながら撃つ行進間射撃がその筆頭であろうが、車体と砲塔で違う動きが可能であるという事が齎す戦術的柔軟性というのは計り知れない。
一方で駆逐戦車は回転式の砲塔が無く、砲は基本的に車体の正面に固定されており、狙いをつけるためには車体ごと動く必要がある。これは弱点であると同時に、砲塔がある戦車が持つ構造上の容量・荷重の制限を取り払うものであり、駆逐戦車は通常の戦車よりも重く嵩張る≒強力な砲を搭載できる―――というより、搭載するためにこの設計になっている。
例えば、パンター戦車の搭載砲と、パンターの車体を流用して作られた駆逐戦車であるヤークトパンターの搭載砲を比較してみよう。
パンターは70口径75mm砲。ヤークトパンターは71口径88mm砲。これだけ言われても武部女史もイメージがつかないであろうからもう少し説明すると、互いに硬核徹甲弾を使っての射撃であれば、2000m離れた30度傾斜した装甲板に対して75mm砲が10cmほどの貫通力。対する88mm砲は1.5倍の15cmほどというデータが有る。
この差は意外なまでに大きく、宿敵ともいえるプラウダ高校の重戦車であるIS-2の正面装甲に対していえば、その距離であれば75mm砲では有効射が厳しいが、88mm砲ならば余裕を持って貫通できるという数字と言えた。
有効射程の差というのは戦いにおいては重要であり、相手に反撃されずに一方的に攻撃できる距離がそれだけ長くなる―――つまり一方的に攻撃できる状態が発生すると考えると、この攻撃性能の高さというのは単純な『破壊力』だけのものではないというのは納得頂けるだろう。
そのパンターとヤークトパンター、或いはティーガーとヤークトティーガーの例のように、駆逐戦車というのはだいたいは『既存の車両の車体を利用して、砲塔外して固定砲を積んだもの』という分類が可能である。
可能であるが、では突撃砲はどうだっただろうか? エリカは自分が持っている戦車のスペックや記録を思い出す。この辺り、純粋な知識量では戦車道に触れてからの期間の差がモロに出る。経験の差から沙織より遥かに多い知識を持っているエリカは、すぐさま三号突撃砲についてのデータを脳内に展開した。
―――三号戦車の車体から回転式の砲塔を外して、高火力な固定砲を積んだもの。
差はどこだ。エリカは愕然とした。
重い車両が駆逐戦車であり、軽い車両が突撃砲か。否、45トン前後のヤークトパンターは駆逐戦車であり、24トン前後の三号突撃砲は突撃砲であり、16トン前後のヘッツァーは駆逐戦車である。重量や砲口径による分類ではないだろう。
「……え、ヤバ。そういえばその差ってなに?」
『ふと思ったんだけど、聞く機会とか逃がしてて。逸見さんでも駄目かー』
「どこで作られてどういう車両でどんなスペックか、とかは分かるのよ。戦車道に必要な要素だから」
『んー……それなら、軽戦車や中戦車、重戦車の分類みたいに、国によって違うとか。パンターって他の国なら重戦車やってもいいくらい大きくて重いんでしょ?』
「参考までに、ドイツ中戦車分類のパンターとソ連重戦車分類のIS-2がサイズ・重量が同じくらいね。でも、三突もヤークトパンターも、両方ドイツ製じゃない?」
『あ、そっか……』
『むー』とも『んー』ともつかない唸り声をあげる少女2名。みほ絡み、戦車道絡みで対立する時ならばともかく、この時は双方ともに気安い雑談モードだ。いい意味でも悪い意味でも気負いがない、そして中身もない唸り声だけが、中身がないまま電波に乗って双方向で送り合われた。
しかし、いつまでも唸ってもいられない。たっぷり数十秒考えてから、白旗をあげたのはエリカの方だ。
「ゴメン、お手上げ。私も気になるから今度調べるけど、今は答えられないわ」
『あ、こっちこそゴメンね。話の流れでちょっと聞いてみただけだから、気にしなくていいよ。私は今度にでもゆかりん―――えっと、秋山さんにでも聞いてみる』
「秋山さんって……ああ、あの小柄で癖毛の。あの子、詳しいの?」
『戦車マニアって奴なのかなぁ。すっごい詳しいよ。戦車道やるのは初めてだったらしいけど、知識量はすんごい』
「そう……。そういう人なら、出会い方が違えばちょっと話せたと思うんだけど、初遭遇が戦車喫茶のアレだとね。それは武部さん相手でもそうだったんだけど……」
居心地が悪そうに、エリカはガレージ事務室の安いパイプ椅子の上で身じろぎする。
修景との会話や彼の存在による各種影響の結果、今となっては“史実”よりも感情の整理がついており、みほ以外の大洗女子に対する敵意は薄れている彼女であるが、あくまで『今は』だ。
整理が付く前に遭遇した戦車喫茶にて、盛大な怒鳴り合いをやらかしたということは、冷静になった今だからこそ、逆に大きな気まずさをエリカの中に残している。みほに対してはともかくとして、沙織達に対しては八つ当たりだったというのが、彼女の現在の理解だ。
特に秋山殿ことオッドボール軍曹、真の名を秋山優花里という少女については、大洗の一回戦があった日に観客席でご両親と顔を合わせて『娘の友人』という認識をされ、実に居心地が悪い思いをした経緯がある。
『じゃあグループ通話に呼ぼっか?』
「えっ」
『いや、秋山さんだって逸見さんがヘリ持ち出す提案をした場には居たわけだし。戦車喫茶の時ほど、険悪なことにはならないでしょ。話してみたいなら話せばいいじゃん』
一方、物怖じしないコミュ強者であり陽キャに属する武部沙織。戦車喫茶での出来事を後悔している様子のエリカの言葉に、あっけらかんと解決策を申し出た。
話せばいいじゃんという一刀両断に、慌てたのはエリカの方である。
「出来るわけないでしょ!? だって、あんなに思いっきり当たり散らしたのよ!? 秋山さんだって怒ってるに決まってるじゃない!!」
『根に持つ子じゃないから、平気平気』
「ご両親とお会いした時に、なんのお土産もお持ちしなかったのに!!」
『むしろ、なんでご両親へのご挨拶が先に終わってるの?』
「秋山さんのご両親と一緒に観戦するとか言ってた隊長を迎えに行ったら、隊長は颯爽と行方不明になってたのよ。だから、秋山さんのご両親にご挨拶して、隊長がどこ行ったか聞いて……。『娘の友人』みたいな扱いされて、すっごい気まずかったのよ!?」
『むしろそれ、家でご両親にその話題振られたゆかりんの方が気まずそうじゃない?』
「ほら、気まずいでしょう!? 迷惑でしょう!? きっと怒ってるわ!」
『そこまで気にするなら、もう謝っちゃいなって。私からも口添えするから』
「えっ、ちょっと―――」
このままだといつまで経っても、理由をつけて拒否し続けるだろうと判断した沙織、強硬手段。エリカの抵抗を押し切って、グループ通話に優花里を招待する。
コール、2回。エリカが何か抵抗の言葉を述べる前に、
『はい、秋山です! 武部殿、どうしましたか?』
『戦車のことで分からないことがあって、私と逸見さんだけじゃ行き詰まったから。ゆかりん詳しいし、聞いてみようかなって』
『ははあ、なるほど! 戦車のことから戦車のことまで、そういうことならお任せを―――……え、逸見さんって?』
「…………」
その反応に対して、沙織は答えず。エリカの発言を待っているのだろう。優花里の方も返答待ちの沈黙である以上、進退窮まったエリカはパイプ椅子の上で背筋をビシッと伸ばして応答する。
考えてみれば沙織とは普通に話せているのだ。
「……ご、ごきげんよう……」
―――ダメだった。聖グロリアーナのような挨拶が口から出た。
『ぶぷっ』
『……は、はぁ。えーと、ごきげんよう……』
沙織のくぐもった笑い声。ややウケである。優花里の方は要領を得ないといった反応ではあるが、律儀にごきげんよう返しをしてくれた。
そしてそれらを電話越しに受け取りながら、エリカはガレージ事務室に居たのが自分のみであった事を神に感謝しながら、真っ赤な顔で身を縮めるのだった。
ここまでで5000文字くらいだったので、一旦ここまで。
この会話の続きは次回。